はじめに|前回第11回での発見と、今回の問い
みらいワークス総合研究所が独自に実施した「リスキリング実態調査2025」(従業員500名以上の日本企業の人材開発・人事研修担当者400名)。その報告として、前回(第11回)では大企業のリスキリングの「現在地」を明らかにしました。
■ 前回第11回の発見(要約)
大企業の64.5%が「リスキリングを実施している」と回答しましたが、各社がその言葉に込めている意味は大きく異なっていました。調査では「あなたの会社ではリスキリングをどの範囲の取り組みとして捉えているか」という設問(Q2)を設け、5つの選択肢から回答してもらいました。
| 捉え方の類型(Q2) | 件数 | 比率 |
| ①学習機会の提供(職務・役割の転換は前提にしない) | 116件 | 29.0% |
| ②現職での活用まで(職務・役割の転換は前提にしない) | 128件 | 32.0% |
| ③社内公募・マッチングまで(異動するかどうかは応募と選考結果による) | 82件 | 20.5% |
| ④学習と配置転換を一連の流れで運用する(政府定義相当) | 38件 | 9.5% |
| ⑤先に配置転換、後に学習させる | 29件 | 7.3% |
| その他 | 7件 | 1.8% |
この結果が示す核心は、「リスキリング」という言葉の普及と、本来のリスキリングの普及は別の話だということでした。政府が定義する職種転換型(④)は9.5%にとどまり、61.0%は職種転換を前提としない取り組みをリスキリングと呼んでいました。
この「Q2の捉え方(①〜⑤)」は、第12回の分析を通じて繰り返し登場します。第12回から読まれる方は、上の表を参照しながらお読みください。
■ 今回(第12回)の問い
今回は視点を変えます。各社がリスキリングの定義をどう捉えているかはいったん括弧に入れて、「自社がリスキリングだと思って行っている活動が、2022年11月以降の生成AI普及によってどう変わったか・変わっていないか」を正面から見ます。 各社が「これがうちのリスキリングだ」と認識している取り組みへの影響と変化の実態です。その上で、Q2の定義の違いによって影響の受け止め方や変更の内容にどのような差が出ているかを重ねて分析します。
扱う設問は、Q7(生成AI影響の有無・程度)・Q8(影響の具体的内容)・Q9(変更の有無・状況)・Q10(変更内容)・Q11(変更できない理由)・Q12(施策の組み込み要素)の6設問です。
Q7:生成AIの影響をどう受け止めているか——78.5%が「影響あり」
【設問Q7】生成AIの登場・普及(2022年11月以降)は、貴社のリスキリング(またはその検討・方針)に影響を与えましたか。(単一回答、n=321)
Q7はリスキリングを実施中・検討中等の321名への設問です(Q1の「過去も含めて実施していない」「わからない」の79名は対象外)。
| 選択肢(全文) | 件数 | 比率 |
| 影響が大きく、目的・ターゲット職務・制度設計の見直しが必要となった | 56件 | 17.4% |
| 影響があり、育成テーマ・カリキュラムの更新が必要となった | 119件 | 37.1% |
| 影響があるが、特定部門・特定職種に限定される | 77件 | 24.0% |
| 影響はない | 27件 | 8.4% |
| 影響を評価していない | 23件 | 7.2% |
| わからない | 19件 | 5.9% |
3つの「影響あり」を合計すると252件(78.5%)。リスキリングに関わる担当者の約8割が何らかの影響を認識しています。しかしその内訳を見ると、「目的・制度設計の見直しが必要」という根本的な変化を感じているのは17.4%にとどまり、最多は「テーマ・カリキュラムの更新が必要」(37.1%)です。生成AIの影響は広く認識されているものの、それが「根本的な変化」として受け止められているかどうかには大きな濃淡があります。
ここでQ2の定義別に見ると、見落とせない逆説が現れます。
【Q2の捉え方×Q7影響認識(分母は各Q2グループのQ7回答者数)】
| Q2の捉え方 | Q7回答n | 影響大・制度見直し必要 | 影響あり・テーマ更新 | 特定部門のみ | 影響なし | 評価せず | わからない |
| ①学習機会の提供(転換前提なし) | 88 | 27.3% | 35.2% | 15.9% | 6.8% | 9.1% | 5.7% |
| ②現職での活用まで(転換前提なし) | 119 | 10.9% | 42.9% | 27.7% | 9.2% | 2.5% | 6.7% |
| ③社内公募・マッチングまで | 74 | 17.6% | 32.4% | 28.4% | 10.8% | 8.1% | 2.7% |
| ④学習と配置転換を一連の流れで(政府定義相当) | 27 | 14.8% | 44.4% | 25.9% | 0.0% | 11.1% | 3.7% |
| ⑤先に配置転換、後に学習 | 13 | 15.4% | 7.7% | 15.4% | 15.4% | 23.1% | 23.1% |
「影響大・目的や制度設計の見直しが必要」と最も高い割合で答えているのは、①(学習機会提供型)の27.3%です。政府定義相当の④(14.8%)より高い数字です。
なぜ、職種転換を前提としない学習提供型の取り組みをしている企業ほど「根本から変えなければならない」と感じているのでしょうか。生成AIの登場によって「このままでは通用しない」という危機感が最も強いグループがここに集中している、と読むことができます。逆に④(政府定義相当)の企業は、職種転換の仕組みをあらかじめ持っているため、「テーマ・カリキュラムを更新すればよい」という判断になりやすい側面があります。
⑤(先配置後学習型)では「評価していない・わからない」の合計が46.2%と突出して高い。組織再編・人員シフトを主な動機とするこのグループは、生成AIの影響を体系的に評価する仕組み自体を持てていない状態がうかがえます。
Q8:何が変わると認識しているか——「人を動かす」必要性は最下位
【設問Q8】生成AIの普及の影響の内容として当てはまるものは何ですか。(複数回答可、Q7の影響ありの回答者 n=252)
| 選択肢(全文) | 件数 | 比率 |
| AI活用を前提に業務プロセス再設計が必要となり、必要スキル・役割が変わった | 121件 | 48.0% |
| 将来必要な職務・役割(ターゲット像)の再定義が必要となった | 98件 | 38.9% |
| リスク統制(機密・個人情報・著作権・品質等)によりガバナンス整備が必須となった | 83件 | 32.9% |
| 既存の育成内容(定型的な作業スキル等)の陳腐化リスクが顕在化した | 70件 | 27.8% |
| 現場の生産性・品質・スピード要求が高まり、早期成果化の圧力が増した | 56件 | 22.2% |
| 経営方針・投資優先度がAIにシフトし、重点領域が変わった | 48件 | 19.0% |
| 生成AIの社内利用環境(ツール・データ)の整備が前提となった | 47件 | 18.7% |
| 採用・外注で充足できず、内部の人材転換の必要性が高まった | 19件 | 7.5% |
| その他 | 0件 | 0.0% |
| わからない | 5件 | 2.0% |
影響の認識は「業務プロセス再設計・スキル変化」(48.0%)・「将来職務の再定義」(38.9%)・「ガバナンス整備の必要」(32.9%)と、リスキリングの根幹に関わる変化として広く受け止められています。
しかし最下位に注目してください。「採用・外注で充足できず、内部の人材転換の必要性が高まった」がわずか7.5%——全10項目中、最も低い回答です。
業務プロセスが変わる、スキル定義が変わる、将来の職務像を再定義する必要がある——これらを感じながらも、それが「だから社員の職種を転換させる必要がある」という認識にはほとんどつながっていません。生成AIという最大の変化要因が、リスキリングの本来目的である「人材転換の加速」の動機には直結していないのです。
第11回で明らかになったように、61.0%の企業は職種転換を前提としない形でリスキリングを捉えています。その定義のもとでは、業務プロセスが変わっても「スキルを学ばせる話」として処理されやすく、「人を動かす話」になりにくい。これは日本の大企業に広く共通する構造です。
【Q8主要項目 × Q2の捉え方(分母は各Q2グループのQ7影響あり回答者数)】
| Q8の影響内容 | ①n=69 | ②n=97 | ③n=58 | ④n=23 | ⑤n=5 |
| 業務プロセス再設計・スキル変化 | 46.4% | 48.5% | 48.3% | 56.5% | 20.0% |
| 将来職務・役割の再定義が必要 | 44.9% | 40.2% | 27.6% | 43.5% | 40.0% |
| ガバナンス整備が必須 | 24.6% | 30.9% | 44.8% | 34.8% | 40.0% |
| 内部人材転換の必要性が増した | 8.7% | 5.2% | 10.3% | 4.3% | 20.0% |
※⑤はn=5と少ないため参考値
「ガバナンス整備が必須」は③(公募・マッチングまで定義)で約45%と突出しています。社内公募・マッチング制度を運用する企業では、生成AI利用が情報漏えい・著作権リスクといった具体的な制度運用問題に直結するため、ガバナンス整備をより切実に感じやすいと考えられます。
「内部人材転換の必要性が増した」は、政府定義相当の④でも4.3%と全グループ中最低です。職種転換を前提とした設計をしている企業ですら、生成AIの影響を「転換の加速」とは捉えていない——これは定義の違いを超えた、業界全体の構造的な問題です。
Q9:実際に「変えた」企業はどのくらいか
【設問Q9】生成AIの普及を踏まえ、貴社のリスキリング(またはその検討・方針)を変更しましたか。(単一回答、n=321)
| 選択肢(全文) | 件数 | 比率 |
| 変更済みである(全社の標準として反映済みである) | 64件 | 19.9% |
| 変更済みである(一部で反映・試行中である) | 93件 | 29.0% |
| 変更を決定済みである(未実行である) | 45件 | 14.0% |
| 変更を検討中である(未決定である) | 56件 | 17.4% |
| 変更していない | 39件 | 12.1% |
| わからない | 24件 | 7.5% |
変更済み(全社+一部)は321件中157件(48.9%)。約半数の企業が、生成AI普及を踏まえて自社のリスキリングに何らかの変更を加えています。
ただし「変えた企業はどのくらいか」という問いは、Q7で見た「影響をどう認識しているか」と組み合わせて初めて意味を持ちます。影響を強く感じた企業ほど変更しているのか、それとも影響認識と変更行動はずれているのか——次のクロス表でそれを見ていきます。
【Q7影響認識 × Q9変更状況 クロス表(n=321)】
| Q7の影響認識 | n | 変更済み (全社) | 変更済み (一部) | 変更決定 ・未実行 | 検討中 | 変更していない | わからない |
| 影響大・制度見直し必要 | 56 | 29件 (51.8%) | 16 (28.6%) | 4件 (7.1%) | 3件 (5.4%) | 4件 (7.1%) | 0件 (0.0%) |
| 影響あり・テーマ更新 | 119 | 27件 (22.7%) | 56件 (47.1%) | 16件 (13.4%) | 17件 (14.3%) | 2件 (1.7%) | 1件 (0.8%) |
| 特定部門のみ | 77 | 5件 (6.5%) | 21件 (27.3%) | 24件 (31.2%) | 19件 (24.7%) | 5件 (6.5%) | 3件 (3.9%) |
| 影響なし | 27 | 3件 (11.1%) | 0件 (0.0%) | 0件 (0.0%) | 11件 (40.7%) | 12件 (44.4%) | 1件 (3.7%) |
| 評価せず | 23 | 0件 (0.0%) | 0件 (0.0%) | 1件 (4.3%) | 5件 (21.7%) | 12件 (52.2%) | 5件 (21.7%) |
| わからない | 19 | 0件 (0.0%) | 0件 (0.0%) | 0件 (0.0%) | 1件 (5.3%) | 4件 (21.1%) | 14件 (73.7%) |
【Q7影響認識別の変更済み(Q9=全社+一部)割合】
| Q7の影響認識 | n | 変更済み件数 | 変更済み率 |
| 影響大・制度見直し必要 | 56 | 45件 | 80.4% |
| 影響あり・テーマ更新 | 119 | 83件 | 69.7% |
| 特定部門のみ | 77 | 26件 | 33.8% |
| 影響なし | 27 | 3件 | 11.1% |
| 評価せず | 23 | 0件 | 0.0% |
| わからない | 19 | 0件 | 0.0% |
このクロス表から、三つの構造が読み取れます。
第一に、影響認識の強さと変更の実行は階段状に対応しています。 「影響大・制度見直しが必要」と答えた56社の80.4%がすでに変更済みである一方、「影響あり・テーマ更新」では69.7%、「特定部門のみ」では33.8%と段階的に下がります。影響をどの深さで受け止めたかが、行動の有無に直結しています。集計すると、影響あり(Q7=1,2,3)と回答した252件のうち変更済みは154件(61.1%)。影響を感じた企業の約6割は実際に動いています。
第二に、「特定部門のみ」のグループには独自の停滞があります。 このグループは77社中24件(31.2%)が「変更決定済み・未実行」、19件(24.7%)が「検討中」と、合わせて半数以上が実行に至っていません。影響を限定的なものと捉えた結果、「全社の話ではないので動きが鈍い」という構造が見えます。生成AI影響を「一部の話」として処理することが、結果的に変更の実行を遅らせている可能性があります。
第三に、「影響なし」と答えた27社のうち3社(11.1%)が変更済みであるという点も見過ごせません。 AIの影響とは別の要因——経営方針の転換、組織再編、別のドライバー——でリスキリングを変更している企業が一定数存在します。生成AIだけがリスキリング変更の動機ではないという当然の事実が、ここに表れています。
そして「評価していない」23社と「わからない」19社の合計42社は、変更済みがゼロです。生成AIの影響を測定・把握する仕組みを持っていない企業では、変更の議論そのものが始まっていません。これはQ11で見る「効果測定が弱く根拠不足」という回答とも、同じ根を持つ問題です。
ただし「変えた」という事実だけでは、この調査の本質的な問いには届きません。「何を変えたか」——これが次のQ10が答える問いです。Q9で変更済み・決定済みと答えた202件が、自社のリスキリングのどの部分に手を入れたのかを見ていきます。
Q10:何を変えたか——「変え方の質」に浮かぶ定義の影
【設問Q10】具体的に何を変更しましたか。(複数回答可、Q9の変更済み・変更決定の回答者 n=202)
| 選択肢(全文) | 件数 | 比率 |
| スキルテーマ(DX/非DXの比重や重点領域) | 101件 | 50.0% |
| ターゲット職務・役割(どこへ転換するか) | 87件 | 43.1% |
| リスキリングの目的(人材転換の位置づけ) | 78件 | 38.6% |
| 学習内容(教材・カリキュラム・認定) | 72件 | 35.6% |
| 対象者選定基準(誰を対象にするか) | 62件 | 30.7% |
| 業務内実践の設計(OJT、案件アサイン、実務課題) | 54件 | 26.7% |
| 評価制度への反映(評価項目・運用) | 52件 | 25.7% |
| 投資配分(予算・人員・外部パートナー) | 39件 | 19.3% |
| 配置転換の仕組み(公募、マッチング、受け皿) | 38件 | 18.8% |
| 成果指標・効果測定(KPI) | 28件 | 13.9% |
| その他 | 0件 | 0.0% |
| わからない | 0件 | 0.0% |
最多は「スキルテーマの変更」(50.0%)。「配置転換の仕組み」(18.8%)と「成果指標・効果測定」(13.9%)が最下位です。全体像としては、変更の中心はカリキュラム更新にあり、制度の根幹は変わっていないという構造が見えます。
【Q10主要項目 × Q2の捉え方(分母は各Q2グループのQ9の1,2,3回答者数)】
※⑤はn=3と極めて少ないため表から除外
| Q10の変更内容 | ①n=54 | ②n=80 | ③n=48 | ④n=17 |
| スキルテーマ変更 | 50.0% | 48.8% | 50.0% | 58.8% |
| 学習内容変更 | 37.0% | 31.3% | 37.5% | 47.1% |
| リスキリングの目的変更 | 40.7% | 32.5% | 37.5% | 58.8% |
| 評価制度への反映 | 22.2% | 21.3% | 33.3% | 35.3% |
| 配置転換の仕組み変更 | 16.7% | 11.3% | 29.2% | 35.3% |
| 成果指標・効果測定変更 | 13.0% | 10.0% | 16.7% | 23.5% |
このクロスから、最も重要な発見が浮かびます。
「スキルテーマ変更」はどのQ2グループでも50%前後と均一です。 生成AI対応としてカリキュラムを更新することは、定義の違いに関わらず各社が同程度に行っています。
しかし「配置転換の仕組み変更」と「成果指標変更」は、Q2の定義が職種転換に近づくほど高くなります。 ①②(学習提供型)では配置転換変更が11.3/16.7%・成果指標変更が10.0/13.0%にとどまるのに対し、④(政府定義相当)では35.3%/23.4%まで上がります。
ここに、この調査を貫くパターンが改めて現れています。生成AIという外部の変化は、各社がもともと持っていた定義の枠の中でしか吸収されていない。 学習提供型の定義を持つ企業がAI対応として変えるのは、必然的に学習内容の範囲にとどまります。職種転換まで含む定義を持つ企業だけが、配置転換の仕組みや評価制度まで変えようとします。外部変化への応答の仕方が、内部の定義によって既定されているのです。
Q11:変えられない理由——「根拠が見えない」という構造問題
【設問Q11】変更していない(または決めきれていない)主因は何ですか。(複数回答可、Q9の検討中・変更なしの回答者 n=95)
| 選択肢(全文) | 件数 | 比率 |
| 人員・予算不足であり、変更に着手できていない | 31件 | 32.6% |
| 生成AIガバナンス/セキュリティ/法務の整理が追いつかず、変更できていない | 27件 | 28.4% |
| 影響はあるが、まず現行施策をやり切る方針であり、途中変更を避けている | 25件 | 26.3% |
| 効果測定が弱く、何を変えるべきかの根拠が不足している | 24件 | 25.3% |
| 現場運用(OJT、受け皿、上司関与)が追いつかず、変更しても回せない | 22件 | 23.2% |
| 現行設計で十分であり、変更不要と判断している | 16件 | 16.8% |
| 生成AIの変化が速く、方針を固定できず様子見している | 16件 | 16.8% |
| その他 | 0件 | 0.0% |
| わからない | 6件 | 6.3% |
変えられない理由のトップは「人員・予算不足」(32.6%)ですが、4位の「効果測定が弱く、何を変えるべきかの根拠が不足している」(25.3%)に注目してください。
これは「変えたいが変えられない」(リソース問題)とは性質が異なります。「そもそも現状の施策が効いているかどうかを評価できていないため、何をどう変えるべきかの議論が始まらない」という状態です。次のQ12で見るとおり、成果指標を設定・測定できているのは全体の11.2%にすぎません。測定しなければ根拠は生まれず、根拠がなければ変え方も決まらない——この構造が「変えられない」企業を生み出しています。
2位の「ガバナンス/法務の整理が追いつかず」(28.4%)は、Q12のデータで見るガバナンス整備の遅れと直接つながっています。
Q12:施策の整備状況——「使う」と「管理する」の両立が9.2%の現実
【設問Q12】リスキリング施策に、制度・運用として組み込んでいる(いた)要素は何ですか。(複数回答可、Q1でリスキリング実施中・実施経験があるn=321)
| 選択肢(全文) | 件数 | 比率 |
| 研修・eラーニング等の学習機会の提供がある | 188件 | 58.6% |
| スキルの可視化がある(スキル標準、スキル診断、アセスメント等) | 135件 | 42.1% |
| 支援体制がある(メンター/コーチ/コミュニティー等) | 101件 | 31.5% |
| 学習時間の確保施策がある(業務時間内学習、学習休暇等) | 99件 | 30.8% |
| 社内公募(ジョブポスティング)がある | 92件 | 28.7% |
| 人事評価への反映がある(評価項目・運用への組み込み) | 88件 | 27.4% |
| 業務内実践の設計がある(実務課題、OJT、案件アサイン等) | 86件 | 26.8% |
| 社内マッチングがある(人材プール、タレントマーケット等) | 69件 | 21.5% |
| 異動・配置転換の枠/受け皿設計がある | 66件 | 20.6% |
| 生成AI利用環境の提供がある(社内ツール、ライセンス等) | 64件 | 19.9% |
| 処遇への反映がある(等級・報酬・手当等への連動) | 58件 | 18.1% |
| 生成AIガバナンスがある(利用規程、審査、ログ管理等) | 49件 | 15.3% |
| 成果指標の設定・測定がある(例:転換人数、配置成立、業務成果等) | 45件 | 14.0% |
| その他 | 0件 | 0.0% |
| わからない | 8件 | 2.5% |
「研修・eラーニング」(58.6%)・「スキルの可視化」(42.1%)が上位を占める一方、「生成AI利用環境」(19.9%)・「生成AIガバナンス」(15.3%)・「成果指標の設定・測定」(14.0%)が下位に並びます。
生成AI利用環境とガバナンスの組み合わせ状況を見ると、より厳しい現実が浮かびます。
【Q12生成AI利用環境と生成AIガバナンスの組み合わせ状況(n=321)】
| 状態 | 件数 | 比率 |
| 利用環境もガバナンスも両方整備している | 37件 | 11.5% |
| 利用環境のみ整備(ガバナンスなし) | 27件 | 8.4% |
| ガバナンスのみ整備(利用環境なし) | 12件 | 3.7% |
| 両方とも未整備 | 245件 | 76.3% |
生成AIの活用環境とガバナンスの両方を整備しているのはわずか11.5%。「活用させながら管理もする」という本来セットであるべき体制を持っているのは10社に1社程度です。NTTデータグループは、生成AI活用において「積極的なAI活用の推進とAIガバナンスの徹底を両輪とした支援」を掲げており、ガバナンス体制なしに現場でAI活用が広がると「野良AI」のまん延が企業のITガバナンス崩壊につながると指摘しています(*1)。
この状況で「生成AI活用を前提にリスキリングのテーマを更新した」場合、何が起きるか。ガバナンスのない状態で社員がAIを使い始め、機密情報を外部サービスに入力したり、検証なく業務に活用したりする事態が起きやすくなります。Q11で「ガバナンス/法務の整理が追いつかず変更できない」(28.4%)という声があったことと合わせると、ガバナンス未整備は「変更を阻む壁」にもなっているという二重の問題が見えてきます。
【Q12×Q2の捉え方(各Q2グループ内の施策整備率、分母は各Q2グループのQ12回答者)】
| Q12の施策要素 | ①n=88 | ②n=119 | ③n=74 | ④n=27 | ⑤n=13 |
| 研修・eラーニング | 75.0% | 40.3% | 63.5% | 74.1% | 53.8% |
| 業務内実践の設計 | 26.1% | 24.4% | 31.1% | 33.3% | 15.4% |
| 配置転換枠・受け皿設計 | 12.5% | 15.1% | 31.1% | 40.7% | 23.1% |
| 人事評価への反映 | 28.4% | 18.5% | 39.2% | 29.6% | 30.8% |
| 生成AI利用環境 | 13.6% | 21.8% | 24.3% | 29.6% | 0.0% |
| 生成AIガバナンス | 13.6% | 11.8% | 17.6% | 37.0% | 0.0% |
| 成果指標の設定・測定 | 11.4% | 12.6% | 17.6% | 18.5% | 15.4% |
「生成AIガバナンス」は④(政府定義相当)が37.0%と最も高い。職種転換を視野に入れた設計をしている企業ほど、生成AIガバナンスを施策として組み込もうとしている傾向があります。⑤(先配置後学習型)は生成AI利用環境もガバナンスも0.0%で、生成AI対応が施策として組み込めていないことが数字に表れています。
また全グループを通じて「成果指標の設定・測定」は著しく低い。Q11で「何を変えるべきか根拠が不足」という声があったことと、この数字は一体の問題です。測らなければ根拠は生まれません。
まとめ——「変えた」は事実。問われているのは「何が変わったか」
今回の6設問を通じて見えてきた構造を、担当者への示唆として整理します。
影響の認識は広い。しかし「人を動かす話」にはなっていない。 生成AIの影響を感じている担当者は78.5%に達します。しかしQ8で「内部の人材転換の必要性が高まった」と答えたのはわずか7.5%で全項目最下位です。業務が変わる、スキル定義が変わると認識しながらも、それが「社員の職種を変える必要がある」という認識にほとんどつながっていない。これは定義の違いを超えた、日本の大企業に広く共通する構造です。
「変えた」の中身は、各社の定義の枠に規定されている。 Q7でAIの影響を感じた企業の内、61.1%は何らかの変更をしました。しかしQ10が示すように、どのQ2グループでも「スキルテーマ変更」は50%前後と均一である一方、「配置転換の仕組み変更」はQ2の②で16.7%(学習提供型)、Q2の④では35.3%と、定義の違いが変更内容の深度に直接反映されています。生成AIという外部変化は、各社が元々持っていた定義の枠の中でしか吸収されていません。
変えられない企業の4人に1人は「根拠がない」。成果指標の不在が議論の起点を奪っている。変更できていない企業の25.3%が「効果測定が弱く、何を変えるべきかの根拠が不足している」と答えています。成果指標を設定・測定できているのが11.2%という現実と合わせれば、この因果は明確です。まず「今の施策が何をどう変えているか」を測れる指標を設計することが、次の変化を議論するための前提になります。
生成AIの「使う」と「管理する」の両立は11.5%。整備の順序が問われている。AI活用を促すリスキリングを推進しながら、ガバナンスが整っていない状態は、施策が新たなリスクを生む逆説を招きます。「活用推進」と「ガバナンス整備」は同時に設計する必要があります。
次回(第13回特別回最終回)では、今後12〜24カ月の方針(Q13)と、前進を妨げる阻害要因(Q14)を分析します。「影響を感じ、何かを変えた企業」と「変えられていない企業」が、それぞれ次の一手をどこに置いているのか——そして何がその前進を阻んでいるのかを、Q2との組み合わせで見ていきます。
< 参考文献・出典 >
*1 NTTデータグループ「今取り組むべきAIリスク対策とAIガバナンス最新動向」2026年3月
https://www.nttdata.com/jp/ja/trends/data-insight/2026/0313/
*2 本記事中の調査データはすべて、みらいワークス総合研究所「リスキリング実態調査2025」(対象:従業員500名以上の日本企業の人材開発・人事研修担当者、有効回答:400名)による。本調査の正式リリースは後日を予定。各設問の有効回答数は設問ごとに異なり、本文中に記載の通り。
<前回までの記事はこちら>
AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜



