年末に向けた中期計画で考える、「学習する組織」への転換 〜転換する:AI研修から、継続的学習文化へ〜

はじめに|来年の研修計画に、また1行足しますか

10月も後半に入りました。年末に向けて、来年度予算と中期経営計画の議論が重なってくる時期です。人材の章のたたき台を書き始めた方もいるかもしれません。

その研修計画は、去年の表に行を足すところから始まっているはずです。昨年度は「生成AI研修」。今年度は「AIエージェント研修」。次の技術が出てきたら、また1行。では、中期計画の最終年度には、何という名前の研修を足しているのか。正直なところ、誰にも分かりません。

9月29日、厚生労働省が令和8年版の労働経済白書を公表しました(*1)。テーマは「AI等技術革新が進む中での労働市場の現状と課題」です。人材育成を扱った章で白書が光を当てたのは、「メタスキル」(*2)でした。論理的思考力、批判的思考力、問題解決能力、コミュニケーション能力といった、特定の業務に限らず応用のきく力のことです。白書はさらに、これからは特定業務のためのスキルを身につけるだけでなく、次に何を学ぶ必要があるかを見極めるスキルの習得が大事になる、と見込んでいます。

今回は、技術の名前で研修を足していく計画を、組織が学び続ける力そのものを中期計画に書き込む計画へ切り替える方法を考えます。手がかりは、36年前に出版された一冊の本です。

研修の行を足すほど、詰まる場所がある

まず、いまの人材育成がどこで詰まっているかを確かめておきます。

厚生労働省の令和7年度「能力開発基本調査」(2026年7月31日公表)(*3)によれば、能力開発や人材育成に何らかの問題があるとした事業所は80.1%でした。常用労働者30人以上の事業所を対象に、2025年10月1日時点の状況を尋ねた調査です。問題の中身(複数回答)は、「指導する人材が不足している」59.5%、「人材を育成しても辞めてしまう」51.6%、「人材育成を行う時間がない」45.5%と続きます。

学ぶ側の事情も、時間に行き着きます。労働経済白書(*1)は、OECDの国際成人力調査(PIAAC)(*4)の2023年のデータをもとに国際比較をしています。対象は25〜65歳で、学び直しを希望しながら参加できなかった人です。最も当てはまる理由に「仕事や家族の都合で時間がない」を挙げた割合は、日本が59.8%で、OECD平均の47.6%を上回りました。

教える人が足りない。教える時間も、学ぶ時間もない。

そこへ、技術が変わるたびに新しい研修の行が足されていきます。一本一本の研修の出来がよくても、教え手と時間の取り合いが激しくなるだけ、という構図になりかねません。

あなたの会社の来年度の研修計画は、去年の表に行を足す作業になっていないでしょうか。

上司も先輩も、まだ答えを知らない

なぜ、教える人が足りないのか。人数だけの問題でもなさそうです。

厚生労働省の「職場における学び・学び直し促進ガイドライン(*5)は、日本企業の人材開発がOJT(*6)を重んじ、それが現場力を支えてきたことを認めています。そのうえで、デジタル技術の広がりをはじめとするいまの環境変化は、社内の上司や先輩の経験・スキルの範囲を超えている、と指摘しています。

生成AIもAIエージェントも、いまの部長が若手だった頃には存在しませんでした。上から下へ知識を流す仕組みは、上に答えがあることを前提にしています。その前提が、技術が変わるたびに崩れる。

では、答えがないとき、組織は何を頼りに学ぶのか。白書(*1)のメタスキル分析がヒントになります。白書は、労働政策研究・研修機構(JILPT)が2019年と2020年に実施した調査から5つの項目を取り出しました。「うまくできない時には、やり方を変えること」「自分のやり方がうまくいっているかを考えること」などです。仕事上で自信があると答えた項目の数を、0〜5点でスコア化しています。最も多かったのは0点で、41.5%です。

さらに、3〜5点の層では、過去1年に学習や研修の経験がない人が28.4%でした。これに対し、0〜2点の層では44.7%です。AIなどの技術革新に対応して「学んでみたいことがある」と答えた人も、62.7%対48.8%と差がつきました。生成AIが広がる前の調査であり、白書自身が断っているとおり、因果関係までは特定できません。それでも、自分のやり方を振り返れる人ほど学びが途切れにくい、という傾向は読み取れます。

研修メニューの数より、組織に「答えがないときの学び方」が備わっているかどうか。分かれ目は、こちらにありそうです。

36年前の5つのディシプリンを、AIの文脈に置き直す

ここで、MITのピーター・センゲが1990年に出版した『The Fifth Discipline』(日本語版『学習する組織』英治出版)を開いてみます(*7)。センゲは、学習する組織をつくる力として5つのディシプリン(規律・鍛錬)を挙げました。システム思考、自己マスタリー、メンタルモデル、共有ビジョン、チーム学習です。

インターネットが普及する前の本です。それでも、答えが外から降ってこない状況で組織がどう学ぶかを扱っている点で、いまの状況にそのまま重なります。日本語版の書籍紹介にある各ディシプリンの説明を手がかりに、AI以降の技術変化に置き直すと、次のようになります。

ディシプリンひとことで言えばAI以降の技術変化に置き直すと
システム思考システムのパターンの全体を明らかにし、効果的な変え方を見つける「研修が効かない」を受講者個人のせいにせず、教え手・時間・評価のつながりでとらえる
自己マスタリー自分のビジョンを明確にし続け、現実を客観的に見る新しい技術が来るたび、自分で学びを起動できる。白書のメタスキル5項目に近い
メンタルモデル理解や行動を左右する、深く染み込んだ前提に気づき、問い直す「上司や先輩が答えを知っている」という前提を外す
共有ビジョン創り出そうとする未来の共通像を、組織で持つ中期計画に、どの技術を学ぶかより、どう学ぶ組織になるかを書く
チーム学習一緒に探求し、内省し、チームとして能力を高める1人の受講成果を、チームの知恵に変える

書名の「第五のディシプリン」は、システム思考のことです。日本語版の目次では、第1章に「第五のディシプリン—システム思考」という節が置かれています。システム思考を扱う第Ⅱ部には、「『学習する組織』の要」という題が付いています。残る4つは第Ⅲ部「核となるディシプリン」の各章で扱われ、どの章にも「○○とシステム思考」という節があります。システム思考は、ほかの4つをつなぐ位置に置かれているわけです。

01で見た数字を、システム思考で並べ直してみてください。教える人が足りない。育成に割く時間がない。時間がないから次の教え手が育たず、教える人がまた足りなくなる——。因果を確かめたデータではありません。ただ、こう並べると、研修を1本足しても解けない輪に見えてきます。輪をほどくには、輪のどこかに手を入れるしかありません。

あなたの会社で、この輪にいちばん手を入れやすいのは、どこでしょうか。

中期計画の人材の章に、学び方の4行を足す

研修名の行を足す代わりに、学び方の行を足します。中期計画の人材の章に、次の4行を入れてみてください。

▶︎ 1行目:目指す姿を、技術名ではなく学び方で書く(共有ビジョン)
例えば「新しいAI技術が出てきたら、各部門が3カ月以内に自分たちの業務での使いどころを見つけ、社内に共有している」。技術名が一つも入っていない一文は、3年後も古びません。 白書(*1)は、経営戦略と人材戦略の連携をといています。ガイドライン(*5)も、学びを支援する姿勢を一度の発信で終わらせず、浸透するまで粘り強く伝えることを推奨しています。中期計画は、その発信の起点になります。

▶︎ 2行目:学ぶ時間を、業務の枠として確保する(システム思考)
時間がないという声に、個人の頑張りで応えるのは無理があります。同ガイドラインは取組例として、いくつかの方法を挙げています。週のうち特定の曜日・時間を一斉に学ぶ時間にする。所定労働時間の一定割合を学びに充ててよいとする。いずれも、社内や部門ごとの方針として決められる形で示されています。全社制度を待たずに始められるのが利点です。

▶︎ 3行目:研修のあとに「持ち帰る場」を置く(チーム学習・メンタルモデル)
同ガイドラインは、急速な変化に個人ひとりの学びで追いつくには限界があるとして、受講で得た知識や経験の共有を勧めています。他者に教えること自体が学びになる、とも書いています。第9回では、社内コミュニティーで学びを循環させる仕掛けとして、AI活用事例の共有会を紹介しました。ここで置くのは、それとは別の場です。研修の受講者が「これまでの前提がくずれた点」を一つだけ持ち帰って話す、30分の場です。話す人には教えることが学びになり、聞く人には自分の前提を疑うきっかけになります。

▶︎ 4行目:1on1に、振り返りの1問を入れる(自己マスタリー)
白書(*1)が使った5項目は、そのまま1on1の問いに使えます。たとえば「最近、自分のやり方がうまくいっているか考えた場面はありましたか」。同ガイドラインも、現場のリーダーの取組例に、部下の話に耳を傾け、本人が現状を自ら振り返れる環境を整えることを挙げています。四半期に一度、部門で5項目を聞いてみてください。白書と同じ物差しで、自部門の分布もつかめます。

▶︎ 月曜にやること
中期計画の人材の章のたたき台を開き、研修名やツール名が何回出てくるか数えてください。そのうち一つを、学び方の一文に書き換える。最初はそれで十分です。

次の技術の名前は、まだ誰も知らない

第0回で、本連載はPhase 3の柱の一つに「学習する組織文化の構築」を置いていました。AIエージェントの次に何が来るかを当てることは、あのときも今も、誰にもできません。だから、当てにいく計画を書くのはやめて、何が来ても学び始められる組織を計画する。

ガイドライン(*5)は、学びの気運や企業風土がいったん形づくられれば、その後の変化に対しても学びが自走的に進むと期待できる、と書いています。同時に、そこまでには時間と労力がかかる、とも。3年から5年の中期計画は、その時間を確保するのにちょうどいい長さです。

第20回で「計画は、変えるために書く」とお伝えしました。中期計画に並ぶ研修名は、毎年書き換わって構いません。書き換わらない1行を、先に置いておく。

3年後、中期計画の最終年度に、あなたの会社はどんな名前の研修をしているでしょうか。 その答えが分からなくても困らない組織にしておく。年末までの数カ月でできる準備は、そこから始まります。

 


< 参考文献・出典 >
*1 厚生労働省「令和8年版 労働経済の分析 -AI等技術革新が進む中での労働市場の現状と課題-」2026年(令和8年)9月29日公表
https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/26/26-1.html
第Ⅱ部第3章「AIの進化による人材育成の課題」(PDF)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/26/dl/26-1-2-3.pdf
公表ページ
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_75700.html

*2 特定の業務にとどまらず、幅広く応用できる能力のこと。労働経済白書(*1)は、確立された定義があるわけではないと断ったうえで、論理的思考力、批判的思考力、問題解決能力、コミュニケーション能力などを例に挙げている

*3 厚生労働省「令和7年度 能力開発基本調査 調査結果の概要」2026年(令和8年)7月31日公表
https://www.mhlw.go.jp/content/11801500/001728125.pdf
公表ページ
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/newpage_00233.html

*4 OECD(経済協力開発機構)が各国の成人を対象に行う国際調査(Survey of Adult Skills)のこと。労働経済白書(*1)が用いた2022〜2023年の調査では、読解力、数的思考力、問題解決能力を測定している

*5 厚生労働省「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」2022年(令和4年)6月策定
https://manabi-naoshi.mhlw.go.jp/wp-content/themes/manabinaoshi_themes01/assets/pdf/000957888.pdf
掲載ページ(職場における学び・学び直し促進ガイドライン特設サイト)
https://manabi-naoshi.mhlw.go.jp/guideline/
※同ガイドラインの第Ⅲ部「公的な支援策」は、令和8年4月現在の内容に更新されている。

*6 日常の業務に就きながら行われる教育訓練(On-the-Job Training)のこと。職場における学び・学び直し促進ガイドライン(*5)は、業務命令に基づき、通常の仕事を一時的に離れて行う教育訓練(OFF-JT)と対比して説明している

*7 ピーター・M・センゲ『学習する組織――システム思考で未来を創造する』(枝廣淳子・小田理一郎・中小路佳代子訳)英治出版、2011年6月21日発売
書籍紹介・目次(英治出版)
https://eijipress.co.jp/products/2101

※原著The Fifth Disciplineの2006年増補改訂版の完訳。

 

<前回までの記事はこちら>
AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜