「教育業界は成長産業」 起業家×公務員の「複業」で、内と外から目指す変革
2025.9.26 Interview

地方公務員の副業・兼業は原則禁止とされていましたが、2025年6月に総務省が許可基準を公表し、環境を整備するよう自治体に通知しました。副業解禁の動きは加速しつつあり、副業を稼ぐための「ライスワーク」と捉えるか、キャリア自律ややりがいを追求する「ライフワーク」と捉えるか、自分自身に問いかける人も増えているのではないでしょうか。
今回は、起業家であり、鎌倉市教育委員会の職員である小泉志信さんにお話を伺いました。「教育は趣味」と言い切る小泉さん。教員と教員以外の人の交流の場をつくる「一般社団法人まなびぱれっと」代表理事として、鎌倉市教育委員会では公教育の「裏方」として、内と外から「教育変革」を仕掛けます。根底には「誰もがやりたいことを形にできる世界を作りたい」という情熱がありました。
二つの立場で教員と子どもたちに向き合う

8月初旬、東京都の井の頭恩賜公園に、子どもたちと水鉄砲を打ち合ってびしょぬれになった小泉さんの姿がありました。オルタナティブスクール「ヒロック」のサマースクールとして、子どもたちが通う体験プログラムであると同時に、一般社団法人「まなびぱれっと」と共同開催の教育者向け研修プログラムです。
研修プログラムのタイトルは「シェルパ×見取りキャンプ」。学校における「先生」を、ヒロックではシェルパと呼んでいます。教育現場における「見取り」とは、教師が子ども一人ひとりの様子を注意深く観察し、その行動や言動の背景にある心情や思考を推測することです。
小泉さんは「教育現場では『見取り』が大事だと言いながら、その方法を学ぶ機会があまりないんですよ」と話します。教員・教育関係者や教育に関心のある大学生がプログラムに参加し、ヒロック初代校長の蓑手章吾さんからは「学びの場のデザイン」、小泉さんからは「実態把握の理論」を学びました。
「教育が当たり前にある生活」から教員の道へ
小泉さんは富山県小矢部市出身。教育への思いは、幼少期の家庭環境から生まれました。父の友人家族が毎日のように自宅に集まって楽しむ中、小泉さんは子どもたちの最年長として面倒を見る役割でした。
「左手でゲームをしながら、右手で勉強を見てあげる。毎週末、そんな生活をしていたので、私にとって教育は当たり前にあるものでした。高校の文理選択の際、当たり前にやってきたことを仕事にしようと考え、自然と教育学部を選びました」
進学したのは東京学芸大学の特別支援教育教員養成課程。センター試験(現在の大学入学共通テスト)の結果が思わしくなく、進学先を担任の先生と相談していたときに、近くにいた別の先生が、特別支援教育を学んでから小学校の先生になる例を話してくれたそうです。
「元々、障がい児教育はいつか学ばなければならないと思っていたので、先に学んでおこうと、特別支援教育の受験を決めました」
この選択が、小泉さんの考え方を形作る多くの出会いにつながりました。
一つ目は、さまざまな特性のある子どもたちとの出会いです。ボランティアサークルで初めて担当したのは、空想の世界で一人遊びをする子。そばに半日いて、やっとその子の見えている世界が垣間見えました。「この子たちのほうが、自分よりよっぽど人間らしいな、と思ったんですよ。自分の世界じゃないところに出てみることで、価値観が大きく変わる。貴重な原体験でした」
二つ目は、教職大学院で共に学んだ、現職の先生たちとの出会いです。特別支援教育という世界から一歩でも外に出ると、また違う世界があり、経験への評価も変わることに気づきました。
三つ目は、教育に関心があるけれど、先生ではない人たちとの出会いです。学校外で「先生になりたいのは自分だけ」という立ち位置で、さまざまな業界の経営者や官僚とも交流するようになり、「立場を超えた出会いはすごく重要なんだな」と感じるようになりました。
2018年、学生団体「せんせいのたまご」を立ち上げました。教員志望の学生と学校外で教育に携わっている人をつなぎ、月1回のイベント開催などを通じて交流し、学校教育に何ができるかを考える場を提供しました。
「先生たちは学校の外を知らずに教育を語り、学校外の人たちは先生たちとのつながりがありません。そこで、広く教育を知った上で学校教育に何ができるかを考えられる人材が必要だと感じました」
起業という選択と、転機となった「1000人の授業」

2020年、小学校教員として東京都東久留米市の公立校に着任しました。当時は新型コロナウイルス対策の一斉休校中。学校にはオンライン対応できるデバイスも少ないなか、Zoom全校集会の実現などに奮闘しました。初めての教員生活、1年生の担任という責務に全力を注ごうと、他の活動は止めていました。
「心の居場所が一つだけだと、バランスを取るのが難しいと気づきました。そんな中で後輩から相談を受け、先生たちがやりたいことを実現できる『サードプレイス』を作ろうと考えたのが、『まなびぱれっと」を立ち上げたきっかけです」
一般社団法人まなびぱれっとは【「せんせい」と「みんな」が安心して混ざり合う未来を。】をMISSIONに掲げ、教員とそれ以外の人が当たり前のように交流している未来のために活動しています。
ただ、小泉さんは、起業家になりたかったわけではなく、学校外で活動するための「箱」が欲しかったと語ります。一般社団法人の代表理事という立場があれば、イベントごとに副業申請をする手間が省け、手続きが一度で済むというメリットも大きな理由でした。
小学校の先生といえば激務のイメージがありますが、副業の時間をどう捻出していたのでしょうか。
「僕は『教育実践オタク』」で、授業や学級経営が大好きなんです。永遠にやりたいことの一つなんですけど、永遠に質が上がる、終わりのない仕事なんですよね。でも、まなびぱれっとの打ち合わせがあることで『おしり』が決まるので、作業効率を上げるための仕組みを作って、早く終わらせて帰っていました。やりたいことが複数あるからこそ、目の前でやりたいことのラインをコントロールできていました」
2023年、板橋区板橋第十小学校に赴任。4年生が取り組んだ「1000人の大人と出会い人生設計を考える探究学習」が大きな話題となりました。子どもたちが年間を通して1000人の大人と出会い、その生き方を知り、自分の人生設計を作り上げることを目指しました。
集大成として、渋谷・スクランブル交差点に面した共創施設「SHIBUYS QWS」で、子どもたちによる「人生設計発表会」が行われました。板橋第十小学校とまなびぱれっとのコラボレーションで実現した、子どもと大人の大規模な交流です。
この取り組みには、子どもたちのキャリア教育というだけでなく、教育業界全体が「成長産業」に見えるようなロールモデルを創出し、公立学校も新しい教育の可能性に満ちていることを発信するというねらいがありました。
しかし、実践がメディアに取り上げられて大きな注目を集める一方で、思わぬ副作用が起こりました。「1000人の大人」として参加を表明する大人の中に、子どもたちのためではなく「小泉志信に会いたいから」という人が出てきてしまったのです。
「子どもそっちのけで、『どうやったら小泉先生みたいになれますか』と聞かれたときに、もうこの実践は続けるべきではないと判断しました。この実践は、僕にとっては完成度10%以下のものだと思っています。それが正解であるかのように受け取られることに、耐えられなくなってしまったのです」
教育現場の課題の一つは、先生が異動になると、その経験や文化が受け継がれないことです。小泉さんは、教育の実践において「再現性の高いことを、際限なく続ける」ための仕組みを構築したいという思いで、鎌倉市教育委員会 教育行政職の公募に手を挙げました。自治体というより大きな単位で教育を変革することに可能性を見いだしたのです。
「教育は趣味」起業家×公務員が描く教育界の未来

2024年4月から鎌倉市教育委員会の職員になった小泉さんの業務は多岐にわたります。教育大綱の普及啓発や新規政策の立案、実行、そして学校現場への伴走支援やマネジメントなど、その役割を一言で「なんでも屋」と表現します。
市内の26小中学校の教職員を対象にワークショップを実施したり、ふるさと納税を活用した「鎌倉スクールコラボファンド」で学校のやりたいことを資金面からサポートしたり。また、「かまくら学校プロジェクト/プロデュース会議」という会議を月に一度開き、学校の情報を吸い上げて各課がどうアプローチするかを考えています。他にも、現場の先生たちと指導主事や教育行政職、教育長が一緒に授業を見て対話する「炭火キャラバン」や、中学校のPCルームを学習空間に変えるプロジェクトも担当しています。
まなびぱれっとの事業は、新任教員のサポート、教員たちが学び直すための研修事業や、専門性を生かして学校外で活動する「まなびコラボ」など。小泉さんは夜のミーティングや週末のイベントなどに参加しています。
二つの活動を両立する多忙な日々を送る小泉さんですが、そのバランスの取り方には、小泉さんならではの考え方がありました。
「このキャパシティーでできることしかしていない、という感覚です。鎌倉市ではプレーヤーとして現場で汗をかきながら挑戦させていただいています。逆に、まなびぱれっとでは経営者として、他のメンバーの価値を最大化することに注力しています。僕がやるよりも、任せて失敗させながらやらせた方が、その人自身の成長につながるという考えがあるからです」
小泉さんにとって「教育は趣味」で、「働いているという感覚が特にない」と語ります。
「誰もが『やりたい』と思ったときに、やりたいことを形にできる世界が楽しいと思っています。まなびぱれっとの事業も、まず『支える』ことでやりたいことができない状態にある人を助け、次に『成長させる』ことで伸ばし、最後に『自己実現』を後押しするというステップでデザインされています」
「まずはやってみる」外部から教育に関わるということ

働き方に対する柔軟な考え方について、小泉さんはこう語ります。
「今ある職業はほとんどなくなる前提で世の中が動いているので、『どう生きたいか』を常に考えています。私は教育委員会の仕事に絶対手を抜いていない自信がありますし、それができないなら複業はおすすめしません。趣味の延長、ライフワークとして、大人の楽しみ方ができるといいんじゃないかなと思います。僕の場合は、常に『筋トレの筋肉痛』ができるような負荷をかけることが、生き方の幅を広げてくれると思っています」
最後に、教育業界に関心がある一般の方へ、メッセージをいただきました。
「お子さんがいる方なら、一度子どもと一緒に学校のお手伝いをしてみるのが良いと思います。自分の子ではない子の面倒を見ることで、新しい学びがあるはずです。また、自治体が募集している部活動サポーターなどの非常勤の仕事や、教育系企業にフリーランスとして関わるのも一つの手です。外部人材が入りづらい業界だからこそ、スポットで関わるだけでも大きな価値を生み出せるのが教育業界の面白いところです。ご関心があるのであれば、まなびぱれっとに関わってもらうのが一番早いです(笑)。やりたいことベースで、プロジェクトベースで始められます」
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