“越境”エバンジェリストに聞く、シニア世代の副業のススメ
2025.9.12 Interview

今や、会社選びの際に「副業ができる環境が整っていること」を企業に求める必須条件に挙げるほど、「本業+副業」でライフキャリアを考える人が増えている。一方で、副業が身近ではなかったシニア世代にとっては、「副業」という言葉は知りつつも、どこか現実味がなく、接点を見つけるのが難しいと感じているかもしれない。
大手総合電機某社に勤める比留間優子さん(53歳)も、副業に興味がなかったシニア世代のひとり。現在、本業で培った経験と実績を生かし、地方企業2社の外部顧問として、企業が抱える経営課題全般のサポート業務を副業で担っている。
自称“越境”エバンジェリストの比留間さんが副業に踏み出したきっかけ、副業でどういったことに取り組んでいるのか、また、副業をすることでどんな変化があったのか、などお話をうかがった。
きっかけは「首都圏大企業のシニア人材」と「人材不足に悩む地方中小企業」をマッチングする視察ツアー

比留間さんが副業に興味を持った転機は、ちょうどコロナ禍の2020年。自宅待機で時間に余裕ができたと同時に、子育てがひと段落し自分のライフスタイルを見つめ直す時期に来ていた時だった。そして比留間さんいわく、「潜在意識の中で、ふるさとの高知県に何かしら関わりたい」と思い始め、高知県とつながる“何か”を自分で調べていたタイミングだったという。
「時を同じくして、高知県のUIターンサポートセンターから私が勤める会社に、高知県企業のビジョン達成や課題解決に向けた提案活動を体験していただくことで、地域企業の可能性・伸びしろを感じ、将来の活躍の場の一つとして検討するためとして『企業視察・交流ツアー』へ参加のオファーがありました。会社としても、シニア人材に対するリスキリングやセカンドキャリア構築といった取り組みが始まっていたところで、49歳以上の社員全員にツアー参加の募集がかけられたのです。舞台が高知ということもあり応募しました。」(比留間さん)
高知県との接点を模索していた比留間さんにとっては、まさに渡りに船。視察ツアーは、首都圏大手企業から20名が参加し2組に分かれてそれぞれ2社視察し、経営課題についてディスカッションをするという内容だった。交通費と宿泊費は県が負担するものの休日に行う完全な個人活動だったが、参加競争率は高かったという。比留間さんいわく、「興味だけで気軽に参加した」が、視察した鋳造メーカー・株式会社トミナガに心惹かれた。
「いわゆる3K的な現場でありながら、社員が一生懸命働いていて風通しのよさそうな会社だと思ったのです。もし何か手伝えることがあればお手伝いしたい、と高知県を通して伝えたところ仕事のオファーにつながり、2022年11月に顧問契約をしました。」(比留間さん)
7月の視察ツアーからわずか4カ月後のことだった。
ミッション達成のために部長の右腕として伴走

株式会社トミナガと顧問契約を結んだ比留間さんのミッションは、法人営業のアドバイザーとしてアップセルを目指していくことだったが、実際に現場に入ってみると想定とはやや違っていた。
「私が経験したことのない法人営業のスタイルでした。業界も違えばカルチャーも違うので当然のことではあります。とは言え、新しくマーケティング部を立ち上げ、新規事業で売り上げを伸ばしたいという会社のビジョンと、マーケティングのノウハウ習得を手探り状態だった営業現場の現実とのギャップは大きかったです。」(比留間さん)
法人営業アドバイザーとしてのミッションを達成するためには、まず経営課題全般をサポートする必要があり、中でも「社員の視点を変えていく」ことが重要なミッションとなった。そこで比留間さんは、まず、現場のマネジメントである部長と1on1を繰り返し実施することから始めた。会話を重ねて信頼関係を築き、会社の目標やビジョンを現場の作業にどう落としていくのかを徹底的に話し合った。
「社員の視点を変えるために、企業としてあるべきことを当たり前に理解してもらうことに注力しました。会社のビジョンに基づいて中・長期計画を立て、それに向かって誰が何をやるかを決めて走る、という首都圏大企業にとっては当たり前のことが、地方中小企業にとっては当たり前じゃなかったからです。例えば、売り上げを伸ばしたいなら、まずは目標数値を把握して半期ごとの目標数値を立てる。売り上げアップのために何をするかリストアップして現場に落として、実績を積み上げていく。仕事の進め方をボトムアップで改善できたことが、顧問としてお手伝いする私の付加価値でしたし、一番の成果でした。」(比留間さん)
契約当初は、毎月1回、有給休暇を使って高知県に出向いて面談を行い、さらに週2回オンラインでの面談を実施した。部長の右腕として伴走し、現場マネジメントのサポートを続けることで、社員の意識が変わってきたという。そして、比留間さんが顧問として関わることで経営陣の中に生まれた、経営課題を解決するためのさまざまな“気づき”に感謝された。今でも毎月1回は高知県に通っているが、オンライン面談はずいぶんと減った。現場が自走できるまでになり、比留間さんはメンターのような存在になっているという。そして、この株式会社トミナガでの実績が2社目の顧問契約へとつながったのだ。
副業がもたらした本業での行動変容、そして新たな挑戦へ

株式会社トミナガでの実績が高く評価された比留間さんに、高知県UIターンサポートセンターから、新たな視察ツアー参加への声がかかったのだ。紹介先は、井上石灰工業株式会社という、農業市場をメインに、育種や農薬・肥料など多角的に事業展開する会社。その一つの事業である育種事業において、自社栽培のオリジナルブランドトマトの売上拡大・新規事業に課題をもっており、セールスマーケティングのサポートを求めていた。井上石灰工業の求めるスキルと人材が比留間さんにマッチすると考えた高知県が、比留間さんに白羽の矢を立てたのだ。
視察ツアーには比留間さんのほかにも2名参加者がおり、経営課題、人事評価制度、マーケティングの3つの課題でそれぞれが企画提案のプレゼンテーションを行った。比留間さんはマーケティングについてのプレゼンテーションを行い、見事に契約を獲得。2024年2月から副業2社目となる井上石灰工業と契約を結んだ。
現在、本業と並行して2社での副業を継続している比留間さんだが、副業をすることでさまざまな変化があったという。
「視座が高くなり、視野が広くなりました。社外顧問という立場でマネジメント層にアドバイスをするには、少し上の視点から物事を俯瞰しなければいけません。それを経験することで、本業のマネジメント層が私自身の期待していることをより深く理解できるようになったのです。見据えているゴールに対して、会社が組織の中で私をどのように生かしたいと思っているのか、気づくことができました。」(比留間さん)
マネジメントの考えを、私への期待値をより深く理解することで本業での行動が変化し、より効率的に動けるようになった比留間さんは、そこから躍進する。
「自己評価が低く謙遜を美徳と思っていましたが、それではチャンスは来ない。副業で実績を出し評価された経験で自信がついたことで、本業でも自ら手を挙げ自分ができることは積極的に取り組むようになりました。やってみると、やれる。やれるとさらに自信がつく。自分から会社に提言できるようにもなりました。上司からは、仕事に対する熱量とスピードが上がったと評価されましたし、能動的に仕事をすることによって逆に仕事が楽になったのです。」(比留間さん)
他部署からの評価もあいまって組織の中で急浮上した比留間さんは、現在、元の仕事に加えて新規事業にも参画し、営業職のフィールドで新たなチャレンジをしている。また、B2Bのセールスマーケティングをアカデミックに学びたいという思いから、外部の社会人向けマーケティングコースを受講。自ら成長しようとする学習意欲、副業などに挑戦する前向きな姿勢を会社も評価。今後は、比留間さんが学んだことを、社内研修を通して若手に還元する約束で、会社からのバックアップを得て勉強させてもらえるそうだ。
副業は“越境”のひとつ。迷っているなら絶対やった方が良い。

比留間さんは“バタフライエフェクト”と呼ぶが、2022年の副業への小さな一歩から、実績と評価を得て自信につながり、本業での行動変容がもたらした効果はとても大きい。最後に、副業を考えている人へのメッセージをいただいた。
「副業は“越境”のひとつです。違う世界に行き、違う世界に触れることで得られるものはたくさんあります。本業では出会えない人との出会いや新しい考え方、本業に還元できる経験やライフキャリアの充実など。何に価値を見いだすかは人によって違いますが、私にとって一番良かったことは、自信がついたこと。そして、人に必要とされることの喜び、うれしさを感じられたことです。唯一のデメリットは疲れることですが、それは自分でコントロールできます。自称“越境”エバンジェリストとしては、副業を迷っているなら絶対やった方が良い、と背中を押したいです。」(比留間さん)
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