はじめに|「AIで10分の人」と「手作業で10時間の人」、どう評価し分けますか
7月になりました。夏季賞与の支給と、その査定の振り返りが重なる時期です。
帝国データバンクが2026年6月11日に公表した調査(*1)によれば、今年の夏季賞与を「増加する」と答えた企業は37.1%。正社員1人当たりの平均支給額は前年比1.8万円増の47.7万円で、大企業の4割超が増額に踏み切っています。労務行政研究所の調査(*2)でも、東証プライム上場企業113社の平均は88.1万円、前年同期比2.5%増でした。
原資が増えるからこそ、「誰に、なぜ、いくら配るのか」という査定の納得感が、いつにも増して問われます。
そして今年、査定の現場には新しい悩みが生まれています。「AIを使って提案書を10分で仕上げた人」と、「手作業で10時間かけて仕上げた人」。同じ成果物なら、この2人をどう評価し分ければいいのか。作業量や労働時間を物差しにしてきた従来の制度のままでは、前者が生んだ価値をうまく説明できない——そんな戸惑いの声が、人事・評価の現場から聞こえてきます。
本稿では、評価の軸を「作業量・労働時間」から「創造的価値・成果」へと移すための考え方と、AI活用度を測る4つの指標をお届けします。夏季賞与を“試験導入”の起点にして、年末の制度化につなげる道筋まで一緒に描いていきましょう。
AIで生んだ価値が、評価に「映らない」
AIで効率化したことが、評価にうまく反映されない。その背景には、個々の評価者の問題ではなく、制度の構造的な理由があります。
パーソル総合研究所が2026年に実施した「生成AIとはたらき方に関する実態調査」(*3)によれば、生成AIを使ったタスクの所要時間は未利用時と比較して平均16.7%(週あたり26.4分)短縮されています。ところが、実際に「業務削減時間がある」と答えた利用者は25.4%にとどまりました。
理由は、浮いた時間の使われ方にあります。削減できた時間の61.2%は別の仕事に再投下され、その多くが日常の定型業務に吸収されている。AIで生んだ“余白”は、評価の対象として表に出る前に、次の業務へ静かに飲み込まれてしまうのです。
さらに見えにくいのが、AIに詳しい人が担う貢献です。同調査では、ヘビーユーザーほど「周囲に教える頻度が増えた」と答えた割合が37.3%にのぼります。けれども、その指導は正式な業務として評価されていないことが多い。価値を生んでいるのに、評価のものさしがそこに届いていないのです。
成果を出していないわけではありません。AIによって生まれた価値が、従来の評価制度の“測り方”からこぼれ落ちている——これが、多くの職場に共通する構造的な課題なのです。
なぜ「作業量」基準はAI時代に壊れるのか
そもそも、従来の人事評価は「インプット」を成果の代理指標にしてきました。労働時間、作業量、こなした件数。AIが登場する前は、これでよかったのです。時間をかけた人ほど、おおむね多くを生み出していたからです。時間と成果は、ゆるやかに比例していました。
ところが、AIはこの比例関係を断ち切りました。10時間が10分になる。100件が1000件になる。「どれだけ時間をかけたか」と「どれだけ価値を生んだか」が、もはや別物になったのです。
第8回で、AI活用を阻む壁の一つとして「評価制度の未対応」を取り上げました。労働時間や作業量だけを物差しにし続けると、AIで効率よく成果を出した働きが評価に表れにくくなり、結果としてAI活用のインセンティブが働きにくくなる——という構造的なリスクです。
ズレは、大きく3つあります。第一に、測る対象のズレ。投入した労力ではなく、生み出した価値を見るべきなのに、評価項目が労力のままになっている。第二に、見えない貢献のズレ。前述の通り、AIに詳しい人ほど周囲に教える機会が増えていますが、その指導は評価の外に置かれがちです(*3)。第三に、時間軸のズレ。AIスキルは陳腐化が速く、半年前の「できる」が今は通用しない。学び続けているかどうかを、評価が見ていないのです。
つまり、見直すべきは社員の働き方ではなく、評価のものさしのほうなのです。
評価を「作業量」から「創造的価値」へ——4つの指標
では、ものさしをどう作り替えるか。出発点はシンプルです。「何時間かけたか」ではなく「どんな価値を生んだか」を見る。 そのうえで、AI活用度を次の4つの指標で見える化してみてください。
① 活用頻度——どれだけ業務にAIを組み込んでいるか。週次の利用回数や、活用している業務シーンの数で測ります。第6回で示した5段階ROIの「行動指標(L3)」にあたる部分です。まずは“使っているかどうか”を可視化する。
② 効果創出——AIを使って、どれだけの時間を生み、どれだけ品質や成果を上げたか。削減時間、提案の採用率、新たに生まれた売り上げ。ここが評価の中心です。大切なのは「速くなった」で終わらせず、「浮いた時間で何を生んだか」まで見ること。Ubie(*4)は2026年1月から、業務ログをもとに、売り上げなどの数字に表れにくい貢献——品質管理や他者支援——までファクトベースで評価する仕組みを動かし始めました。見えにくい価値に光を当てる発想は、大いに参考になります。
③ ナレッジ共有——自分のプロンプトや成功事例を、どれだけ周囲に渡したか。第9回で「評価指標にAI活用を組み込む」と書いた通りです。先駆者の“教える行動”を評価の外に置いたままにせず、加点対象にする。これだけで、属人化していた知見が組織の資産に変わります。
④ 学習継続——変化の速い技術に、自ら学び続けているか。住友商事(*5)は2026年8月から、全社員5,000人のAI・DXスキルを6段階で等級化する制度「Dグレード」を始めます。ITパスポートなど30以上の資格に加え、研修受講歴と“実務でのAI活用実績”を点数化し、人事配置にも生かす仕組みです。資格・学習・実績を一本の指標でつなぐ、わかりやすいお手本といえます。
この4つは、独立した点数ではなく、つながった一つの物語として見てください。みなさんの会社なら、まずどの指標から測れそうでしょうか。
夏季賞与から始める、3ステップの導入設計
ここで焦らないでください。いきなり全社制度として作り込むと、現場は身構えます。順序はこうです。
ステップ1:夏季賞与で“試験導入”する(7〜8月)。 今回の査定で、評価表の片隅に「AI活用による効果」を任意記入欄として1つだけ足す。点数化は急がず、「AIで削減した時間」「共有した事例」を書いてもらうだけでいい。まずは見える化が目的です。
ステップ2:秋に検証する(9〜10月)。 集まった記述から、効果創出やナレッジ共有の“良い型”を3〜5件抜き出し、社内で共有します。第15回で論じた「可視化」が、ここで評価データという形で生きてきます。
ステップ3:年末賞与・2027年度で制度化する(11月〜)。 検証で手応えのあった指標だけを、正式な評価項目に昇格させる。管理職の評価には「部下のAI活用支援」を入れておくと、上が動き、下が続きます。
月曜からできることも一つだけ挙げておきます。次の1on1で、メンバーにこう聞いてみてください。「今期、AIを使って一番うまくいったことは? それで浮いた時間は、何に使った?」——この問いを投げるだけで、評価する側の視点が「作業量」から「価値」へと自然に切り替わります。
ただし、注意も。AI活用を“義務”として強制すると反発を招きます。第9回でも触れた通り、目指すのは奨励であって強制ではありません。
「時間をかけた」ではなく「価値を生んだ」を評価する
夏季賞与の査定は、新しいものさしを試す絶好の機会です。
評価の軸を「作業量・労働時間」から「創造的価値・成果」へ。そしてAI活用度を、活用頻度・効果創出・ナレッジ共有・学習継続の4つで見える化する。この夏に小さく試し、秋に検証し、年末に制度として固める。順を追えば、無理のない移行ができます。
忘れないでほしいのは、評価制度は「過去を裁く道具」ではなく「未来の行動を方向づける道具」だということです。何を評価するかを変えれば、人は動きます。AIで価値を生んだ人がきちんと報われる仕組みこそが、組織全体のAI活用を静かに、しかし確実に底上げしていきます。
みなさんの会社では、来年の夏、どんな働き方を「高く評価する会社」になっていたいでしょうか。
< 参考文献・出典 >
*1 株式会社帝国データバンク「2026年夏季賞与の動向アンケート」2026年6月11日
https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260611-2026summerbonus/
*2 一般財団法人 労務行政研究所「東証プライム上場企業の2026年夏季賞与・一時金(ボーナス)の妥結水準調査」2026年5月7日
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000041.000076110.html
*3 パーソル総合研究所「生成AIとはたらき方に関する実態調査」2026年3月13日
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/thinktank-column/202603130001/
*4 Ubie株式会社「“AIで人間による人事評価の限界を超える” 生成AIに評価の基盤を任せ、人が事業成長に専念できる人事評価システムを開発」2025年12月26日
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000194.000048083.html
*5 日本経済新聞「住友商事、全社員5000人のAIスキルに等級 人事配置にも活用」2026年5月26日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC22AZ90S6A520C2000000/
<前回までの記事はこちら>
AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜