2026年度予算編成前に問う、AI人材育成の「成熟度」 〜現状を知る:自社専用の診断モデルを作る3ステップ〜


AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜
序章:生成AI「幻滅期」が示す、人材育成の転換点〜ハイプ・サイクルから読み解く、大企業の次の一手〜
第1回:2026年度予算編成前に問う、AI人材育成の「成熟度」〜現状を知る:自社専用の診断モデルを作る3ステップ〜 本記事



答えられない質問「で、うちは今どのレベル?」

「当社のAI人材育成は、今どのレベルにいるんですか?」
予算会議の席で、CFOからこう問われたとき、あなたは何と答えますか?

「研修を実施しています」
「ChatGPTを全社員に配布しました」
「一部の部門で活用が始まっています」

こうした答えは、実は答えになっていません。経営層が知りたいのは「やった/やらない」ではなく、「5段階評価でどこにいるのか」「次はどこを目指すのか」という現在地と道筋なのです。

11月。多くの日本企業が2026年度予算の調整に入る時期です。投資判断には「費用対効果」だけでなく、「進捗(しんちょく)の可視化」が求められます。しかし、AI人材育成において、多くの担当者がこの「可視化」に苦しんでいます。

なぜか。評価基準を持っていないからです。

日本の人事部が発表した「人事白書2025」によれば、AI人材育成を「行っていない」企業は4割を超えます(*1)。しかし、より深刻なのは、取り組んでいる企業の多くが「自社がどのレベルにいるのか測る術がない」という現実です。同調査では「AI人材が足りていない」と回答した企業が59.6%に達していますが(*1)、「足りない」と感じる基準自体が曖昧なのです。

「他社は進んでいるらしい」
「うちは遅れている気がする」
「でも、どれくらい遅れているのかわからない」

こうした「なんとなく」の感覚で予算を要求しても、経営層は納得しません。

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は2019年から「DX推進指標」という自己診断ツールを提供しています(*2)。これは企業が自社のDX推進状況を35の項目で評価し、他社とのベンチマーク比較もできる優れたフレームワークです。ただ、このツールは企業全体のDXを対象としており、AI人材育成という具体的なテーマには、より専門的な診断モデルが必要です。

11月の予算会議で、あなたが経営層に示すべきは、こういう説明です:

「当社は5段階評価の『レベル2:展開段階』にいます。業界平均より若干遅れていますが、2026年度に重点施策を実行することで『レベル3:定着段階』に到達します。これにより、具体的な成果として営業部門の受注率15%向上を実現する計画です」

この説明ができれば、予算が通る可能性が格段に上がります。

問題は、こうした診断モデルを多くの企業が持っていないことです。本稿では、経済産業省のDX推進指標という実証的モデルに学びながら、AI人材育成に特化した自社専用の成熟度診断を作る3ステップを解説します。2026年度予算編成の根拠として使える、実践的なツールが手に入ります。

「万能の診断モデル」は存在しない――だからこそ自社専用が必要

イントロダクションで触れたDX推進指標は、確かに優れたフレームワークです。2019年にIPAが作成したこのツールは、35の項目で企業のDX推進状況を自己診断でき、ベンチマークレポートで他社との比較も可能です(*2)。

しかし、ここに大きな落とし穴があります。

DX推進指標は「企業全体のデジタルトランスフォーメーション」を対象としているという点です。つまり、AI人材育成という、より具体的で限定的なテーマを深掘りするには、別の視点が必要なのです。

さらに重要なことがあります。仮にAI人材育成に特化した診断ツールが存在したとしても、それを「そのまま使う」のは危険です。

なぜか。あなたの会社のゴールは、他社と違うからです。

あなたの会社の「ゴール」は何ですか?
 ――全社員がChatGPTを使いこなせるようになることですか?
 ――それとも、AIエンジニアを100人育成することですか?
 ――あるいは、営業部門のAI活用で売り上げを20%向上させることですか?

ゴールが違えば、評価すべき項目も、現在地の測り方も、次のステップも、すべて変わります。

前述の人事白書2025が示すように、多くの企業が「何をどう評価すればいいのかわからない」状態です。これは、自社のゴールを明確にせず、誰かが作った評価基準を探そうとしているからです。

だからこそ、自社専用の成熟度診断モデルが必要なのです。

経済産業省のDX推進指標に学ぶ、診断モデルの本質

では、どうやって自社専用の診断モデルを作ればいいのか。

ここで参考にすべきなのが、経済産業省のDX推進指標です。このモデルが優れているのは、単なるチェックリストではないという点にあります。

DX推進指標の本質は、「気づきの機会を提供すること」です。

IPAの説明によれば、この指標は「経営幹部、事業部門、DX部門、IT部門などの関係者が議論をしながら、DXで何を実現したいのか、DXを巡る自社の現状や課題、とるべきアクションは何かについての認識を共有し、そのうえで必要なアクションにつなげるための気づきの機会を提供する」ことを目指しています(*2)。

つまり、診断モデルの価値は「点数をつけること」ではなく、「組織が自分たちの現状と課題を認識し、議論し、次のアクションを明確にすること」にあるのです。

DX推進指標は、大きく2つのカテゴリーで構成されています:

【DX推進指標の構成】

1.  DX推進のための経営のあり方、仕組みに関する指標
2.  DXを実現する上で基盤となるITシステムの構築に関する指標

この構造が示唆しているのは、「技術」と「組織・経営」の両面から評価する必要性です。

AI人材育成も同じです。「研修を何回実施したか」という技術面だけでなく、「経営層がコミットしているか」「評価制度は整っているか」という組織面も評価しなければ、真の成熟度は測れません。

自社専用の成熟度診断を作る3ステップ

経済産業省のDX推進指標という実証的モデルから学び、AI人材育成に特化した自社専用の診断モデルを作る方法を解説します。

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▶︎ ステップ1:自社の「ゴール」を明確に定義する(1週間)

最初にすべきことは、あなたの会社が何を達成したいのかを明確にすることです。
予算会議の前に、以下の問いに答えてください:

【ゴール定義のための5つの問い】

1. 範囲:全社員が対象か、特定部門か、選抜人材か?
2. 深さ:AIリテラシー向上か、実務活用か、専門家育成か?
3. 期間:6カ月、1年後、3年後に何を達成したいか?
4. 成果指標:どんな数字で成果を測るのか?
5. 投資対効果:どれくらいの投資でどれくらいのリターンを期待するか?

例えば
ゴールA:「全従業員3,000人が、6カ月内に日常業務でChatGPTを活用し、平均10%の業務効率化を実現する」
ゴールB:「営業部門100人が、1年以内にAIを活用した提案書作成・分析ができるようになり、受注率を15%向上させる」
ゴールC:「3年以内に社内にAIエンジニア30人を育成し、自社プロダクトにAI機能を実装できる体制を構築する」

この3つは、まったく異なるゴールです。当然、評価項目も測定方法も違います。

ゴールを明確にするために、経営企画、人材開発、DX部門、事業部門の責任者を集めて、1時間のワークショップを実施してください。「2026年度末に、AI人材育成で何を達成していたいか」を具体的に議論するのです。

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▶︎ ステップ2:成熟度の「レベル」を定義する(1週間)

ゴールが決まったら、そこに至るまでの段階を定義します。
DX推進指標では、各項目について0〜5の6段階評価を採用していますが、AI人材育成では、もう少しシンプルに4段階で十分です。

【AI人材育成の成熟度レベル(例)】

レベル0:未着手
取り組みが全く行われていない、または散発的な個人の自主学習のみ

レベル1:試行段階
・一部の部門や有志で試験的に取り組んでいる
・組織的な支援体制はない
・成果測定の仕組みがない

レベル2:展開段階
・全社または主要部門で体系的な育成プログラムを実施
・予算と担当部署が明確
・基本的な成果測定を開始

レベル3:定着段階
・AI活用が日常業務に組み込まれている
・評価制度やキャリアパスに反映
・継続的な改善サイクルが回っている
・ベストプラクティスを組織内で共有

このレベル定義を、あなたの会社のゴールに合わせてカスタマイズしてください。

例えば、ゴールが「全社員のAIリテラシー向上」なら、レベル3は「全社員の80%が日常的にAIツールを活用している」となるでしょう。

一方、ゴールが「AIエンジニア育成」なら、レベル3は「AIエンジニアが30人育成され、実際のプロダクト開発に従事している」となります。

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▶︎ ステップ3:評価項目と測定方法を設計する(2週間)

最後に、具体的な評価項目を設計します。
ここでも、経済産業省のDX推進指標の構造が参考になります。「技術面」と「組織面」の両方を評価することが重要です。

【AI人材育成の評価項目(例)】

A. 戦略・ビジョン(組織面)
A1. 経営層がAI人材育成の重要性を認識し、明確なメッセージを発信しているか
・A2. AI人材育成の目標が、事業戦略と紐づいているか
・A3. 予算と人員が十分に配分されているか

B. 育成プログラム(技術面)
・B1. 体系的な育成カリキュラムが整備されているか
・B2. 職種・役割に応じた複数のプログラムが用意されているか
・B3. 外部研修だけでなく、社内での実践機会があるか

C. 組織体制・環境(組織面)
・C1. AI人材育成の専任担当者・チームが存在するか
・C2. 部門横断で知識共有する仕組み(コミュニティー)があるか
・C3. AIツールが全社員に提供され、活用しやすい環境か

D. 評価・インセンティブ(組織面)
・D1. AI活用スキルが人事評価に反映されているか
・D2. AI人材のキャリアパスが明確に示されているか
・D3. 優れた活用事例を表彰・共有する仕組みがあるか

E. 成果測定・改善(技術面)
・E1. AI活用による業務効率化・成果を定量的に測定しているか
・E2. 従業員のAI活用状況を定期的にモニタリングしているか
・E3. 測定結果をもとに育成施策を改善しているか

各項目について、前述の4段階(レベル0〜3)で自己評価します。

測定方法は、できるだけ客観的な数字を使ってください:

・「AI活用研修の受講率」
・「日常的にAIツールを使用している従業員の割合」
・「AIを活用した業務改善提案の件数」
・「AI関連プロジェクトの数」
・「AI活用による業務時間削減率」

そして、この診断を四半期ごとに実施してください。PDCAサイクルを回すには、定期的な測定が不可欠です。

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▶︎ 最終ステップ:2026年度予算会議で使える「一枚のシート」を作る

3つのステップが完了したら、最後に「一枚のシート」にまとめます。
これが、あなたが予算会議で経営層に提示する資料です。

【自社AI人材育成 成熟度診断シート】

1. 私たちのゴール 「2026年度末までに、営業部門100人がAIを活用した提案書作成・分析ができるようになり、受注率を15%向上させる」

2. 現在地(2025年11月時点)
・戦略・ビジョン:レベル1(試行段階)
・育成プログラム:レベル1(試行段階)
・組織体制・環境:レベル2(展開段階)
・評価・インセンティブ:レベル0(未着手)
・成果測定・改善:レベル1(試行段階)
    総合評価:レベル1.2(試行段階)

3. 他社ベンチマーク
IPA「DX動向2025」によれば、日本企業の85.1%でDX人材が不足
・当社は業界内で「中位」と推定

4. 2026年度の目標
全項目でレベル2(展開段階)以上を達成
・特に「評価・インセンティブ」をレベル0→2へ引き上げ

5. 必要な予算と施策
育成プログラム開発:500万円
・外部研修・ツール導入:1,000万円
・専任担当者配置:1名
・合計予算:2,000万円

このシートがあれば、経営層に対して以下のように説明できます:

「当社のAI人材育成は、現在『試行段階』です。業界平均と比較しても遅れています。2026年度に『展開段階』へステップアップするため、特に評価制度の整備に注力します。これにより、営業部門の受注率15%向上という具体的な成果を実現します」

経営層が求めているのは、こういう具体的なストーリーです。「研修やりました」ではなく、「今ここにいて、来年ここに行き、こういう成果を出します」という道筋です。

「現状を知る」ことが、すべての始まり

AI人材育成における成熟度診断は、ゴールを設定する手段ではありません。ゴールに向かうための「現在地」を知る手段です。

多くの企業が失敗するのは、現在地を知らないまま、誰かが作ったロードマップを走り始めるからです。地図を持たずに旅に出るようなものです。

経済産業省のDX推進指標という実証的モデルから学べることは、診断の本質が「気づき」にあるということです。数字をつけることが目的ではなく、組織が自分たちの現状と課題を認識し、議論し、次のアクションを明確にすることが目的なのです。

11月という予算編成の季節に、あなたができる最も重要なことは、自社専用の診断モデルを作り、現在地を知ることです。

それがあれば、経営層からの「で、うちのAI人材育成は、他社と比べてどうなんですか?」という問いに、自信を持ってこう答えられます:

「当社は現在『試行段階』のレベル1.2です。業界平均と比較するとやや遅れていますが、2026年度に重点施策を実行することで、レベル2の『展開段階』に到達します。これにより、営業部門の受注率15%向上という具体的な成果を実現する計画です」

これが、予算を勝ち取る説明です。

次回・第2回は、2025年に実施してきた取り組みを「学習資産」に変える方法をお届けします。多くの企業が「やりっぱなし」で終わらせている施策を、次の成長の糧にする具体的な手法を解説します。

< 参考文献・出典 >
*1  日本の人事部「人事白書2025 AI人材育成調査」2025年
https://jinjibu.jp/article/detl/hakusho/3904/

*2  独立行政法人情報処理推進機構「DX推進指標のご案内」
https://www.ipa.go.jp/digital/dx-suishin/about.html