・AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜
・序章:生成AI「幻滅期」が示す、人材育成の転換点〜ハイプ・サイクルから読み解く、大企業の次の一手〜
・第1回:2026年度予算編成前に問う、AI人材育成の「成熟度」〜現状を知る:自社専用の診断モデルを作る3ステップ〜
・第2回:年末の振り返りが分ける、AI活用の成否〜過去を生かす:2025年の取り組みを学習資産に変える~
・第3回:AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜
・第4回:新年、経営層を動かす「AI人材投資」の説得ロジック〜説得する:幻滅期こそ投資すべき3つの理由〜
・第5回:人事異動シーズンに問う、AI時代の「適性の見極め方」 〜見極める:アップスキリングから見える、リスキリング適性〜
・第6回:決算期前に測る、AI人材育成の「投資対効果」〜証明する:経営層が納得する5段階ROI〜
・第7回:「異動ありき」から「段階的関与」へ 〜設計する:人事異動期に問う、ミスマッチを防ぐ仕組み〜
・第8回:年度末総括で見えた、AI活用の「3つの壁」〜乗り越える:技術・組織・心理の壁への処方箋〜
・第9回:新年度直前、AI活用を「当たり前」にする組織づくり〜定着させる:行動変容を生む5つの仕掛け〜
・第10回:新年度スタート、部門別AI活用の「最初の一歩」 〜実践する①:営業・マーケティング部門の即効施策〜本記事
はじめに|「全社方針は出た、でも現場は止まったまま」
4月になりました。
新体制がスタートし、経営層からは「今年こそAIを現場で活用していく」という力強いメッセージが出た。全社向け研修も終えた。ガイドラインも整備した。
にもかかわらず、各部門からは「で、具体的に何をすればいいんですか?」という声が上がってくる——そんな状況ではないでしょうか。
これは珍しいことでも、あなたの計画が失敗しているわけでもありません。AI活用の”導入フェーズ”と”実践フェーズ”の間には、必ずこの空白地帯が生まれます。全社方針という「地図」はあっても、各部門が歩くべき「最初の一歩」が描かれていない状態です。
株式会社マツリカが2026年3月に公開した「2026年の営業トレンド」(*1)によれば、すでに買い手側もAIを使って情報収集・比較・意思決定を行う時代に変わりつつあり、営業活動において重要になるのは「情報の出し方」「整理の仕方」「顧客の判断をどこまで支援できるか」だと指摘しています。つまり、営業・マーケティング部門においてAI活用は「やるかやらないか」ではなく、「いつ、どこから始めるか」の段階に入っているのです。
4月は、新年度の最初の1カ月。ここでの立ち上がり方が、上半期の成果を大きく左右します。今号では、特に「次の一手」が求められている営業・マーケティング部門に絞り、今週から始められる具体的な施策を4つの活用シーンとともに解説します。
なぜ「営業・マーケから始める」のが正解なのか
部門別AI活用を展開するとき、どこから着手すべきかという問いに対して、正解は一つではありません。ただ、多くの企業で「最初の一歩」として営業・マーケティング部門を選ぶことには、いくつかの合理的な理由があります。
成果が数字で見えやすいという点がまず大きい。受注率、商談数、提案書の作成時間、マーケティングのリード獲得数——営業・マーケ部門には測定できるKPIがそろっています。AI活用の効果を「見える化」しやすく、他部門への横展開を説得する材料を作りやすいのです。
もう一つは、現場の”痛み”が明確だという点です。提案書の作成に何時間もかかる、顧客調査がなかなか終わらない、商談の準備が属人化している——こうした具体的な課題が山積していて、AIの出番を作りやすい。
しかし同時に、現場の課題も見えてきます。
セレブリックス営業総合研究所が2026年1月に公開した年頭所感(*2)では、Upwork Research Instituteの調査を引用しつつ、AIの導入によって一時的に仕事量が増えたと感じた管理職は77%にのぼると指摘されています。研修は受けた、ツールも入った、でも「余計に時間がかかっている」と感じる担当者は少なくない。
この矛盾の正体は、AIを既存の業務フローに「足す」だけで、プロセスそのものを変えていないことにあります。AI活用の第一歩は、ツールを与えることではなく、業務プロセスのどこにAIを組み込むかを設計することなのです。
あなたの部門の現状はどうでしょうか? 「ツールは配ったが、業務は変わっていない」という状態になっていませんか?
4つの活用シーンと、今週から動けるアクション
では、具体的に何から手をつけるべきか。営業・マーケティング部門での実践を通じて効果が確認されている4つの活用シーンを整理します。
▶︎ シーン1:顧客インサイト抽出
「顧客が本当に欲しいもの」を見つけ出すのは、昔から難しい仕事です。アンケートの自由記述や商談の議事録、過去のメールのやり取り——こうしたテキストデータの中に埋もれている声を、生成AIに要約・分類させることで、数時間かかっていた作業が数分で終わります。
今週できるアクション:過去3カ月分の商談後アンケート(50件以上)をCSVでまとめ、生成AIに「顧客の潜在課題を5つのカテゴリーに分類してください」と依頼してみてください。初回は精度に驚くはずです。
▶︎ シーン2:提案書の初稿生成
提案書作成は、営業担当者が最も多くの時間を費やす業務の一つです。ここに生成AIを使わない手はありません。ただし、「AIに提案書を丸投げする」のではなく、「自分の思考の”たたき台”を30分で作る」という使い方が現実的です。
提案書の初稿生成でAIを活用することで、資料作成にかかる時間を大幅に短縮し、営業担当者は提案内容のブラッシュアップという創造的な作業に集中できるようになります。AIが「80点のたたき台」を作り、人間が残り20点を磨く——このプロセス設計が、現場への定着を早める鍵です。
今週できるアクション:直近の成功した提案書を3件AIに読み込ませ、「この構成パターンを参考に、〇〇業界向けの提案書の骨格を作ってください」と依頼するプロセスを標準化してみてください。
▶︎ シーン3:商談前の顧客企業リサーチ
大手のルート営業でも、新規訪問でも、商談前の顧客企業調査は欠かせません。ただ、プレスリリースをひとつひとつ確認したり、IR資料を読み込んだりする作業は時間を取られます。
生成AIとWeb検索を組み合わせれば、「○○社の直近の課題と注力領域を5点にまとめてください」という問いかけで、15分かかっていた情報収集が3分に短縮できます。
今週できるアクション:来週の商談リストの中から1社を選び、AIを使って「企業概要・直近の発表・想定課題・競合状況」の4点を5分で整理するプロセスを試してみてください。その時間と精度を記録しておくと、上司への報告材料になります。
▶︎ シーン4:市場調査・競合分析
マーケティング部門が特に恩恵を受けるのが、市場・競合分析です。従来は外部のリサーチ会社に依頼していたような調査の「一次版」が、生成AIを使えば内製できるようになります。
Web担当者Forumの2026年1月の記事(*3)では、AIを使ったダイナミックなペルソナ生成が2026年のマーケティングの主要トレンドとして取り上げられており、実際の行動データに基づく顧客像の定義が競争優位につながると指摘されています。
今週できるアクション:自社の主要競合2〜3社について、AIに「各社の直近の公開情報から、サービスの特徴と訴求ポイントの違いを比較表にまとめてください」と依頼してみてください。完璧な精度を求めるのではなく、「たたき台の作成速度」を測ることが目的です。
失敗を避けるための「3つの落とし穴」
4つのシーンを紹介しましたが、現場に展開する前に知っておきたい失敗パターンがあります。
落とし穴1:使い方の属人化
AI活用が「一部のできる人だけの武器」になってしまうのが、最も多いパターンです。展開の初期段階で、チーム内で「どんなプロンプトを使っているか」を共有する仕組みを作ってください。週次のMTGで5分間の「今週のAI活用事例紹介」コーナーを設けるだけで、知識の共有速度が格段に上がります。
落とし穴2:完璧主義による「使わない」判断
「AIの出力が100%正確でないから使えない」という判断は、最も多くの現場でAI活用を止めてしまう原因です。AIの出力はあくまで「たたき台」です。80点のたたき台を10分で作り、残り20分で人間が磨く——このプロセス設計を最初に共有することが、現場の心理的ハードルを下げます。
落とし穴3:成果測定の後回し
「感覚的に効率が上がった気がする」では、経営層への報告になりません。最初の1カ月は「比較測定」を意識してください。AIを使った場合と使わない場合で、作業時間がどれだけ違うか。この数字を取り続けることが、部門内のAI活用を継続させる原動力になります。
パナソニック コネクト株式会社が2024年6月に発表した公式データ(*4)によれば、自社AI「ConnectAI」の導入1年で全社員18.6万時間の労働時間削減を達成しています。こうした数字が出せたのは、導入当初から効果測定の仕組みを設計していたからです。
現場に「今週から使ってみて」と伝えるだけでなく、「どう測るか」を同時に設計することが、4月スタートで差をつけるポイントです。
部門別カリキュラム設計の考え方
施策を展開するとき、営業部門とマーケティング部門では、カリキュラムの設計を変えることをお勧めします。
| 営業部門 | マーケティング部門 | |
| 主な活用シーン | 提案書作成・商談準備・顧客リサーチ | 市場分析・コンテンツ生成・ペルソナ設計 |
| 学習の優先順位 | 文書生成→情報整理→分析 | 分析→文書作成→データ活用 |
| 効果測定の指標 | 提案書作成時間・商談数・成約率 | コンテンツ制作時間・リード数・開封率 |
| 第1週のゴール | 提案書たたき台を30分以内に作る | 競合比較表を15分以内に作る |
大切なのは、部門ごとに「最初の成功体験」を設計することです。最初の1週間で「おっ、これは使える」という感覚を持たせることができれば、その後の定着速度が大きく変わります。
全員が同じ研修を同じペースで受けるのではなく、職種ごとの「即効シーン」から入る——これが、新年度のAI活用展開を成功させる鍵です。
あなたの部門で、最初の成功体験として選ぶべき業務は何でしょうか?
「最初の一歩」が、文化になる
今回は営業・マーケティング部門の即効施策に絞って解説しました。
4月はあわただしい。人事異動、目標設定、新しいメンバーとの関係構築——やることは山積みです。そんな中でAI活用を現場に根付かせるためには、「複雑なことを始める」のではなく、「一つのシーンで成功体験を作る」ことに集中するのが現実的です。
今週できることから始めてください。提案書の初稿を30分で作る。顧客リサーチを5分で終わらせる。競合比較表を10分で作る。そのたった一つの体験が、チームのAIリテラシーを静かに変えていきます。
次回は特別号として、大企業担当者への実態調査「リスキリング実態調査2025」をお届けします。リスキリング・アップスキリングに取り組む大企業の現場が、今どんな課題に直面しているのか——生のデータから読み解きます。
< 参考文献・出典 >
*1 株式会社マツリカ「2026年の営業トレンド8選|AIエージェント時代の新たな常識」2026年3月4日
https://mazrica.com/product/senseslab/sales/2026-sales-trend
*2 株式会社セレブリックス 営業総合研究所「2026年 年頭所感 -2025年の振り返りと26年のトレンド予測-」2026年1月26日
https://www.eigyoh.com/column/eisouken-18-syokan2026
※同記事はUpwork Research Institute「The AI Disconnect」(2024年7月)の77%データを引用
*3 簗島亮次(インティメート・マージャー)「2026年の新しい広告トレンド:『AIペルソナ』がマーケティングプロセスを劇的に加速させる」Web担当者Forum掲載、2026年1月16日
https://webtan.impress.co.jp/e/2026/01/16/51984
*4 パナソニック コネクト株式会社「生成AI導入1年の実績と今後の活用構想 ~1年で労働時間を18.6万時間削減~」2024年6月25日
https://news.panasonic.com/jp/press/jn240625-1