AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜
序章:生成AI「幻滅期」が示す、人材育成の転換点〜ハイプ・サイクルから読み解く、大企業の次の一手〜 本記事
はじめに:予算会議で突きつけられた、答えられない問い
「ChatGPTを全社員に配布したが、ほとんど使われていない」
「研修は実施したのに、業務は何も変わらなかった」
「投資対効果を示せず、経営層から継続を疑問視されている」
11月は、多くの企業が2026年度予算の最終調整を行う時期です。AI人材育成への投資判断を迫られている担当者も多いでしょう。しかし、当初の期待通りの成果が出ておらず、こうした声が現場から聞こえてきているのではないでしょうか。
数字が、この厳しい現実を裏付けています。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が2025年10月に公開した「DX動向2025」によれば、日本企業の85.1%でDXを推進する人材が不足している(*1)。日経BPが同年9月に実施した調査では、生成AIツールの導入率は64.4%に達したものの、従業員に「自社の生成AI活用は進んでいると感じるか」と尋ねたところ、「進んでいる」と答えたのはわずか14.4%でした(*2)。
つまり、ツールは導入したが、実質的な活用には至っていない企業が大半なのです。
さらに衝撃的なのは、10月末に発表された株式会社アカリクの調査結果です。生成AI活用を推進する企業の約9割が新卒採用戦略を見直し、55.4%が採用人数を削減しています(*3)。投資は続けているのに人材は不足し、採用さえ抑制される――この矛盾した状況に、多くの担当者が戸惑っているのではないでしょうか。
混乱の背景にある、複数の施策の同時進行
現場が混乱している理由は明確です。さまざまな施策が、整理されないまま同時並行で押し寄せているからです。
2022年、政府が「5年で1兆円」というリスキリング施策を打ち出しました。多くの企業が、DX推進のために既存社員をデータサイエンティストやAIエンジニアへ転換する計画を立て始めた矢先、2022年末にChatGPTが登場したのです。
この衝撃は、人材育成の前提を根底から覆しました。それまで「一部の専門人材をどう育成するか」という議論だったものが、「全職種の従業員がAIとどう協働するか」という全社的な課題へと一気に拡大したのです。
そこから約3年。企業は手探りで生成AI活用を進めてきました。しかし、期待したほどの成果は出ていません。人事白書2025によれば、AI人材育成を「行っていない」企業は4割を超え、取り組んでいる企業でも「AI人材が足りていない」と回答した企業は59.6%に達しています(*4)。
行っても行わなくても人材は不足する。研修を実施しても活用は進まない。この八方ふさがりの状況で、さらに「AIエージェント」という新しい波が話題になり始めています。
「結局、うちの会社は何をどう進めればいいのか?」――予算会議を前に、あなたもこう問われているのではないでしょうか。
ハイプ・サイクルが示す「今」という時間の意味
実は、この混乱には理由があります。そして、今という時期には大きな意味があるのです。
ガートナージャパンが2025年10月に発表した「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル」によれば、生成AIは「過度な期待のピーク期」から「幻滅期」へと移行しつつあります(*5)。
ハイプ・サイクルとは、新技術が市場に登場してから成熟するまでの過程を示すモデルです。
5つの段階があります:
【ハイプ・サイクルの5段階】
1. 黎明(れいめい)期:技術が登場し、初期の概念実証が行われる
2. 過度な期待のピーク期:メディアで大きく取り上げられ、過度な期待が膨らむ
3. 幻滅期:期待と現実のギャップに直面し、関心が急速に冷める
4. 啓蒙の坂:実用的な活用法が見え始め、着実に価値が認識される
5. 生産性の安定期:主流として採用され、明確な価値を生み出す
生成AIが幻滅期に入ったということは、「技術が失敗した」ことを意味するのではありません。むしろ、過度な期待が現実的なレベルに修正される、健全な成熟プロセスの一部なのです。
重要なのは、多くの企業がこの幻滅期に取り組みを縮小・中断する一方で、冷静に実践を継続した企業が、次のフェーズで圧倒的な競争優位を獲得するという事実です。
実際、現在の技術マップはこうなっています:
【2025年11月時点の技術マップ】
– 生成AI:幻滅期に入りかけている → 冷静な評価と地道な定着の時期
– AIエージェント:過度な期待のピーク期 → 1-2年後が本格化
– エージェント型AI:黎明期 → 3-5年後の技術
つまり、今から生成AI活用を徹底的に定着させれば、その学びが次の技術波にも生きるのです。多くの企業が撤退する今こそ、差をつける絶好のチャンスなのです。
パラダイムシフトを理解する――リスキリングとアップスキリング
では、具体的に何をすべきなのか。まず、混乱の原因となっている「リスキリング」と「アップスキリング」という言葉を整理しましょう。
【リスキリング(Reskilling)】
新しい職業に就くため、あるいは今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得すること。
– 例:事務職 → データサイエンティスト、営業 → AIエンジニア
【アップスキリング(Upskilling)】
現在の職業を続けながら、新しい技術やスキルを習得し、職務能力を向上させること。
– 例:営業がAIで提案書作成、経理がAIで仕訳チェック
生成AIの登場は、この2つの位置づけを根本的に変えました。
2022年頃(生成AI登場前)は、リスキリング(職種転換)が焦点でした。一部の社員をデータサイエンティストやAIエンジニアに転換する――これがDX推進の中心課題だったのです。
ところが2025年(生成AI登場後)、状況は一変しました。生成AIは、エンジニアだけでなく、営業、マーケティング、人事、総務、経理――ほぼすべての職種に影響を与えることが明らかになったのです。
エンジニアはコード生成AIを使いこなす必要があり、ライターはAIによるリサーチと下書きを活用しなければ競争力を失います。営業担当者は提案書作成でAIを活用し、経理担当者は仕訳チェックをAIに支援させる時代です。
つまり、全職種の従業員が、自分の専門領域においてAI協働スキルを習得する必要に迫られています。これがアップスキリングです。
従来は「通常の人材育成」の範囲だったアップスキリングが、生成AI時代においてはリスキリングと並ぶ経営の最重要課題へと昇格したのです。
このシリーズで提供する、14カ月の実践的な道筋
では、この混乱をどう整理し、何から始めればいいのか。
本シリーズでは、2025年11月から2026年12月までの14カ月間、全28回にわたり、生成AI幻滅期におけるリスキリング・アップスキリング戦略を解説します。
解説者としてのわれわれの立場は明確です。両方が必要であり、かつアップスキリング先行で段階的に進めるべきだと考えます。
なぜアップスキリング先行なのか。理由は、AIの進化スピードの予測不可能性にあります。
職種転換(リスキリング)には通常1-2年かかります。しかし、その間にAIは進化し続けます。2022年に「この職種が将来有望だ」と判断してリスキリングを開始しても、2024年に完了する頃には、その職種の業務内容がAIで様変わりしている可能性があるのです。
実際、データアナリスト、デジタルマーケター、RPA開発者――2022年に「DX時代に必要な職種」として多くの企業が育成を検討していた職種の多くが、2025年には生成AIによって業務内容が大きく変わりました。
一方、アップスキリングは期間が短く(数ヶ月)、全社員が対象なのでリスク分散されており、現職でのAI活用なので職種消滅リスクも相対的に低いのです。
正直に言えば、この判断にも絶対的な確信があるわけではありません。AIの進化スピードは誰にも予測できません。だからこそ、不確実性を前提とした柔軟な設計が必要なのです。
本シリーズは3つのPhaseで構成されています:
Phase 1:基盤構築期(2025年11月〜2026年3月)
– 成熟度診断で現在地を把握
– アップスキリングの全社展開設計
– リスキリングは「戦略設計」段階にとどめ、撤退オプションを組み込む
Phase 2:実践展開期(2026年4月〜9月)
– 部門別のアップスキリング本格展開
– 大企業1000人調査で客観的な立ち位置を把握
– 慎重なリスキリング実行と、必要に応じた撤退の実践
Phase 3:成熟定着期(2026年10月〜12月)
– AIエージェント等、次世代技術への準備
– 学習する組織文化の構築
– 1年の観察期間を経て、新職種の組織実装
幻滅期は、終わりではなく始まりです。多くの企業が諦める今こそ、真の競争優位を築く絶好のチャンスなのです。
予算会議で「継続すべきか」と問われたとき、あなたは冷静にこう答えられるでしょう:
「AIの未来は誰にも確実には予測できません。だからこそ、短期間で成果が出るアップスキリングから始め、柔軟に対応できる体制を作ります。幻滅期を理解し、不確実性に対応できる企業と、そうでない企業――この差が、2年後の競争力を決めます」
次回・第1回は、2026年度予算編成に向けて、自社の現在地を診断する方法をお届けします。経済産業省のDX推進指標に学びながら、自社専用の成熟度診断モデルを作る3ステップを解説します。
不確実な時代だからこそ、確実な一歩を。14カ月間、ご一緒に歩んでいきましょう。
< 参考文献・出典 >
*1 独立行政法人情報処理推進機構「DX動向2025-AI時代のデジタル人材育成」2025年10月9日
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/discussion-paper/dx2025_digital_talent_ai_era.html
*2 日経BP「日本企業における生成AIツールの導入率は64.4%、AIエージェントは29.7%」2025年9月10日https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/03314/090800004/
*3 株式会社アカリク「AI×新卒採用要件変化調査」2025年10月28日https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000261.000017667.html
*4 日本の人事部「人事白書2025 AI人材育成調査」2025年
https://jinjibu.jp/article/detl/hakusho/3904/
*5 ガートナージャパン「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2025年」2025年10月1日
日経クロステック記事
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/news/24/02849/


