「異動ありき」から「段階的関与」へ 〜設計する:人事異動期に問う、ミスマッチを防ぐ仕組み〜

・AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜
・序章:生成AI「幻滅期」が示す、人材育成の転換点〜ハイプ・サイクルから読み解く、大企業の次の一手〜
・第1回:2026年度予算編成前に問う、AI人材育成の「成熟度」〜現状を知る:自社専用の診断モデルを作る3ステップ〜
・第2回:年末の振り返りが分ける、AI活用の成否〜過去を生かす:2025年の取り組みを学習資産に変える~
・第3回:AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜
・第4回:新年、経営層を動かす「AI人材投資」の説得ロジック〜説得する:幻滅期こそ投資すべき3つの理由〜
・第5回:人事異動シーズンに問う、AI時代の「適性の見極め方」 〜見極める:アップスキリングから見える、リスキリング適性〜
・第6回:決算期前に測る、AI人材育成の「投資対効果」〜証明する:経営層が納得する5段階ROI〜
・第7回:「異動ありき」から「段階的関与」へ 〜設計する:人事異動期に問う、ミスマッチを防ぐ仕組み〜 
本記事


はじめに|「撤退オプション」の理想と現実

2026年2月。多くの企業で人事異動の内示が出始める時期です。

本連載の第0回から一貫して「撤退オプション」の重要性を強調してきました。「合わなければ戻れる」という選択肢があれば、社員は安心して新しいチャレンジに踏み出せる——これは理念としては正しい。しかし、大企業の人事制度の現実を直視すると、話はそう単純ではありません。

「異動後3〜6カ月の試用期間を設けて、合わなければ元の部署に戻す」

こう書くのは簡単ですが、実際にこれを運用できている大企業がどれだけあるでしょうか。人事異動は原則として確定事項であり、「試してみてダメだったから戻す」という運用は、人事制度上も組織文化上も極めて困難です。戻された本人のキャリアへの影響、送り出した部署と受け入れた部署の関係、周囲の社員への影響——現実には多くの障壁があります。

では、「撤退オプション」は絵に描いた餅なのか。そうではありません。発想を転換する必要があるのです。

「異動後に撤退できる仕組み」ではなく、「異動前にミスマッチを防ぐ仕組み」。本稿では、大企業の人事制度の現実を踏まえた、より実践的なアプローチを解説します。

なぜリスキリング施策は失敗するのか

▶︎ 数字が示す「本人意思の軽視」
パーソルイノベーションが2025年に実施した調査(*1)によれば、リスキリング施策の失敗例として最も多かったのは「研修・学習内容が実務にマッチしていなかった(44.4%)」次いで、「対象者が学習を完了できなかった(36.4%)」「従業員任せになり、成果に繋がらなかった(31.4%)と続きます。

一般財団法人高度人材育成機構が2026年1月29日に公表した調査レポート(*2)でも、DXが「実行フェーズ」に移行する中で、成果創出の鍵は「人材」と「実務接続」にあることが示されています。不足しているのは高度技術より、実務に落とし込む人材・スキルなのです。

これらの失敗に共通するのは、本人の意思や適性を十分に確認しないまま、異動や研修を「決定事項」として通知していることです。

▶︎ 転職希望と転職率の乖離(かいり)が示すもの
内閣府の「経済財政白書2025」は、労働市場について興味深い分析を示しています(*3)。男女ともに転職等の希望は高まっている一方で、転職率は横ばい傾向にあります。「変わりたい」と思っている人は増えているのに、実際に「変われていない」。

この背景には、自己都合退職の場合の退職金減額慣行が転職インセンティブを阻害している可能性も指摘されています。社内異動においても同様の構造があります。「新しい役割に挑戦したいが、失敗したら戻れない」という不安が、チャレンジを躊躇させているのです。

問題は「異動後に戻れない」ことではありません。「異動前に、本当に適性があるかを確認する機会がない」ことなのです。

「異動ありき」から「段階的関与」へ

▶︎ 兼務・プロジェクト参加という選択肢
大企業の人事制度の現実を踏まえると、「異動後の撤退」より「異動前の見極め」が重要です。そのための具体的な手法が「兼務」や「プロジェクト参加」です。

本格的な異動の前に、週1日や月数回の頻度でDX推進プロジェクトに参加してもらう。現部署の業務を継続しながら、新しい役割への適性を本人と組織の双方が確認できます。

兼務・プロジェクト参加のメリット:
・本人が「この仕事は自分に合っている」と実感してから異動できる
・組織側も「この人は適性がある」と確認してから受け入れられる
・合わなかった場合も、元の業務を継続しているため「撤退」という形にならない
・周囲の社員から見ても「左遷」や「失敗」というレッテルがつかない

▶︎ 社内公募制度の活用
もう一つの有効な手法が社内公募制度です。会社が一方的に異動を決めるのではなく、本人が手を挙げる形にすることで、「やらされ感」を排除できます。

ただし、社内公募制度にも課題があります。「手を挙げる人が少ない」「いつも同じ人しか応募しない」「現部署の上司が応募を阻止する」といった問題です。

これを解決するには、公募に応募すること自体を奨励する文化づくりが必要です。応募したこと自体を評価対象にする、上司が部下の応募を妨げた場合にペナルティーを設ける、不採用でも次回以降の応募に不利にならないことを明示する——こうした仕組みが公募制度を機能させます。

異動前の本人意思確認プロセス

▶︎ 3段階の意思確認
段階的関与の仕組みを機能させるためには、本人の意思確認を丁寧に行うプロセスが不可欠です。

第1段階:情報提供と関心確認
DX推進やAI活用に関する社内セミナー、勉強会、情報共有の場を設け、興味を持った社員を可視化します。この段階では強制は一切なく、「興味があれば参加してください」というスタンスです。参加者の中から、より深く関与したい意思を持つ人を把握します。

第2段階:兼務・プロジェクト参加の打診
関心を示した社員に対して、兼務やプロジェクト参加を打診します。ここでのポイントは、「断っても不利益はない」ことを明確に伝えることです。「今は難しいが、半年後なら検討できる」といった柔軟な選択肢も用意します。

第3段階:本格異動の意思確認
兼務やプロジェクト参加を経験した社員に対して、本格的な異動の意思を確認します。本人が「この仕事を続けたい」と思い、受け入れ部署も「この人に来てほしい」と思っている状態で初めて、正式な異動手続きに進みます。

▶︎ キャリア面談の定期化
すでに異動してしまった社員についてはどうするか。ここで重要なのがキャリア面談の定期化です。

半年に一度、あるいは四半期に一度、上司ではない第三者(人事部門やキャリアコンサルタント)との面談機会を設けます。現在の業務への適応状況、キャリアの方向性、異動希望の有無などを確認します。

この面談で「現在の業務が合っていない」という声が上がった場合、次の人事異動のタイミングで調整を検討します。「異動後すぐに戻す」のではなく、「次の異動機会で調整する」という現実的なアプローチです。

ミスマッチを防ぐ事前設計

▶︎ 業務・スキルの棚卸しと人材像の明確化
段階的関与の仕組みを導入する前提として、「どんな人材が必要なのか」を明確にしておく必要があります。

「DX人材が必要」という漠然とした認識ではなく、具体的にどんな業務を担い、どんなスキルが求められ、どんな経験やマインドセットを持つ人が適しているのかを言語化します。第3回で解説した「3階層構造」——全社員層、実務活用層、専門推進層——のどの層の人材を求めているのかも明確にします。

▶︎ 適性の見極め方
第5回で解説した「5つの適性の兆候」を、段階的関与の中で確認します。
・自発的な深掘り行動:与えられた課題以上に、自ら調べ、試している
・問題解決への執着:うまくいかなくても諦めず、別のアプローチを試す
・組織横断的な視点:自部署だけでなく、他部署や全社への影響を考えられる
・曖昧さへの耐性:正解がない状況でも、仮説を立てて前に進める
・学習の継続性:業務時間外でも自主的に学んでいる

これらの兆候は、座学の研修では見えてきません。実際のプロジェクトに参加させることで初めて確認できるものです。だからこそ、段階的関与が重要なのです。

まとめ:現実的な「撤退オプション」とは

本連載で一貫して主張してきた「撤退オプション」。その本質は、「失敗しても大丈夫」という心理的安全性の確保にあります。

しかし、大企業の人事制度の現実を考えると、「異動後に戻れる」という形での撤退オプションは機能しにくい。だからこそ、発想を転換する必要があるのです。

「異動後の撤退」ではなく「異動前の見極め」
・兼務・プロジェクト参加という形で、本格異動の前に適性を確認する
・社内公募制度を活用し、本人の意思に基づく異動を促進する

「一発勝負の異動」ではなく「段階的な関与」
・情報提供→兼務・プロジェクト参加→本格異動という段階を踏む
・各段階で本人の意思を確認し、「断っても不利益はない」ことを明示する
・キャリア面談を定期化し、異動後のミスマッチを次の異動機会で調整する

2026年の人事異動期。「誰をDX推進部門に異動させるか」を検討している企業は多いでしょう。しかし、その前に問うべきは、「その人は本当にその役割を望んでいるのか」「適性を確認する機会を設けたのか」ということです。

「やらされ感」のある異動は、本人にとっても組織にとっても不幸な結果を生みます。段階的な関与と丁寧な意思確認。これが、リスキリング施策を成功に導く現実的な道筋です。


< 参考文献・出典 >
*1 パーソルイノベーション「リスキリング施策の実態調査(2025年12月版)」
https://www.reskillingcamp.jp/useful/202512report

*2 一般財団法人高度人材育成機構「2025年度版 DX・データ活用・AI人材育成に関する企業調査レポート」2026年1月29日公表
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000113511.html

*3 内閣府「令和7年度 年次経済財政報告(経済財政白書2025)」2025年7月29日
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je25/index_pdf.html