みらいワークス総合研究所は2026年9月29日、オンラインセミナーを開催しました。テーマは「雇用政策が決定!『自律的で多様な働き方』と『AI協働』はどうなるか ~労基法改正とAI・自律労働・副業兼業の方向性と先行事例~」。産学連携シンクタンクiU組織研究機構の代表理事・社労士で、情報経営イノベーション専門職大学の客員教授も務める松井勇策氏が登壇し、閣議決定された雇用政策の全体像をもとに、最新の調査データや先行事例を交えながら、今後企業が取るべき人材戦略と「雇用世界観」の要点を整理しました。
* 本セミナーは2026年9月時点の情報に基づいています。最新情報やより詳細な解説ははコラム「徹底解説!『働き方の自由化』への人材戦略と労働法制」をご覧ください。
2040年の労働力不足を想定した人材戦略を――問われる「職種間ミスマッチ」への対応
日本政府は2026年7月21日、「経済財政運営と改革の基本方針2026」および「日本成長戦略」を発表。雇用政策の方針を打ち出し、産業構造の変化とAI協働を前提とした働き方を模索して価値を創出する必要性が提起されました。

企業はこうした方針をどう受け止めるべきか。松井氏はセミナー冒頭、国が示す方針を受動的にとらえるべきではないと指摘します。「今回の閣議決定はもとより、雇用政策や法令改正は単なるルール順守の制約ではない。社内のコンセンサス形成を加速させ、将来の社会動向を予測するためのツールになり得る」(松井氏)と強調します。個別の法改正やAI技術などの表面的な現象に振り回されるのではなく、「社会」「戦略」「施策」の3つの層で政策を立体的にとらえ、自社独自の中長期的な働き方のロードマップを描くことが不可欠であると訴えました。さらに松井氏は、「2040年を見据えたバックキャスト思考を持つべき」と指摘。2040年には国内で約1,100万人規模の労働力が不足するといわれる中、あるべき姿をゴールに設定し、そこから逆算して取り組むべきことを人材戦略に落とし込むべきと訴えました。
なお、政府は現在、こうした状況を踏まえて労働基準法の改正を進めており、2027年以降の国会審議や施行が見据えられています。松井氏は、「労基法改正も単なる制約ととらえるべきではない。個別の施策だけに目を奪われるのも望ましくない。自社の未来を見据えた人材戦略を描く手段と位置付け、社会課題も念頭に置いた包括的な人材戦略を描く契機にすべきである」と訴えました。

一方、今回閣議決定した方針では、AIやロボティクスとの協働を推進することで、労働力の「総量」としての不足は相殺できる可能性があるという見通しも示されています。この見通しについて松井氏は、「AI協働によって総量的な人手不足は回避できる可能性もある。しかし、こうした環境は『職種間の激しいミスマッチ』という新たな課題が顕在化しかねない。事務職や企画職などAIに代替されやすい職種は供給過剰となる一方、AIを活用・推進できる専門人材や、高度化された現場労働者(アドバンスト・エッセンシャルワーカー)は決定的に不足する。ミスマッチをどう是正し、専門人材をどう確保するのかを継続的に検討することが欠かせない」と考察します。
4つの自律性を育む視点が企業には必要――自社調査から見えた現在地と課題

では、これからの働き方はどうあるべきか。松井氏は個人が働き方をコントロールする自律性を育むべきだと訴えます。具体的には「時間」「所属」「キャリア」「仕事の進め方」に目を向け、それぞれを自律させる制度や環境づくり、さらに副業を容認するだけでなく戦略的に生かす新たな働き方を推進することが必要だといいます。セミナーではみらいワークス総合研究所が実施した「副業・兼業に関する人事制度の実態調査」を引用。企業の副業・兼業の実施状況を参考に、自律性をどう育むべきかも提起しました。
まずは「時間」(いつ働くかを本人が決める)。副業・兼業時の労働時間の管理状況を調査から引用し、「労働時間を『管理していない』と答えた企業が2025年の14.5%から7.3%へと半減している。システムによる一元管理(40.3%)などを含め、6割以上の企業が副業・兼業の労働時間を含めた管理を導入するなど、急速に整備が進んでいる」(松井氏)と紹介。そのうえで、「管理の仕組み自体の導入は一巡し、現在の懸念の最多は『自己申告の正確性を担保できない(47.4%)』という運用や信頼性の側面へと移行している。業務を時間で一律に縛るのではなく、より価値の高い活動へ人の時間をどう向けるかという制度設計が求められる」と指摘します。
「所属」(どこで働くかを本人が決める)については、自社従業員の副業を認めている企業が54.6%、社外の副業人材を受け入れている企業が56.8%にのぼり、「送り出す側」「受け入れる側」の双方が50%を超え、一般的になりつつある現状を紹介。「外部人材の活用が当たり前となった今、次の差異化要素は『社外で獲得したスキルや知見をいかに自社の本業へ還元させるか』という戦略をどう設計するかである」(松井氏)と解説しました。
「キャリア」(何になるかを本人が決める)については、副業・社外経験を評価や処遇に反映する制度が必要だと考える企業が37.0%に達する一方で、実際に反映できている企業は17.3%にとどまる現状を指摘。何をもって評価するかという方法論の確立が課題となっています。また、「仕事の進め方」(どうやるかを本人が決める)については、AIの進展に伴い社外経験による学び直しや専門性向上の重要性が高まるととらえる企業が84.8%にのぼるという調査結果を紹介。そのうえで松井氏は、「AI時代では定型業務を機械に任せ、人間固有の問いの設計や感情理解、対話能力を高めることが求められる。社外経験の評価反映や育成の仕組みを人事体系に統合することが急務である」とまとめました。
なお、セミナーでは新たな働き方を打ち出す先行企業の事例も紹介。最新の有価証券報告書や統合報告書の開示情報をもとに、AIと協働する仕組みを導入した企業の成果、副業経験を自社の業務に還元する取り組み、社員の自律を促すキャリアアップ支援プログラムを取り入れた企業などの現状も解説しました。「各社とも制度を作る前に、人の時間を何に向けるか、人に残す価値は何かを自社の言葉で定義している」という共通点を強調しました。

【質疑応答】労働時間管理の変容と、人的資本経営におけるAI協働の定着
松井氏による講演後は質疑応答セッションを実施。セミナー参加者から寄せられた質問に対し、松井氏が具体的な処方箋を提示しました。
Q 労基法の根本思想である労働時間管理はどう変わるのか?
松井氏は「労働時間という概念自体が消えるわけではないが、今後はAI協働の進展によって労働時間と労働価値が比例しなくなる現象が起き得る。つまり、短時間で膨大な成果が生み出される時代に時間管理のみに依存するのは逆インセンティブになりかねない。裁量労働制の是非を問う議論の本質もここにあり、企業は自社の労働価値の創出構造そのものをとらえなおす必要がある」と回答しました。
Q 人的資本経営にAIをどう位置づけるべきか?
松井氏が実施した調査によると、2026年3月期の有価証券報告書を開示した約2300社のうち40%以上がAIに言及しているものの、「AI人材を育成する」とだけ記載する企業と、AI協働を前提とした価値創造ストーリーまで綿密に描く企業に二極化していると指摘。「これからの人的資本経営には、自社の成長ストーリーの中で人の自律性とAIの役割をいかに一貫して語れるかが問われている」(松井氏)と指摘しました。
Q AI協働を組織に定着させるためのポイントは?
松井氏は「第一段階として全社・経営陣を含めて均一な利用体験と共有知を持つことが不可欠である。放置すると現場でばらつきが生じ、戦略が空疎なものになったり不合理なものになりかねない。第二段階として、人事・管理部門が業務のどのポイントでAIと協働できるかの仮説を立て、ログの観察や実態把握しながら改善ループを回すことが定着の最短ルートである」(松井氏)とアドバイスしました。
松井氏は最後に、「企業は閣議決定や法改正などの動向に都度引きずられるべきではない。大切なのは、どんな働き方を打ち出せば自社の価値を最大化できるかという視点である。そのためには、自社独自の『雇用世界観』を描くべきである。自社の強みを分析しつつ、社会の構造変化をつぶさに読み解くことで、他社と差異化した世界観やあるべき働き方を描けるようになる。法改正やAIを自社の成長を支える手段と位置付け、これら動向を味方にした世界観や働き方、人材戦略を模索してほしい」とセミナー参加者にメッセージを送りました。

