50代以上の「同業他社への転職」はタブーか? 日本の産業活性化を左右する「経営陣の流動性」という劇薬

日本のビジネス界において、「人材流動化のターニングポイント」とも言える人事が6月30日に発表されました。2025年3月末まで日立製作所で社長兼CEOだった小島啓二氏が、東芝の取締役に就任したのです。

競合への転職は表立って禁止されてはいないものの、長らくタブー視されてきました。「裏切り」に近い扱いを受け、技術やノウハウの流出を懸念する声が多いように感じます。しかし、激変するグローバル競争のなかで、この「タブー」を打破することこそが、日本経済再生の鍵を握る。私はそう確信しています。

「裏切り」から「スキルの循環」へ

日本の大企業ではタブー視されてきた競合への転職。外資系IT企業やコンサルティング業界では、同じ業界内での人材の行き来は極めて一般的です。実際、私の知人でも、BIG4のコンサルティング会社の副社長から別のBIG4のコンサルティング会社の役員へ転身した例があり、人が循環することで業界全体が盛り上がる土壌があります。

日立製作所は、2009年の過去最大の赤字決算をきっかけに聖域なき構造改革に着手し、「社会インフラ×IT事業」への大胆なかじ切りで株式市場からも高く評価されています。巨大組織でありながら「事業トランスフォーメーション(変革)」を成し遂げた例は日本では非常に珍しい。小島氏のように、日立製作所の研究開発部門出身で、今や中核事業となったDX(デジタルトランスフォーメーション)支援サービス「Lumada(ルマーダ)」など革新的な事業を立ち上げた経験を持つ人材が、その力を一社にとどめたり、あるいは引退して眠らせてしまったりするのは、日本経済全体にとってあまりに大きな損失です。

富士通が示した「生え抜きトップ×外部の知」の威力

変革の成功例として、私が注目しているのは富士通です。同社は2019年に社長に就任した時田隆仁氏のもと、「IT企業」から「DX企業」へ転換するべく大きな舵切りを行い、調整後営業利益は、2022年度から4期連続で過去最高益を更新しています。この好業績を後押しした施策の1つに、外部人材の積極的な活用があると私は見ています。2019年以降、経営の中枢であるCTO(最高技術責任者)やCIO(最高情報責任者)、CSO(最高戦略責任者)、CGO(最高事業成長責任者)といったポジションに外資系企業や大手コンサルティングファーム出身者など外部人材が次々と起用されているのです。

興味深いのが、富士通の生え抜きである時田氏がトップとしてみずから「外部の血」を入れているという点です。従来の「生え抜き主義」に固執していては、変化の激しいデジタル業界では生き残れない。その危機感を、自浄作用として組織に組み込んだ決断こそが、富士通を再生させたと私は考えます。

一般的に、日本企業が外部から「再生屋」を呼ぶのは、経営が傾いてから、あるいは破綻の危機に瀕してからです。多くの日本の大企業では、4~6年の社長任期を失敗せずに無難にやり過ごそうとする風土があるように感じます。ただ私は、「うまくいっているときこそ、新しい血を入れるべき」だと考えます。イノベーションを起こすには、組織に「余裕」が必要だからです。

傾いているときに変革を起こすための外部人材を入れても、遅きに失することが多い。好調なときにこそ危機感を持って変化し続ける気概が必要です。東芝の20263月期決算における純利益はキオクシアホールディングス株式の売却益などにより過去最高の19,673億円と前期比約7倍の驚異的な数字となっています。この好調な時期に競合出身の経営人材が加わったことは、意味のあるタイミングだと私は考えます。

人材は「個別最適」から「全体最適」へ

日本では、40~50代以上の中堅やエグゼクティブ層における競合への転職がタブー視される業界が多いのが実情です。日本は正社員の転職率が先進国でもっとも低く、スキルのシェアリングがなかなか進まない。これは、いまの日本の産業界の課題のひとつだと思います。

私は、個人の持つ専門性や知見が1社にとどまらず、社会や業界全体で循環していく仕組みを「スキルのシェアリング」と呼んでいます。 たとえば、外資系コンサルティングファームやSIerは、同じ業界の複数の企業のプロジェクトを受託することで、特定の企業で得た経験を他社に生かすといった知見の共有、専門知識のシェアリングを「擬似的に」行ってきました。今回の小島氏のような同業他社への移籍は、それを「個人のキャリア」としてより「直接的に」実現する、スキルのシェアリングの象徴的な形と言えます。

企業の「局面」によって求められるリーダーシップは異なります。V字回復やリストラを断行する「戦時の経営」が得意な人。安定した成長を維持する「平時の経営」が得意な人。社内のしがらみを超えて横串を通せる、生え抜き経営者が必要な場面もあるでしょう。一方で、客観的な視点でトップダウンのかじ取りができる、外部人材が必要な局面もある。

このように、企業のフェーズに応じて最適なスキルを持つ経営人材が業界内を移動することは、日本経済全体にとって非常に有益なことです。

個人レベルで見れば、長年慣れ親しんだ組織で働くほうが居心地はいい。ですが日本経済全体が成長するためには、優秀な人材がより高い報酬で、より力を発揮できる場所へと移り、競争環境が活性化される「適材適所」の世界観が必要です。「タブー」とされてきたこうした経営人材の移籍をよしとする企業は、競合から人材を受け入れるフレキシビリティがある、つまり、人材の重要性を理解しているという評価にもつながります。

従来の「一社への忠誠」という視点から、「自分の持つ専門性をマーケット全体でどう生かすか」という広い視点に立つ。50代以上のプロフェッショナルがその知見を他社でも発揮し始めたとき、日本経済は再び、力強い活力を取り戻すはずです。