「雇用」の外側が法的に整備され始めた意味
前回の記事では、労働基準法(以下「労基法」)改正の論点として連続勤務規制・つながらない権利・勤務間インターバルを取り上げ、これらが「規制強化」ではなく「自律的な働き方を成り立たせるための条件整備」であること、そして企業がこれを人材戦略として使うための4段階のプロセスを示しました。今回は視野をさらに広げます。テーマは「雇用の外側」と「仕事の再定義」です。
本連載で一貫して述べてきたとおり、雇用政策はこの10年で3つの段階を経て変遷しています。第1段階の「守る法」(働き方改革)、第2段階の「質を高める法」(人的資本経営)、そして第3段階の「働き方を変革する法」(労基法改正)。しかし、この第3段階で起きていることは、労基法の改正だけではありません。雇用関係の「外側」にいる働き手を法的に保護する仕組みが、同時並行で整備されているのです。

2024年11月に施行されたフリーランス・事業者間取引適正化等法(以下「フリーランス新法」)は、その最も象徴的な動きです。そして成長戦略会議の労働市場改革分科会では、AI協働時代の人材育成や雇用流動性の促進が正式な検討課題として組み込まれました。さらに、AI基本計画の第4方針「AIと協働する」は、人とAIの役割分担という観点から、仕事そのものの再定義を迫っています。
これらは別々の政策に見えますが、すべて同じ方向を向いています。「一つの企業に雇用され、一つの場所で、一律の時間管理のもとで働く」という前提の外側に、法的な基盤と戦略的な意味を与えること。これが、今起きていることの本質です。

フリーランス新法は何を変えたのか
フリーランス新法の要点を整理します。この法律は、企業がフリーランス(従業員を使用しない個人事業者や一人法人)に業務委託する際の取引ルールを定めたものです。対象は資本金の規模にかかわらず、従業員を使用するすべての発注事業者です。デザイナーやエンジニアだけでなく、建設業、配送業、講師、営業職など、企業に雇われずに個人で仕事を請け負うあらゆる業種のフリーランスが保護の対象になります。
発注事業者に課される義務は大きく7つあります。取引条件の書面等による明示。報酬支払期日の設定と60日以内の支払い。受領拒否・報酬減額・返品・買いたたき等の禁止行為。募集情報の的確な表示。育児介護等と業務の両立に対する配慮。ハラスメント対策に係る体制整備。中途解除等の事前予告と理由開示、以上の7つの論点です。
従来は雇用関係にある労働者だけに保障されていた保護の一部が、雇用の外側にいるフリーランスにも制度として及ぶようになった形です。

この法律の趣旨を「フリーランスの保護強化」とだけ読むのは、十分ではありません。もちろん保護が第一義ですが、構造的に見ると、雇用とフリーランスの境界を法的に地続きにするという方向性が読み取れます。従来、雇用と業務委託の間には大きな法的断絶がありました。雇用されていれば労基法・労働契約法・社会保険で手厚く保護されるが、業務委託に切り替わった瞬間にほぼすべての保護が消える。この断絶は、多様な働き方を進めるうえでの構造的な障壁でした。
フリーランス新法は、この断絶を完全に埋めるものではありませんが、「雇用の外でも、取引の適正化と就業環境の最低限の整備は保障する」という原則を制度化した点で、日本の労働法制にとって画期的です。2024年11月にはフリーランスの労災保険特別加入も開始され、2027年にはこの法律の施行3年後の見直しも予定されています。雇用の外側の保護は、今後さらに広がる方向にあります。
企業にとっての実務的な意味は明確です。副業人材やプロフェッショナル人材を業務委託で活用している企業、あるいはこれから活用しようとしている企業は、フリーランス新法への対応を「コンプライアンス上の義務」として処理するだけでなく、「多様な人材を信頼関係のもとで活用するための基盤」として位置づけることが適正な見方になっていくということです。取引条件の透明化やハラスメント防止は、優秀なフリーランス人材が「この企業と仕事をしたい」と思える環境づくりにほかなりません。
労働基準法改正の中に見える「雇用の再定義」
フリーランス新法が雇用の「外側」を整備するものだとすれば、2027年以降を目指して検討されている労基法改正は雇用の「内側」から働き方の前提を組み替えようとしています。前回は連続勤務規制・勤務間インターバル・つながらない権利という3つの論点を取り上げましたが、第一幕の論点群にはそれ以外にも、自律的な働き方と雇用の再定義に直結するテーマが複数含まれています。ここではその中から、特に構造的な意味の大きいものを取り上げます。

副業兼業の推進は、「一人が一つの企業で働く」という前提を制度の側から崩す動きです。割増賃金の通算計算の簡素化が検討されており、これが実現すれば、企業側の副業受け入れのハードルが大幅に下がります。一人の人材が複数の企業で価値を提供することが、例外ではなく選択肢の一つとして制度的に位置づけられるということです。
事業場概念の見直しも重要です。現行法では、労使協定の締結や届け出は「事業場」単位で行われますが、テレワークの普及や複数拠点での勤務が広がる中で、「事業場」という単位自体が現実と合わなくなっています。この見直しが進めば、企業は物理的な場所に縛られず、自社に合った労務管理の単位を戦略的に設計できるようになります。
労働者概念の再検討は、さらに根本的な論点です。フリーランスとして業務委託を受けているが、実態としては特定の企業に経済的に従属している人々をどう保護するか。この問題は、フリーランス新法だけでは対処しきれない領域であり、労基法改正の中で「労働者性」の判断基準を再検討する議論が続いています。雇用の「内」と「外」の境界そのものが揺れている中で、その境界をどこに引き直すかという問いです。
そして前回詳しく論じた連続勤務規制・勤務間インターバル・つながらない権利は、自律的な働き方を「終わりのない労働」に転化させないための安全弁です。裁量を広げ、副業を認め、場所の制約を外す。そのすべてが機能するためには、働かない時間の確保が制度的に担保されていなければならない。これらは規制ではなく、自律の前提条件です。
こうして見ると、労基法改正の論点群は、個別の制度変更の集合ではなく、「雇用とは何か、働くとは何か」を根本から再定義する作業であることがわかります。フリーランス新法による外側の整備と、労基法改正による内側の再定義が同時に進んでいる。この二つの動きを一体として捉えることが、人材戦略を考えるうえでの出発点になります。
成長戦略会議とAI協働が示す「仕事の再定義」
もう一つの大きな動きが、成長戦略会議の労働市場改革分科会です。2025年11月に設置された日本成長戦略会議は、高市政権のもとで17の戦略分野を掲げ、2026年夏の成長戦略とりまとめに向けて議論を進めています。その中の労働市場改革分科会で、裁量労働制の対象拡大、テレワーク推進、人材育成、雇用流動性の促進に加え、AI協働時代の働き方が正式な論点として組み込まれました。
AI基本計画(2025年12月閣議決定)の第4方針「AIと協働する」は、4つの要素で構成されています。AIによって制度・枠組みが変わること、必要な能力の定義と人の配置が変わること、人間が担う仕事の意味と目的が変わること、そして何に対価が発生するかが変わること。AI導入は単なる効率化ツールの話ではなく、仕事のあり方そのものの再定義を要請しています。
この文脈の典型となる重要な論点が「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」として提示されている働き方です。介護・保育・物流・建設・農業といったエッセンシャルワークは、AI時代にも人間が担い続ける仕事の中核です。しかし、それは「AIにできないから人間がやる」という消極的な意味ではありません。

たとえば介護の現場の例として、見守りセンサーやバイタルデータの自動記録、AIによるケアプラン提案といった技術が導入されると、介護職員の仕事は「記録を取る」「状態を観察する」といった情報収集・転記の作業から解放されます。その結果、介護職員に求められるのは、利用者一人ひとりの生活の質をどう高めるかを判断する力、家族との信頼関係を築くコミュニケーション、認知症ケアにおける臨機応変な対応、チームとしてのケアの方針を設計する力といった、人間にしかできない高度な専門性です。AIが情報処理を担うことで、人間の仕事はむしろ深くなります。
建設業では、また別の形の高度化が進んでいます。測量ドローン、BIM(建設情報モデリング)、自動制御の建設機械といったロボティクスやAI技術が急速に現場に入りつつあります。こうした現場で求められるのは、単に機械を操作する能力ではなく、複数の自動化ツールを統合的にマネジメントし、現場の安全管理と品質管理を高度に両立させる技能です。いわば「ロボットをフル活用する高機能な現業職」であり、従来の現場作業員とはまったく異なる専門性を持つ仕事です。
こうしたセグメントには共通する特徴があります。もともと自律的な判断が求められる仕事であり、一律の時間管理にはなじみにくいもので業務委託による労働も進んでいる領域です。そしてAI・ロボティクスの活用によって、仕事の付加価値が飛躍的に高まる余地があります。AI協働によって仕事の中身が高度化すれば、それに見合った処遇と社会的評価が伴うべきですし、仕事のあり方の再定義はこうした現場から始まっています。
同じことは、ホワイトカラーの仕事にも当てはまります。AIが定型的な情報処理や分析を代替するほど、人間の仕事は「何をやるか(問いの設計)」と「なぜやるか(目的の定義)」に集中します。「仕事を定義する仕事」こそが、AI時代に人間が担う中核的な役割です。この視点で自社の仕事のポートフォリオを見直すことが、人材戦略の起点になります。
雇用の「幅」と「深さ」を同時に広げる ── 4段階プロセスの適用
ここまでの議論を、前回示した4段階のプロセス(方向性把握→棚卸し→重点絞り込み→世界観構築)と重ね合わせてみます。自社において今回のような論点をどのように生かしていけばいいか、ということに関する共通した枠組みの活用方法を捉えられればと思います。

第1段階の方向性把握では、労基法改正だけでなく、フリーランス新法・AI基本計画・成長戦略会議の動きまで含めた「政策の地図」を社内で共有することが求められます。個別の法令ごとに「うちには関係ない」と切り分けるのではなく、すべてが「多様で自律的な働き方を戦略的に構築する」という同じ方向を向いていることを理解しておくことが重要です。
第2段階の棚卸しでは、雇用関係にある従業員だけでなく、業務委託先のフリーランスや副業人材との関係も含めて、自社の「働く人の全体像」を把握します。フリーランス新法の対象となる取引がどれだけあるか。そうした人材が自社の事業にどのような価値を提供しているか。AI導入によって変化しうる業務領域はどこか。この棚卸しは、雇用の「幅」を可視化する作業です。
第3段階の重点絞り込みでは、AI協働によって「深さ」が変わる仕事を特定します。AIが担える業務と、人間がより深く担うべき業務の仕分けです。影響度・難易度・必要性の3軸で判断するという原則は同じですが、AI協働という変数が加わることで、従来の仕事の定義そのものが動く可能性があります。ここでの判断は、短期的なコスト削減ではなく、「自社の価値創造の中核を、今後どの仕事が担うか」という問いに基づくべきです。
第4段階の世界観構築では、雇用の内と外、AIと人間、これらを統合した「自社はどのような働き方を今後作っていくのか」を言語化します。たとえば、「コア人材は雇用で長期育成し、専門領域はプロフェッショナル人材と協働し、定型業務はAIが担う。透明なルールと信頼関係で運営する」。あるいは、「現場のエッセンシャルワーカーがAI・ロボティクスを活用して高度な判断に集中できる環境をつくり、そこに見合った処遇と育成を設計する」。こうした世界観が定まれば、フリーランス新法への対応も、AI導入の設計も、労基法改正の準備も、すべてが一つの方向性の中に位置づけられます。
おわりに
雇用の幅を広げるフリーランス新法、雇用の内側を組み替える労基法改正、仕事の深さを変えるAI協働、そしてこれらを統合する成長戦略会議の議論。断片的に追いかけると別々の話に見えますが、すべては「自社の働き方をどう設計するか」という一つの問いになっていくものだと思います。
次回以降は、カスハラ対策義務化や就活セクハラ防止といった、ハラスメント法制の最新動向を取り上げます。これらもまた、「働く環境の質を高める」という大きな流れの中に位置づけて読み解いていきます。
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第5回:先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法2
第6回:先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法3
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第8回:労働基準法改正の「論点拡大・早期化」と高市内閣「労働時間規制緩和」:今後の流れと実務影響
第9回:2026年3月期の金融商品取引法改正、人的資本情報の拡充への対応 ~労働基準法大改正と統合した働き方の価値向上
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