進化するオープンイノベーション 社会課題解決のプラットフォームに

社外の人材や技術を効率的に取り入れて、自社の研究開発などに革新を起こす「オープンイノベーション」。もともと企業が自社の利益向上のために編み出したビジネス手法ですが、最近はその枠組みを超えて、世界が直面する社会課題の解決策を考えるプラットフォームとしても広く活用されています。途上国の貧困問題、食品ロス、感染症対策――こうした困難な社会課題の解決に向けて、オープンイノベーションの「旗振り役」を担う企業が徐々に増えているのは、なぜか? 国内外の事例を詳しく見ていきます。

政官学、6000超すパートナーが参画

社外の多様な視点を取り入れることで、新たなビジネスチャンスを見いだす「オープンイノベーション」は、アメリカやヨーロッパなど海外では主流となっていますが、2010年代になって社会問題の解決にも役立てようとする試みが活発になってきました。

その代表的な企業の一つが、ドイツ南西部に本社を置く総合化学メーカー大手「BASF」です。2015年、創業150周年を迎えた取り組みの一環として、「Creator Space」というオープンイノベーションを用いた社会課題解決型のプラットフォームを立ち上げました。

このプラットフォームがまず焦点を当てたのは、「都市生活」「スマートエネルギー」「食品」の三つのテーマ。同社によると、世界中の各業界、政界、学界など6000を超えるパートナーがリアルやオンラインでこのプラットフォームに参加し、それぞれの課題解決に向けて議論しました。

その結果をもとに今も進められている100以上のプロジェクトの中には、ブラジルの低所得者層に手頃な価格でエネルギー効率の高い住宅を提供する計画や、インド・ムンバイのスラム街に水と衛生設備を提供するためのプロジェクトなどがあります。

また、Creator Spaceの取り組みの一環として、社会問題解決のアイデア・コンテストを世界各地で開催。例えば、再生可能エネルギー源からエネルギーを蓄えるアイデアを募り、120を超える提案の中から米国やスウェーデンの大学のチームが受賞者に選ばれました。

他にも、ムンバイや上海、ニューヨークなど世界6都市で、その都市が抱える特有の課題について話し合うサミットを開き、解決策を模索しました。

BASFはこうした活動を通じて、自社が培ってきた技術やオープンイノベーションの取り組みを外部に広く宣伝する効果も期待しており、より幅広くパートナーとのネットワーク作りに役立っていると言われています。

アメリカ・カリフォルニア州に拠点を置くデザインコンサルタント大手「IDEO」も、世界に先駆けてオープンイノベーションを社会課題解決に活用した企業の一つとして知られています。「デザイン思考」の先駆的存在としても有名な同社は2010年、「OPEN IDEO」というオンラインのプラットフォームを開設しました。

このプラットフォームでは、ユーザー同士が様々なアイデアを出し合い、提示された社会問題について考えます。同社によると、これまでに食品廃棄物や女子教育、エボラ出血熱など、様々なトピックに取り組んできました。特にインドの低所得者層の水や衛生状況の改善方法など、高度な社会問題を取りあげている点が注目されています。

企業の社会貢献、Z世代社員の意欲アップも

オープンイノベーションの手法を使って世界中のあらゆる人々の知恵や経験を活用し、困難な社会問題に真摯にアプローチする取り組みは、徐々に増えているといわれています。

そこには、企業の社会的責任(CSR)に対する要請がますます高まっていることが背景にあります。事業を運営していくうえで、企業が利益を追求していくことはもちろん重要ですが、環境問題や社会的不平等への関心が高まる中、コンプライアンスを遵守しながら健全な経営をおこなうことも近年、強く求められるようになりました。

そうした動きに伴って、CSV(Creating Shared Value)と呼ばれる概念も生まれました。これは、企業が経済的価値をつくりだす一方で、社会的価値も創出するプロセスです。

いわゆるZ世代と呼ばれる若者たちを中心に社会課題に関心を向ける人々が増えており、ブランドイメージを高めるという意味でも、企業が社会貢献に取り組む必要に迫られています。

こうしたビジネス環境の変化が、オープンイノベーションに新たな進化をもたらしたと言えます。オープンイノベーションの手法は、社会課題の解決に応用しやすいうえ、株主や顧客の信頼向上にもつながるメリットがあります。

企業にとっては、社会課題の解決を支援するチームを自社につくることで、もともと社会貢献への意識が高いZ世代などの若い従業員のモチベーションを高める効果もある、と専門家は指摘しています。

フードロス、リサイクル…日本でも広がる連携

企業の社会的課題への取り組みは、利益追求を本来の目的としていたオープンイノベーションのあり方にも変化をもたらしつつあります。

オープンイノベーションの概念は、2003年にハーバードビジネススクール助教授だった研究者ヘンリー・チェスブロウ氏が提唱したものです。

これに対して、クローズドイノベーションとは、研究開発から製品開発まで、自社の内部経営資源のみを一貫して活用して価値を創造することです。市場や技術の変化が少なく、研究開発のノウハウの蓄積と連携が求められる業界において、経営効率を高めるアプローチであると言われています。

オープンソース技術が急速に進展したことで、2000年代にクローズドイノベーションは急速に衰退し、オープンイノベーションの手法が欧米の企業を中心に急速に普及していきます。しかし、この段階のオープンイノベーションはまだ、同じ業界の他社同士といった「1対1」の連携にとどまっていました。

これが2010年代に入ると、業種や業界をまたぎ、複数の協業をめざす動きに進化していきます。

ヨーロッパでは、欧州連合(EU)の行政機関である欧州委員会が中心となって、企業や大学、研究機関など従来の連携に加えて、市民や顧客、ユーザーも巻き込んで「ビジネスエコシステム」を作ろうとする動きが生まれました。これは、「オープンイノベーション2.0」と呼ばれ、オープンイノベーションを利益追求の手段としてだけでなく、雇用創出や生産性向上といった社会の共通課題を解決するために活用することを目的としています。

日本は欧米などに比べてオープンイノベーションの普及が遅れていると言われていますが、それでも社会課題の解決に取り組む企業は徐々に増えています。

例えば、フードロス(食品)問題にオープンイノベーションの手法で取り組んで話題を呼んだのが、「株式会社コークッキング」(本社:東京都港区)です。フードロス削減に取り組む地方自治体と連携して、フードシェアリングサービス「TABETE(タベテ)」を2018年に立ち上げました。まだ美味しく食べられるのに売り切るのが難しい食事を飲食店が出品し、登録しているユーザーが購入することで廃棄を防ぐ仕組みです。

同社によると、サービス開始から2年弱で登録店舗数は465、登録ユーザー数は20万人を超え、廃棄から救った食事は1万6,000食以上にのぼるといいます。

ほかにも、製造業の花王とライオン、小売業のイトーヨーカ堂とウエルシア薬局、物流業のハマキョウレックスという異業種の企業がオープンイノベーションの枠組みで連携し、使用済みつめかえパックを回収するためのインフラの検証と水平リサイクル技術の開発を行うなど、オープンイノベーションを活用した社会課題解決の取り組みが広がっています。

■出典:
https://www.openideo.com/
https://www.openideo.com/faq-general
https://www.basf.com/global/en/media/news-releases/2016/04/p-16-185
https://opinno.com/insight/social-innovation-how-companies-can-make-a-positiv/
https://www.cocooking.co.jp/2020/07/16/978/
https://www.kao.com/jp/newsroom/news/release/2024/20240221-001/

みらいワークス オープンイノベーションプラットフォーム『Booster』
https://booster.mirai-works.co.jp/