新規事業開発戦略を考える #4(4/4)-原口 悠哉 ~新規事業開発戦略に今すぐ役立つ「7軸」と「2要素」とは?

Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 〜

2024年12月のテーマは「新規事業開発戦略を考える」です。

新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。

#1 新規事業開発戦略を考える ー石森 宏茂プロ編
#2 新規事業開発戦略を考える ー岩本 晴彦プロ編
#3 新規事業開発戦略を考える ー小林 舞 プロ編
#4 新規事業開発戦略を考える ー原口 悠哉プロ編  本記

 

今月の”板挟みイノベーター”からの質問

経営企画部門の課長として、新規事業開発戦略の立案を任されました。しかし、経験不足の中で、どう進めるべきか悩んでいます。役員陣は大きな期待を寄せていますが、その期待が具体的に何なのか、はっきりしません。一方で、部下たちは戸惑いを隠せず、正直なところ私自身もその一人です。
板挟み状態で苦しんでいます。上からは「大胆な構想を」と言われ、下からは「現実的に可能なのか」という声。私には大きな変革を起こす権限はありませんが、何とかして前に進めたい。ただ、新規事業に取り組むこと以外、具体的な方向性が何も決まっていない状況で、どう戦略を立案すればよいのでしょうか。経営企画部長からは「君に任せる」と言われていますが、それが重荷にもなっています。本部長や役員の期待に応えつつ、部下たちの不安も和らげ、実行可能な戦略を作り上げるには、どうすればいいのでしょうか。

限られた裁量の中で、どのように関係者の理解を得て、新規事業開発を軌道に乗せられるでしょうか。皆を納得させる戦略づくりのアプローチや、経験不足を補うための効果的な方法があれば、ぜひアドバイスいただきたいです。

 

第4回目は、原口 悠哉プロの回答です。

「新規事業開発戦略」という言葉を「新規事業をどのように立ち上げていくかの戦略」という理解で回答します。結論から述べると、今の状態で新規事業を立ち上げたとしても、ほぼ確実に失敗すると言えるでしょう。まず必要なのは、「事業をどのように立ち上げるかの戦略」ではなく、「どのような新規事業が必要なのか」という目標の明確化と関係者の目線合わせです。

そもそも、戦略とは「目標・目的を達成するための包括的な計画や方針」です。つまり、目標・目的が定まっていない状態では、戦略は立てられないのです。地図やコンパスがないどころか、目的地すら決まっていない状態での航海が上手くいくわけがありません。

新規事業が果たす目的とは

新規事業が果たす目的というのはさまざまです。例えば、既存事業の売上が下降しており新たな柱が必要である場合や、好調な既存事業のノウハウを横展開したい場合などがあります。また、時間軸で考えても1年以内の黒字化が必須である場合や、10年後の大きな利益を目指していく場合もあります。つまり、同じ”新規事業”といっても、それぞれが果たす役割は大きく異なるわけです。そしてその点に関する意思統一ができていない状態がもたらすのは、悲劇的な未来です。

そのため、質問者さまがまず行うべきは、貴社においてどのような事業が必要なのか、という整理です。上司の方による方向性の提示が十分でない場合、まずはそれを定め、合意を取るべきではないでしょうか。そうすることで全員の目線を合わせることが初めて可能となり、各関係者が納得感を持って事業開発を行うことができるわけです。

新規事業の役割を整理する7軸

その上で、どのような軸で新規事業の役割を整理していくかについて書いていきます。主な軸としては、以下などが考えられます。

  1. 目的(利益?社会的意義?など)
  2. 時間軸(短期?長期?)
  3. 期待利益(金銭・シナジーなど)
  4. 必要なリソース・スキル(人員・費用・許認可など)
  5. キャッシュフロー(赤字許容?早期黒字化必須?)
  6. 確度と期待値
  7. リスク(コーポレート観点)

それぞれの軸における正解はありません。例えば年間利益が1億円の事業は、もともとの年間利益が1兆円の企業であれば立ち上げる意味はないでしょうが、中小企業であれば喜ばれる成果になるかと思います。また、同じ1億円の利益だとしても、そこが天井なのか、10倍、100倍にしていけるのかによっても大きく異なります。

6の「確度と期待値」について念のため補足して説明をします。「確度」は目標が達成する確率であり、期待値は成功確率と成功時に得られる結果をかけ合わせたものです。例えばですが、ビットコインは2009年1月に初めてマイニングが行われました。今でこそ1BTCの価値は1,000万円を超え多くの期待が寄せられていますが、特に2009年時点でビットコインの成長を信じて事業投資を行うのは大きな賭けであり、その投資が無駄になってしまう可能性もおおいにありました。つまり、今以上にいわゆるハイリスク・ハイリターンな事業投資だったわけです。しかし、世の中にはローリスク・ローリターンな事業というのも存在し、そういったリスク・リターンをどのように考えるのか、ということです。補足として書いておくと、ビジネスにおいてリスクとリターンは必ずしも比例するものではなく、ローリスク・ハイリターン、ハイリスク・ローリターンな事業も存在します。

いったんまとめると、戦略とは「目標・目的を達成するための包括的な計画や方針」です。上記の軸を用いて事業の目指すべき方向を明確にすることで、「どういった市場で勝負するのか」「市場の競争環境はどうか」「自社で実現できるのか」「M&Aなどのドラスティック手法が必要なのか」といった戦略に関する議論が初めて行えるようになるわけです。

新規事業戦略立案に必須の2要素

上記のように新規事業の目標・目的を定めたうえで、どのように事業戦略を立案していけばよいでしょうか。そもそもの話ですが、事業戦略立案においては今まで述べたように前提条件がそれぞれ異なるため、「絶対の正解」はありません。しかし、戦略を語る上で特に外せない要素が2点あります。それは「市場」と「自社の強み」であり、それらをかけ合わせることで優れた戦略が作りやすくなります。

まず、事業を立ち上げるために最も重要なのは市場です。例えばですが、最近1万円札の肖像となった渋沢栄一は「論語と算盤」という名著を残しましたが、あなたが非常に画期的なソロバンのアイデアを思いついたとします。しかし、コンピューターでの計算が主である現代において、ソロバン市場に乗り込んだとしても市場自体が縮小を続け、事業の立ち上げも上手くいかないでしょう。もちろん、ソロバンは極端な例ですが、小さな市場や縮小傾向の市場での勝負は分が悪いことが多いです。

私の事例を出すと、過去にスマホコンテンツのリッチ化というトレンドにおいて音声のクラウドソーシング事業、訪日旅行市場の爆発的成長というトレンドにおいて訪日旅行者向けWebメディア事業と、勢いのある市場で勝負を行った経験が多いのですが、伸びている市場においては多くのチャンスが生まれ続けます。古くはアメリカでのゴールドラッシュにおいて、採掘者だけでなく採掘装備販売、衣料品販売、ホテル、物流、娯楽施設など多くの業種が潤いましたが、歴史は繰り返すのです。最近はAIの勢いが目を引きますが、ど真ん中にせよ、その周辺にせよ、「伸びている市場で戦う」というのはやはり王道です。

しかし、勢いのある市場だけを狙うべき、というわけではありません。なぜなら、そういった市場では競争相手も多く生まれるからです。特に、外部ネットワーク効果が働く事業であれば勝者総取りとなり市場は伸びたが死屍累々、という結果もありえます。そのため、伸びてはいなくとも市場が大きいのであれば、例えば旧態依然な企業が多かったり、小規模な企業が乱立状態でマーケットシェアが分散していたり、といった領域も狙う価値があります。ビジネスの旬が過ぎていたとしても、「残存者利益を獲得する」というのも立派な戦略です。

それでは結局どの市場を狙うべきなのか、という話になってきますが、それを見定めるために「自社の強み」を客観的に捉える必要があります。仮に魅力的な市場があったとしても、自社がその中で強みを発揮できなければ結局勝つことはできないからです。例えば富士フイルム社では、写真フィルムの主成分がコラーゲンであったことから、ノウハウを転用できる化粧品市場に参入しました。そのように、「営業力が強い」「キャッシュが豊富にある」「ブランド・技術・開発力がある」などの強みを冷静に見極め、それを応用できる市場で勝負すれば良いわけです。

「新規事業戦略」とは言い換えれば「勝ち筋」です。魅力的な市場において他社にはない自社の強みを生かすことで、新規事業を成功に導きましょう。

チームで前を向くために

新規事業を軌道に乗せるために重要なのは、各メンバーがその事業の未来を信じられるかどうかにも依存します。そして関係者の理解を得るために重要なのは、「自分自身が成功できると感じられているかどうか」です。もちろん、新規事業が100%上手くいく保証はありません。「絶対に成功する」と言われていた事業が立ち行かなくなった事例はいくらでも存在します。しかし、自分すら納得できていない事業戦略を、上司や部下など周りの方に納得してもらえるわけがありません。まずは自分の中で、進むべき道を上記のような方法でしっかりと定めましょう。

まとめ

最後にまとめると、新規事業戦略を考えるためには、7軸で目的を整理し、その上で市場と自社の強みという2要素をかけ合わせて思考することが重要です。途中でも書きましたが、戦略には絶対の正解などなく、それぞれの企業において抱える課題や目指すべき場所はさまざまです。しかし、「常に最適な戦略を考えつつ行動し続ける」という方法論は正解であると考えています。

新規事業の立ち上げは苦しいものでもありますが、とても楽しいものでもあります。ただ、楽しく思えるには事業が上手くいくことがやはり肝要です。事業の成功のために、当記事がご参考になれば幸いです。

 

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