「副業・越境」の推進と「働き方」制度、人材戦略の設計 ―NTT東日本・吉野家ホールディングスの取り組みと、労働基準法改正の接続点

本シリーズは「徹底解説!『働き方の自由化』への人材戦略と労働法制」と題し、2027年以降の施行を見据えて議論が本格化している労働基準法や雇用関連の法令政策の抜本的見直しについて、その方向性と企業への影響を解説しています。

これまでの連載では、今回の改正が「守りの法令対応」ではなく「攻めの人材戦略の機会」として捉えるべきものであること、そして改正の本質が「個人のキャリアステージ・ライフステージに応じた働き方の実現」であることをお伝えしてきました。

今回は、働き方や人材育成の変革、特に「副業・越境」という論点に取り組む2社の実践をご紹介した上で、改正の核心的な論点である「副業・越境の推進をどう人材戦略として設計するか」についての考え方をまとめます。

今回取り上げる2社の事例について

NTT東日本株式会社

みらいワークスが運営する副業マッチングサービス『Skill Shift』をカスタマイズした「社外副業プラットフォーム」を導入。NTT東日本の社員が関心のある副業案件を容易に探すことが可能となり、また、社員の登録状況や活用状況を見ながらさらなる施策推進へとつなげることが可能となりました。このプラットフォームの活用などに関しては社内でもセミナーなどの施策が行われており、多くの社員の方が参加し、活用を行っています。(*1)

株式会社吉野家ホールディングス

経営理念「For the People~すべては人々のために~」のもと「あらゆる人々に門戸が開かれた会社」として全従業員を幹部候補とみなす方針を掲げています。「競争から共創へ」という経営転換を推進するために次世代リーダーの育成を重点課題とし、社内から選抜した社員に対して個別のキャリアカウンセリングと半年間の越境学習(ベンチャー企業での実践研修)を組み合わせたプログラムを提供しています。並行して、他の全従業員向けにキャリアデザインセミナーも実施しており、選抜層への集中投資と全員への機会提供という二層の設計を採用しています。(*2)

なお、いずれの事例も、2027年以降の労働基準法改正を予期して行われたわけではなく、それぞれの経営判断のもとで先行して実践を積み重ねてきた取り組みが、結果として、改正が目指す方向性の先行事例となっています。

※事例情報はみらいワークスの情報に基づきますが、労働基準法改正との制度的なつながりについては筆者の解釈に基づくものです。

副業・越境の論点が、今回の改正の中で持つ意味

今回の労働基準法改正の論点の一つが、副業・兼業の促進です。現行制度では、副業先の労働時間も本業と通算して管理しなければならないという煩雑さが、企業が副業を解禁する上での実務的なハードルになっています。改正後はこの障壁が取り除かれる方向で検討が進んでおり、副業の制度的な普及を後押しするものになると見込まれています。

記載した二社については、こうした副業兼業関連の動きに先行して自社で独自の施策を実施しました。そもそも、副業兼業・越境については、どのような制度的な変遷があり、どんな目的があって政策の推進が行われているのでしょうか。

この論点を、本シリーズで繰り返しお伝えしてきた視点で捉え直すと、次のようになります。現在も論じられている労働基準法の改正を含む雇用制度の改正は「働き方をより自由にする」という方向性を持っており、2017年の働き方改革(過重労働の是正)、2022年の人的資本経営(戦略的人事の推進)に続く、雇用政策の第三段階として位置づけることができます。

この三段階を通じて共通しているのは、「人材を価値創造の源泉として、個人の能力が最大限発揮できる環境を整備する」という方向性です。またそのような制度設計の中での副業・越境の促進の意義は、「一社専属という拘束を外すことで、個人の経験と能力の幅を広げ、それが組織と社会の価値創造につながる」という流れの制度的な後押しです。

さらに具体的に考察すると、副業・越境の戦略的な意義は、大きく二つに整理できます。

一つは個人のキャリア自律の促進です。一社の中だけでは得られない経験と視点を持つことで、自分の強みと可能性を自分自身がより明確に認識できるようになります。これはキャリアの自律性という点で人的資本経営が一貫して重視してきたテーマと重なります。

もう一つは組織の知識更新と事業変革の推進です。外部で積んだ経験や異なる業種の発想が、本業の組織に持ち帰られることで、組織全体の視野と対応力が広がります。特に事業変革を急務とする企業にとって、越境経験を持つ人材の存在は、変革の推進力として重要な意味を持ちます。

この二つの意義を企業として機能させるためには、「解禁する」だけでは不十分です。誰に、何を目的に、どのような越境機会を提供するか。その経験をどう本人のキャリア設計と組織の人材戦略につなげるか。これらを設計することが必要になります。

制度の解禁と、人材戦略としての設計は別の問題である

副業を「解禁する」ことと、副業を「人材戦略として設計する」ことは、別の問題です。この区別が、今回の改正への対応において最も重要な論点だと考えています。

制度として解禁するだけであれば、就業規則に副業許可の規定を設け、申請手続きを整えれば完了します。しかしそれだけでは、改正のもたらす機会を生かしているとは言えません。多くの企業で実際に起きることは、「申請窓口はできたが、活用する社員は少数にとどまる」「活用した社員も本業との接続を意識しないまま経験が終わる」「人事部は実態を把握できず、人材戦略へのフィードバックが生まれない」という状況です。制度の整備は「許可」を与えますが、人材戦略としての価値を生むかどうかは別の話です。

では人材戦略として設計するとはどういうことか。それは、「自社の事業変革のために、誰に、どのような越境経験を、どのような目的で提供するか」という問いに、人事部が主体的な答えを持つことがまずは重要だと思います。

まず「目的の明確化」が必要です。副業・越境の促進によって何を実現したいのか——事業変革に必要な新しい発想の獲得か、次世代リーダーの育成か、キャリアの自律性の醸成か。この目的が曖昧なままでは、制度が整っても実践は動きません。次に「対象と深度の設計」があります。全員への機会の開放と、変革を先導する人材への集中的な越境投資は、目的と優先順位が異なります。機会の公平性と投資の効果の両方を考えた設計が必要です。そして「フィードバックの仕組み」です。越境で得た経験が個人の中で消化されて終わるのではなく、本業の人材戦略に還流する経路を作ることで、組織全体の知識更新につながります。

NTT東日本が「将来の事業フィールドの拡大に即応してイノベーションをけん引できる人材」という育成目的に掲げ、吉野家ホールディングスが「競争から共創へ」という経営方針と連動したリーダー育成として設計していたことは、この問いへの答えを持って実践していた例です。いずれも、制度の解禁を待って動き始めたのではなく、人材戦略の必要性から越境の場を設計してきた。その先行投資が、法改正という追い風を受け取れる体制になっています。

「働き方の設計」が副業越境を含めて人材戦略の核心である、ということ

今回の事例と改正の論点を踏まえて、本シリーズ全体を通じてお伝えしたかったことをあらためて整理します。

人的資本経営の推進においては、育成・評価・配置という人事プロセスと、労務管理・働き方という労務プロセスが、これまで別々に論じられてきました。人事部が人材戦略を立て、労務部が法令順守を管理するという分業が、多くの企業で定着しています。人的資本経営の盛り上がりの中でも、この分断は実はなかなか解消されていません。「人的資本経営の取り組みは進んでいるが、実際の働き方は変わっていない」「開示内容と現場の実態が乖離(かいり)している」という状況は、この分断が生み出す典型的な問題です。

今回の改正が示していることは、「働き方の設計は人材戦略の核心である」という点です。副業・越境の設計は、どのような事業変革を推進したいかという経営戦略と直結します。裁量労働制の設計は、職種と成果をどう定義するかという人材マネジメントの問いと直結します。勤務間インターバルの義務化や連続勤務の制限は、業務の設計と配分という組織開発の問いと直結します。これらは法令の要件を満たすための作業である前に、「どのような人材が、どのように働くことで価値を生み出すか」という人材戦略の問いへの答えではないでしょうか。

特に副業・越境については、今回の改正による制度的障壁の解消が、その設計の重要性をより高めることになります。制度の整備が普及すれば、「副業を解禁しているか否か」という差別化軸は意味を失い、「副業・越境をどのような目的と設計で推進しているか」という軸が企業間の人材戦略上の差異を生むようになります。改正後は、解禁の有無よりも設計の質が問われるようになると言えます。

NTT東日本と吉野家ホールディングスが示しているのは、この問いを法改正以前から経営の中心に置いて実践してきた姿です。今回の改正という「器」が整ったとき、それを受け取ることのできる「中身」をあらかじめ持っているかどうか、これが改正後の企業間の人材戦略上の競争優位を決める一つの分岐点になると考えています。

「副業・越境」に関する最も重要な実務上の問い

改めて最も重要な観点をまとめます。

第一に、「自社の人材戦略上、副業・越境に何を期待するのか」という目的の問いです。改正への対応として義務的に副業を解禁するのではなく、事業変革や人材育成という文脈で副業・越境に何を期待するかを、人材戦略の議論として経営レベルで持つことが求められます。

第二に、「どのような対象に、どの深度の越境機会を提供するか」という設計の問いです。全員への機会の公平性と、変革を先導する人材への集中投資は、矛盾するものではなく、目的と優先順位の違いとして設計できます。速効性と持続性の両方を意識した設計が必要です。

第三に、「越境経験を組織の人材戦略にどう還流させるか」という仕組みの問いです。個人の成長で終わらせるのではなく、組織の知識更新と事業変革の推進につなげることで、副業・越境の投資対効果が最大化されます。

 

これらの問いは、法改正後に考え始めるのでは遅すぎます。制度的な「器」の変化に先行して「中身」の設計に着手しているかどうかが、改正後に組織の人材競争力を大きく分けることになると考えています。法改正への対応を、守りの義務として処理するのか、人材戦略の刷新の機会として活用するのか。本シリーズが、その問いを能動的に考えるきっかけになれば幸いです。

 

*1 みらいワークス「NTT東日本グループ社員のキャリア形成とリスキリングのための「社外副業プラットフォーム」を共同構築し、人的資本経営推進をサポート」
https://mirai-works.co.jp/news/news10085/

*2 みらいワークス「吉野家ホールディングスに実践型リスキリングサービスを提供」
https://mirai-works.co.jp/news/news9989/

 

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