労働基準法改正の「論点拡大・早期化」と高市内閣「労働時間規制緩和」:今後の流れと実務影響

日本の労働政策は今、大きな転換点を迎えています。

本シリーズは「徹底解説!『働き方の自由化』への人材戦略と労働法制」と題し、人的資本・雇用政策の専門家である松井勇策氏が、2027年以降の施行を見据えて議論が本格化している労働基準法の抜本的見直しについて、その方向性と企業への影響を詳しく解説します。

今回の法改正議論の本質は、単なる規制変更に留まりません。働く人と企業が共に価値を創造する「自律的な働き方」への転換という、パラダイムシフトの渦中にあります。

政府の検討会議等で、2026年夏の閣議決定に向けた議論が加速する見込みです。法改正の論点が多角化している今こそ、企業には制度設計の先行検討が求められています。

本シリーズでは、最新の政策動向から人的資本経営との連動、具体的な実務対応のステップまで、企業における「次世代の人事戦略」を構築するための指針を提示します。

第8回のテーマは「労働基準法改正の『論点拡大・早期化』と高市内閣『労働時間規制緩和』:今後の流れと実務影響」です。

はじめに

2027年以降に労働基準法の大改正が予定されています。この内容とポイントとなる点について、今までに複数の執筆を行ってきました。この改正の目指す目的を捉えると、それは「ただのルール変更」を超えた、企業の未来を左右する大転換となると言えるものです。

2025年12月、当初2026年通常国会への提出が予定されていた労働基準法改正案について、提出見送りと論点の検討の継続が発表されました。「見送り」という言葉の語感から、直感的に労働基準法改正の検討の後退や中止のイメージとつながるイメージを想起する方もいるかもしれませんが、状況を整理すると全く逆であると考えられます。

高市内閣の方針により、本来は「将来的な課題」とされていた労働時間規制の在り方や柔軟な働き方が追加検討対象となったことで、論点が拡大・深化し、より包括的かつ抜本的な改正に向けた仕切り直しが行われているものと思われます。また、法令の改正の時期への影響も本稿では、この政策動向の全体像と、企業が認識すべきポイントについて整理します。

参照先:https://i-usoshiki.jpnx.org/roukihou-s/wp-content/uploads/2025/12/08abfafddab3a1d7addc1cecd3cffba7.pdf

高市内閣による「労働時間規制緩和」検討指示

2025年10月に発足した高市内閣は、労働時間規制について従来の議論に新たな方向性を加えました。高市早苗首相は上野賢一郎厚生労働大臣に対し、「心身の健康維持と従業者の選択を前提にした労働時間規制の緩和の検討」を行うよう指示しています。

高市首相は11月5日の参議院本会議答弁でこの指示について明言し、同時に現行の残業規制にも言及しました。「残業代が減ったことで生活費補塡(ほてん)のために慣れない副業を無理して健康を損ねる方が出るのではないか」という懸念を表明し「働き方改革関連法施行から5年以上が経過し、さまざまな意見がある。誰もが安心して働ける環境の整備に向け、実態とニーズを踏まえて検討を深めたい」と述べています。

この発言の趣旨は、単なる長時間労働の容認ではなく、「働きたい人が働ける環境」と「心身の健康維持」を両立させる制度設計への問題提起だと理解できます。そして、この方針が労働基準法改正の議論に大きな影響を与えることになりました。

労働基準法改正の全体像と高市内閣の論点との関係

改めて、本連載でもお伝えしてきた労働基準法改正の全体像を振り返りながら、高市内閣の方針との関係を整理します。

当初、2027年施行を目指して検討されていた労働基準法改正の論点は、論点を分類すると4つの柱で構成されていると捉えることができます。多様働き方の推進・労働時間法制の見直し・労使コミュニケーションの深化・働き方のIT戦略の4つの柱です。

これらの柱のそれぞれで、短期で検討が進むものと、中長期で検討を進めるものがそれぞれ分類されています。「短期」がいつの時期を指すのかは情報を総合すると、元々2027年施行をイメージして検討が進められていたものと考えられます。以下の通りです。

第一に「多様な働き方の推進」として、事業場概念の見直し、副業・兼業の割増賃金ルールの見直し、家事使用人への労働基準法適用、つながらない権利などが挙げられていました。
第二に「労働時間法制の見直し」として、労働時間情報の開示義務化、連続勤務の制限(14日以上の連勤禁止)、勤務間インターバル制度の導入促進、法定休日の特定、週44時間特例の撤廃などが検討されていました。
第三に「労使コミュニケーションの深化」として、過半数代表制の改善、労使協定の形骸化防止と有効活用が、第四に「働き方のIT戦略」として、デジタル化に対応した制度整備が論点となっていました。

これらについては、今までに詳細に解説を行ってきました。

一方で労働時間上限規制そのものの見直しや、裁量労働制の拡大といった抜本的な規制緩和項目は「中長期の課題」として2028年以降に先送りされる想定でした。

高市内閣の指示により、この構図が変わりました。「心身の健康維持と選択を前提にした緩和」という条件のもと、中長期課題とされていた論点が前倒しで検討対象に加わったのです。具体的には、長時間労働是正の総合対策を含む上限規制自体の在り方の再考、裁量労働制の拡大などが、新たな検討強化論点の内容に加わるものと思われます。

つまり、現在起きているのは、当初の短期論点はそのままに、中長期の論点の早期化と拡大が進んでいるという状況です。働き方の柔軟性向上や価値向上を、原案よりさらに迅速に、さらに力強く行う必要があるという認識のもとで、議論の仕切り直しが行われているのです。

政府会議体における具体的な動き

この方針を受けて、複数の政府会議体で議論が本格化しています。

高市政権は2025年11月に経済政策の司令塔として「日本成長戦略本部」を設置し、その下に有識者らによる「日本成長戦略会議」を立ち上げました。首相自身が議長を務めるこの会議で、労働時間規制の緩和と柔軟な働き方拡大が重要テーマとして位置づけられています。初会合は2025年11月10日、第2回会合は同年12月24日に開催され、高市首相は「心身の健康維持と従業者の選択を前提」に労働時間法制の在り方を多角的に検討するよう指示しました。

成長戦略会議の資料によれば、労働供給制約への対応として「働きたい人がもっと働ける環境」の整備が掲げられ、残業時間の上限規制の在り方、裁量労働制の拡大、副業・兼業時の労働時間通算見直し、勤務間インターバル制度の扱いなどが検討対象となっています。政府は2026年夏の閣議決定に向け、労働時間法制の改革方針を含む成長戦略を策定する方針であり、「労働時間法制に係る政策対応の在り方」の検討状況を2026年夏に整理するとされています。

規制改革推進会議も重要な役割を担っており「労働時間法制などの改革を最優先で議論し、2026年夏の成長戦略取りまとめに先行して具体策を検討する」方針が決定されています。

また、厚生労働省は労働時間等の実態に関する調査を実施中です。現在の労働時間や希望労働時間、36協定の活用状況、上限規制に関する労使の意識についてアンケート・ヒアリングを行い、2026年1月をめどに結果を公表する予定です。このデータが各会議体での検討材料となり、制度設計の根拠として活用されることになります。

論点拡大の全体像と企業に求められる対応

参照先:https://i-usoshiki.jpnx.org/roukihou-s/wp-content/uploads/2025/12/08abfafddab3a1d7addc1cecd3cffba7.pdf

以上を踏まえると、今回の提出見送りの意味が明確になります。これは改正の後退ではなく、「より強化した迅速検討の後の再提案」に向けた準備期間です。1月以降、分科会での検討が直ちに開始され、単なる延期ではなく、より実効性の高い制度設計に向けた「強化検討期間」が迅速に始動すると考えられます。

本連載の第1回「2027年労働基準法改正:規制対応から戦略創造への大転換」でお伝えしたように、今回の労働基準法改正は「40年に一度の大改正」と位置づけられています。その本質は、労働者保護という消極的な観点から、働く人と企業の双方にとって価値創造を促進するという積極的な観点への転換にあります。高市内閣の方針は、この方向性をさらに加速させるものだと理解できます。

第2回「2027年労働基準法大改正の全体像:企業が知るべき23以上の改正と4つの変革ポイント」で整理した4つの重要ポイント、すなわち「多様な働き方の推進」「労働時間法制の見直し」「労使コミュニケーションの深化」「働き方のIT戦略の実現」は、引き続き改正の柱として維持されます。そこに、労働時間上限規制の在り方そのものの再検討という、より根本的な論点が加わった形です。

企業が認識すべき重要なポイントは3つあります。

第一に、働き方変革は「最重要社会課題」として政策の中心に位置づけられていることです。今回の経緯により、多様で価値が高い働き方の実現に対して政策が注力されることがむしろ明確になりました。この論点は今後、国策の中心に据えられることを各社で強く意識する必要があります。

第二に、先行して労働基準法改正への検討を行っていた企業は、手を緩めるべきではないということです。方向性は変わらずむしろ強化されるという観点で、労働時間の柔軟化を含む徹底した対応を、むしろ強めて推進すべきフェーズです。

第三に、即応体制の構築が必要だということです。議論は2026年1月以降急速に進みます。労働基準法改正を意図して検討を進めていた企業は、労務管理基盤の整備(HRDX)と制度設計の準備を進め、変化への即応体制を構築することが求められます。

注視すべきは「いつ決まるか」ではなく、「どう変わるか」です。多様で価値が高い働き方は国レベルでも政策注力がされ、各社においても重要なことは不変です。そのことがむしろはっきりしたため、各企業、個人のレベルでも一層の意識変革と自律的な対応がさらに必要になっています。

今後も政策動向を注視しながら、働き方の自由化という大きな方向性の下で、人的資本経営と連動した戦略的取り組みを進めていくことが求められています。今後はさらに、政策のより深い流れの部分での理解を自社の人事施策に反映し、人的資本経営・人材戦略との連動性を精緻に捉えることが必要になっていると言えます。本連載でも、さらにそういった部分に注力した情報をお届けしてまいります。

今までの連載内容への影響と活用方法のまとめ

ここまで述べてきた政策動向を踏まえ、本連載でお伝えしてきた内容との関係を整理します。結論から言えば、今回の提出見送りと論点拡大により、本連載で解説してきた内容の重要性はむしろ高まっています。むしろ活用価値が増したと言えます。

本連載の第1・2回で整理した4つの分類、すなわち「多様な働き方の推進」「労働時間法制の見直し」「労使コミュニケーションの深化」「働き方のIT戦略の実現」という枠組みは、今回の論点拡大によってより重要な位置づけとなりました。特に「多様な働き方の推進」と「労働時間法制の見直し」の2つの柱については、高市内閣の追加検討指示により論点が深化することで、企業が取り組むべき範囲と深度が拡大しています。

当初「短期論点」として2027年施行を目指していた改正項目、具体的には事業場概念の見直し、副業・兼業の割増賃金ルールの見直し、労働時間情報の開示義務化、連続勤務の制限、勤務間インターバル制度の導入促進、過半数代表制の改善といった論点は、引き続き改正の中核として維持されます。これらについて本連載で解説してきた内容は、そのまま企業の準備や対応に活用いただけます。

一方で、本来は「中長期の課題」として2028年以降に先送りされる想定だった論点、すなわち労働時間上限規制そのものの見直しや裁量労働制の拡大といった抜本的な規制緩和項目が、今回の高市内閣の指示により前倒しで検討対象に加わりました。しかし、これらの中長期論点についても、本連載ではすでに解説を行っています。

本連載の内容は今回の政策変更を先取りする形で、短期論点と中長期論点の双方を包括的に解説してきたことになります。読者の皆さまには、連載内容をそのまま活用いただきながら、中長期論点として位置づけていた部分についても、より早期の実現可能性を視野に入れて検討を進めていただければと思います。

 

<関連コラム>
第1回:2027年労働基準法改正:規制対応から戦略創造への大転換
第2回:2027年労働基準法大改正の全体像:企業が知るべき23以上の改正と4つの変革ポイント
第3回:副業・兼業制度の戦略的設計:人材流動化時代の競争優位構築
第4回:先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法1
第5回:先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法2
第6回:先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法3
第7回:2030年の組織と働き方:労働基準法改正がもたらす構造変革への準備
第8回:労働基準法改正の「論点拡大・早期化」と高市内閣「労働時間規制緩和」:今後の流れと実務影響 ★今回