▼ この記事の前編はこちら
堀川諒(ほりかわりょう)氏
株式会社TearExo 代表取締役CEO
神戸大学出身。竹内俊文研究室の卒業生として、神戸大学発の技術を社会実装するプロジェクトにCEO候補として参画。2022年4月に株式会社TearExoが設立され、創業メンバー最年少として代表取締役CEOに就任。
同社が開発する「TearExo法」は、エクソソーム(細胞外小胞)を超高感度に検出できる技術。あらゆる細胞が放出するカプセル状の物質であるエクソソームの違いを捉えることで、がんの有無を調べることができる。微量しか採取できない涙を検体に使える高感度性が最大の強みであり、現在は乳がんの早期発見をターゲットに事業化を推進している。事業会社からの出資も得ながら、研究開発と事業展開の両立に取り組んでいる。
木下渉(きのしたわたる)氏
株式会社TearExo CMO候補
株式会社ヘルツレーベン代表取締役。医療機器・製薬業界で10年以上にわたり、営業企画、販促戦略、市場調査、フィールド営業など、現場に根ざした業務を一貫して担ってきた。製品の導入・普及を着実に推進してきた実績を持つ。
みらいワークスが運営する経営人材マッチングプログラム(*1)を通じて、株式会社TearExoのCMO候補として参画。CEOの右腕として販路開拓や戦略策定から実行までを担い、技術の価値をより多くの患者へ届ける支援に取り組んでいる。女性特有の疾患へのアプローチという点に強い関心を持ち、涙液検査単体のサービスにとどまらず、女性の健康や社会的活躍を支える総合的なプラットフォームへの発展を見据えている。
株式会社TearExo
神戸大学・竹内俊文研究室の技術を社会実装するために2022年に設立。あらゆる細胞が放出する微小なカプセル状物質「エクソソーム(細胞外小胞)」を超高感度に検出する独自技術「TearExo法」を開発し、涙を検体としたがんリスク評価技術の事業化を進めています。従来の免疫測定法の1,000倍の感度を達成しており、シルマー試験紙を目尻に当てるだけで痛みなく自己採取が可能。現在は乳がんの早期発見を第一ターゲットに、検査の入り口を変える新たな選択肢の実現を目指しています。
https://tearexo.jp/
ディープテックの難しさは、明らかに優れた技術を持っているがゆえに、ビジネスの形がある意味規定されてしまうところにある。CMO候補として参画した木下氏は、TearExoでの経験を振り返ります。技術的な価値がどれほど高くても、それだけで事業が前に進むわけではありません。後編では、木下氏の参画がもたらした提案アプローチの転換、参画約5カ月で実証試験契約に至った舞台裏、そしてディープテックスタートアップが研究開発とビジネスの両輪を回すリアルに迫ります。
「技術で押さず、見方を変える」提案アプローチの転換
TearExoは0→1ではなかった
CMO候補として参画した木下氏がまず感じたのは、TearExoがすでに持っている資産の厚みでした。創業以来の発信活動やマーケティング活動を通じて築かれた顧客基盤は質・量ともに十分であり、もちろん技術もある。木下氏は「そもそも0→1ではなかった」と当時の印象を振り返ります。
ただし、課題もありました。技術をそのまま前面に押し出して提案すると、企業側に響きにくいという壁です。涙液検査の感度や特異度といった技術的な話題に引き込まれると、議論はどうしても「検査としての確からしさ」の方向に偏ってしまいます。
企業が抱える課題に寄り添う提案へ
木下氏が取った打ち手は、提案の軸を技術から企業側の課題に切り替えることでした。
今、多くの企業が健康経営の文脈で従業員の検診率や女性の活躍推進にKPIを設定しています。ESG(*2)やD&I(*3)への取り組みも経営課題として重要度を増しています。こうした企業側のニーズにTearExoの涙液検査を位置付けることで、技術の見え方が変わります。
提案資料の方向性も見直しました。技術の優位性を説明する資料から、企業の課題にどう応えられるかを示す資料へ。すでに良い種と顧客基盤、そして堀川氏らの地盤があった中で、「少しだけ見方を変えた」ことが、事業を動かす転換点になったのです。
参画5カ月で実証試験契約へ、成果を生んだコミットメント
「売り上げを作るところまで持っていきたい」
堀川氏が今も印象深く覚えているのは、木下氏が参画初期の面談で発した一言です。「この伴走期間内に、何としても売り上げを作るところまで持っていきたいです」当時、堀川氏はこの期間をあくまで準備にあてるつもりでした。しかし木下氏はその一歩先を提案し、二人はそこに向けて一緒に走り始めました。
木下氏自身も経営者として会社を運営する中で、ディープテック企業が実を結ぶまでに種まきを続けなければならないJカーブの期間のつらさを理解していました。だからこそ、目先で収益が入ってくるようなキャッシュエンジンに近い仕組みを作れれば、会社経営として別の可能性が開けると考えていたのです。
阪急阪神不動産との実証試験契約
その成果が、阪急阪神不動産株式会社との実証試験契約でした。参画から約5カ月、2026年3月5日にプレスリリースとして公表されています。
不動産企業と涙液検査という組み合わせは一見意外に映るかもしれません。しかし、現在、国内の多くの企業が「健康経営」の文脈で従業員の検診率向上や女性活躍といったKPIに取り組んでいます。そうした中、同社にも涙液検査が持つ「確定診断ではないものの、本格的な検査へ進むきっかけを作る」という役割に興味を持っていただいたといいます。
堀川氏はこの成果を振り返り、「バックグラウンドの違いが売り上げを作るというコミットメントにつながって、それが今回の契約につながっていった」と語ります。

ディープテックスタートアップが直面するリアル
検査の確からしさを証明し続ける難しさ
成果が生まれた一方で、課題も残っています。木下氏が挙げるのは、涙液検査の特異度や感度に関する専門家からの問いです。検査としての確からしさは現在も高めていく段階にあり、その中でも「役に立つものです」と伝え、サービスを使ってみたいと思ってもらうことの難しさは今後もつきまとうと木下氏は見ています。
技術を「検査法」ではなく「サービス」として展開する
この課題に対する一つの答えが、技術をそのまま検査法として売るのではなく、サービスとして展開するという発想です。技術をフックにしたサービスとして考え方を変えれば、マネタイズの方法にはさまざまな選択肢が生まれます。AIの活用や女性の力を組み合わせることで、さらに道は拓けるのではないかと木下氏は展望を示します。
実証試験が資金調達の材料になる
堀川氏が強調するのは、研究開発とビジネスの両輪をきちんと回していくことの重要性です。そのためには外部資金の調達が不可欠であり、今回の実証試験は資金調達における事業の蓋然(がいぜん)性を示す大きな材料になると位置付けています。
企業ごとに課題感やニーズは異なります。健康経営に響く企業もあれば、ESGの文脈で興味を持つ企業もある。スタートアップとしてどこまで寄り添いながら価値を提供できるかを考え続けることが、事業成長の鍵になると堀川氏は語ります。
まとめ
TearExoの後編が浮かび上がらせたのは、技術を事業に変えるために必要な「見方の転換」でした。優れた技術と顧客基盤がすでにある中で、木下氏が加えたのは技術を企業の課題解決に結びつけるという視点です。その結果、参画5カ月で大手企業との実証試験契約というかたちで成果が表れました。
木下氏は「技術をいかにビジネス・事業に変えていくかを柔軟に考えること」がディープテック領域での鍵だと語ります。一方、堀川氏は涙液検査を社会に出し、フィードバックを受けてソリューションを磨き上げていきたいと展望を示しています。バックグラウンドの違いを強みに変えた二人の挑戦は、研究フェーズから事業フェーズへと確かに歩みを進めています。
*1 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の2024年度「大学発スタートアップにおける経営人材確保支援事業」に採択
https://mirai-works.co.jp/news/news11801/
*2 ESG(Environment・Social・Governance):環境・社会・企業統治の3つの観点から企業の持続可能性や社会的責任を評価する考え方。投資判断や経営戦略の指標として広く用いられている。
*3 D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)は、性別、年齢、国籍、障がいの有無、価値観などの多様性(ダイバーシティ)を認め合い、互いに受け入れ、活かし合う(インクルージョン)環境づくりのことです。



