そもそも労働基準法改正は何を目指しているのか
本連載では、前々回は裁量労働制を中心に労働基準法改正の全体構造を、前回は2026年確定施行の法改正4本を解説しました。その前にも労働基準法改正について多くの記事で解説をしてきました。
今回は、労働基準法の改正で注目されることの多い「連続勤務規制」「つながらない権利」「勤務間インターバル」を特に採り上げます。個別制度の解説に入る前に、まず労働基準法改正が何を目指しているのかを改めて確認します。ここを外すと、3つの論点がただの「規制強化」にしか見えなくなるからです。
2027年以降を目指して労働基準法改正の検討が進んでいます。労働基準法改正の目的は、一律の雇用管理で量的に多く仕事をこなす時代を脱し、自社に合った対応で、自律的かつ価値の高い働き方を戦略的に構築することです。2023年の「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書がこの根本思想を規定し、2024〜2025年の労働基準関係法制研究会が具体化を図りました。
背景にあるのは、ここ10年の雇用政策の3段階の変遷です。第1段階の「働き方改革」(2017年〜)は長時間労働の抑制と同一労働同一賃金の整備でした。第2段階の「人的資本経営」は従業員をコストではなく会社の価値を高める財産と捉えて働く質に注目し、各社での工夫を促す方向にかじを切りました。そして第3段階にあたる労働基準法改正は、その「質」の話を労務管理や法令のレベルまで全面的に落とし込むものです。少子高齢化で育児中の方や高齢者など多様な人材が働く社会、産業構造がAI協働で急速に変化する社会では、フルタイム・終身雇用・ジェネラリスト前提の一律管理はもう機能しません。多様な時間で、多様な場所で、それぞれの専門性を生かして自律的に働ける組織をどう設計するか。これが改正の根底にある問いです。

この問いに対して、労働基準法改正のもともとの論点(労働基準関係法制研究会報告書)が提示している施策群を構造的に見ると、大半は柔軟化・透明化の方向を向いています。事業場概念の見直しによる手続き単位の柔軟化、労働時間の開示の法制化、法定休日の特定義務化、フレックスタイム制の拡充、副業兼業の割増賃金計算の簡素化。20以上ある論点のほとんどが、企業と働く人の選択肢を広げ、働き方の実態を見えるようにするものです。

なぜ「規制色の強い3つの論点」が必要なのか
では、連続勤務の上限規制、つながらない権利、勤務間インターバル義務化はどうか。この3つだけが、この中で明確に「規制」の色を帯びています。「14連勤が禁止」「休日の連絡が違法に」という報道が先行するのも、ここだけが従来の労働基準法のイメージ、つまり「してはならない」という禁止規範に見えるからです。
しかし、全体の中で位置づけると見え方が変わります。自律的な働き方の裁量を広げれば広げるほど、労働と非労働の境界は曖昧になります。テレワークで場所の制約がなくなり、フレックスで時間の自由度が上がり、副業兼業で複数の仕事を持つ。そうした柔軟な働き方が広がるほど、「いつ働いていつ休んでいるのか」が見えにくくなり、結果として際限のない拘束に陥るリスクが高まります。
連続勤務の上限は、自律的に働く日を選べる環境で「自発的な連続勤務」が常態化することへの安全弁だと言えます。つながらない権利は、スマートフォンとチャットツールによる「常時接続状態」から仕事を終える権利を守る仕組みだと言えます。勤務間インターバルは、勤務終了から次の勤務開始まで原則11時間の休息を確保し、業務配分の合理化を促すものだと言えます。いずれも、柔軟化を「終わりのない労働」に転化させないための最低条件の設定であり、柔軟化と休息確保は対立概念ではなく表裏一体の関係だと言えるものと思います。

もう一つ見落とせないのは、会社と労働者がしっかりと話し合う労使コミュニケーションの充実化との関係です。報告書では、過半数代表者制度の改善やエビデンスに基づく意思疎通の強化が重要論点として掲げられています。今回の3つの論点も、一律の法令で画一的に適用するのではなく、各社の労使が自社の実態に即した運用を話し合い、妥当なルールに落とし込んでいくことが想定されています。「一律の法令ではなく、各社で妥当な規制に直せる構造をつくる」。これが労働基準法改正の根本構造であり、3つの論点もその枠組みの中にあります。
ちなみに、3つの論点の制度的な位置づけにも差があります。連続勤務の上限については、現行法では変形休日制(4週4休)の場合に理論上最長48日の連続勤務が可能ですが、これを最大13日(2週間に1日以上の休日を確保する趣旨)とする方向性が示されています。勤務間インターバルは、2019年の働き方改革関連法で努力義務として導入済みですが、導入企業は全体の6%程度にとどまっており、これを義務化する方向で検討されています。原則11時間の確保が議論の軸です。
一方、つながらない権利については、報告書の文脈ではガイドライン的な方向性で検討されており、法令による義務化にはならない見通しです。業務終了後の連絡を一律に禁止するのではなく、各社の業種・業務特性に応じた運用指針を示す形になると考えられます。3つとも「規制」とくくられがちですが、法的な強度はそれぞれ異なるということも、冷静に把握しておくべき点です。

制度対応ではなく、働き方の戦略から考える
ここで、具体的な場面を想定してみます。製造業のシフト制の現場を考えてみます。
繁忙期に欠員補充が重なり、特定の熟練工が12日間の連続勤務に入っている。夜勤明けから次の日勤まで9時間しか空かない日がある。現場管理者のLINEグループには深夜にもシフト変更の連絡が飛ぶ。こうした状況は、連続勤務規制やインターバル義務化が施行されれば、形式的には「違反」になりうるものです。
しかし、ここで「では13日以内に収まるようにシフト表を調整しよう」「インターバルが11時間確保できるように勤務時刻をずらそう」という対症療法に入るのは、制度の趣旨から外れているのではないかと思います。問うべきは、なぜそのシフトが必要なのか、そしてその働き方が何を生み出しているのかです。
連続勤務が常態化しているのは、特定の人に技能が集中して代替要員がいないからかもしれません。技能の偏在は、育成計画の不在を意味しています。インターバルが短いのは、日勤と夜勤の引き継ぎ設計が属人的で、「対面で直接伝えないと回らない」状態になっているからかもしれません。それは情報共有の仕組みの問題です。深夜のLINE連絡は、シフト変更の判断を現場管理者一人に委ねているからかもしれません。誰にどこまでの判断を任せるかという権限設計とコミュニケーション基盤の問題です。
そして、こうした構造が生み出しているものは何か。熟練工の疲労蓄積とモチベーション低下、若手の定着率の悪化、ミスや事故のリスク増大、管理者の燃え尽きなど、もっと根本的な課題があるはずです。連続勤務やインターバルの短さは、目に見える「数字」ですが、その裏側で静かに蓄積しているのは、人材の消耗と組織の持続可能性の毀損(きそん)にある場合が少なくありません。

逆に言えば、この機会に働き方の戦略そのものを見直せば、連続勤務の上限もインターバルの確保も結果として実現されます。技能の分散と育成、引き継ぎプロセスの標準化、シフト管理のシステム化、情報共有基盤の整備。こうした取り組みは、法改正があろうとなかろうと、本来やるべきことです。法改正は、それに取り組む強い後押しになります。
これは製造業に限った話ではありません。IT企業の深夜の繁忙化、小売業の繁忙期のシフトの問題、医療機関の当直体制など、世の中的に、労働集約に構造が近い業務で典型的に問題になりやすいケースにおいては、その企業固有の働き方の構造課題があります。制度への対応を入り口にしつつ、問いを「制度をどう満たすか」から「この働き方をどう変えるか」に転換することが、労働基準法改正を人材戦略として使うということです。これが制度が目指すところだと思います。
対応の4段階 ── 世界観の構築に至るプロセス
以上のような「制度を働き方の変革に使う」ということは、労働基準法改正の全体について必要なことだと思います。近頃の制度的な議論も経て、具体的に何をどの順番で進めればよいかが一層具体的に明らかになってきています。ここでは4つの段階に整理して実務的な対応をご提示できればと思います。

第1段階は、雇用政策の方向性をつかむことです。本稿のセクション1・2で述べた全体構造の把握がこれにあたります。「規制が増える」ではなく「多様で自律的な働き方を戦略的に構築する」という趣旨を、まず社内で共有してください。ここを省くと、対応方針を社内に説明する段階で「なぜそこまでやるのか」という問いに答えられなくなります。政策の方向性は、社内を動かすための最も強い説得材料です。
第2段階は、自社の働き方の棚卸しです。見るべき領域は大きく4つあります。労働時間の実態(残業がどの部署で、なぜ発生しているか)。働き方の多様性の現状(短時間勤務やテレワークの潜在ニーズがどこにあるか)。労使コミュニケーションの実質(形式的な過半数代表選出にとどまっていないか)。そして管理基盤の状態(勤怠システムがこれらを可視化できる水準にあるか)。先ほどの製造業の例でいえば、棚卸しの段階で「技能の偏在」「引き継ぎの属人性」「深夜連絡の常態化」が数字とともに浮かび上がってくるはずです。
第3段階は、影響度・難易度・必要性の3軸で重点を絞ることです。棚卸しの結果を、3つの論点と照らし合わせます。たとえば今回見た制度対応についても、連続勤務が長い部署、インターバルが短い時間帯、時間外連絡が頻繁な職種などのそれぞれについて、影響を受ける人数はどのくらいか、対応の難易度はどうか、そして自社の人材戦略上の必要性はどの程度か。すべてを一度に変えることはできません。優先順位をつけることで、先行着手する領域が明確になります。
第4段階は、自社の働き方の「世界観」を構築することです。ここが最も重要であり、かつ最も見落とされやすい段階です。世界観とは何か。たとえば、「うちの会社は、専門性の高い人材が裁量を持って働ける環境をつくる。そのために時間と場所の柔軟性を最大化し、その代わり休息の確保は制度的に担保する」。あるいは、「多様な雇用形態の人材が協働する前提で、情報共有と引き継ぎを標準化し、誰かに負荷が集中しない組織をつくる」。こうした、自社の働き方がどこに向かうのかを言語化することです。
世界観が定まると、3つの論点への対応は「制約への適合」ではなく「方向性の具体化」に変わります。先の製造業の例で言えば、「技能を分散させ、誰でも引き継げる体制をつくる」という世界観が定まれば、連続勤務の上限もインターバルの確保も、その実現の当然の帰結になります。逆に、世界観なしに個別制度だけ対応すると、シフト表の数字合わせに終始し、構造は何も変わりません。
この4段階は、法改正の確定を待つ必要がありません。方向性は明確ですし、棚卸しと世界観の構築は、法改正がなくても本来やるべきことです。むしろ今のうちに進めておくことで、法制化の具体案が出た段階で、自社の方向性と照合するだけで済む状態になります。
おわりに
法改正対応は結果であって、目的ではありません。自社の働き方をより良くすること、そこから考えれば、確定を待つ必要はありません。趣旨を理解し、自社の課題と照らし合わせ、働き方の方向性を定める。それは今日から始められることです。多様な人材を柔軟に活用している企業であるほど、今回の3つの論点は「制約」ではなく「安心して柔軟な働き方を広げるための基盤」として機能するはずです。
現在、労働基準法の改正を含めた雇用政策は、成長戦略会議の労働市場改革分科会において、裁量労働制の対象拡大、テレワーク推進、AI協働時代の人材育成、雇用流動性の促進といった、さらに大きなフレームでの検討が続いています。2026年夏の骨太の方針に方向性が盛り込まれ、2027年以降の法制化に向けた議論が加速する見通しです。次回は、これらの論点にも触れつつ、企業が法改正を人材戦略の推進力に変えるための具体的なアプローチをさらに掘り下げます。
<関連コラム>
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第3回:副業・兼業制度の戦略的設計:人材流動化時代の競争優位構築
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第5回:先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法2
第6回:先進企業の人的資本経営実践例:労働基準法改正を成長エンジンに変える方法3
第7回:2030年の組織と働き方:労働基準法改正がもたらす構造変革への準備
第8回:労働基準法改正の「論点拡大・早期化」と高市内閣「労働時間規制緩和」:今後の流れと実務影響
第9回:2026年3月期の金融商品取引法改正、人的資本情報の拡充への対応 ~労働基準法大改正と統合した働き方の価値向上
第10回:働き方改革・人的資本経営・労働基準法改正、10年の働き方変革の流れ総解説~2015年日本再興戦略から2027年以降の労働基準法改正へ~
第11回:労働基準法改正対応の本質的対応「育成と働き方」の一体設計 …セガサミーホールディングスの事例から読む人材戦略
第12回:2026年新版発行!「人的資本可視化指針」に見る「労働基準法改正」対応と融合した人材戦略構築の必須度
第13回:「副業・越境」の推進と「働き方」制度、人材戦略の設計―NTT東日本・吉野家ホールディングスの取り組みと、労働基準法改正の接続点
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第17回:労働基準法改正の各論・見えてきた具体的な対応実務~「連続勤務規制・つながらない権利・勤務間インターバル」の本質~★今回


