新規事業開発実現のための組織人事制度を考える #1(1/3)-石森 宏茂 ~社内外で生み出すイノベーションの芽

Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 〜

2025年1月のテーマは「新規事業開発実現のための組織人事制度を考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、3名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。

#1 新規事業開発実現のための組織人事制度を考える ー石森 宏茂プロ編  本記事
#2 新規事業開発実現のための組織人事制度を考える ー岩本 晴彦プロ編
#3 新規事業開発実現のための組織人事制度を考える ー原口 悠哉プロ編

今月の”板挟みイノベーター”からの質問

「新規事業開発の戦略検討が進む中、組織人事面で板挟みを感じています。上層部からは「既存の枠組みを活用しろ」と言われる一方、現場からは「今の仕組みでは動きづらい」という声が。
私自身、大きな変革を起こす権限はありませんが、何かしら工夫の余地はあるはずです。

そこで悩むのが、新規事業の組織形態です。
既存の制度から完全に切り離すわけにもいかず、かといって現状の制度に縛られては新しい取り組みが進まない。人事部門との調整も難航しそうで…。
さらに、新規事業を成功させるには他部門の知見やリソースも必要なのですが、どう協力を得ればよいのか悩んでいます。
それでも、せめて新規事業部門内だけでも、イノベーションを促す文化や評価の仕組みを作れないものでしょうか。

既存組織とのいざこざを最小限に抑えつつ、新規事業の特性に合った体制を整えるには、具体的にどんなアプローチが効果的でしょうか?
限られた裁量の中でも、部下たちのモチベーションを高め、他部門の協力も得ながら、新規事業を成功に導くための組織づくりのヒントが欲しいのです。」

第1回目は、石森 宏茂プロの回答です。

社内か、社外か? 新規事業開発組織の“配置”を考える

一般的に、新規事業開発には「社内で”探索チーム”を育てながら進める方法」と「社外に専門事業会社を立ち上げる方法」が存在しています。「社外に専門事業会社を立ち上げる方法」については、Corporate Venture Capital(以下、CVC)が比較的近い考え方かもしれません。実際に、CVCが投資機能だけでなく、オープンイノベーション機能を持ち、新規事業立ち上げ自体を役割として担う企業も存在しています。

前提となる新規事業と既存事業の特徴的な違い

そもそも論ですが、既存事業と新規事業では、その活動の前提となる条件が大きく異なります。例えば、顧客やマーケットひとつ取り上げても、既存事業はもちろんすでに目の前に顧客がおり、活動のマーケットが明確ですが、新規事業はそれ自体を探す活動です。予算やリソースという観点でいえば、既存事業は多くの場合、前年の実績がひとつの参照事項となり、ヨミをきかすこともできますが、
新規事業については、実績が
無いどころか事業実態も無いわけですので、どんな活動にいくら使うかもかなり流動的である、という特徴があります。

どちらが良い悪い、ということではなく、既存事業と新規事業は、それぞれ活動の特性が異なるため、その特性にあった組織人事制度を構築する必要がある、ということになります。

社内組織化と社外組織化の主な違い

社内組織型は既存事業を中心とした組織・人事制度や文化の影響を受けやすい反面、社外型よりは既存リソースを活用しやすく、段階的な投資判断や一体運営が可能です。

一方、社外型は独立性やスピード感、自由度が確保しやすく、明確な契約・合意により外部から有能な人材や知見を取り入れやすい利点があります。しかし、独立して活動できるだけの知見・ノウハウを有した人材の存在もしくは確保が必須です。

選択のポイントは「スピード」

どちらの形態が良いか悪いかではなく、重要なのは、自社が新規事業に対して「リスクを抑えた漸進的発展」を求めるのか、それとも「思い切った独立的投資」でスピード勝負に挑むのかを明確にすることです。

社内型は既存資産を生かしながら制度を再編できる反面、企業文化や評価軸が新規事業特有のチャレンジ精神を阻害する場合があります。社外型は自由闊達な環境で新たな人事・報酬制度をゼロベースで構築できる一方、親会社との明確な契約関係を整えなければリソース不足や調整コスト増大が懸念されます。

そして、このVUCAな時代にスピード感は大事ですが、スピードが全てとはいえません。重要なことは、戦略に示されている時間軸に合う手段を用いることです。
例えば、インフラのような大きな基盤を新たにしたいという挑戦の場合、一般的には10年以上のスパンで見ていくことも少なくありません。
そのような時間軸に合わせて考えた際に、適切な組織のあり方を是々非々で考える必要があります。
「こうやれば
うまくいく」という絶対解がない、という前提に立つことが重要です。

社内で芽を出す――小さく始めて組織文化を耕す

社内型組織について見ていきます。新規事業開発の”はじまり”は、社内でみると「経営企画機能をもつ部門」、または場合によっては、投資という文脈から「財務機能をもつ部門」から始まることが多い傾向にあります。それらの部門は、まず、「探索する機能」をチーム化し、アイデアの進捗フェーズによって、組織を変えていきます。同時に、探索する機能を持つチーム自体を「戦略的CoE機能」と位置づかせることで、さまざまな挑戦から得た知見を蓄積。そのうえで、探索プロセスを経た小規模な新規事業開発プロジェクトを立ち上げ、「良いアイデア」の見極めからMVP検証・事業化検証へと段階を踏んで進めます。優れたアイデアは専任部門化や既存事業への組み込みへ、不適合なものは見送りへと整理できるので、無理な一気通貫の改革は必要ありません。

マネジャーはこのプロセスで、「既存資源を活用しながら新たな挑戦を可能にする」調整者になれます。
蓄積された知見を小規模プロジェクトで
生かし、その検証結果を共有することで上層部には「計画的な前進」を、現場には「挑戦しやすい環境」を、他部署には「協働の価値」を見せることができます。
指標や評価プロセスを明確化して部下に安心感を与え、周囲に理解を促しながら、着実に新規事業の芽を育てていく。
それが小さなステップを積み重ねる社内型アプローチの真髄です。

社外で突き抜ける――自由度を武器にイノベーションを加速

一方で、社外に専門の新規事業開発企業を設置する場合は、思い切った独立性と自由度が得られます。社外型では独自の意思決定プロセスや報酬制度設計が可能となり、必要な人材を社外から大胆に調達することも容易です。
ここでは既存の人事制度による制約から解放され、挑戦的な報酬制度や社外起業家とのパートナーシップが形成できます。

社外型組織は「スピード感ある展開」を目指せる点が魅力です。既存組織との”必要以上のしがらみ”を最小化し、予算や人材の獲得を明確な合意や契約に基づいて行うことで、外部知見を迅速に吸収できます。
もちろん、そのぶん親会社との意思疎通やガバナンス設計は手間を要しますが、これをクリアできれば、新規事業をスケールさせる強力なアクセラレーターになります。

最近よく見かける事例ですと、JR東日本(東日本旅客鉄道株式会社)が100%出資するJR 東日本スタートアップ株式会社がその手法をうまく活用し、新しい新規事業を次々と生み出している様子を窺うことができます。

試行錯誤しながら人事制度を磨く――『走りながら改善』でマネジャーが柔軟性を醸成

変わる前提の仕組みーーずっとベータ版の評価制度

新規事業と既存事業の活動特性が異なる前提が、社内で理解されたところで、影響度と負荷の大きさから、人事制度ー特に評価制度、はそう簡単には変えられないのが実際のところです。そのため、人事評価制度が完全に整うことを待っていては、新規事業開発は始められません。

評価項目や基準は、実際に活動を進めるなかで、「何が価値を生み出し、どの行動が成果につながったか」を検証する中で明らかになります。つまり、最初は「変わる前提の仕組み」、常にアップデート可能な「ずっとベータ版」の状態からスタートし、その時々の活動フェーズや経営者の意向、組織文化の変化に合わせて緩やかに整えていくことが現実的です。市場環境や企業の状況は絶えず変化しますから、制度を完璧に固めてしまうのではなく、日々学びながら改良を重ねる「走りながら改善」こそが求められます。

大規模な権限はなくても、評価指標の一部に新規事業特性を反映したり、外部リソースを限定的に活用したりと、小さな改善策は可能だと思います。たとえば現行評価制度に「実験数」や「顧客反応収集」を加点要素として組み込み、上司に対しては「既存制度を生かしながら、微調整によって新たな価値創造につなげている」ことを定量的に報告します。これにより上層部は安心感を得て、部下は改善の種を感じ、双方への説得力が増します。

私の個人的な経験では、経営者=ときの決裁者による「重要な経営判断」をどれだけ導けたか、を評価基準としたこともありました。売り上げのような分かりやすい成果がすぐには可視化されない新規事業にとって、それでも「前に進んでいる」ということが明確にわかるのは、決裁者による“Go or No-Go decision”です。新規事業開発は、”センミツ”や”多産多死”と言われます。つまり、成功にとって、アイデアの数が非常に重要なファクターのひとつです。だからこそ、良いアイデアだったのか、そうでなかったのか、その判断が積もれば積もるほど、新規事業開発は「前に進んでいる」という評価基準として機能していました。

メンバーにスポットライトをあてることが、チーム全体を救う

また、前述のような状況下で、マネジャーとしては部下のモチベーション向上にも工夫が必要となります。
制度が流動的なため、メンバーは「自分が評価されるポイントは何なのか」「なぜこの行動が求められるのか」など、不確実性や曖昧さを感じやすいからです。

そこをカバーするのが、小さなことであっても成果や試行を可視化し、小さな成功体験にスポットライトをあてるマネジャーの働きかけです。
わずかな前進や新しい知見を部内外に発信し、周囲からのポジティブなフィードバックを引き出すことで、メンバーは「自分たちの努力が見られている」「組織に貢献している」という感覚を得やすくなります。
特に大企業では、新規事業開発部門が社内で何をしているか分からないことも多いため、発信によって関心や期待を呼び込み、上層部や他部署の理解・協力を得ると同時に、現場メンバーの意欲を支えられるのです。

発信活動は、予想外の協力者を招き入れることにもつながる可能性があります。それは、実は新規事業部門で取り組んでいる内容と同様のことを考えていた既存事業部門の協力です。
繰り返しになりますが、新規事業開発部門が社内で何をしているかは知られてないことも多いため、小さな発信活動を繰り返していくなかで「あれ、それって今うちで検討している内容に似てるんじゃないか?」と既存事業部門の目に留まり、「一緒に検討したい」という声に変わることも少なくありません。(※もちろん、この場合、それは新規事業開発なのか?既存事業における新商品サービス開発に切り替わるのではないか?といういくつかの疑問はたちますが、重要なことは企業の中で新たなビジネスの芽が断ち切れることなく生まれ続けることですので、新規か既存かという点においては、是々非々での検討が必要です)

変わり続ける前提を共有し、小さな成功に光を当てて褒めたたえ、周囲へ情報発信を積極的に行う。
こうした取り組みを通じて
マネジャーは、人事制度がまだ「仮の状態」でも前向きに進める土壌を作り、メンバーのモチベーションを保ちながら柔軟な組織文化を醸成していくことが可能になります。

興りの文脈を紡ぎ続ける――設計意図を風化させない仕掛けを“板挟みの立場”から根付かせる

新規事業を進めていくと、事業化した事業に担当者がそのまま関わっていき、新規事業開発部門から離れるケースは少なくありません。
そして、そうなることで、時の経過とともに、新規事業開発機能立ち上げ当初の意図や文脈が形骸化しがちになります。

マネジャーは、制度誕生時の資料や意思決定プロセスをアーカイブし、定期的な共有会やイントラでの説明を習慣化していくことが必要です。
新規参画者へのオンボーディング時に背景ストーリーを伝え、外部伴走支援者や過去メンバーを招いたワークショップを企画することも可能です。  

マネジャーがこうした「記憶の守り人」として行動すれば、人事制度や評価軸がいつの間にか形骸化する事態も防げます。
上司には「制度の原点回帰」の価値を説き、部下には「この評価項目は、なぜ存在するのか」を再提示することで、全員が過去の挑戦や失敗を踏まえて前進できます。
このように中間層が文化的知的資本を紡ぎ続けることで、新規事業開発組織は目指すべき指針を見失わずに進化し続けるでしょう。

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