はじめに|「営業は動いた、でも間接部門は…」
6月になりました。新年度のスタートから早くも2カ月。営業や開発部門では「取りあえずAIを使ってみる」フェーズを抜け、何らかの成果が見え始めている企業も多いのではないでしょうか。
ところが、人事・総務・経理といった間接部門に目を向けると、状況はまるで違う。「うちはまだこれから」「具体的に何をすればいいか分からない」という声が、社内のあちこちから漏れ聞こえてくる——そんな状況ではないでしょうか。
2026年5月、政府がAI・半導体など「戦略17分野」のリスキリング支援を強化するため、省庁横断の「リスキリング・人材確保推進会議」(仮称)を内閣官房に設置する方針を固めたと報じられました。労働力の円滑な移動を促し、成長分野に人的資本を集中させる狙いです。国レベルでもAI人材確保への動きが加速する中、社内のすべての部門でAI活用を進められているか——その問いに、自信を持って「はい」と答えられる企業はまだ少ないはずです。
経団連が2026年4月14日に公表した「HR部門におけるAI等の活用に関する報告書」(*1)によれば、企業の9割超が何らかの形でAIを活用していると回答しています。しかし、経済協力開発機構(OECD)調査では、アルゴリズム管理ツールの導入率は米国90%、欧州連合(EU)平均79%に対して日本はわずか40%。導入は広がっていても、間接部門に深く根付いているかというと、まだ課題が多いのが実情です。
6月は、株主総会シーズンを目前に控え、上半期の進捗(しんちょく)が問われる時期。営業部門だけでなく、全社でAI活用が進んでいることを示せるかどうかが、経営層への報告の説得力を左右します。今号では、人事・総務・経理という間接部門で成果を出すための具体的な型をお届けします。
なぜ今、間接部門が「次の一手」なのか
第10回では、新年度のスタートにあたり、まずは営業・マーケティング部門から動かしましょうと書きました。成果が数字で見えやすく、KPIもそろっていて、横展開の説得材料を作りやすいからです。
しかし、営業・マーケ部門だけで止まっていては、全社展開とは呼べません。間接部門から「自分たちは取り残されている」という不満が出始めたら、それは赤信号です。
実は、間接部門こそ、AI活用との相性が極めて高い領域です。経理の仕訳・経費精算、人事の問い合わせ対応・採用関連業務、総務の社内文書作成・契約書チェック——どれも定型的で、ルールベースで、繰り返し発生する業務ばかり。生成AIが最も得意とするタスクが集中しているのです。
LINEヤフーは2026年2月10日、人事総務領域における生成AI活用を本格化すると発表しました(*2)。2026年春までに新たに10件のAI活用ツールを順次運用開始し、月間約1,600時間以上の工数削減を見込むとしています。対象は人材育成、労務管理、採用支援、各種申請・問い合わせ対応など、人事総務の主要業務全般です。同社はすでに2025年7月から「生成AI活用の義務化」を打ち出しており、ほぼ全従業員が日常業務でAIを活用している状態。その上で、間接部門の業務に本格的にメスを入れ始めた格好です。
SOMPOホールディングスも、2025年12月26日にグループ国内社員約3万人を対象としたAIエージェントツール「SOMPO AIエージェント」を2026年1月から導入すると発表しました(*3)。社内文書の検索・要約、議事録作成支援、データ分析補助といった汎用(はんよう)的な業務サポートが中心です。
つまり、大企業の動きは「間接部門こそ、まとめて成果を出せる場所」だという認識に向かっているのです。あなたの組織はどうでしょうか?
部門別の活用シーンと、今週から動けるアクション
ここからが本題です。人事・総務・経理それぞれで、今週から動ける具体的なシーンを整理します。
▶︎ 人事部門:採用・問い合わせ・キャリア支援
人事部門の「痛み」は、エントリーシートの選考、面接調整、社員からの問い合わせ対応に集中しています。経団連の報告書(*1)では、HR部門は業務部門別ランキングでAI活用1位(49社)と、意外にも進んでいる領域です。
今週できるアクション:自社の社内規定をAIに読み込ませ、「育児休業の申請手続きを教えて」「年末調整の必要書類は?」といった頻出問い合わせに、AIが下書きを作る仕組みを試してみてください。最初は人事担当者が回答前にチェックする運用で十分。月20件の問い合わせがAIで一次回答できるだけで、担当者の負担は大きく変わります。
LINEヤフーの事例では、採用戦略検討のためのデータ整理支援や、AI自律型面接官トレーニングといった、より高度な領域への展開も始まっています(*2)。
▶︎ 総務部門:契約書・社内文書・問い合わせ対応
総務部門は、契約書のレビュー、社内通知の作成、福利厚生の問い合わせ対応など、テキスト処理の山に埋もれがちな部門です。
今週できるアクション:直近1カ月で総務に届いた問い合わせメールを20件ほど集め、AIに「内容を5カテゴリーに分類し、各カテゴリー向けの返信テンプレートを作成してください」と依頼してみてください。返信業務を「ゼロから書く」から「テンプレートを微調整する」に変えるだけで、対応時間は大幅に短縮されます。
契約書チェックでも、「リスクのある条項を洗い出してください」というプロンプトで、法務確認に回す前の一次レビューが内製化できます。あくまで「たたき台」として使うこと、最終判断は必ず人が行うことが鉄則です。
▶︎ 経理部門:仕訳・経費精算・月次決算
経理部門こそ、AI活用で最も「数字で語れる」部門です。LayerXは2026年1月にバックオフィス向け新サービス「バクラクインテリジェンス」をリリースし、2026年5月13日にはAIエージェント機能を強化、コスト削減提案と対話型分析に対応しています(*4)。請求書データや経費精算データをAIが自動で分析・可視化し、グラフ上の気になる数字をクリックすれば根拠となる証憑(しょうひょう)をその場で確認できる、という流れです。
今週できるアクション:経費精算で頻発する「規定違反」や「金額の異常値」を、AIに過去3カ月分の申請データから抽出させてみてください。手作業で1日かかっていた監査が、数十分で終わるはずです。月次決算で繰り返し作成しているレポートのテンプレートをAIに学習させ、「今月の数値を入れたら下書きを作る」運用に切り替えるのも、すぐに効果が出ます。
間接部門ならではの「3つの注意点」
ここで重要なのは、間接部門には営業・マーケ部門とは違う特有のリスクがあるという点です。
注意点1:個人情報・機密情報の扱い
人事データ、経理データには、社員の個人情報や財務情報といった機密情報が含まれます。経団連の報告書(*1)でも、人事部門は「社員一人ひとりのキャリアや処遇など組織運営に大きな影響を与える情報を扱うことから、判断には高い説明責任と信頼性が求められる」と指摘されています。社外の汎用AIにそのまま入力するのは厳禁です。プライベートな環境で使えるツールを選定し、入力可否のガイドラインを部門ごとに明確化しておきましょう。
注意点2:「正確性」が成果よりも重視される文化
営業部門は「取りあえずたたき台を作ろう」が許容されますが、経理部門では「請求書の数字が9割方合っていればOK」とはなりません。最初から精度を求めるのではなく、人が必ず最終チェックする運用を組み込むことが、現場の心理的ハードルを下げます。AIの出力を「下書き」と位置付け、確認・修正のフローを業務プロセスに最初から組み込んでおく。これが定着のカギです。
注意点3:「成果」が時間削減でしか測りにくい
営業のように受注額で語れない部門だからこそ、時間削減を丁寧に記録することが大事です。LINEヤフーが「月間1,600時間削減」という具体的な数字を出せた背景には、業務ごとのビフォー・アフターを測定する体制がありました(*2)。あなたの部門では、AI導入前の作業時間を記録できているでしょうか?
「見えない貢献」を、見えるかたちに
第10回でも触れた通り、AI活用を現場に定着させるには「最初の成功体験」が決定的に重要です。間接部門は、営業のように分かりやすい受注成果がない分、「時間削減の見える化」がそのまま成功体験になります。
部門ごとに、最初の1カ月で取り組む業務を1つだけ選んでください。経理なら経費精算チェック、人事なら社内問い合わせ対応、総務なら契約書の一次レビュー——どれか1つでいい。その業務にかかっていた時間を測り、AI導入後の時間を測り、差分を部内で共有する。たったこれだけで、「これは続けたい」という空気が部門内に生まれます。
経済産業省が令和7年5月に公表した「Society 5.0時代のデジタル人材育成に関する検討会 報告書」(*5)では、政府として2026年度までに230万人のデジタル人材育成目標を掲げると同時に、リスキリング施策の「需要」側、つまり学ぶ人々の現状の可視化が大きな課題だと指摘されています。供給側の制度は整っても、現場が動かなければ意味がない——これは、間接部門のAI活用にもそのまま当てはまる構図です。
新年度2カ月で営業部門が一歩前に進んだ今、次の一手は間接部門にあります。「自分たちは取り残されている」という不満の声を、「自分たちこそ最も成果を出せた」という自信に変えていく。そのスタートは、来週の月曜日に経費精算1件をAIに通してみる、ただそれだけのことです。
あなたの組織で、最初に動かす1つの業務は、どれにしますか?
< 参考文献・出典 >
*1 一般社団法人 日本経済団体連合会「HR部門におけるAI等の活用に関する報告書」2026年4月14日
https://www.keidanren.or.jp/policy/2026/016.pdf
*2 LINEヤフー株式会社「LINEヤフー、人事総務領域での生成AI活用を本格化 2026年春までに新たに10件のAI活用ツールを順次運用開始」2026年2月10日
https://www.lycorp.co.jp/ja/news/release/020104/
*3 SOMPOホールディングス株式会社「国内グループ会社社員約30,000人を対象にAIエージェント導入開始〜AI活用によるビジネスモデル変革を強力に推進〜」2025年12月26日
https://www.sompo-hd.com/-/media/hd/files/news/2025/20251226_1.pdf
*4 株式会社LayerX「バクラクインテリジェンス、AIエージェント機能をアップデートしコスト削減提案と対話型分析に対応」2026年5月13日
https://bakuraku.jp/news/20260513/
*5 経済産業省「Society 5.0時代のデジタル人材育成に関する検討会 報告書 ー『スキルベースの人材育成』を目指して ー」令和7年5月
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/dxjinzaireport_202505.pdf


