【対談企画】トップが本気になる。“人的資本経営”推進の真髄とは

人財開発本部 本部長 兼 人財戦略室 室長
笠井 敬博  氏
2003年、サミー株式会社に新卒入社。2004年セガサミーホールディングス株式会社設立と同時に同社へ出向。以降、セガサミーグループ内にて法務・秘書・総務・人事などを経て、2018年、セガサミーグループの横断的教育機関たる「セガサミーカレッジ」設立PJTを担う。「全ての挑戦を可能にする人財・文化・環境」を創るべく、グループ全体のHR領域における変革と挑戦に臨んでいる。◆セガサミーホールディングス株式会社◆
総合エンタテインメント企業グループの持株会社として、グループの経営管理及びそれに附帯する業務をおこなう。
https://www.segasammy.co.jp/ja/※役職は、インタビュー実施当時のものです。

“人的資本経営”の重要性が高まっているが、その実践に悩む企業も少なくない。経営と教育、そして社員の自己実現をどのように接続するのか。みらいワークス総合研究所所長・岡本が、“人的資本経営”という言葉がクローズアップされる以前から“人”に重きを置いた経営を推進し、成果をあげてきたセガサミー社を訪問。その真髄に迫った。

一体感の醸成と文化浸透を目的として設立されたセガサミー

人的資本経営に関する貴社の取り組みについて教えてください。

(笠井氏)グループ創業者会長の里見治が、21年前に私が入社した当初から「人材の材は財産の財だ」と、言い続けてきました。一般的には「人」「物」「金」「情報」が、経営資源と言われますが、「物」も「金」も「情報」も結局「人」が連れてきます。

われわれは、エンタテインメントをなりわいにしています。大きな工場や、特許を持っているだけで、成功や利益が中長期的に保障されるような業界ではありません。常に新しく、お客さまの期待を超えるものを提供し続ける必要があります。それは人にしかできません。人の感情を揺さぶるのは人にしかできない行為です。そういった意味でわれわれセガサミーグループにおいて、“人”は非常に重要かつ必要不可欠なものです。

“人”が重要になるので、当然、育成には注力しています。一般的に“研修はつまらないもの”という印象を持たれると思います。学びや誰かとつながる文化を醸成・浸透させて、人的資本の重要性を全社で共有する礎づくりを目的としてスタートしたセガサミーカレッジ設立当初は、“研修に丸1日を費やすならば、1件でも目の前の仕事を進めた方がいい”という空気がありました。しかし、やがて次第に学ぶことや誰かとつながることによって可能性が広がっていくことを体感してもらい、“そのような研修ならば”と職場から快く送りだしてくれる文化が育まれてきました。それが人的資本の重要性を、全社で共有するための礎になりました。

 

どのくらいの期間をかけて文化醸成をされたのでしょうか。

(笠井氏)現在のオフィスに移転した2018年の夏までは、グループ各社それぞれが、ビジネスに都合の良い場所に本社を置いていました。このビルが竣工し、創業者の息子で現CEOの里見治紀がグループのCOOになるタイミングで、セガサミーグループの第2創業期であるというムーブメントが起こりました。オフィスを「GRAND HARBOR」と命名。セガサミーグループの各社が、世界中さまざまな場所へビジネスのために出航し、帰ってくる港はこの場所だというメッセージを込めて、2018年に本社機能を集約。そのタイミングで、セガサミーグループが新たな一体感を生み出し、文化を作り浸透させていくための教育機関として、セガサミーカレッジが設立されました。設立から6年間で参加者が延べ約6万人、年間で200のコンテンツを、提供できるまでに拡張してきました。

 

2018年といえば、まだ人的資本経営という言葉が一般的ではなかった時代でしたが、どのような言葉を用いて意思疎通を図ってきたのでしょうか。

(笠井氏)われわれは、「Be a Game Changer ~革新者たれ~」というビジョンを掲げています。革新者になっていくために、必要なスキルセットやマインドセットを提供し、「人」がビジネスの源泉であるというメッセージを発してきました。くしくも、後にやってくる人的資本経営の考え方と一致。結果的には、ブームになる前から実践していたというカタチになりました。

そして、以降、強いリーダーシップを持った代表のもとで、このプロジェクトが進んでいきました。2010年頃、彼自身が海外のグループ会社で働きながらMBAを取得。「社員全員をMBAに入れてあげることはできないけれど、いつか自分がグループのトップになったときには、そのような環境をうちのグループに縁があって入った人たちに提供したい」という夢を持ち、それを実現するための最前線を私たちが担っています。

 

作りたい未来をプロセスから一緒にデザインできるパートナーへの期待

世の中にこれだけ充実したコンテンツがある中で今回、みらいワークスが運営する「みらRe-skilling」を活用していただいた経緯をおしえてください

(笠井氏)先ほどもお話したように、大きな設備や特許を持っていることで一定の安定性を継続し得る会社とは違い、われわれは毎回、ゼロからの挑戦が強いられるビジネスです。人々のトレンドや社会の思考、テクノロジーが変化していく中で、会社はもちろん、社員一人ひとりも進化をしていかなければなりません。進化するためには、個の自立に焦点を当て、何かになりたいというWill、どうなりたいというWillと、自分が今持っていてできることのCanのギャップを埋めていく必要があります。

そういった“セガサミーカルチャー”を言語化しない限りは、なかなか人は行動に移せないと考えました。みらいワークス様に提供していただいている研修では、まず自己認知をして、自分はどこに向かっていきたいのか、そこに向けて今持っているものは足りているのか足りていないのかを認識することができます。不足しているスキルセットを見つけることができれば、学びたい人が学べる環境である「セガサミーカレッジ」もより活用されやすくなります。

もちろん、私たちも教育に注力し、これまでも知見を積み上げてきましたが、「個人のキャリア自律・会社としてのキャリア支援」という文脈では全て内製するのではなく外部のチカラを活用しようと考えました。理由は二つあります。まず、しっかりとパッケージ化されている点です。

自分ごと化をする、そこからこうなりたいというものをアウトプットしていく。

それに向けて行動していく、という一連の流れを一気通貫でおまかせできる会社がみらいワークス様でした。

そしてもう一点、“一緒になって考えてくださるスタイル”も魅力的に映りました。必要としていたのは“われわれが作りたい未来を、一緒に作ってくれるパートナー”です。一般的なeラーニングのように、出来合いのものではなく、他の誰でもない、同じグループの仲間と、このテーマについて一緒に、Will、Can、Mustとアウトプットしてみる。それをシェアして、自分のしたいことがわかったときに相談することができるというプロセスを一緒にデザインできるのもありがたく感じました。

 

今回は、“手挙げ制”で参加者を募られましたが、どのような方々が、どのようなモチベーションでチャレンジされたのでしょうか。

(笠井氏)今回は、20代30代の若手向けと、40代以上を対象とした二つのコースを用意しました。私の仮説では、20代~30代の方のキャリア意識が高く、応募者の数が多いのではないかと思っていましたが、結果的には40代以上のクラスの方が応募者数は多かったですね。人によってモチベーションは違いますが、総じて言えることは、“どこかにたどり着きたい”“変化の時代に何か自分の中にコンパスを作らなければいけない”という、ある一定の健全な危機感があったように感じます。

重要なのは、これだと決めたらやり抜く「徹底力」

いま“人生100年時代”と言われているなか、70歳まで会社に勤めていたとしても、その後をどのように過ごすかが課題になってくると思います。そのために会社として、勤めていらっしゃる社員の方々に何を今からしてあげるのかが重要なテーマになっていますが、御社ではどのようなお考えを持っていますか。

(笠井氏)陳腐化するスピードやコモディティ化するスピードが圧倒的に速くなっています。特にこの業界に携わっている人においては、その速度はさらに早く、最前線の現場で働いている人ほど健全な危機感を持っていると思います。

デジタルに関しては、日進月歩で新しい便利なツールが登場。そこについていく人とついていけない人の差を埋めるようなベースのスキルを、どのようにつけていくかがひとつの大きな課題になっています。現在、私たちはデジタルリテラシーの向上という基礎的なものから、生成AIの活用までさまざまなレベルのコースを提供していますし、社員からの注目度も高まっています。今日より良い明日、良い未来が来たらいいなと素直に思われている社員が多く、それがゆえにデジタルリテラシーが上がってきています。

しかし、例え個人が変わったとしても、仕事はあくまでチームプレイで進められます。川上から川下にパスをしていく中で、個人が変わったとしても、川上と川下が変わらない限りは、結果として今までと同じことが再生産され、そこがボトルネックになっているという仮説から、チーム丸ごとで研修を受けるスタイルのサービスを「プロンプトキッチン」という名前でリリースしました。

これは、まるでキッチンカーが来るように、“あなたの職場に行って一緒に課題解決やチームの仲間とレベルを高めていこう”という取り組みです。同じチームや同じ年代、同じコミュニティーで研修を受ける方が、刺激を受けやすいという検証結果が出ています。やはりチーム全体でレベルアップをしていくと、改善活動をしていくときに障壁がなくなります。このように「コミュニティーを作っていく」×「スキルアップしていく」という学びを提供することが、われわれが次にチャレンジするべき一段上のサービスだと捉えています。

(岡本)デジタルを通じたチームビルディングのようなかけ合わせのイメージですね。

(笠井氏)そうですね。全グループ会社・組織は、ミッションピラミッドを作っています。そして「なぜわれわれはここに存在するのか」「われわれがありたい姿は何か」「目指すべきゴールは何か」「それを実現するための戦略は何か」「その戦略を実現するためにどういう組織を作っていくか」「具体的に戦術は何か」をリーダーが作ります。それを指し示していく中で、変革に向けたアクションをチームでシェアしていく土壌があるからこそ、“チームみんなで一緒にこれをやろうぜ”という意識が醸成されます。

そのようなケースにおいて、ビジョンから戦略・組織・戦術に落としていくサイクルはどのくらいでアップデートするのですか?

(笠井氏)中期計画が3年単位なので、同じく3年単位がひとつの大きなサイクルになっています。それ以外には、毎期作成を見直して、必要な修正をアップデートしていきます。バージョンアップ、あるいはリニューアルは3年に一度で、微調整は毎年入ります。

(岡本)当社も先日、中期経営計画を発表したばかりで、各部において3ヶ年計画の重要方針発表をし、自分たちの部においてそれはどういう意味なのかを言語化するように各部長に伝えたばかり。ちょうど部内での共有が進んでいる段階なので、とても参考になります。

(笠井氏)代表がよく引き合いにだす、イソップ寓話の「3人のレンガ職人」という話があります。「あなたは何をしているんですか」と尋ねると、「見ればわかるだろう。レンガを積んでいる」と言う人か、それとも「私は家族を養うためにこのレンガを積んでいる」というWhyがある人、さらにもう1人は、「私は歴史に残る大聖堂を作るためにこのレンガを積んでいるんです」と言う人。このように最後のビッグWhyを語れる人の方がおそらく1個のレンガを積んでいるときでもモチベーションは非常に高い状態にあるはずです。

グループや各社のミッションピラミッドを、リーダーがデザインできれば、一人ひとりに対してアサインメントをするときに、「なぜあなたはこの仕事をやっているのか。それはこの大聖堂に繋がるからでしょう」といった会話ができるコミュニケーションツール、ある意味ひとつのフレームワークになると思います。

 

これだけの巨大企業が6年間かけて文化を変えられたのは、オーナー企業ならではの特色といえるのでしょうか。

(笠井氏)「オーナー企業だからこそできた」と言われることはありますが、真因はそこではないと思っています。オーナーでも、雇われ社長であったとしても、重要なのはトップの本気度です。当グループにはわれわれ、革新者が持つべきコンピテンシーとして「セガサミー5つの力」というものがあります。その中の一つに、これだと決めてその道を決めたらそれをやり抜く「徹底力」がありますが、それを一番体現しているのが、現代表だと思います。

好循環のサイクルは、回し始めない限り生まれない

6年間、セガサミーカレッジを運営してきて感じる社員の成長と変化を教えてください。

(笠井氏)われわれのセガサミーカレッジには、大きく三つの区分があります。ひとつは、「経営層、経営候補生、将来を担う優秀層等、選ばれたものが学ぶ選抜教育」、二つ目が「学ぶべきものが、学ぶべきときに学ぶ階層別の研修」、そして三つ目が、もっともボリュームが多い「学びたいものがいつでもその門をたたけば開く手上げ式道場」となりますが、この三つ目の道場の参加度合いが圧倒的に変わりました。応募の倍率が4~5倍に増え、“学ぶことはいいことだ”という空気が生まれたのがひとつの大きな変化だと感じています。

セガサミーカレッジの大きな副次的な魅力は、全く違う事業を経験してきた人と同じテーブルに並んで、忖度なく意見をぶつけ合うことができるところ点です。対応変化については、階層別研修の中で基本的にミッションピラミッドと徹底的に向き合うように仕掛けています。リーダー層のクラスでは、自組織のミッションピラミッドを、他のグループ会社の同じ研修を受ける人たちに対して自分の言葉で語ります。このプロセスは、自分ごと化するための大きな一歩となり、ミッションピラミッドを自分たちの事業や、会社や自分たちが成し遂げたいことを、主語を「I(私)」にして語る場になっています。

 

今回、私どもの「みらRe-skilling」を受講された方のお声をお聞かせいただけますか。

(笠井氏)モヤモヤと何かしたい、自分のキャリアを明確にしたいという層が、手挙げ式で応募しています。自身のキャリアが気になってはいても、日々の業務に追われてゆっくりと考える時間は取りにくいものです。ですから、Will、Can、Mastを、日々の中で書き出して認識することはなかなかありませんので、ワークショップに参加してとても良かったという声が多く上がっています。

当グループの研修では、リモート開催の際はチャットで自由にコメントできるようになっていますが、これまでの研修にない数の投稿がありました。同じ悩みやフェーズにある仲間とつながれたときの高揚感や安堵感を体感できたように思います。

また、自分が理想としているキャリアを体験できる社内副業・社内兼業のような仕組みや、キャリアを実際に自分でチェンジしていった先輩方の体験談、そのような人たちとのセッションの場を作ってほしいといった、自分を知りその後のキャリアを実現するためのHowを知りたい、そのための制度を作ってほしいという声が次々に上がってくるようになりました。

これも今回の「みらRe-skilling」を受講し、キャリアカウンセリングを通じて、自分の適性や可能性を再認識したことで、その後のキャリアを実現するためのHowを知りたい、そのための制度を作ってほしいと、欲求段階が上がっていった結果と捉えています。彼らの要望も踏まえた改善を重ねることで、本人のモチベーションもアップし、業務アウトプットのクオリティーも高まっていくものと考えます。

(岡本)会社と個人が良好な関係にあり、まさに理想的な人的資本経営を実践されている企業だと感じました。ここまできれいにやられている会社はなかなかありませんね。

(笠井氏)本当にきれいになっているかはわかりませんが、走りながら作っていくことはとても大事なことだと思っています。好循環のサイクルは、回し始めない限り生まれません。サイクルができあがるのを待ってから出すのでは、おそらく陳腐化するような時代なので、出して走って全力で直して駄目ならばやめるほうがいいですよね。

(岡本)御社のように、現場から出てきた意見も取り入れながら一緒に作られていく会社は私が知る限りありません。

(笠井氏)それは勝ちパターンが不確実なことも起因しているかもしれません。やはりこれが正解だというものがありませんから。絶対にこれが売れるだろうと出したゲームソフトやパチンコが、全く売れないこともたくさんあります。一方で、“そこそこいくかな”程度に思われていたものが、歴史的な大ヒットを生むこともあります。われわれの想像を超えた楽しみ方や、お客様たちの共感から大きなコミュニティが生まれるケースもあります。そのような、たくさんの失敗のうえに成功があることを、社員全員で理解しシェアしています。

私たちの会社にとって何が重要なのかを常に問い続ける

(岡本)リスキリングの課題は、実践の場所がないという点があげられます。特にデジタルリスキリングは、大企業の中ではデジタルに携わろうと思っても、専門家が来てやっているので、eラーニングで学んだだけの社員の方は通用しません。

その実践の場所は、地方にあると思っています。われわれは地方創生の事業を展開し、課題をたくさん持っていますので、そのような地域をフィールドとして、そこで自分の学んだことが通用するかどうかを判断しながら、さらに学び直す実践の場を提供しています。

その中のコンテンツのひとつに、それぞれに違う会社に所属していながら、学び直しをしている人のコミュニティーを作り、環境の違う人たちが話をする機会があります。副業も、一人で始めるには心もとないのですが、われわれがネットワークを形成しているプロの副業者や2万人以上のフリーランスの方々が伴走者として入ることで、一人立ちさせていきます。このようにさまざまなタイプの実践型のコンテンツを用意することにより、自走できるような仕組みになっています。これらのステップを挟むことにより、リスキリングをする人材が増えていくという仮説のもとに、このサービスを展開している段階です。

(笠井氏)一人で学び、行動して実現するステップを、自分だけで自家発電して動いていける人は本当に少ないと思います。学びをしっかりと自分ごと化できる人は、自分の中のネットワークがある程度飛び地にあるものです。自分の半径5mの中で、「いつも知っている話しかしない」ではなく、違う刺激が入ってくるからこそ、いつか点がつながるかもしれないというような予測で行動に移せる方だと思います。

私自身も、なるべく新しい人や新しいコミュニティーに飛び込むように努めていますが、人とのつながりが結果的に自分を成長させる時代になっていくことは間違いありませんね。

 

御社は人的資本経営という言葉がはやる前からずっと実践されていて、その重要性を理解されています。この領域ではトップランナーの会社であり、人的資本経営の本質を理解されている御社だからこそ考える、今後の方向性についてお聞かせいただけますか。

(笠井氏)人的資本経営という言葉がはやる以前から重要性を理解してきたつもりです。この領域で成功している会社の事例を参考にするのも良いですが、私たちの会社にとって何が重要なのかを常に問い続けることが大切です。変化の激しい時代の中で、今日成功していても、明日には陳腐化しているかもしれません。2年後には、再度ゼロベースから考えなければならない状況にあるかもしれません。だからこそ常にアップデートを続け、“自分たちらしいこと”をやり続けるべきです。

当社が掲げる「感動体験を創造し続ける ~社会をもっと元気に、カラフルに。~」というミッションはこの先も変わりませんが、戦略やゴールは可変です。そこに対して私たちのアライメントが正しいのかどうかを問い続け、施策を止めないことです。そういった意味では後継者の育成は重要ですね。私の考えを継承する人ではなく、私がやってきたことを壊すことができる人、私がやってきたことを1.5、もしくは2.0にしてくれる人に託していければと思います。