下半期予算編成で決める、AI人材育成の「選択と集中」 〜最適化する:効果を最大化する戦略的資源配分〜

はじめに|「一律」をやめる、と国が書いた

机の上に、下半期の予算様式が置かれている方も多いのではないでしょうか。3月期決算の企業なら下半期は10月から。その配分は、9月中に固めなければ立ち上がりに間に合いません。

その様式を開く前に。政府が7月21日に閣議決定した骨太方針2026(*1)に、こんな一文があります。

歳出の目安については、一律抑制型の上限としてではなく、予算全般において歳出改革努力を継続する中で、伸ばすべき歳出と見直すべき歳出を峻別(しゅんべつ)する、規律ある資源配分を実現する枠組みとする

一律に削るのをやめ、伸ばすものと見直すものを分ける。同方針は「施策の優先順位を洗い直し、大胆に重点化する」とも書いています。国が、予算の作り方そのものを変えようとしている年なのです。

そして、その峻別に必要な材料は、みなさんの手元にすでにあります。第6回の5段階ROIサマリーシートには前年度のL1からL5の実績。第17回では第1四半期の実務適用率・行動変容率・成果創出率。第2回のフォーマットには施策ごとの投資額と当初目標、実際の結果。すべての欄が埋まっていなくても構いません。第6回で書いたとおり、測れたものから使えばいいのです。

足りないのは、データではありません。それを配分の数字に翻訳するルールです。

「一律◯%カット」も「一律継続」も、峻別ではない

下半期の予算編成で、いちばん起きやすいことから確認しましょう。

上から「全社で5%削減」と降りてくる。あるいは、誰も何も言わないまま、上半期と同じ金額が同じ費目に並ぶ。前者は一律カット、後者は一律継続です。方向は逆でも、やっていることは同じ。どの施策が効いていて、どれが効いていないかを問わずに数字を動かしている点で、変わりません。

骨太方針2026が「一律抑制型の上限としてではなく」とわざわざ書いたのは、ここにくぎを刺すためでしょう。削るにせよ伸ばすにせよ、峻別が先なのです。

では、何を根拠に峻別するか。ここで3指標シートが効いてきます。第17回で測った実務適用率・行動変容率・成果創出率は、施策の良しあしを採点するためのものではありません。どこまで進んで、どこで止まっているかを示す座標です。座標がわかれば、次に足すべきものも決まります。

もうひとつ、押さえておきたいデータがあります。内閣府が7月24日に公表した令和8年度の年次経済財政報告(*2)は、自ら実施した企業調査で、設備投資をためらう理由を尋ねました。最も多かったのは「予算が不足している」。ただ、同報告はその先も示しています。人手不足などの制約で稼働できていない設備が「大いにある」6.0%、「少しある」28.7%。合わせて3社に1社以上が、入れたのに動かせていない設備を抱えているのです。

これは、AI人材育成にそのまま重なります。ライセンスは配った、研修も実施した。でも動いていない。足りないのはお金ではなく、動かすための設計だった——そういう施策が、あなたの手元にもあるのではないでしょうか。

集中する——効果が出る業務は、最初から決まっている

「効果が出ている施策に集中投資したい」。当然の発想です。ただ、ここに落とし穴があります。

同じ年次経済財政報告(*2)は、どの業務がAIに代替される傾向にあるかを調べています。定型的な書類作成は、将来の代替を考えている企業まで含めると7割程度が検討中。スケジュール調整、会計・財務・税務でも、既に大部分または一部が代替される傾向にあります。一方、運送・配送のような物理的な作業や、研究開発など定型化が困難な業務は、「将来の代替を検討」まで含めても3〜4割程度にとどまる。

効果が出やすい業務と出にくい業務は、最初から違うのです。

だとすると、3指標シートで成績が良い施策は、もともと効果が出やすい業務に張っていただけかもしれません。追加投資をしても、伸びしろは案外小さい。書類作成の時間は半分にはできても、さらに半分にするのは難しいからです。

第2回の施策整理フォーマットに「対象業務」の列を足して、確かめてみてください。定型業務に張っていたのか、定型化しにくい業務で成果を出したのか。後者で数字が立っていたなら、それは再現性のある強さです。厚く配る価値があります。

集中投資は、2つの軸で「何に配るか」が決まります。

横展開の余地が大きい 横展開の余地が小さい
成果がL4(業務指標)に届いている 横展開の実務コストに配る 深める投資(第18回)へ切り替える
成果がL3(行動指標)止まり 業務プロセスの再設計に配る 金額を抑えて様子を見る

L3・L4は、第6回のカークパトリック5段階です。サマリーシートの「レベル別達成状況」を見れば、どの施策がどこで止まっているかは、もう書いてあります。

厚みで迷ったら、第18回の判断をそのまま使ってください。L3まで来ている施策をL4へ押し上げる——あそこで「もっとも投資効率が高い一手」と書いた場所が、下半期でも最優先です。

大事なのは、金額の多寡ではなく、同じ金額を何に使うかを変えること。研修の追加開催に配るのか、業務フローの作り替えに配るのか。効果の差は、たいていここで決まります。

あなたが「効果が出ている」と呼ぶ施策は、伸びしろが大きいほうでしょうか。それとも、もともと効果が出やすい業務だったのでしょうか。

見直す——企業は事業では撤退を選ぶのに、研修では選ばない

次は、減らす側です。第17回で撤退と判断した施策は、下半期の配分先からは外れます。ただし予算が消えるわけではありません。第18回で書いたとおり、浮いた分は振替の原資になります。厄介なのは、判断を保留したまま惰性で残っている施策のほうでしょう。

ここで、少し意外なデータを紹介します。年次経済財政報告(*2)は、企業が「稼ぐ力」を高めるために重視している取組も調べているのですが、その選択肢のひとつに「不採算事業の整理・撤退」が並んでいます。事業のレベルでは、撤退は当たり前の経営手段として扱われているのです。

ところが人材育成では、どうでしょうか。一度始めた研修を畳んだ経験のある会社は、そう多くないはずです。事業では選べる撤退が、研修では選べない。この非対称が、予算を惰性で更新させます。

判断の道具は、第2回にあります。あのとき私たちは「AI活用率が目標70%に対して35%だった」という事実から5回問いを重ね、根本原因が「研修を知識提供として設計し、業務変革として設計していなかった」ことだと突き止めました。同じ問いを、上半期の施策に当ててみてください。原因が金額不足なら増額は効きます。設計不足なら、増額しても同じ結果になります。この見分けがつかないまま「継続」と書くから、予算が動かないのです。

下半期の見直しは、次の3つの問いで整理してみてください。

1.この施策をやめたとき、困る業務があるか——誰も困らないなら、それは業務に組み込まれていません
2.成果が出ない原因は、金額不足か、設計不足か——第2回のなぜなぜ分析で、5回まで掘ってから決める
3.同じ金額を別の場所に置いたとき、上回るか——比較の相手を用意しないまま「継続」を決めない

すでに支出した費用は、今からどう配分しても戻ってきません。判断材料は、これから配る1円がどこで最大のリターンを生むか、それだけです。第0回から述べてきた撤退オプションの発想は、下半期の配分でも同じように効きます。

ちなみに同報告は、AI代替に関する回答を2024年と2026年で比べると「わからない」が全体的に減った、と指摘しています(*2)。しかも代わりに増えたのは「活用する」方向の回答だけではなく、一部の業務では「活用しない」も増えている。メリハリをつけるようになったというわけです。使うところと使わないところを決める。それこそが峻別です。

束ねる——3つの時間軸で、配分を組む

では、具体的にどう割るか。骨太方針2026(*1)が投資を束ねるときの考え方が、そのまま使えます。同方針は、官民投資について「足元の収益源の維持、次の稼ぎ頭となる事業の育成、未来に向けた成長の芽の育成という、異なる時間軸を有することを踏まえ」、全体をポートフォリオとして捉えて管理し、状況の変化に応じて支援策を調整する、としています。

3つの時間軸。これを人材育成の予算に写すと、こうなります。

足元を保つ枠——すでに成果が出ている施策を止めない。守りの費目
次を育てる枠——L3まで来ている施策をL4へ押し上げる。主戦場はここ
芽を育てる枠——次の技術の波に張る、小さな実験枠

第18回の「伸ばす・譲る・深める」が現場の動きの設計だとすれば、この3つはそのお金の置き場所です。伸ばすと深めるは「次を育てる枠」から出し、譲るは枠をまたぐ振替として扱ってください。第3回第4回で示した「実務活用層50%/専門推進層20%/基礎活用層30%」も、この3枠に重ねて上半期の実績で書き換えます。

3指標の到達点から、どの枠に入れるかは機械的に決まります。

上半期の到達点(第17回の3指標) 扱い 金額の考え方
成果創出率まで数字が立っている 足元を保つ枠へ 減らさない。横展開先の数だけ積む
行動変容率は高いが、成果創出率が伸び悩む 次を育てる枠へ 増額の最優先先。用途は研修費ではなく業務再設計費
実務適用率が低いまま動かない 枠に入れる前に、03の3つの問いへ 増額しない。足りないのはお金ではありません
そもそも測れていない 判断を保留し、測定を先に置く 第14回の「時間削減の見える化」に少額だけ

新しく立ち上げたい施策の優先順位づけも、同じ発想でできます。判定は次の3つです。

既存の成果と地続きか——ゼロから立ち上げるものは、下半期6カ月では成果まで届きません
6カ月以内にL3まで測れるか——測れないものは、来年度の予算根拠になりません
やめたとき、他に傷がつかないか——独立して畳めることが、芽を育てる枠に入れる条件です

忘れやすいのが、第16回で夏季賞与から試験導入した評価制度です。秋に検証し、年末賞与から本格導入する段取りでした。下半期予算に、その手当てが入っているかを確かめてください。評価が動かなければ、次を育てる枠に配ったお金も現場では回りません。

ここでいちばん大事なのは、「芽を育てる枠」を必ず残すこと。全額を既存施策に配り切ってしまうと、下半期の途中で前提が動いたとき、動かせる余地がゼロになります。骨太方針が「状況の変化に応じて支援策を調整する」と書いているのも、同じ理由からでしょう(*1)。

あなたの下半期予算は、いくつの枠に分かれているでしょうか。

配分表の1行が、来年度の説得材料になる

骨太方針2026(*1)は、政策の点検についてこう書いています。各施策について、目的、対象、成果指標、実績データ、費用対効果を明確化し、政策効果を継続的に把握する。 さらに、EBPM(証拠に基づく政策立案)を単なる事後評価や歳出削減の手段にとどめず、予算編成、執行、点検、翌年度以降の予算への反映を一体として進めるツールとして活用する、とも。

測って終わりにしない。測った結果を次の予算に接続する。本連載が第6回から積み上げてきたことと、国がこれからやろうとしていることは、同じ形をしています。

思い出してください。第6回のROI測定サマリーシートは、最後の項目が「来期投資計画」で終わっていました。あの空欄を埋めるのが、今回の作業です。 目的、対象、成果指標、実績データ。骨太方針が並べた4点は、そのままあの1枚の中身です。前年度のレベル別実績、第1四半期の3指標、そして下半期の配分。この3つが1枚につながれば、第15回で扱った人的資本開示の材料にも、来年度予算の根拠にも、そのまま使えます。

追い風もあります。年次経済財政報告(*2)によれば、企業に「設備投資よりも優先して資金を振り向けたい事項」を尋ねたところ(3つまでの複数回答)、最も多かったのは従業員の待遇改善でした。そして同報告は、大・中堅企業については、人的資本への投資(研修の実施等)を優先する先も相当程度に上ると書いています。大企業ほど、人への投資を設備より前に置き始めている。勝負は「予算を取れるか」から、「取った予算をどこに置くか」へ移っているのです。

同報告は、第3章の結びでこうも述べています。官民が力を合わせて、選択と集中に基づく積極的な投資戦略を計画し、実行していくことは、成長期待を高め、将来に対する予見可能性を向上させることに役立つだろう、と(*2)。これは国全体の話ですが、一社の予算でも構図は変わりません。どこに賭けたかを言葉にできる会社は、翌年の見通しも語れるのです。

上半期の数字は9月末まで確定しません。でも、確定を待つ必要はないのです。 前年度のL1〜L5と、第1四半期の3指標。この2つがあれば、10月からの半年をどこに賭けるかは今日決められます。細部は9月末の実績で微調整すればいい。

今週、下半期予算の様式と3指標シートを並べて開き、施策を3つの枠に振り分けるところから始めてみてください。金額は、その後で構いません。一律に削るのでも、一律に続けるのでもなく、峻別する。それが、この下半期にできるいちばん確かな一手です。

 

< 参考文献・出典 >
*1 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2026 『責任ある積極財政』元年 〜日本の挑戦を起動する!〜」2026年(令和8年)7月21日閣議決定
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2026/decision0721.html
本文(PDF)
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2026/2026_basicpolicies_ja.pdf

*2 内閣府「令和8年度 年次経済財政報告 ―成長型経済への本格的移行に向けた課題―」2026年7月24日公表
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je26/26.html
第2章第2節 労働需要の変化と求職・求人市場
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je26/pdf/p020002.pdf
第3章第3節 賃金と物価の緩やかな上昇と設備投資の拡大
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je26/pdf/p030003.pdf

<前回までの記事はこちら>
AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜