判断の次は実行——続行施策を伸ばし、撤退の余力を振り替える 〜加速する:伸ばす、譲る、深める——判断後の3つの動き〜

はじめに|「決めました」の、その後に何が起きたか

8月になりました。第1四半期の総括会議から、ひと月あまり。前回(第17回)でお伝えした3指標をもとに、「この施策は続行、あれは撤退」と、読者のみなさんも決断を下したかもしれません。

ところが、です。あの会議から数週間、現場は何か変わったでしょうか。続行と決めた研修は、先月と同じ時間割で回っている。撤退と決めた施策の予算は、どこにも行き先が決まらないまま宙に浮いている。上司からは「早く方針を示せ」と言われる。夏季休暇が明ければ、9月末の第2四半期総括まで実質2カ月弱です。

実は、この“決めたのに動かない”状態は、みなさんの会社だけの話ではありません。IPA(情報処理推進機構)が2026年7月16日に公開した「DX動向2026説明会」の案内(*1)には、こんな一文があります。DXの取組や成果、AIの導入や効果は業務効率化・迅速化が中心となっており、価値創出や企業変革への展開は依然として限定的である——調査主体であるIPA自身が、そう明言しているのです。説明会のタイトルも「広がるAI導入、DXは変われるか」。入れたし、使ってはいる。でも、変わってはいない。

判断は、ゴールではありません。入り口です。今回は、第17回の判断結果を組織の実際の動きに変える3つの打ち手——伸ばす、譲る、深める——を整理します。

「続行」は、現状維持の許可証ではない

まず、身もふたもない事実から。

続行と決めた施策を、そのままのやり方で続ければ、第2四半期も同じ結果しか出ません。当たり前のようでいて、これが本当に起きます。

なぜか。「続行」という言葉が、現場には「今のままでいい」という許可証に見えるからです。総括会議で決まったのは「やめない」ことだけ。何を変えるかまでは、誰も決めていない。だから月曜日になれば、先週と同じ研修が、同じ受講者に、同じ形で届く。3カ月後、また同じ数字を前に「なぜ伸びないのか」と首をひねることになります。

撤退のほうも同じです。1つの施策から手を引けば、予算も人も時間も浮きます。でも、その振替先を決める軸がなければ、浮いたリソースは「なんとなく全体に戻す」ことになる。結果、薄く広く配分された元の状態に戻ってしまう。これでは撤退した意味がありません。

ここで思い出していただきたいのが、第17回で測った3つの指標——実務適用率、行動変容率、成果創出率です。あのデータは、続行か撤退かを決めるためだけのものではありません。どこに何を足せば成果に変わるかを教えてくれる、実行の設計図でもあるのです。

あなたの手元にある3指標のシートは今、判断の議事録として引き出しに眠っていませんか。

伸ばす——「点」を「面」に広げる

1つ目の打ち手は、伸ばす。成果が出始めている施策を、他部門・他業務へ横展開することです。

IPAが公開している「DX動向2025」(*2)は、日本・米国・ドイツの3カ国比較を通じて、成果創出の方向性を副題にこう掲げています。「内向き・部分最適」から「外向き・全体最適」へ。ある部署でうまくいっている——それ自体は良いことですが、そこで止まれば、それは部分最適のままです。1つの点は、いつまでたっても面になりません。

ただ、横展開には典型的な失敗があります。成功した研修を、そのままの形で隣の部署に配ってしまうことです。業務が違えば、効くツボも違う。営業の提案書作成で効いたやり方が、経理の経費精算でそのまま効くはずがない。第10回で部門別にカリキュラムを変えることをお勧めしたのは、このためでした。

移植すべきは「研修」ではなく、「業務プロセスをどう変えたか」のほうです。順序はこうなります。

  1. 効いた要素を1つに絞って言語化する——「営業部で提案書のたたき台を30分で作れるようになった」なら、効いたのは研修ではなく、その業務シーンと手順です
  2. 移植先は、組織図の近さではなく業務の近さで選ぶ——提案書作成に近いのは、隣の営業2課とは限りません。企画部の稟議書かもしれない
  3. 移植先でも、先にベースラインを測る——第14回の「時間削減の見える化」がそのまま使えます。現状の作業時間を記録してから始める

第9回でお伝えした定着の仕掛けのうち、横展開はもっとも費用対効果が高いものです。ゼロから設計する必要がなく、すでに社内に成功事例があるのですから。

9月末までなら、1部門・1業務で十分です。欲張らないでください。あなたの手元にある続行施策のうち、いちばん最初に面に広げるべき「点」は、どれでしょうか。

譲る——浮いた余力を、どこへ振り替えるか

2つ目は、譲る。撤退で浮いた予算・人員・時間を、続行施策のどこかに振り替える判断です。

ここでよくある間違いが、「いちばん困っている部門」に配ってしまうこと。気持ちはわかります。でも、困っている部門は、たいてい別の理由で困っている。お金を足しても、その理由は消えません。

譲る先は、いちばん伸びしろのある場所です。そして伸びしろは、3指標のどこで詰まっているかを見れば判別できます。

3指標の状態詰まっている理由振り替えの是非
実務適用率が低いそもそも使う場面が用意されていない×:足りないのはお金ではなく、業務設計
適用率は高いが、行動変容率が低い一度は使ったが、続かない△:少額+定着の仕掛け(第9回)で様子を見る
変容率も高いが、成果創出率が伸び悩む人は動いている。業務プロセスが変わっていないだけ◎:ここに寄せる

いちばん下の状態こそが、譲り先です。理由はシンプルで、ファネルの上流がすでに通っているから。人は動いている。あとは業務プロセスの再設計に投資すれば、行動が成果に変わる。第6回のカークパトリック5段階でいえば、L3(行動指標)まで来ている施策をL4(業務指標)へ押し上げる——ここがもっとも投資効率の高い一手なのです。

上司への説明も、これで一行になります。「A施策から引いた500万円は、B部門の業務プロセス見直しに寄せます。Bは行動変容率が45%まで来ていて、成果に変わる一歩手前です。ここに足すのがいちばん早い」。

「困っているから」ではなく「あと一歩だから」。この一言があるだけで、振替の議論は精神論から脱します。あなたの続行施策のうち、L3までたどり着いているのはどれでしょうか。

深める——効率化の、その一段上へ

3つ目は、深める。続行施策の一部を、単なる業務効率化から一段上のレベルに引き上げる設計です。

冒頭で触れたIPAの指摘(*1)を、もう一度。効率化・迅速化が中心で、価値創出や企業変革への展開は限定的。これは裏を返せば、効率化で止まったままだと、来期の予算の根拠が弱くなるということです。「今年も時間が減りました」を3年続けて、経営層が納得し続けてくれるでしょうか。

では、どう深めるか。指針になるのが、経済産業省とIPAが2026年4月に公開したデジタルスキル標準 ver.2.0(*3)です。AX(AIトランスフォーメーション)の進展と、それに伴うデータ活用の重要性を踏まえた改訂で、この標準は2種類で構成されています。すべてのビジネスパーソンが身につけるべき「DXリテラシー標準」と、企業がDXを推進する専門性を持った人材を確保・育成するための「DX推進スキル標準」です。

全社員に配ってきたAI研修は、前者の世界です。深めるとは、そこから後者へ、一部を引き上げること。第3回の3階層構造でいえば、実務活用層から専門推進層へ。第6回の指標でいえば、L3の行動指標からL4の業務指標・L5の事業指標へ

具体的には、こう進めてみてください。

  • 続行施策の受講者の中から、自発的に深掘りしている人を3〜5人選ぶ(第5回の「5つの適性の兆候」がそのまま使えます)
  • 配置転換はしません。兼務のまま、その業務のプロセス再設計そのものを任せる(第7回の「段階的関与」です)
  • その人の目標を、「AIを使う」から「この業務の指標をこう変える」に書き換える

ポイントは、深める対象を絞ることです。9月末までなら、1人でいい。1人が1つの業務を作り替えれば、それは他の誰もがまねできる社内の型になります。

あなたの会社で、いちばん最初に「使う人」から「作り替える人」へ引き上げるべきなのは、誰でしょうか。

9月末に「判断してよかった」と言うために

伸ばす、譲る、深める。並べてみれば、どれも派手さのない話です。1部門、1業務、1人。それでいいのです。

第17回で私たちは、「撤退は失敗ではない、集中である」と書きました。ただ、集中は宣言した瞬間に起きるものではありません。引いた分をどこかに寄せて、初めて集中になる。判断に必要なのが勇気だとすれば、実行に必要なのは設計です。そして設計は、地味で、具体的で、月曜日から始められます。

IPAは毎年、各企業がDX推進指標で実施した自己診断の結果を収集し、分析レポートとして公開しています(*4)。最新の2025年版は2026年5月に公開されました。測って、動いて、また測る。この往復を続けている企業だけが、翌年の数字を語れるようになる——レポートが毎年更新されていること自体が、その証拠でもあります。

9月末の第2四半期総括で、あなたは何を報告するでしょうか。「判断しました」だけでは、役員は前回と同じ顔をします。「判断して、こう動かして、こう変わりました」——ここまで言えて、初めて第1四半期の決断が報われる。

残り2カ月弱。伸ばす1業務、譲る1カ所、深める1人。今週、その3つを紙に書き出すところから始めてみてください。


< 参考文献・出典 >
*1 独立行政法人情報処理推進機構「日本企業のDXやAI活用の最新動向を解説『DX動向2026説明会』ウェビナー開催のお知らせ」2026年7月16日公開
https://www.ipa.go.jp/event/2026/20260805.html

*2 独立行政法人情報処理推進機構「『DX動向2025』日米独比較で探る成果創出の方向性『内向き・部分最適』から『外向き・全体最適』へ」2025年6月26日公開
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/dx-trend-2025.html

*3 経済産業省・独立行政法人情報処理推進機構「デジタルスキル標準 ver.2.0」2026年4月
https://www.ipa.go.jp/jinzai/skill-standard/dss/about.html

*4 独立行政法人情報処理推進機構「DX推進指標 自己診断結果分析レポート」(2025年版は2026年5月15日公開)
https://www.ipa.go.jp/digital/dx-suishin/bunseki-report.html

 

<前回までの記事はこちら>
AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜