事業計画策定で描く、「AI×人材」の統合戦略 〜統合する:人材育成と事業成長を連動させる5つの接続点〜

はじめに|国は、AIを「成長基盤」と書いた

9月になりました。3月期決算の企業なら、上半期の締めまであと1カ月。前回(第19回)でお伝えした下半期予算の振り分けは、いままさに数字を固めている最中でしょうか。

そして秋は、その先を描く季節でもあります。来年度の事業計画、中期経営計画のローリング(*1)。「わが社は、これから何で稼ぐのか」を書き直す作業が、いよいよ動き出します。

その会議で、AI人材育成の話はどこに置かれるでしょうか。たいていは議題の後ろのほう、「人材関連」というスライドの中です。事業戦略の議論がひととおり終わったあとに、付録のように出てくる。悪気があるわけではありません。置き場所が、そこしかないのです。

ところが、政府が7月14日に閣議決定した人工知能基本計画(*2)を読むと、国はまるで違う場所に置いています。産業について、こう書いているのです。

あらゆる分野で中堅・中小企業や地方部を含め、AIを生産性、創造力、実行力を向上させる成長基盤と位置付ける

コストでも、福利厚生でもなく、成長基盤。副題は「日本AX、より強く、より豊かに」。2025年12月にわが国初の計画を決めてから、半年あまりでの書き換えです。

一方、企業の現実はどうか。IPA(情報処理推進機構)が7月30日に公開した「DX動向2026」(*3)によれば、AI導入で何らかの効果を実感した企業でも、その中身が「売上や利益が向上した」だったのは3.9%にとどまります。

今回は、この落差を埋める話をします。AI人材育成を事業戦略につなぐ、5つの接続点です。

01|「人事の議題」に閉じてしまう、本当の理由

まず、なぜこうなるのかを押さえておきましょう。担当者の熱意の問題ではありません。

DX動向2026(*3)は、2026年4月中旬から6月中旬にかけて実施され、1,799社から有効回答を得た調査です。従業員1,001人以上の企業では98.7%が何らかの形でDXに取り組んでいる。大企業にとって、DXはもはや前提になりました。

問題は、その先です。DXに取り組む企業のうち、成果指標を設定しているのは23.9%。4社に1社に届きません。しかも、設定している企業にその指標が何を対象にしているかを尋ねると、「内向きの業務改革(社内の効率化)」が80.0%を占める一方、「外向きの業務改革(新たなビジネスや顧客価値の創出)」は33.5%、「経営改革(デジタル事業売上高、市場シェア等)」に至っては16.3%でした。

測っている場所が、内側に偏っている。だから事業への貢献が数字として出てこない。出てこないから、経営会議では「人材関連」の枠に収まる。——構造は、これだけです。

指標を設定していない理由の最多は「評価指標の設定方法がわからない」で36.0%。2024年度調査の28.7%から約7ポイント上がっています。取り組みが広がるほど、測り方に迷う企業が増えている。悩んでいるのは、あなただけではないのです。

もっとも、本連載の読者には材料があります。第6回のカークパトリック5段階(L1〜L5)は社内向けの物差し。第15回の4指標(育成投資額・活用率・生産性向上・リテンション)は投資家向けの物差し。足りないのは、事業計画の言葉に置き換えるための対応表だけです。

あなたの会社の育成指標は、事業計画のどの行と結びついているでしょうか。

02|5つの接続点——事業計画の、どの行につなぐか

事業計画に並ぶ数字は、突き詰めれば5つの方向に整理できます。新規事業創出、プロセス革新、顧客価値向上、コスト最適化、リスク管理。AI人材育成は、このどこかに必ず接続できます。

ここで役に立つのが、人工知能基本計画(*2)が整理した5つの人材像です。同計画は、全ての国民が目指すべきAI適正活用人材(基礎的なリテラシーを身につけ、適正な形でAIを利活用できる人材)を土台に置き、AXを進める上で中核となるAI実装人材(汎用(はんよう)的なソリューションではなく、現場に適合したAIソリューションを提供する人材)、AIガバナンス人材(安全・安心で信頼できるAIのルールや仕組みを整備・運用する人材)、AIイノベーション人材(AIを利活用して付加価値の創出を行い、課題解決を先導する人材)、そしてAI研究開発人材を挙げています。

このうち研究開発人材は、AIを創る側の話です。多くの読者の会社では対象外でしょう。残る4つを5つの接続点に重ねてみると、こう整理できます。人材像の定義は同計画のものですが、接続点との対応づけは筆者によるものです。

接続点事業計画のどの行に効くか中心となる人材像(*1)何で測るか
コスト最適化販管費・原価AI適正活用人材時間削減・処理件数(L4
プロセス革新生産性・リードタイムAI実装人材業務指標(L4)・成果創出率
顧客価値向上売上・顧客維持率AI実装人材顧客側の指標(継続率など)
新規事業創出新規事業売上・事業構成AIイノベーション人材事業指標(L5
リスク管理事業継続・ガバナンスAIガバナンス人材整備率・インシデント件数

第3回でお示しした3階層(基礎活用層・実務活用層・専門推進層)と混同しないでください。あちらはどう育てるかの区分、こちらは何につなぐかの区分です。同じ実務活用層でも、プロセス革新につなぐのか顧客価値向上につなぐのかで、目標の書き方はまったく変わります。

03|4つは、たいてい空白のまま残っている

さて、この5行のうち、あなたの会社で埋まっているのはいくつでしょうか。

DX動向2026(*3)を見るかぎり、多くの企業で埋まっているのは1行だけです。DXで成果が出ていると答えた企業に成果の内容を尋ねると、「コスト(人件費・材料費等)削減」が70.9%で最多。一方、「売上高増加」は17.9%、「利益増加」は19.6%にとどまります。AIについても、効果を実感した企業に中身を聞くと「業務が効率化したり迅速化した」が91.6%を占め、「顧客満足度が向上した」は4.5%、「売上や利益が向上した」は3.9%でした。

コスト最適化だけが埋まっている。 これが、幻滅期の標準的な姿です。

では、残る4つの現在地はどうか。

プロセス革新。生成AIを導入・試験利用・検討中の企業で、「個人で業務利用している」は63.3%にのぼりますが、「部署の業務プロセスに組み込まれている」は11.9%です。使えてはいる。ただ、個人技のままなのです。第17回の3指標でいえば、行動変容率は立っているのに成果創出率が伸びない状態が、ここに当たります。

顧客価値向上と新規事業創出。AIを導入・試験利用・検討している企業のうち、利活用の用途に「自社製品・サービスの高度化」を挙げたのは10.9%。企業外部とのデータ連携を実施・検討している企業に目的を尋ねても、「業務の効率化や自動化」が85.2%を占め、「新規事業やサービスの創出」は24.5%でした。外向きの話は、まだほとんど手つかずです。

そしてリスク管理。同じくAIを導入・試験利用・検討している企業で、「AIや生成AI独自のリスクマネジメントを実施している」のは14.2%にすぎません。ここだけ読むと遅れの話に見えますが、同報告はもう一歩踏み込んでいます。AIで効果を感じている企業ほど、リスクマネジメントを実施できている——効果とリスク対策には関係性がある、と。

これは示唆的です。同報告が示しているのは関係性であって、どちらが原因かまでは書かれていません。守りを固めたから思い切って使えたのか、使い込んだから整備が進んだのか——おそらく両方でしょう。ただ、どちらの向きであっても言えることが一つあります。効果とリスク対策は、切り離して考えられない。リスク管理は、攻めのブレーキではなく、同じ計画の中に並べておくべき行なのです。

4行の空白を、来年度に一気に埋める必要はありません。選ぶ順序はこうです。埋まっているコスト最適化は「維持」と書いて第19回の足元を保つ枠に置く。次に、行動変容率が高く成果創出率が伸び悩む施策をプロセス革新の行に移す。そのうえで、外向きの2行のうち、どちらか1つだけを来年度の重点として立てる。リスク管理は全社共通の土台として、別立てで並走させてください。

あなたの事業計画で、いちばん最初に埋めるべき空白は、どの行でしょうか。

04|9月・10月、同じ様式で認識を合わせる

接続点が決まったら、次は関係者の合意です。ここで使える機会が、ちょうどこの時期にあります。

IPAは毎年、9月・10月をDX推進指標の集中実施期間としています(*4)。第18回で分析レポートに触れた、あのDX推進指標です。この指標は、経営幹部や事業部門、DX部門、IT部門などの関係者の間で現状や課題に対する認識を共有し、次のアクションにつなげる気付きの機会を提供するものです。10月31日までに自己診断結果を提出した企業には、他社と自社を比べられるベンチマークの速報版が11月中頃に提供される予定になっています。

人材開発の担当者が、この場に入っていないとしたら——もったいない話です。経営と事業部門とIT部門が、同じ様式を前に自社を語る場は、1年にそう何度もありません。

しかも、DX動向2026(*3)は、この「認識合わせ」そのものが成果を分けることを示しています。経営者・IT部門・業務部門の協調が「十分にできている」「まあまあできている」と答えた割合は、DXの成果が出ている企業で72.9%、出ていない企業では37.1%。全社レベルでの業務プロセス最適化に「完了している」「取り組んでいる」と答えた合計も、53.8%対29.5%と開きがあります。

その場に持ち込むのは、研修の実施報告ではありません。書き換えた1行です。

これまで:全社員向けAIリテラシー研修を年間12回実施、受講率90%を維持する
これから:営業部門の提案リードタイムを20%短縮する。そのため対象200名をAI実装人材として育成し、成果創出率30%を中間目標に置く

同じ施策、同じ予算でも、後者は事業計画の行として読めます。第15回で申し上げた「戦略のゴール → 必要な人材像 → それを測る1つの指標」が、そのまま使える形です。

書き込む価値は、数字が裏づけています。DXに取り組む企業のうち、DXを推進する人材像を「設定し、社内に周知している」のは16.2%。人材の評価基準は「基準はない」が76.1%。DX推進に必要なスキルを「把握できていない」も52.8%です。裏を返せば、人材像と指標を計画に書き込むだけで、8割の会社がやっていないことをやったことになる。第16回で夏季賞与から試験導入した評価制度を、年末賞与で本格運用に移す段取りとも、ここできれいにつながります。

あなたの会社の事業計画に、「人材像」という言葉は登場しているでしょうか。

05|計画は、変えるために書く

最後に、ひとつだけ気になることがあるかもしれません。「来年度どころか、AIは半年で変わる。今書いた計画に意味があるのか」と。

その不安には、国の側が先に答えています。人工知能基本計画(*2)は、末尾でこう宣言しているのです。技術の発達と活用の拡大が極めて急速であるというAIの特性を踏まえ、必要に応じて計画を見直し、当面は毎年変更を行うこととする、と。実際、初の計画から半年あまりでの改定でした。

同計画が掲げる4原則にも、同じ思想が流れています。「挑戦と学習」——無謬(むびゅう)性や前例踏襲にとらわれず、「まずやってみる」精神を増進する。「アジャイルな対応」——絶えず取組を進化させるとの視座(永遠のβ版)に立ち、PDCAを循環させる。

聞き覚えがあるはずです。第0回でお伝えした撤退オプション、第2回で扱った失敗を学習資産に変える発想と、まったく同じ形をしています。国も企業も、たどり着く答えは変わらないのでしょう。

だから、秋の事業計画に書くのは完成品でなくていい。接続点を明示し、指標を1つ置き、来年また書き換える。それだけで、人材育成は「人事の議題」から「事業の議題」に移ります。同計画も、AIが働き方や雇用に与える影響を踏まえ、リ・スキリングの推進を含めた包括的な対策に能動的に取り組まなければならない、と述べていました。取り組む場所は、人事部の中ではなく、事業計画の中なのです。

今週、事業計画の様式と、第17回の3指標シートを並べて開いてみてください。そして施策を、5つの接続点のどこかに1つずつ振り分ける。金額も体制も、その後で構いません。

コストの行にしか居場所がなかった人材育成に、あと4つの行を用意する。この秋にできる仕事として、これ以上に効くものは、そう多くないはずです。


< 参考文献・出典 >
*1 定期的に先の予測を修正・更新しながら、計画期間を先へ先へとスライドさせていく計画手法

*2 内閣府「人工知能基本計画 〜日本AX、より強く、より豊かに〜」2026年(令和8年)714日閣議決定
https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_plan/ai_plan.html
本文(PDF
https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_plan/aiplan_20260714.pdf

*3 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX動向2026 広がるAI導入、DXは変われるか」2026730日公開
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/dx-trend-2026.html
本文(PDF
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/rcu1hd0000017uk8-att/dx-trend-2026.pdf

*4 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「お知らせ:9月・10月はDX推進指標の集中実施期間です」202685日最終更新
https://www.ipa.go.jp/digital/dx-suishin/syucyu.html

 

<前回までの記事はこちら>
AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜