世界的な経済減速で企業の予算が圧迫される中、自社の技術やアイデアだけでなく、外部の知見やリソースを積極的に取り入れてイノベーションを起こす「オープンイノベーション」の経営手法が、世界の潮流になりつつあります。とくに注目されているのが、安定した経営基盤を持つ大企業と、起業したばかりのスタートアップ企業とのコラボレーション。先行するヨーロッパで行われた大規模調査で、じつに約4分の3の企業がスタートアップとの連携を経験し、コロナ禍を経てオープンイノベーションが急速に広がっている実態が明らかになりました。大企業がスタートアップに期待するものは何か? 連携に際しての課題とは? 最新の調査報告から読み解きます。
斬新なアイデア・開発コスト削減 多いメリット
ヨーロッパを拠点とするデジタル化関連 IT サービス企業「ソプラ・ステリア」が2022年9月、イギリス、フランス、スペイン、ドイツなど欧州10カ国の計1648社に対し、オープンイノベーションに関する調査を行いました。参加企業は各国平均で中堅・大企業54社、スタートアップは96社に上ります。
ソプラ・ステリアが2023年にまとめた報告書によると、72%の企業がスタートアップと連携したオープンイノベーション・プロジェクトをすでに実施していると回答しました。つまり、欧州企業のほぼ4社に3社が何らかの形でスタートアップとのコラボを経験していることになります。
さらに、3社に2社(67%)がスタートアップとの連携について、組織戦略に「重要」または「不可欠」であると高く評価し、「重要でない」と答えた企業は6%にとどまりました。こうした結果から、欧州で大半の企業がスタートアップとの連携が経営戦略に欠かせないと考えていることが鮮明になりました。
大企業とスタートアップとのタッグは、双方にメリットがあります。特に大企業にとっては、優れた技術を持つスタートアップとのコラボを通じて、自社だけでは生まれにくい斬新なアイデアを得ることができるうえ、スタートアップ特有のスピード感のある意思決定が大企業の弱点を補ってくれます。
また、すでに製品や技術開発に何年も費やしているスタートアップと組めば、大企業にとっては市場投入までの時間を大幅に短縮し、開発コストの削減にもつながるとされています。
今回調査でスタートアップとのコラボに期待する内容を企業側に尋ねると、「未知のビジネスチャンスの発見」(46%)、「新たなソリューションの創造」(45%)、「社内の業務慣行の改善」(38%)といった点が上位を占めました。
一方、スタートアップ側は、「市場へのアクセス」(50%)、「金融資本へのアクセス」(44%)、「人的資本へのアクセス」(33%)などを挙げました。
さらに、84%の企業が「外部のリソースを活用する価値を信じている」、69%が「今後18カ月以内にスタートアップと協力したい」と考えていました。
スタートアップとのコラボが未知のビジネスチャンスを発掘し、創造する方法であるという考え方が欧州の企業の間に広く根づき、今後しばらくその傾向が続くとみられています。
航空宇宙産業は連携100%、法律や金融分野にも期待の芽
具体的には、どのような分野で両者の連携が進んでいるのでしょうか。
調査によると、58%の企業がプロジェクトベースのコラボを進めていると回答し、その具体的な分野は、概念実証(PoC)やプロトタイプテスト、最小実行可能製品(MVP)など多岐にわたっていました。
業種別にみると、スタートアップとのコラボが最も盛んなのは「航空宇宙産業」で、今回調査では100%、すべての企業がスタートアップと連携していると答えました。続いて2番目に多かったのは、「エネルギー・公益事業」(88%)でした。
一方、最も少なかったのは「公共部門」(58%)で、「国防と国土安全保証」(65%)は2番目に少ない結果でした。企業とスタートアップのオープンイノベーションは、業種によって意欲や成功に濃淡がある状況も浮かび上がりました。
調査では今後、スタートアップとの連携が伸びていくと考えられている分野についても尋ねています。「戦略的重要性」という点で「法律」(85%)、「金融サービス」(82%)が、それぞれ高い評価を受けました。
さらに、44%の企業が「今後もスタートアップとのコラボを強化していく予定」と回答。特に強化する分野として、「サステナビリティ」(36%)、「サイバーセキュリティー」(30%)、「人工知能」(28%)の三つを挙げました。
特に地球温暖化対策に伴って急拡大しているクリーンテック分野では、革新的なアイデアを持つ野心的なスタートアップが続々と誕生しており、この分野で大企業との連携が進むだろう、と報告書は指摘しています。
コロナ禍や働き方の変化が後押し
オープンイノベーションは今でこそ世界の潮流になっていますが、ヨーロッパでもほんの10年ほど前まで、その概念はあまり知られておらず、スタートアップとの協業に二の足を踏む企業が少なくありませんでした。
変化を後押ししたのは、新型コロナの感染拡大に端を発するビジネス環境の激変です。今回の調査でも、50%の企業がオープンイノベーションを始めた時期について、新型コロナの感染拡大の「最中」あるいは「終了後」と回答しており、ここ数年で急速に広まったことがうかがえます。
特にヨーロッパではコロナ禍に続いて、ロシアによるウクライナ侵攻という社会事情が追い打ちをかけました。戦況の緊迫化に伴い、ロシア産ガスの輸入が滞ってエネルギー価格が高騰し、インフレが企業や消費者の家計を圧迫するなど、欧州経済は第2次世界大戦時以来と言われるほど大きく揺れ動きました。その荒波に耐えきれず倒産に追い込まれる企業が相次ぐなか、未知のビジネスチャンスを拡大するためスタートアップとの協業に踏み出す企業が増えた、と報告書は分析しています。
また、コロナ禍でリモートワークなど新しい働き方が模索され、社内や社外のパートナーとリモートで仕事をする文化が広がったことも、オープンイノベーションへの取り組みを促進する流れを後押ししたとみられています。
国別に見ると、イタリアとベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)の企業がオープンイノベーションに対して最も熱心な傾向があり、それぞれ80%に達しました。
それに対し、慎重な意見が最も多かったのはドイツの企業(57%)で、首都ベルリンがスタートアップの主要な中心地であるのとは対照的な結果となりました。
また、全体の62%が自国の企業との連携を希望していました。
企業文化の違いで摩擦も、カギはトップレベルの関与
他方、オープンイノベーションには課題もあります。
特に伝統がある大企業が、起業したばかりのスタートアップ起業と連携する場合、異なる企業文化によって様々な摩擦が生じやすいと指摘されてきました。
例えば、何百人、何千人という大規模で階層的な組織である大企業と、フラットで少人数のスタートアップでは、意思決定のスピードが決定的に異なります。また、セキュリティーやプライバシー、コンプライアンスといった法規制の制約、リスクに対する考え方、企業文化の違いも障害になりやすいと言われています。
今回の調査でも、企業は「法規制」(14%)や「リスク許容度の低さ」(13.7%)、「経営トップの戦略的焦点の欠如」(12.1%)、「文化の違い」(11.5%)といった問題が、スタートアップとの連携において重大な障壁になり得ると回答しています。
こうした問題に対して、ヨーロッパの企業はどのように対処しているのでしょうか。
報告書は、スタートアップとの連携を戦略的な優先事項として位置づけ、トップレベルで関与していくことが重要だと指摘しています。そのために、オープンイノベーションに関する専門の部署やチームを社内に設けることが成功のカギを握るとしています。
とはいえ、社内のリソースは限られています。実際、調査では40%の企業がスタートアップとの連携を管理するうえで、社内能力の欠如が失敗の原因になると回答しました。
こうした問題について、報告書は専門の仲介業者を雇うことで、ある程度は解消できると指摘しています。調査でも、オープンイノベーションを実施している企業の55%がコンサルタントなど仲介業者と専属契約を結び、スタートアップとのコラボにおいて何らかのサポートを受けていました。
出典:
https://www.soprasteria.com/newsroom/press-releases/details/the-open-innovation-report-2023
みらいワークス オープンイノベーションプラットフォーム『Booster』
https://booster.mirai-works.co.jp/