プロジェクト進行中の経営陣への想定外の相談について考える #3(3/4)-原口 悠哉 ~”想定外”は想定内?追加予算獲得の具体的方法とそれを実現する組織の作り方

Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 

2025年6月のテーマは「プロジェクト進行中の経営陣への想定外の相談について考える」です。新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。

#1 プロジェクト進行中の経営陣への想定外の相談について考える ー石森 宏茂プロ編
#2 プロジェクト進行中の経営陣への想定外の相談について考える ー岩本 晴彦プロ編
#3 プロジェクト進行中の経営陣への想定外の相談について考える ー原口 悠哉プロ編  本記事
#4 プロジェクト進行中の経営陣への想定外の相談について考える ー村松 龍仁プロ編

 

今月の”板挟みイノベーター”からの質問

新規事業開発プロジェクトのリーダーとして、厳しい状況に直面しています。事業計画通りに進んでおらず、追加のリソース投資、特に予算が必要になっています。MVP検証の過程で、プロダクト改善に必要な開発費や、円安によるサーバー代の高騰が想定外に膨らんでしまいました。

経営陣からは具体的な成果を求められていますが、新規事業の不確実性と、このような外部要因の影響をどう説明すればいいのか悩んでいます。大きな変更を提案するのはリスクが高そうで、現状維持が安全かもしれません。ただ、このままでは問題の先送りにしかならない気もして…。

現場のチームは頑張っていますが、予算不足で選べない選択肢も多くなってしまい、士気が下がっています。かといって、追加予算の要求は、プロジェクトの存続にも関わる可能性があり、慎重にならざるを得ません。

他部門との協力も検討しましたが、各部門も予算的に余裕がなく、協力を得るのは難しそうです。それに、部門間の壁も厚く、簡単には動けそうにありません。

このような状況で、どうすれば経営陣を刺激せず、必要最小限のリソースを確保しつつ、現実的な期待値の調整を行えるでしょうか?また、組織の慣習を大きく壊すことなく、他部門の理解を得る方法はありますか?

第3回目は、原口 悠哉プロの回答です。

事業立ち上げに伴う追加予算に関するご相談に回答いたします。

MVP検証における前提とは?

MVP検証の段階で想定以上にコストが膨らんでいる状況は、計画段階からの見直しが必要なシグナルかもしれません。以前にMVP検証についての記事を公開していますが、「最低限のコストで高速でテストを回す」ことを意識すべきです。MVP検証のための大掛かりな開発や、サーバー代が大きな負担になるような状況はなるべく避けるべきです。

追加予算の打診前に行うべきこととは?

MVP検証において無駄なコストが発生していないかの洗い出しを行いましょう。

具体的にはヒアリングや営業資料の作成のみで十分な仮説検証のために、実際にシステムを作ってしまっていたり、サーバー代の高騰が問題とのことですが、例えばAWSで無駄なインスタンスが稼働してしまっていたりしませんか?こういったコスト削減に熱心になることで検証自体がおろそかになってしまうと本末転倒ですが、限られた予算の効果を最大化するためには無駄の削減も重要です。これらの検証によって「どれくらいの追加予算が必要なのか」という思考の解像度はより高まります。

また、他部門間での協力は難しいとのことですが、他部門が保有するデータやアタックリストなどを共有してもらうだけでも仮説検証の助けになることがあります。加えて、一方的なお願いをするのではなく、それぞれの部門で得意なタスクを分け合うことで双方のコストを削減することも可能です。

経営陣の予算追加に関する判断軸は?

上記のプロセスを経て経営陣に打診を行うこととなりますが、予算を追加すべきか否かを経営陣は何を軸に判断するのでしょうか。

答えは「予算を追加することで期待値がどのように変化するか」です。仮に、10億円の追加予算が必要であったとしても、それによって100億円のリターンが得られる可能性が非常に高いと納得できるものであれば、(もちろん会社の保有キャッシュにもよりますが)追加予算の承認は行われるはずです。

しかし、1,000万円の追加予算であっても、それに見合うリターンが見込めないのであれば承認されない可能性が高いです。つまり重要なのは「予算を追加するか否か」ではなく、「予算を追加するか否かで期待値がどう変わるか」です。

追加予算を獲得するための具体的な訴求内容

具体的な訴求内容は、MVP検証の進行度によっても異なり以下の通りです。

仮にMVP検証を複数回しているけれども、芽が出そうなアイディアがまだ見つかっていないという状況であれば、以下の説明が主になるでしょう。

  • 「新規事業がなぜ必要なのか」という目線合わせ。
  • それまでのMVP検証を通じて得た知見と、それを踏まえたより精緻な今後のMVP検証計画。
  • 次の追加予算を使い切った際には撤退するという損切りラインの提示。

 

仮にMVP検証を行う中である程度筋の良いアイディアが見つかりつつある、という状況であれば以下の説明が主になります。

  • 仮説検証の精度を上げるために必要な残りの検証とそれに必要なコスト。
  • 各種仮説検証を行った先で得られるであろうリターンやスケジュール・戦略の提示。

 

それぞれに関して上振れ・下振れケースを提示してリターンやリスクをより明確にすることでも、経営陣の納得感は高まります。また、「現実的な期待値」と書かれていますが、現実的か否かは金額の多寡によって決まるものではありません。現実的か否かはその細かさや論拠の明確さなどの解像度の高低によって決まりますので、「当然起こるであろう未来」を提示することで追加予算を獲得しましょう。「追加の予算が必要になってしまった」という負い目を感じることもあるかもしれませんが、より精緻な未来を示すことでプロジェクトを次のフェーズに進めましょう。

”想定外”に強い組織の作り方

”想定外”が起こらない事業立ち上げプロセスは存在しません。例えば昨今はAIが大きな話題となり、ビジネスだけでなくさまざまな常識が塗り替えられつつあります。最近ではインターネットやスマートフォンなどによって世界は大きく様変わりしましたが、AIによるインパクトはそれを上回る可能性を秘めています。しかし、こうなる可能性を予想できていた人は5年前ですらほとんどいないはずです。

また、天変地異やメンバーの退職など突発的な変化も度々起こりますが、それらを完全にコントロール・予測することもできません。つまり「想定外が起こることは想定内」なのです。僕自身は現在も含め15年程度の経営経験の中で多くの事業を立ち上げましたが、”想定外”はどの事業においても発生しました。しかし想定外は良い転換点となることもありますので、それをチャンスと捉え柔軟に対応していきましょう。また、自身だけでなくチームにもその前提を共有することで、変化に強い組織を作り上げることが可能です。

まとめ

自分が想像もしていなかったトラブルが起こるとうろたえてしまうこともあるかと思います。「どうして自分だけ…」と感じてしまうこともあるかと思います。しかしそれらは誰しもに発生するものなので、必要以上に動揺する必要はありません。常に最善を地道に積み上げることでビジネスを成功に導いていきましょう。

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