Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 〜
2025年2月のテーマは「“アイデア創出”と“手段としての市場調査”について考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。
#1 “アイデア創出”と“手段としての市場調査”について考える ー石森 宏茂プロ編 本記事
#2 “アイデア創出”と“手段としての市場調査”について考える ー岩本 晴彦プロ編(2月13日に配信予定)
#3 “アイデア創出”と“手段としての市場調査”について考える ー原口 悠哉プロ編(2月18日に配信予定)
#4 “アイデア創出”と“手段としての市場調査”について考える ー村松 龍仁プロ編(2月25日に配信予定)
今月の”板挟みイノベーター”からの質問
「新規事業開発プロジェクトでアイデア創出の段階に入りましたが、板挟み状態で困っています。本部長は革新的なアイデアを求め、部長は堅実で実現可能な案を望んでいます。一方、社長は自社の強みを生かすべきだと言いますが、個人的には市場のニーズとのギャップも感じています。このような状況で、組織の調和を乱さずに進めるべき方向性を見いだすのに苦心しています。
メンバーは調査業務に不慣れで、私自身も新規事業の経験が浅いです。それでも、上司たちは短期間での成果を期待しています。限られたリソースと経験の中で、どうすれば効果的な市場調査を行い、説得力のあるアイデアを創出できるでしょうか?できれば、当社や業界の過去の成功事例を参考にしながら、慎重に進めていきたいのですが…。
また、自社の強みを生かすべきか、それとも全く新しい分野に挑戦すべきか、判断に迷っています。既存事業部門からは「本業に集中すべき」という声も聞こえてきて…。急激な方向転換はリスクが高そうですが、かといって現状維持では競争力を失いかねません。
限られた権限の中で、上司たちの期待に応えつつ、組織の安定性を損なわないよう配慮しながら、どのようにプロジェクトを進めるべきでしょうか?」
第1回目は、石森 宏茂プロの回答です。
事業成長に資する良いアイデアの7条件
新規事業開発に取り組もうとするとき、本部長は「もっと革新的に!」、部長は「堅実に実現可能なアイデアを」、そして社長は「自社の強みを生かせ」と、それぞれが異なる期待を抱く――。そんな“板挟み”の状況に陥り、前に進めずに困っている方は多いのではないでしょうか。
ここでは、大企業ならではの既存アセットの活用方法や市場リサーチの進め方などをかいつまみつつ、「事業成長に資する良いアイデア」とは何かを考えていきます。まずは“良いアイデア”を見極めるうえで押さえておきたい、合計七つの条件を順番にご紹介します。
本当に良いアイデアの4要件
最初に挙げたいのは、“アイデアの質”そのものを評価するための4要件です。これらがそろっていないと、いくら面白い発想でも事業として成立しにくいかもしれません。
要件1:顧客の本質的な課題が解決される
「顧客が“お金を払ってでも”解決したい課題とは何でしょうか?」
新規事業を立ち上げるうえで重要なのは、顧客が切実に抱える問題をしっかりと見極め、それを解決する手段を提示することです。課題の理解が曖昧だと、せっかくのアイデアも顧客からの支持を得にくくなります。例えば、自社技術を生かしたサービスを開発する場合は、「本当に顧客の困り事を解決するものになっているか?」を必ず確認してみてください。
要件2:顧客にとって、他社にはない価値が得られる
「すでに似たような製品やサービスが既にあるのでは?」
ニーズを満たすだけでなく、「競合と何が違うのか」「自社ならではの強みは何か」をはっきり打ち出すことが必要です。仮に要件1で顧客のニーズを満たせたとしても、競合も同様に提供できる場合は、“顧客から選ばれる”段階で苦戦してしまいます。低価格も独自性になり得ますが、競合も同様の効率化を実現していれば消耗戦になるリスクがあるので、強みの本質を見極めることが大切です。
要件3:顧客が“また使いたい・使い続けたい”と思える価値が実感できる
「ニーズがある=長期利用してくれる、ではない?」
ニーズを満たすだけでなく、心理的恩恵や満足感を提供できるかが鍵です。たとえば喉の渇きを解消するニーズに対して、公園の水道水ではなく有料のミネラルウオーターを買う人は、「おいしさ」「冷たさ」「安全性」「ブランド」など、付随する価値を求めているからこそ、お金を払って選んでいます。アイデアにも同様の「継続して選びたくなる魅力」が必要になります。
要件4:手の届く価格で提供される
「顧客が喜んで支払える価格とは?」
いくら魅力的でも、価格が高すぎると市場は限られます。逆に安すぎると利益を生みにくく、事業としての成長が望めません。顧客の「課題解決のためなら、このくらいなら出せる」というラインを探るには、定性・定量リサーチや小規模テスト販売などを組み合わせ、仮説検証を行うとよいでしょう。
もうかるだけを目指すなら、その事業会社である必要はない
良いアイデアが見つかったとしても、大企業である以上、「ただもうかるだけ」で良しとするわけにはいきません。なぜなら企業は、既存事業を基盤に社会的役割を担っているからです。ここでは「事業会社が新規事業を持つ意味」と、目的・目標を見失わないための考え方を整理します。
新規事業開発の目的を見失わない
「なぜ、新規事業に挑むのか?」
事業会社で新規事業を行う場合、単純に利益を追求するだけではなく、企業の成長戦略や社会的存在意義を具体化する狙いがあります。人材育成や既存事業の次世代化など、副次的な目的が設定されることも少なくありません。自社が新規事業を作る“真の目的”を言語化すると、上司間や部署間でバラバラになりがちな期待をまとめやすくなります。
新規事業開発の目標を明確にする
「この新規事業は、いつまでに、どうなることを目指すのか?」
大まかな数字目標や市場規模を設定しないまま走りだすと、結局どこに向かえばいいかわからなくなるケースがあります。10年後に100億円を目指すなら、市場規模が10億円しかない領域だけを狙っても厳しいかもしれません。一方で、まだ市場が小さくとも急成長が見込める場合は“先行投資”として取り組む選択肢もあります。いずれにせよ、企業としての開発戦略に沿った目標設定が重要です。
参考:新規事業開発戦略を考える #1:やってみなければわからない新規事業開発に、定量的な目標を定める必要はあるか?
自社のVMVやパーパスとの整合性を図る
「この事業は、当社の経営理念、ビジョンやパーパスに合致しているか?」
大企業が新規事業を立ち上げる意義は、企業の存在意義やビジョンを形にする点にもあります。もし単なる投資や投機目的だけであれば、個人やファンドが行えば済むからです。パーパスやVMV(ビジョン・ミッション・バリュー)との整合性を図ることで、上層部や既存部門の納得を得やすくなりますし、長期的な支援も受けやすくなります。
既存事業のアセットを使うときに意識すべきこと
大企業が新規事業を立ち上げる場合、既存事業から得られるアセットや強みを生かして「スタートダッシュ」を図ろうとするのは自然な発想です。しかし、そこには潜む落とし穴もあります。ここでは、“顧客起点”を外さない視点や、本業とのシナジーを見極めるポイントについて整理します。
既存資産ד顧客起点”を忘れない
「強みをどうやって顧客課題の解決に役立てるのか?」
上層部が「自社の強みをもっと使え」と言っても、それが顧客の困りごとに直結するとは限りません。既存事業で培った技術・ブランド・顧客基盤などが、新規のアイデアにおいても強みとして機能するかどうかは実際に検証が必要です。顧客がどのような価値を求め、そこに自社資産がどんなかたちで応えられるのかを明確にするプロセスを省略しないようにしましょう。
本業とのシナジーを見極める
「新規事業は、既存事業を脅かすのか、それとも強化するのか?」
既存事業部門は、新規事業開発に対して「自分たちの売り上げや顧客を奪うのではないか」と不安を抱えることがあります。そこで、新規事業が本業にもプラスをもたらすシナジーを具体的に提示すると協力が得やすくなります。たとえば、営業部門の顧客データを活用してPoCを行い、その結果を既存製品やサービス改善に還元する……といった循環が考えられるかもしれません。
新しい挑戦領域への“足がかり”として考える
「未知の市場にいきなり飛び込むリスクはどう軽減できるか?」
新規事業に大きく投資するとき、いきなり大海原にこぎ出すのはリスクが高いものです。そこで既存アセットをうまく使いながら、まずは既存顧客へのテスト提供を行い、フィードバックを得つつ段階的に新市場へ展開する方法があります。突然の大きな方向転換による混乱を最小限に抑えられるため、社内外の調整コストも軽減できるでしょう。
市場リサーチは、正解は出せず、仮説検証のプロセスのまま
「もっとデータを集めれば、完璧な答えが見つかるはず」。そんな幻想を抱いていませんか? 実は、新規事業に関しては市場リサーチを行っても“絶対的な正解”は得られません。ここでは、どうして市場リサーチだけでは決め手に欠けるのか、そしてそれをどう補うかを考えてみましょう。
リサーチの大前提:市場リサーチは、常に過去のことを調べている
「数字はあくまで“現在までの趨勢”を示すだけ」
公的統計やマーケットレポートは、市場の現状把握に有効ですが、革新的なアイデアほど既存データには表れにくい傾向があります。急成長が見込まれる新分野では、推定値にばらつきがあったり、過去の情報がそのまま未来に通用しないことも多いです。リサーチ結果は「可能性を狭めるための材料」と捉え、最後は仮説を立てて実際に検証するアクションが不可欠です。
“トライアングル・リサーチ”で多角的に検討する
「数字×知見×第三者レポートを組み合わせると見えてくるものは?」
VUCA時代のリサーチでは、(a)定量データ(統計・企業情報など)、(b)コンテンツ(ニュース・業界レポートなど)、(c)ナレッジ(専門家や現場の声)という3要素のバランスが大事です。その中でも、(c)ナレッジ(専門家や現場の声)は、この3要素の中でも最も新鮮な情報の可能性が高いです。また、ナレッジは社外に限らず、車内にも眠っていることも多いので、社内人材も知見を持つ有識者として探してみると思わぬ情報に出会えるかもしれません。
オーソドックスな調査手順としては、今回の調査目的に対する答えの仮説を立てるために、まず(a)定量データ(統計・企業情報など)、(b)コンテンツ(ニュース・業界レポートなど)を調査し、その立てた仮説を(c)ナレッジ(専門家や現場の声)をもって検証することから始めると良いでしょう。
短期的な小さな“検証サイクル”を回す
「PoCやMVPで現場の声をキャッチしよう」
部長が求める堅実性と本部長が求める革新性を両立するために、PoC(実証実験)やMVP(最低限の機能を備えた製品)を活用し、小さく試しては修正するサイクルを回す方法があります。上層部が納得しやすいよう、定量・定性双方の成果をこまめにレポートするのもポイントです。
また、どこまで行っても正解が出ることはありません。調べている間にも、刻一刻と環境は変化し続けています。だからこそ、リサーチというのは「検証プロセスのまま」というのが実態です。
板挟みだからこそ“調和”を創る
「自分が“潤滑油”になる心構えはできていますか?」
管理職兼プロジェクトマネージャーは、社内調整の要でもあります。既存事業部門との折衝や上層部の意見集約などに追われるかもしれませんが、こまめなコミュニケーションによって新しい挑戦を推進することが可能です。関係者の懸念や期待をリスト化し、それぞれに対する対応策を事前に考えておくとスムーズに合意形成が図れます。
まとめ
大企業の新規事業開発では、上司や既存事業部門からさまざまな要望が飛び交い、板挟みになることがごく当たり前です。しかし、だからこそ「事業成長に資するアイデアの7条件」と「事業会社として新規事業を行う明確な目的・目標・パーパス」を意識しながら、既存アセットや市場リサーチをうまく活用することで、道が開けてきます。
市場リサーチはあくまでも“過去や現在の状況”を把握する手段です。未来の正解を教えてくれるものではありません。むしろ、仮説を立ててはPoCやMVPを通じて検証し、修正するプロセスでこそ、新規事業は現実味と革新性を両立できるようになります。
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