新年度方針策定シーズンに考える、アップスキリングの再設計 〜戦略を描く:効果を生む3層アプローチの全体像〜


AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜
序章:生成AI「幻滅期」が示す、人材育成の転換点〜ハイプ・サイクルから読み解く、大企業の次の一手〜
第1回:2026年度予算編成前に問う、AI人材育成の「成熟度」〜現状を知る:自社専用の診断モデルを作る3ステップ〜
第2回:年末の振り返りが分ける、AI活用の成否〜過去を生かす:2025年の取り組みを学習資産に変える~
第3回:AIの現在地から考える人材開発〜生成AI幻滅期に考えるリスキリングとアップスキリング〜


はじめに|「全員一律」が、最大の無駄を生む

12月中旬。多くの企業が2026年度の方針策定会議を控えている時期です。

「来年度のAI人材育成、どうしましょうか?」

この問いに、あなたはどう答えるでしょうか。もし「全社員向けに研修を実施します」と答えようとしているなら、少し待ってください。その戦略は、最も非効率な選択かもしれません。

日本リスキリングコンソーシアムが2024年12月に発表した「AI人材育成白書」(*1)によれば、AI学習に取り組んでいる人のうち、具体的な業務成果を上げられているのはわずか18.7%に過ぎません。76.9%が「個人的な興味」で学習を始めたものの、実際の業務で成果を出せている人は極めて少ないのです。

なぜか。全員に同じ内容を教えているからです。

営業担当者に必要なAIスキルと、経理担当者に必要なAIスキルは違います。管理職に求められるAI活用と、現場担当者に求められるAI活用も違う。それなのに、多くの企業が「ChatGPTの使い方」という一律の研修を全社員に実施し、「なぜ活用が進まないのか」と悩んでいます。

日本経済新聞が2025年11月に発表した「就職活動中の大学生1,116人への調査」(*2)では、4割がAIの普及を見越して志望職種を変更していることが明らかになりました。若い世代は、AIによって職業が変わることを直感的に理解しています。彼らが入社してくる2026年4月、あなたの会社は「全員一律の研修」で対応できるでしょうか?

12月は、多くの企業で経営会議が開かれ、大型投資が決定される時期です。2026年度のAI人材育成戦略を提案するなら、今がそのタイミングです。しかし、「全員一律」ではなく、「3層に分けた戦略的アプローチ」が必要です。

本稿では、基礎活用層・実務活用層・専門推進層という3つの層に分けたアップスキリング設計の全体像を解説します。限られた予算で最大効果を生む、実践的な戦略が手に入ります。

全員一律が失敗する、3つの構造的理由

まず、なぜ「全員一律の研修」が失敗するのか、構造的な理由を理解しましょう。

理由1:ニーズの多様性を無視している

あなたの会社には、何種類の職種がありますか?

営業、マーケティング、経理、人事、法務、IT、製造、物流…。少なくとも10以上の職種があるはずです。そして、各職種で求められるAI活用は全く異なります。

営業担当者が知りたいのは:
・提案書を素早く作る方法
・顧客データを分析して商談戦略を立てる方法
・競合分析を効率化する方法

経理担当者が知りたいのは:
・仕訳チェックを自動化する方法
・経費精算の異常検知をする方法
・予算分析レポートを作成する方法

人事担当者が知りたいのは:
・採用面接の評価を補助する方法
・社内規定を即座に検索する方法
・研修プログラムを設計する方法

これほど違うニーズに対して、「ChatGPTの基本的な使い方」という一律の研修を実施しても、誰も満足しません。

理由2:習熟度の違いを無視している

同じ職種でも、個人の習熟度は大きく異なります。

Aさん:すでにChatGPTを日常的に使いこなしている
Bさん:触ったことはあるが、業務では使っていない
Cさん:AIという言葉すら抵抗がある

この3人に同じ研修を受けさせたら、どうなるか。Aさんは退屈し、Cさんはついていけず、結果として誰にとっても有益でない時間になります。

日本リスキリングコンソーシアムの調査(*1)が示す「18.7%しか成果を出せていない」という数字は、まさにこの問題を反映しています。

理由3:投資対効果を最大化できていない

最も重要な問題は、投資対効果です。

仮に、あなたの会社に3,000人の社員がいるとします。全員に一律の研修を実施すると:
・研修コスト:1人あたり3万円 × 3,000人 = 9,000万円
・研修時間:1人あたり8時間 × 3,000人 = 24,000時間

しかし、この投資の効果は? 18.7%の人しか成果を出せないなら、実質的に8,000万円以上が無駄になります。

一方、戦略的に3層に分けてアプローチすれば:
・基礎活用層(全社員):低コストで広くリーチ
・実務活用層(業務でAIを使う層):中程度の投資で実践的スキル
・専門推進層(AI活用をリードする層):高い投資で組織全体をけん引

同じ予算で、成果は3倍以上になります。

3層アプローチとは何か――戦略的な人材育成の全体像

では、具体的に3層アプローチとはどういうものか。各層の定義、目標、内容を整理しましょう。

▶︎ 第1層:基礎活用層(全社員3,000人)

【定義】
全社員が対象。AIの基本的な理解と、日常業務での最低限の活用ができる層。

【目標】
・AI利用率:80%以上の社員が月1回以上AIツールを使用
・リテラシー:AIで「できること・できないこと」を理解
・期間:3カ月

【内容】
・30分のeラーニング × 5回
・部門別の活用事例集(営業向け、経理向け、人事向けなど)
・社内Q&Aコミュニティー

【予算配分】
・1人あたり5,000円 × 3,000人 = 1,500万円
・全体予算の30%

【成果指標】
・AI利用率(月次測定)
・社内Q&A投稿数
・業務時間削減率(アンケート)

ここでのポイントは、「全員に深く教える」のではなく「全員に広く触れさせる」ことです。三菱UFJ銀行は2024年11月に行員4万人へChatGPT導入を発表し、月22万時間以上の労働削減効果を試算しています(*3)が、これは全員が専門家になったからではなく、全員が「基礎的な活用」をしているからです。

▶︎ 第2層:実務活用層(業務でAIを使う500人)

【定義】
各部門で実際にAIを業務に組み込み、具体的な成果を出す層。営業、マーケティング、経理、人事などの実務担当者。

【目標】
・業務効率化:担当業務の20%以上をAI活用で効率化
・スキル習得:職種別のAI活用パターンを3つ以上習得
・期間:6カ月

【内容】
・職種別の実践研修(営業向け、経理向けなど)
・週1回の社内勉強会
・専門家によるコーチング(月1回)
・成果発表会(四半期ごと)

【予算配分】
・1人あたり20万円 × 500人 = 1億円
・全体予算の50%

【成果指標】
・業務時間削減率(実測)
・AI活用による売上/コスト改善額
・社内ベストプラクティス投稿数

この層が最も投資対効果が高い層です。なぜなら、彼らが生み出す成果が、直接的に会社の業績に反映されるからです。

トヨタ自動車は2025年にグループ5社で「トヨタソフソフトウエアデミー」を発足させ、AI・ソフトウエア人材の育成を強化しています。(*4)これは、実務活用層への投資を本格化させた事例です。

▶︎ 第3層:専門推進層(AI活用をリードする50人)

【定義】
社内のAI活用をけん引し、新しい活用パターンを開発し、他の社員を支援する層。各部門のAI推進リーダー、DX部門メンバー。

【目標】
・リーダーシップ:各部門で5人以上の実務活用層を育成
・イノベーション:新しいAI活用パターンを月1つ以上創出
・期間:12カ月

【内容】
・高度な技術研修(プロンプトエンジニアリング、API活用など)
・外部専門家によるメンタリング(月2回)
・他社事例の視察・交流
・社内コミュニティーの運営

【予算配分】
・1人あたり100万円 × 50人 = 5,000万円
・全体予算の20%

【成果指標】
・育成した実務活用層の人数
・創出した新しい活用パターンの数
・社内コミュニティーの活性度(投稿数、参加率)

この層への投資は、短期的なROIではなく、長期的な組織能力の構築を目的としています。彼らが育てば、基礎活用層と実務活用層が自律的に成長する仕組みができます。

3層アプローチを機能させる、5つの設計原則

3層アプローチを単に「分けるだけ」では機能しません。層と層をつなぎ、全体として効果を最大化するための設計原則があります。

原則1:下から上への流動性を確保する

基礎活用層から実務活用層へ、実務活用層から専門推進層へ。成長した人が上の層に移動できる仕組みを作ってください。

具体的な施策:
・四半期ごとに「AI活用コンテスト」を開催
・優秀者を実務活用層の研修に招待
・実務活用層の上位10%を専門推進層に昇格

この流動性がないと、「基礎活用層は永遠に基礎のまま」になります。

原則2:上から下への知識共有を仕組み化する

専門推進層が学んだことを、実務活用層、基礎活用層へ還元する仕組みが必要です。

具体的な施策:
・専門推進層が作成した「活用パターン集」を全社に共有
・月1回の「AI活用事例報告会」(全社員参加可)
・社内イントラに「AI活用Tips」を毎週投稿

知識が上から下へ流れることで、基礎活用層も自然にレベルアップします。

原則3:各層の成果指標を連動させる

3つの層の成果指標は、独立していてはいけません。連動させてください。

連動の例:
・専門推進層の目標:「実務活用層を5人育成」
・実務活用層の目標:「基礎活用層10人にコーチング」
・基礎活用層の目標:「月1回以上AIを業務で使用」

このように連動させると、専門推進層が実務活用層を、実務活用層が基礎活用層を、それぞれ自然に支援するインセンティブが生まれます。

原則4:予算配分を柔軟に調整する

最初に示した予算配分(基礎30%、実務50%、専門20%)は、あくまで目安です。状況に応じて調整してください。

調整の例:
・初年度は基礎活用層に重点(40%)→全社の土台を作る
・2年目は実務活用層に重点(60%)→成果を最大化
・3年目は専門推進層に重点(30%)→自律的成長の仕組みを構築

固定的な配分ではなく、戦略的に変えていくことが重要です。

原則5:失敗を許容し、学びを重視する

前回(第2回)で解説したように、失敗から学ぶ文化が不可欠です。3層アプローチでも同じです。

具体的な施策:
・「失敗事例共有会」を四半期ごとに開催
・失敗から学んだ教訓を「学習資産」として文書化
・失敗を共有した人を表彰する

日本企業の特徴である「失敗に過度な懸念を持つ企業文化」(*5)を変えるには、トップダウンでの明確なメッセージが必要です。

2026年1月からの実行プラン:最初の90日で何をするか

3層アプローチの全体像が見えたところで、具体的な実行プランを示します。2026年1月から3月までの最初の90日で何をすべきか。

【1月(第1カ月):基盤整備】

Week 1-2:専門推進層の選定とキックオフ
・各部門からAI推進リーダー候補を推薦(計50人)
・初回研修:3層アプローチの全体像を共有
・各リーダーに「自部門の実務活用層5人を育成する」ミッションを付与

Week 3-4:基礎活用層向けコンテンツの準備
・eラーニング教材(30分×5回分)の作成・調達
・部門別活用事例集の作成(営業、経理、人事など)
・社内Q&Aコミュニティーの立ち上げ

【2月(第2カ月):基礎活用層の展開開始】

Week 1-2:全社員向けキックオフ
・経営層からのメッセージ動画配信
・eラーニング第1回の配信(全社員対象)
・社内Q&Aコミュニティーの運用開始

Week 3-4:実務活用層の選定と研修開始
・各部門から実務活用層候補を推薦(計500人)
・職種別研修の初回実施(営業向け、経理向けなど)
・専門推進層が実務活用層をコーチング

【3月(第3カ月):成果の可視化と調整】

Week 1-2:初回の成果測定
・基礎活用層:AI利用率を測定(目標30%以上)
・実務活用層:業務時間削減率をアンケート調査
・専門推進層:育成状況をレビュー

Week 3-4:第1回AI活用事例報告会
・実務活用層から優秀事例を3-5件選定
・全社員参加のオンライン報告会を開催
・成功事例を社内イントラに掲載

Week 4:第1四半期の振り返りと調整
・3層の進進捗(しんちょく)を経営層に報告
・予算配分や施策内容を微調整
・第2四半期(4-6月)の計画を策定

この90日間で、3層すべてが動き始め、最初の成果が見え始めます。ここで重要なのは、完璧を目指さないことです。小さく始めて、素早く学び、改善するサイクルを回すことが成功の鍵です。

「分けること」が、全体を強くする

「全員一律」は、一見公平に見えます。でも、それは本当に公平でしょうか?

営業担当者に経理のAI活用を教えても、何の役にも立ちません。初心者に上級者向けの内容を教えても、ついていけません。これは、公平ではなく、全員にとって不公平です。

3層アプローチは、一見「差をつける」ように見えるかもしれません。しかし実際には、各人のニーズと習熟度に合わせた、真の意味での公平なアプローチなのです。

日本リスキリングコンソーシアムの調査(*1)が示すように、AI学習者の18.7%しか成果を出せていない現状を変えるには、戦略的な設計が不可欠です。全員に同じことを教えるのではなく、各層に最適な内容を提供することで、成果を出せる人の割合を50%、70%、そしてそれ以上に引き上げることができます。

2026年4月、AIの影響を理解した新入社員が入社してきます。(*2)彼らは、あなたの会社がAIをどう使いこなしているかを見ています。「全員一律の研修」しかない会社と、「3層に分けた戦略的アプローチ」がある会社、どちらを選ぶでしょうか?

12月の今、2026年度の方針を決める時期です。経営会議で、あなたはこう提案できます:

「2026年度のAI人材育成は、3層アプローチで進めます。基礎活用層で土台を作り、実務活用層で成果を出し、専門推進層で組織全体をけん引します。予算は5億円、期待されるROIは3年で15億円です」

この提案ができれば、予算が通る可能性は格段に上がります。

次回・第4回は、幻滅期だからこそ投資すべき3つの理由を解説します。多くの企業が予算を削減しようとする今、なぜ逆に投資を増やすべきなのか。経営層を説得するための論理を提供します。

< 参考文献・出典 >
*1 日本リスキリングコンソーシアム「AI人材白書」2024年12月9日
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000014.000131450.html

*2 日本経済新聞「『AIに奪われない職』就活生も意識 4割が志望変更、1116人調査」2025年11月22日

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC043WP0U5A101C2000000/

*3 三菱UFJ銀行、生成AIで月22万時間の労働削減と試算

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB270LP0X21C23A1000000/

*4 トヨタグループ5社、AI・ソフトウェアの人財育成とイノベーションを加速
https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/42801307.html

*5 PwC「生成AIに関する実態調査 2025春 5カ国比較」2025年春
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/generative-ai-survey2025.html