人口減少が進む日本のなかでも、とくに地方は若年層の人口流出もあり都市部以上にその対応が急務となっています。各地域、課題解決策のひとつとして注目しているのがスタートアップによる新たなマーケットの開拓や雇用創出です。外部プロ人材を活用し、スタートアップ創出に邁進する青森市、仙台市、神戸市の事例をもとに地方でのスタートアップ創出の展望と期待、問題点について考えてみました。
(2月6日のプロフェッショナルの日に開催した「プロフェッショナルの祭典2023」トークセッションより)
会社も土地も優秀な人材から選ばれる時代
岡本:「地方×スタートアップ」の熱が高まっています。東京、千葉、長野と三拠点生活をされている澤さんはどのように感じていますか?
澤:コロナ禍によって「リモートワーク」がかなり浸透しましたよね。「仕事をすることと会社に行くことは分けて考えることができるんじゃないか?」と以前から一部の人は気付いてはいたけれど、なかなか行動に移せないというところがあったと思うんです。住みたいところに住んで社会に貢献することができるのに、“社畜生活”を続けていた人がたくさんいたわけですね。
私自身のことを話すと、2020年に社畜生活を卒業し独立して、カミさんには「社畜から家畜になった」と言われてますが(笑)、独立したことで住むところはどこでもいいということに気づきました。会社員の方々もコロナ禍で否応なしにリモートワークを実践したことで、会社に行かずとも価値を出せることを体感した人がたくさんいたのではないでしょうか。
少し観念的な言い方になりますが「いろいろ絡み合っていたものが分離して点になって、そしてその点を繋げることは自分の意思でできる状態」。この状態になっていると、私はここに行き、そして自分のやりたいことをここでやろうという「個人のなかのイノベーション」がいろいろなところで起きているというのが現状だと私は考えています。
岡本:澤さんと同じようにコロナ禍によって二拠点生活をしたり、都心から少し離れたところに住居を移したりした友人たちがいるのですが、その友人たちのなかにはコロナ前のように毎日出社して働くようにいわれ困り始めた人もいます。
澤:コロナ前に戻すと言われたとき、自分がどう感じるかが大事。その会社の方針に合わせて出勤することを我慢してでも会社に魅力があれば生活スタイルをコロナ前に戻す。合わせなくてもいいかなと思った人は、自分の行きたいところに行って、価値創造に時間を使うことになるのかな、と。後者のような考え方をする人々は会社にいる時間=労働時間ではなく場所を選ばず価値創造ができる、いわば優秀な人材です。優秀な人であればあるほど自分の住みたい場所へと散らばって行っているのが現状のような気がしますね。
岡本:おっしゃる通り。会社も土地も、都市部の優秀な人材から選ばれる時代がきていると思います。
外部プロ人材の活用効果で創業件数急伸の青森市
岡本:青森市、仙台市、神戸市のスタートアップ支援の取り組みについて教えてください。はじめに青森市の井上様、お願いします。
青森市(井上):青森市ではここ2、3年ほど、「自前主義をやめて外部と共創する」という方針を打ち出しています。実際、スタートアップ支援の核となるAOMORI STARTUP CENTER(あおもりスタートアップセンター)という拠点では外部人材が常駐しています。青森市に住んだことがない、都市部大手企業出身の方やコンサルタントの方、スタートアップ起業メンバーだった方、現在も兼業でスタートアップ運営に従事している方と業務委託契約を結んでいます。
こういったさまざまな経験を持つ広い視野を持った方々に起業、商品開発、販路開拓などの経営相談ができるとあって、あおもりスタートアップセンターでの相談件数は2022年度2300~2400と拡大しており、創業件数も80件弱(2023年2月時点の公表値、2022年度のスタートアップセンター相談から創業にいたった件数の実績値は101件)となっています。
2021年度からスタートしたアクセラレータープログラムでは、採択された東北大学発スタートアップ「輝翠TECH」が青森市のりんご生産者と共に自動運搬ロボットの実証実験を行ったり、福岡で誕生したスタートアップ「しくみデザイン」と青森のプロバスケットボールチーム「青森ワッツ」とで新しいゲームコンテンツを作ったりと、県内だけでなく県外からのスタートアップ受け入れも積極的に行っています。こういった青森市が支援するスタートアップに、地方副業人材マッチングプラットフォーム「Skill Shift(スキルシフト)」を通じた外部人材が活躍する事例も広がってきています。
岡本:あおもりスタートアップセンターの支援企業「appcycle」は楽しみですよね。フードロスのりんごを活用したヴィーガンレザーの事業は、青森じゃないとできない。こういった地域ならではのスタートアップが立ち上がってきています。続いて、白川様、仙台市の取り組みについて教えていただけますか?
社会課題に向き合う仙台市のスタートアップ支援
仙台市(白川):仙台市は緑豊かな街として杜の都と言われますが、実は10~20代の人口が福岡に次いで多い、学生が多い街でもあります。震災を経験したこともあり、防災環境都市としてさまざまな課題に立ち向かえるような「ソーシャル・イノベーション(社会変革)」を目指す起業家が増えています。そういったスタートアップとともに街を盛り上げていくというのが、仙台市のスタートアップ支援の背景にあります。
また、仙台市の強みの1つに、新しい技術が生まれる場所でありおもしろいイノベーションが起きる場所、東北大学があります。ここから新しい産業を生み出していく。もうひとつの強みが、東日本大震災から10年以上にわたって社会課題に向き合い続けている方々がいる。そういった方々を産学官金が連携し地域の資源をフル活用してどんどん応援していこうと考えています。
具体的な取り組みとしては、起業家同士の交流を深める起業啓発・促進イベントを2013年にスタートさせています。ほかにも、小中高生対象のワークショップで起業家教育を行ったり、起業支援センターで実際に一歩踏み出した方の相談にのったりしています。仙台市とみらいワークスとで開催したアクセラレーションプログラム「東北グロースアクセラレーター2022」では、採択されたスタートアップが2023年1月にシリコンバレーを訪問、現地でのピッチイベントや交流会に参加し日本にとどまらないグローバルなネットワーク形成の機会を提供しました。
岡本:スタートアップ支援を10年続けられている仙台市の本気度が伝わるご説明をありがとうございました。続いて神戸市の西川様お願いします。
世界中のスタートアップに門戸を開く神戸市
神戸市(西川):神戸市のスタートアップ支援は、「起業家を生む、スタートアップを集める、育てる」という大きな3つを軸に動いています。始まりは2016年、シリコンバレーの500 Startupsという世界的なベンチャーキャピタルと一緒に「500 KOBE ACCELERATOR」をスタートさせました。この取り組みで、日本にとどまらず世界中のスタートアップが神戸に来る流れをつくることができています。過去4年間で140億円超の資金調達を達成し一定の成果が出ているところです。
2022年9月には「LifeTech KOBE(ライフテック神戸)」という神戸市が中心となってスタートアップの立ち上げや成長を支援する公式サイトを立ち上げました。神戸市は370社以上の医療・バイオ関連企業や研究機関が集積するアジア最大級のバイオメディカルクラスターなのです。市民の生活に寄り添うようなテクノロジー、ライフサイエンスを使って街を良くしていこうという意味合いを込めてライフテック神戸というブランディングで取り組みを発信しています。
「アーバンイノベーション神戸」というプログラムでは行政の課題をスタートアップのみなさんと解決したり、アジア初の国連機関のスタートアップ支援・育成拠点「グローバル・イノベーション・センター・ジャパン」を開設したりしています。さらには、兵庫県や民間企業と連携しファンドを設立し運用総額約11億円でスタートアップ投資を行なっています。2022年12月には、神戸市に本社を置く「monoAI technology」が東京証券取引所グロース市場に上場していて、こういったモデルケースを増やしていきたいと考えています。
さらに2025年に向けて、現在約200社ほどのスタートアップをさらに増やす取り組みに力を入れています。スタートアップ・エコシステムのグローバル拠点都市として内閣府のプログラムがあるのですが、この拠点として京阪神が選ばれているので、国の予算と神戸市独自の予算を使いながら国内はもとよりグローバルで闘える都市としてスタートアップ支援に取り組んでいます。
行政の取り組みは「固い、遅い」とマイナスイメージが付きがちですが、そこを払拭するため神戸市では積極的に外部人材を登用しています。スタートアップ支援に関わるメンバー15人のうち半数が外部人材。スタートアップに関わるさまざまな知見を持った外部人材が、神戸市のスタートアップ創出を支えています。
「シビックプライド」醸成が地方スタートアップ支援のカギ
岡本:地域でのスタートアップ創出に足りないものとしてよく挙げられるのが、「人材」です。
青森市(井上):人をどうやって育てるのか、誘致するのかはいちばんの課題だと感じています。岡本社長の話にも出てきたフードロスのりんごを活用したヴィーガンレザー事業を行う「appcycle」の代表2人の拠点はシンガポールと東京で青森市には住んでいません。ただ、2人とも青森市出身ということで「シビックプライド」を持っているように感じます。
岡本:そういったシビックプライドの醸成、スタートアップを通じての関係人口創出も今後の地方創生のカギとなるかもしれませんね。続いて仙台市はどうでしょうか?
仙台市(白川):人が足りないというのは同じですね。東北大学で学んでも、仕事ややりたいことが地元になければ外に出ていきます。そういった東北大学出身で関東圏で働いているような関係人口との接点がこれまであまりありませんでした。外にたくさんいる東北に何らかの思いを持っている方々に仙台発、東北初のスタートアップを応援してくださいと発信し、これまでつながるきっかけを持てなかった方々をもどうやって巻き込んでいくかが大事だと考えています。
神戸市(西川):東京と比較すると起業家や投資家と触れ合う機会が圧倒的に少ないことも課題として挙げられますよね。自治体の支援としてできることは、起業家や投資家と日々コミュニケーションできるような環境作りがひとつ。もうひとつ大事だと思っているのが、売り上げを伸ばす支援。企業の意思決定できる人と繋いだり、行政自体が顧客となりサービスのPoCを回せる場所を提供することです。
岡本:各自治体の取り組みを聞いて、澤さんはどう感じますか?
澤:この手のことで最も大事だと思うのは、「邪魔をしない」ことだと思うんです。たとえば、「手続きのステップを減らす」といったように、しなければいけないことを減らすことは起業家からするとものすごくありがたい。加えて、「無駄な時間を減らす」こともスピード感を持って事業を進めるのに必要です。そういった意味で神戸市の「企業の意思決定できる人と繋ぐ」取り組みは起業家にとって助かります。決済権限を持っていない人との商談は無駄な時間となりがちですから。
スタートアップにとって大事なのは、火がついている間に次のステップに進むこと。最初の火種ってもろいものなので、手続きや無駄な時間が多いと消えてしまうんですよ。そういったことを踏まえると、自治体自ら最初の顧客になるというアプローチはめちゃくちゃいいですね!
岡本:公務員は3年ほどで異動があり、専門性が身につかない、せっかく築かれたネットワークが続かないという面があるように思います。自治体のスタートアップ支援では、そのあたりがネックになることがあるように感じるのですが……。
神戸市(西川):そうなんですよね。なので最終的に目指す地域のスタートアップエコシステムは自治体の外にスタートアップを支援したいという人々をつくり、そこにノウハウや人材をためていくことなんじゃないかと思います。行政がやらなくても、新しいビジネスを創出するスタートアップを支援するための産業生態系が回っていくような形が中長期的なゴール。各自治体はお金を出してきっかけづくりをする。
岡本:今後、日本経済が良くなっていくには各地域でのスタートアップ創出が大事になると考えています。そのためには、スタートアップが育っていくスタートアップエコシステムをつくることが必要で、都市部だけでなく地域にも専門の人材が必要です。都市部に集中している起業家やスタートアップに関わる人々との接点をつくり、地方で人材を育成していくことも重要なことだとみなさんの話を聞いてあらためて感じました。