教育DXに岡山市教育委員会と外部人材がともに取り組んで思う「2つの壁」の乗り越え方

企業だけでなく教育現場にもDX推進の波は押し寄せています。ただ、インフラ整備やセキュリティ対策、ICTリテラシーを学びたくても学ぶ時間がない教員の繁忙状態など課題が山積みでなかなか進まないのが現実。

その課題に切り込むべく、岡山市ではプロフェッショナル人材(外部人材)の活用を進めています。岡山市教育委員会で教育DX戦略マネージャーとして20222023年度の2年間、DXと働き方改革に取り組んできた梅本哲平さんと、その間チームとして推進した事務局の方々に、進み始めた教育現場のDXについてお話を聞きました。

他市の先進的事例を「飛び込み」調査

(上段左2人目が梅本哲平さん。下段左からみらいワークス社長・岡本祥治、岡山市・大森雅夫市長)

岡山市教育委員会が外部人材を登用した教育DX・働き方改革に乗り出したきっかけは、2020年度に進められたGIGAスクール構想だった。小・中学生に11台のパソコンなど情報端末の整備を進めるにあたって、教員側のICT教育のスキル向上やセキュリティ対策など対応しなければならない課題が増え、教育現場全体に新しいことに着手する負担感のようなものが拡がった。そこで教育に対する固定観念がない外部人材の発想や斬新なアイデアを取り入れられれば、突破口が見つかるのではないかと考えた。当時、教育委員会事務局で教育研究研修センター情報教育推進室長だった村尾剛介さんは「外部人材とともに仕事をするのは楽しみでしかなかった」と話す。

「教育研究研修センターでは市の教育課題の調査研究や教職員の資質や能力向上のための研修などに取り組んでいます。現在、私は新しい教育センターを整備する仕事をしていますが、教職員だけでなく企業や大学などとつながり話をすることが増えたことにより、視野が広がってきたように感じています。9年前まで私は教員をしていましたが、学校の世界では見えなかったものが見えるようになったということで言えば、外部人材の方の力を借りることはチャンスだと思いました。」(村尾さん)

岡山市の教育DX戦略マネージャーとして教育DX・働き方改革に取り組むことになった梅本哲平さんは、新卒で商社入社後転職しメガベンチャーでの事業統括や外資系コンサルティングファームでの経験がある。プログラム・プロジェクトマネジメントやデジタルツールを活用した業務改善、営業改革を専門としているフリーランスの経営コンサルタントだ。(詳細は、インタビュー記事『転職2回、フリーコンサル3年経験者が思う「会社員とフリーランス」のメリットとデメリット』)

梅本さんは、国のGIGAスクール構想が始まる前から教育DXに取り組んでいる自治体に話を聞くところから始めた。まずは教育現場の新しいことに対する心理的な負担感をなくそうと考えたからだ。飛び込みで、横浜市や川崎市、さいたま市など先進的な事例がある自治体の教育委員会事務局やインターナショナルスクールに話を聞きたいと依頼。各地とオンラインでつなぎ村尾さんと2人でうまくいっていること、課題をどのように解決しているかなどを聞いた。

GIGAスクール構想は国が推進しているので文部科学省が音頭を取り、全国自治体間で進捗状況や進めるに当たっての悩みなど共有する場がありました。ただ、どうしても詳細まで突っ込んだ話はなかなかできない。そこで、第三者の外部人材として梅本さんが入ってくれたことで、ざっくばらんに話をする機会を得ることができたのは収穫でした」(村尾さん)

負担感が大きい現場業務を抽出

教育DX戦略マネージャーとして梅本さんが取り組みを始めた1年目、他市の事例の情報を集めることと並行して行ったのは学校を訪れ教職員の話を聞き、具体的な問題点、改善点を拾い集めることだった。そこでわかったのは、以下の3点だ。

1. 授業の準備や生徒指導など本来、時間を割きたいことに時間を投じることができていない

2. 新しいデジタルツールを導入する際に必要な初期設定やアカウント登録、進級時の更新作業が煩雑で負荷が大きい

3. 岡山市立小・中学校で統一のガイドラインがあればもっと効率的・効果的に運用ができるのに、学校の自助努力に委ねてしまっていることが多い

そこで梅本さんは、「業務負荷が大きく、教職員がやらなくてもよい業務は、外部に委託できないか」「岡山市小・中学校で統一の基準を示しもっと効率的、効果的にデジタルツールの運用ができないか」などの解決策の方向性を提示した。

「学校それぞれに任せた部分が多かったせいで、新たにGIGAスクール専任の担当者を置いた学校もあれば、これまでのICT担当者にGIGAスクールに関する業務も担わせる学校もあるといったように学校ごとに格差が出てしまいました。最初は負担が増えるけれど事務局がしっかりサポートします、と伝え現場にもっと踏み込んで進めるべきだったという反省点が見えました」(村尾さん)

一般企業では、指示を待つのではなくみずからの意思で考え能動的に業務を遂行できる自律的な人材育成が急務とされている。学校現場もそれぞれに自律してやれることはある。ただ企業と違うのは、子どもたちを預かる立場として失敗が許されないということ。そうなると、これまでとは違うやり方へのチャレンジに消極的になっても無理はない。

「学校現場の特殊な背景を考えると、勝手に、独自に進めたわけではないということをはっきりさせておく必要があり、教育委員会のお墨付きを求める傾向が強いのもうなずけました。そこで、誰が、何を、どうやったら教育DXと働き方改革が進むのか11つ丁寧に切り離して考えていくことはとても重要でした」(梅本さん)

組織的なしがらみのない外部人材の役割

外部人材の梅本さんと教育委員会事務局とをつなぐ窓口となった就学課の松本豊さんは当時、学校事務のDX推進役を務めていた。「梅本さんはプレゼン資料で説明し言いっぱなしということはなく現場に入って問題を抽出し見える化を行い、関係するプレーヤーの折衝役となってくれた」と松本さんは振り返る。

先進的な事例がある他市や学校現場の話を聞いた結果、教育長や教育委員会幹部がトップダウンでDXと働き方改革を先導するだけでは難しいと梅本さんは考えた。改革が進んでいる学校には、「授業準備にこのツールを使ってみたら良かったのだけれど、みんなでやってみない?」「授業の準備はこれくらいにして早く帰ろう!」など、アイデアや基準を他の人々に示したり提案したりする先導役となる先生がいる傾向があったからだ。

このことを踏まえ岡山市の現状や特徴を考えると、校長会や現場教職員、教職員組合、教育委員会事務局のなかの誰かが最初の一歩を踏み出したうえで賛同者や協力者を増やし、段階的に働きかけを行う「ミドルアップダウン型」がいい。そこで、校長先生や現場教職員、教育委員会事務局関係部署の課長等で構成される働き方改革ワーキンググループを発足。組織的なしがらみのない外部人材である梅本さんが旗振り役あるいは調整役となってワーキンググループの運営を支援し、協議した内容を市の指針として教育長が情報発信、現場の運用に落とし込む形とした。

このワーキンググループが駆け込み寺のような存在として機能した結果、欠席連絡などを行う保護者と先生の連絡ツールとしてLINEアプリ導入、故障したPC修理やプール清掃など教職員が対応しなくてもいい業務の外部委託などさまざまな視点での改革が進み始めている。

教育DXに立ちはだかる2つの高い壁

「ワーキンググループでの議論が活発化したことによって、テストの採点自動化など授業効率化の話も持ち上がっている」と、教育委員会事務局で働き方改革推進事務局リーダーを務めていた今村正樹さんは言う。

「学校現場のDXと働き方改革を進める立場の教育委員会が、デジタルツールの利活用を率先して行うのが本来の姿。ですが実際は、オンライン会議をするにしても市庁舎内の通信環境が限定的だったり、会議ツールのリンク取得に右往左往。学校現場で使用しているGoogleのツールなども、一度も使ったことがないというような状況がありました。

そこには行政側のセキュリティ問題など乗り越えなければいけない高いハードルがあったのですが、まずは背中で見せることが大切だと梅本さんに発破をかけられました。学校の先生方に30分~1時間かけて市庁舎に来てもらい開催していた会議などをオンライン化、資料も印刷することなくクラウド共有するなど地道に一歩一歩進めてきました」(今村さん)

この言葉を受けて梅本さんは「岡山市の学校現場のDX推進と働き方を変えるために、乗り越えなければいけない壁が2つある」と説明する。

1つは、各種施策を講じるための投資予算を得るという壁。教育委員会が予算案を提案するとき、いつまでにどういった姿になることを目指しているのか、どれだけの効果があるのかなどを市役所内や議会に向けて体系的にストーリーで語ることが求められます。たとえば、2025年までに時間外在校等時間が月45時間を超える職員をゼロにしよう、年次休暇取得率を70%まで改善しようなど取り組みと目指す結果指標の設定のリストアップはできているけれどそこで力尽き、誰が何をいつまでに実施するのかといったロードマップに落とし込めていないんですね。その結果、施策の必要性について納得させるだけの説明をすることができず予算を動かすことが限定的になっています。

もう1つは予算を得てデジタルツール導入後、学校現場で新しい運用の定着を図るという壁です。導入したあとは学校現場に任せるというスタンスで、運用までを設計・構築するところまで手が回っていません。激務の教職員が新しい仕事のやり方を取り入れるのは、かなりエネルギーがいること。より効果的、効率的に仕事を進められそうだと思ってもらい継続してもらうには、運用が定着するまでデジタルツールの使い方を説明したり問い合わせに丁寧に対応したり、マニュアルを整備することが必要になります」(梅本さん)

岡山市教育委員会の教育DXと働き方改革は、「改革の火を絶やさないようにする」(梅本さん)という外部人材の思いを原動力に高い壁を壊し始めた。