「リスキリング」に注目が集まっています。リスキリングというのは、技術革新やビジネスモデルの変化によって新たに発生する業務などに対応するため、役立つスキルや知識を学ぶことを指します。人材不足や自律的なキャリア形成などビジネス環境の変化に応じて「企業が新しい業務に対応してもらうため、従業員にスキルを身につけてもらう」といった意味が含まれているようです。
「リスキリングはなぜ必要なのか?」
厚生労働省参事官の宇野禎晃氏、ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明氏、元日本マイクロソフト業務執行役員で圓窓代表の澤円氏といったリスキリングに関わるプロフェッショナルたちの言葉からひも解いてみましょう。
(2月6日のプロフェッショナルの日に開催した「プロフェッショナルの祭典2023」トークセッションより)
リスキリングは戦略的にやる
「リスキリングは、企業にとって必要な新たなビジネスに関わる業務のため従業員のスキルを再開発するものです。あえてハレーションをおそれず発言するなら、育休中にやるものではなく業務の一環として戦略的にやるものだと私は考えています」と、後藤氏は言う。後藤氏は20代から40代までの銀行勤めの後、みずからデジタルテクノロジー分野のリスキリングを続け、米フィンテック企業の日本法人代表、通信ベンチャー経営を経て2021年にリスキリングに特化した非営利団体ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立している。いわば日本のリスキリングの第一人者だ。
一方で、大学に入りなおすなど「みずからの意思でスキルアップを目指す、学び直す」といった意味合いが強いリカレント教育は厚生労働省、経済産業省、文部科学省の3省がかかわる。文部科学省は大学や専門学校を活用し実践的な能力やスキル習得のためのリカレント教育プログラムを提供するといった施策が中心。経済産業省は日本の競争力強化のためデジタル分野の人材育成を推進。厚生労働省は、個人の主体的な学びなおしに対する支援と企業が従業員の能力開発を行う際の支援を行う。
企業にいても「個」として立つ
人手不足や急速な技術革新に対応する策の1つとして、リスキリングはじわじわとその必要性が企業で議論されている。それに呼応して国も進めている労働市場改革。最近では、「労働者がみずからの意思で取り組みやすくするため」5年以内をめどに企業から個人に比重をおいた財政支援にあらためていくという方向性を打ち出している。企業に属しながら個人でも活躍する「複業」のロールモデルとなるべく活動中の澤氏は、「個人と企業という分け方自体が間違いという時代がきつつある」と話す。
「ブロックチェーンを基盤とした分散型インターネットとして提唱された考え方“Web3.0”は、究極の個人主義。企業にいればいろいろなものが与えられると考えていたら足をすくわれかねません。企業にいても個として立ち、学べる環境を最大限生かす。そうでなければ競争に負けてしまう。日本は先進国のなかでもワーストに近いレベルで大人になってから学習することがない状態になっている気がします。学ぶことは本来楽しいこと。マインドを変える必要があります」(澤氏)
後藤氏も、「これまでの日本では、一度失敗するとやりなおしがきかない……と考える人も多かったように思います。大学入試で成功したかどうかによって、学ぶことへのトラウマが生じている人もいます。周りの人の評価によって萎縮してしまい、学ぶことの楽しさに気づいていない人も多い気がします」と言う。
「スキル、知識、経験、冒険心」の組み合わせが大事
人生100年時代、死ぬまで新たなチャンスと可能性がありいつでも、いつからでもやり直しはできる。とはいえ、どうやって踏み出したらいいのだろうか。澤氏は、“ワードローブ”という身近なたとえ話でリスキリングのあり方を説く。
「学び始めは興味があるものならなんでもいいんです。その後、学び続けるうちに“組み合わせ”が大事になってきます。たとえば、10万円のシャツを買うのはある程度の収入があればできることかもしれません。でも10万円のシャツ一枚羽織って出かけることはありませんよね。大事なのは、そのシャツと何を組み合わせるか。それをセンスと呼びます。1つのスキルは言わば10万円のシャツ。それに知識、経験、冒険心やチャレンジする心……いろいろなものを組み合わせて“オシャレ”になる」(澤氏)
企業主導ではなく、個人がどのような働き方をしたいのか自分のキャリアを考えて自律的にキャリア開発を行うことが求められている。企業内で未来が見えないのであれば、自身でリスキリングして転職する。一方で「企業側が競争に負けないようにやるべきことは3つあります」と後藤氏は説明する。
「1つ目は、貴重な人材が外に出ていかないように“新規事業””デジタル分野””グリーン分野”それぞれの未来に共感してもらわなければならないでしょう。リスキリングは手段でしかありません。オンライン講座を用意したので学んでくださいね、では結果は出ません。2つ目は、経営者自身と役員のリスキリングが必要です。デジタルテクノロジーを使い自社がどういった方向に向かうのかを経営陣の言葉で伝えなければ従業員には伝わりません。3つ目は、従業員のスキルの可視化です。2021年6月のコーポレートガバナンス・コード改訂により、上場企業に対し取締役会スキルマトリックスの開示が求められることになりましたが、今後どういったスキルが必要になり、今、どのようなスキルを持っているかを可視化する。そのギャップを埋めることが大事でしょう」(後藤氏)
居場所がなくなる「マネージャー名誉職」
役職に就けば仕事ができる人になるわけではない。これからは役員でも、リスキリングによって新しい技術に対する知識やスキルを学び続ける必要がある。
「私は“マネージャー名誉職問題”と呼んでいるのですが、向いていない人がマネージャーに昇格するとチームも本人も、みんなが不幸になりますよね。そういった状況を修正していく必要があり、それは会社の制度としてやることが大事だと考えています。リスキリングが盛り上がっているようだから我が社でも導入しよう!と言うだけではダメ。働き方改革にしても同様です。ともに役員が学んでいないから、現場にも会社にも浸透しないんです。
マネージャーなら最低限、社内のオンライン教育コンテンツなどを使ってマネジメントとコンプライアンスは学ぶ必要があります。新しいスキルを身につけてジョブチェンジするのもいい。これからは受け身でいる従業員は主体的に学んでいる人にどうやったって負けていきますよ。マネジメントができないマネージャーは評価が下がり居場所がなくなる。学ばないと言う選択肢はありません」(澤氏)
後藤氏の考えも澤氏の言葉も、「国が推し進める方向と共通する点が多い」と宇野氏は話す。たとえば2022年6月に策定された「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」には基本的な考え方として、「急速かつ広範な経済・社会環境の変化は、企業内における上司・先輩の経験や、能力・スキルの範囲を超えたものであり、企業・ 労働者双方の持続的成長を図るためには、企業主導型の教育訓練の強化を図るとともに、労働者の自律的・主体的かつ継続的な学び・ 学び直しを促進することが、一層重要となる」との記載がある。また、「個々の労働者が自律的・主体的に取り組むことができるよう、経営者が学び・学び直しの基本認識を労働者に共有」と書かれている。
従業員のスキルアップを図りたいと考えている事業主、従業員に訓練を実施する事業主を支援する「人材開発支援助成金」もある。その助成金のなかの「人への投資促進コース」には、「IT分野で即戦力となる人材を育成したい」「サブスクリプションサービスを利用して効率的に訓練を受けさせたい」など具体的な訓練内容や目的に応じた5つの訓練メニューがあり、最大75%の経費助成が受けられる。
まだまだリスキリングという言葉だけがひとり歩きしている感が否めないものの、学び続けなければ企業も個人も競争に負けるーーそんな時代がきたのは間違いない。