社員のキャリア自律を次の段階へけん引する、NECの「独立起業相談室」とは

NECライフキャリア株式会社
独立起業相談室 室長
坂井清明(さかい・きよあき)様
総合商社にてキャリアスタート。2001年に独立、起業家育成コンサルタントとして活躍中。大手人材派遣会社の起業コンサル総責任者としては、10年間で通算7,200名の起業家を輩出する。2024年4月より現職。
※役職は、インタビュー実施当時のものです。

<NEC(日本電気株式会社)>
日本を代表する総合IT・電機メーカー。官公庁や企業向けのITサービス事業と、5G通信網や航空宇宙システムなどを手掛ける社会インフラ事業を二本柱とする。特に顔認証をはじめとする生体認証技術は世界トップレベルの精度を誇り、AIやセキュリティー分野でも高い技術力を有する。これらの先端技術を生かし、安全で持続可能な社会の実現を目指す「社会価値創造型企業」。
https://jpn.nec.com/

近年、企業経営において「人的資本経営」という言葉を耳にする機会が増えました。社員を企業の成長を支える「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出す経営戦略です。

今回は、NECが推進する人的資本経営、特にその中でもユニークな取り組みである「独立起業相談室」に注目します。NECライフキャリア株式会社 独立起業相談室 室長の坂井清明さんは長年、起業家を育成してきました。NECの「人・カルチャーの変革」と、社員のキャリア自律を促す取り組み、そして独立起業相談室が果たす役割について深掘りします。

すべては「人」から。社員のキャリア自律を多角的に支援

まずは、NECの人的資本経営の基本的な考え方を教えてください。

NECでは、社員一人ひとりの力を最大限に引き出すことが、会社の成長に欠かせないと考えています。人的資本経営を「人・カルチャーの変革」と位置づけており、戦略と文化の両面から組織変革を進めています。

具体的な取り組みの一つ「ジョブ型人材マネジメント」について教えてください。

2024年4月に「ジョブ型人材マネジメント」を本格的に導入しました。これは「適時・適所・適材」の人材配置を実現するため、5年にわたって準備してきた戦略的な取り組みであり、評価制度や報酬制度の改革を含んでいます。この仕組みを通じて、社員のキャリア自律と適切な評価・報酬が両立されることを目指しています。

NECライフキャリア株式会社はどのような役割を担っているのでしょうか。

NECライフキャリア株式会社は2020年、NECグループの社員の自律的なキャリア構築を支援する専門会社として設立されました。グループ内外へのキャリアチェンジ支援、キャリアトレーニングの提供、そして独立・起業支援など、社員一人ひとりの多様なキャリア形成をサポートしています。これにより、社員のキャリアオーナーシップを醸成し、変化する社会に適応できる人材育成を目指しています。

「独立起業相談室」が育む、変化を創造する人材

中でも、2024年4月に設置された「独立起業相談室」の役割について教えてください。

独立起業相談室は社員のキャリア自律とイノベーション創出の両立を目指し、起業家精神や起業に必要なスキル・能力を持つ人材を、計画的かつ戦略的に育成します。社員の皆さんが会社の中で新しい価値を生み出したり(社内起業)、会社を離れて独立したり(社外起業)するのを応援しています。

目指す人材像について教えてください。

私たちが育成したいのは、単に会社を立ち上げる人ということだけではありません。NECの人的資本経営の文脈では、「企業内で新たな価値を創造できる人材」、いわゆるイントレプレナーの育成も大きな柱と考えています。

具体的には、次の4つのような力を持った人材です。第一に「自ら課題を発見し解決に向けて行動する」力。第二に「リスクを恐れずチャレンジする」精神。第三に「周囲を巻き込みながら新たな事業やプロジェクトを創出できる」能力。そして第四に「学習し続け自己革新できる」姿勢です。

これらの資質は、社外で起業する方はもちろん、NEC社内で新しい価値を生み出し、イノベーションを推進していく上でも不可欠なものです。結果として、NEC全体の「人・カルチャーの変革」に貢献できる人材が育つことを目指しています。

「私には何もできない」を乗り越えて。ポテンシャルを引き出す伴走支援

独立起業支援室は、具体的にはどのような活動をされていますか。

まずは、全社員を対象とした「起業セミナー」を月1回開催し、起業家精神の醸成を図っています。外部のさまざまな専門家によるセミナーで、多様な視点と最新の情報を提供しています。

より具体的な相談については、50代以上のシニア層を対象に、私が個別に、1週間に6人ほど応じています。

どのようなご相談が多いですか?

ご相談内容は本当にさまざまです。「起業したいけど、起業ってどんなものですか?」といった、アイデア段階の方が半分くらい。ほかには、副業に関する相談や、事業承継の悩み、起業にあたって個人事業主がいいのか法人設立がいいのか、設立する法人の種類(株式会社、合同会社、一般社団法人など)、税務手続きといった具体的なものまで。どんなご相談でも歓迎しています。

よく相談者の方から「私には何もできない」という言葉を聞くことがあります。しかし、外から見れば、NECの社員は高いITスキルや知識を持っています。「NECの中では当たり前でも、一歩外に出れば十分に通用するスキルですよ」とお伝えし、自信を持ってもらうことも私の重要な役割です。

大企業ならではの壁と向き合い、相談室が仕掛ける風土変革

相談室を開始されてから約1年が経過しましたが(インタビュー実施当時)、NEC社内での起業や副業に対する機運に変化は感じられますか。

社内の雰囲気は変わってきたと感じます。「独立起業」や「副業」といった言葉が、以前はほとんど聞かれなかったのですが、社員の間だけでなく、経営層にもかなり浸透してきました。実際に、NECを卒業して株式会社を設立した方や、通販で手作りケーキの販売を始めた方、社内副業でフランチャイズビジネスをされている方もいます。ただ、NECを辞めてまで起業したいという方は少数派で、多くの方はNECに在籍しながら副業を始めたり、起業の準備をしたりという形を望まれますね。

皆さん、副業や独立起業への関心はあるものの、相談する場がなくモヤモヤしていたようです。相談室に来て話すことで、スッキリして帰られる方が多いのは、そういった場を提供できている証しなのかなと感じています。

相談室の運営にあたって留意している点や、次の課題は?

NECの社員は、会社への愛着が非常に強い一方で、内向きになりがちな側面や、外部に出ることへの漠然とした不安感も根強くあります。そのため、相談室の運営にあたっては特に三つの点に注意しています。

一つ目は「機密保持と誠実な運用」です。独立や副業を検討していることが上司や人事に漏れるのを心配される方が多いので、当然のことながら、相談者の情報は厳守しています。NECライフキャリアという専門会社であることが、相談のハードルを下げる一助になっている面もあると思います。

二つ目は「評価制度との矛盾解消」です。起業や副業を考えていることが人事評価に不利に働くようなことがあってはならない。そういった懸念を払拭し、「裏切り者」と見なさない文化を醸成することが不可欠だと考えています。

三つ目は「内部起業との接続性」で、こちらはまだ設計段階です。NEC内部でも副業や起業ができるような仕組みをうまく設計していくことが今後の重要な課題です。

例えば、NEC社内には約300名が所属する副業コミュニティーがあるのですが、実際に活動している人はごく一部です。100名超が所属する中小企業診断士のコミュニティーは、ソニーやパナソニックなど他企業の中小企業診断士コミュニティーと年に1、2回合同会議を開いたり、社長に経営提言をしたりする活動も行っています。

こういったコミュニティーと連携し、社員の愛社精神を尊重しつつ、社内での多様なキャリア形成を促進し、企業全体のイノベーションを加速させていきたいですね。

「自分の物差し」と「行動」が道を開く。ミドル・シニア層と人事担当者へのエール

キャリアの後半戦に差し掛かり、働き方に悩みを抱える方々へ、メッセージをお願いします。

一つは、「自分の物差しを持ってほしい」ということです。多くの方が「社会の物差し」やこれまでの「会社の物差し」でご自身のキャリアを測りがちです。しかし、本当に大切なのは「自分の物差し」を持つことだと私は考えています。まずは、ご自身の物差しで、自分は何をやりたいのか、何が幸せなのかを見つめ直してほしいのです。

もう一つは、「行動してほしい」ということです 。皆さん、どうしても最初の一歩が重くなりがちです。しかし、少し背中を押してあげるだけで、ご自身で進んでいける方がほとんどです。「できない」と言っていた方が、どんどん進み、自走していく姿を何度も見てきました。まずは小さな一歩から、行動を起こしてほしいですね 。

キャリア支援を担当する人事の方々へも、メッセージをお願いします。

人事部門でキャリアを積んでこられた方は、制度作りなどには非常にたけていらっしゃると思います。さらに、ご自身がまず副業を経験してみる、社外のコミュニティーに参加してみるなど、外部に目を向ける体験をしてみてほしいと思います。

実体験に基づいた言葉は、社員の方々にもより深く伝わるはずです 。人事担当者自らが体験し、行動することで、より実効性のあるキャリア支援ができるのではないでしょうか。