日本でも政府が後押しするなど、注目を集める「リスキリング」(社会人の学び直し)。最近はあえて異なる環境で、多様化する時代に向けて新たなスキルを磨くケースも増えています。
2024年10月福岡県田川市で行われた農業体験プログラムを、リスキリングに活用したのがANAシステムズ株式会社(https://www.anasystems.co.jp/)です。IT企業の社員が農業体験プログラムに参加するというのは意外に感じるかもしれませんが、その背景には「今後の新規事業に向けて必要なスキルを磨く」という狙いがありました。
今回は、農業体験プログラムに参加したANAシステムズの方に、参加したきっかけや得られた効果についてお話を伺いました。
福岡県田川市が取り組む「農業体験プログラム」とは
後継者不足や気候変動など、さまざまな課題に直面する日本の農業。こうした中、福岡県田川市では、都市部の人材を活用して農業の課題解決につなげる取り組みを進めています。
炭坑節発祥の地として知られ、米のほか野菜・果樹・花類などの農業が盛んな田川市でも、近年は多くの課題に直面しています。そこで田川市では、2022年より「たがわ農業コミュニティー構築プロジェクト」を発足しました。孤立しがちな農業者が幅広い人材と交流できるコミュニティーを作り、外部のノウハウや技術を得て「稼げる農業経営」を目指すというものです。
このプロジェクトの一環で、2024年10月に2日間の農業体験プログラムが行われ、都市部からANAシステムズの方を含め7名の方が参加しました。1日目は参加者が田川市の花農家とイチゴ農家を訪問して、農作業を体験。さらに農家の方々から「高齢化によって作業効率が落ちてきた」「天候不順により生産量が低下している」といった課題をヒアリングしました。
2日目は参加者が課題解決に向けたアイデアを、地元農家の方や自治体の方などにプレゼンテーションしました。
全く異なる環境でリスキリングをすることで「課題解決力のアップ」を目指す
今回はプログラムに参加されたANAシステムズ社の4名の方にお話を伺いました。
【1】農家や自治体、他の参加者から多くの学びを得て「一生の宝」になった(中西さん)
ANAシステムズの旅行システム部に所属する中西さんは、普段は旅行サイトや基幹システムの開発を担当しています。「今後ビジネスの柱となる新規事業を生み出すには、課題解決力をもっと磨く必要を感じました。今回のプログラムはテーマが合うと思い、参加しました」(中西さん)
プログラムに参加して、中西さんは直接現地に赴いて話を聞くことの重要性を強く感じたと言います。「抱えている課題を外部の人に話すというのは、やはり言いにくいことも多いですよね。だからこそオンラインではなく現地で話を聞くことが大事だなと思いました。私は最近リモートワークをすることが多いのですが、やはり課題解決するにはお客さまのところへ行ったり、社内のメンバーとも顔を合わせて話し合ったりすることが必要だと気づかされました。」(中西さん)
中西さんが提案したのが「ANAふるさと納税プレミアム体験ツアー」です。ふるさと納税制度を使うことで、市外のお客さまを広く呼び込むという施策。農家の皆さんにとって新たな収益源になるだけではなく、お客さまと触れ合うことでモチベーション向上につながる効果も期待できると言います。
「ありがたいことに優秀賞をいただきましたが、他の方のプレゼンはすごく参考になりました。提案ではつい話を大きくしがちですが、聞く側にとっては等身大での提案がまずは必要だと気づきました。やはり実現できないことを語っても、相手に響かないですよね。今回は農家の方や自治体の方、また他の参加者の方から大きな学びがあり、一生の宝になりました。」(中西さん)
【2】地方での経験を積みたいと考え参加。もっと学びたい気持ちが強くなった(梶原さん)
同じくANAシステムズの旅行システム部に所属する梶原さんも、参加したひとりです。「今後目指す新規事業では、地方創生という分野も視野に入れています。私たちはANAグループですがシステム会社のため、地方へ直接行く機会は多くありません。今回は地方の方々と直接関われる機会と考え、参加しました。」(梶原さん)
梶原さんが提案したプランは、「若年層向け農業体験ツアー」です。地域の農業を活性化するには、まず若年層が農業に関心を持ってもらうことが必要と考え、都市部の若い世代に向けた農業体験ツアーを企画しました。若い世代が訪れることで、新しいアイデアや情報に触れる機会にもなると言います。
「普段は同じ業界の人と仕事をすることが多いので、農家の方や自治体の方と関わるのは新鮮でした。また参加者にはANAシステムズ以外の方もいらっしゃって、そういった他業界・他業種の方のプレゼンテーションにすごく刺激を受けました。」(梶原さん)
梶原さんは今回のリスキリングを踏まえ、さらにスキルアップに取り組みたいと語ります。「課題を抽出した後、どう具現化に向けてアプローチするか。これが難しいとあらためて感じました。今後はそういった課題解決に向けて実際に行動するところも、学んでいきたいと考えています。」(梶原さん)
【3】地方でのリスキリングを生かし、将来は「地方におけるDX化」で貢献したい(菊池さん)
ANAシステムズのフィールドITサービス部に所属する菊池さん。今回は地方創生に関わる経験を積みたい、という思いで参加しました。「フィールドITサービス部では2年前から地方創生に取り組んでおり、今はいわば種まきの段階です。将来に向けて、まず地方での経験を積みたいと考えています。われわれはANAグループの中でITを担当していますので、将来的には地方自治体の方などに向けて、DXといった分野で貢献したいですね。」(菊池さん)
かつて北海道でも、今回のような研修に参加した経験を持つ菊池さん。北海道と九州という全く違うエリアの案件を経験したいと考え、今回プログラムに参加したそうです。
「北海道では5年後や10年後に不安を感じるというお話でしたが、今回田川市の方にお話を聞くと、現状の仕事の進め方などに課題を感じていらっしゃる印象でした。こうした違いはやはり直接お話を聞かないとわからないですね。」(菊池さん)
菊池さんが提案したのは、まさにシステムに関わる方の視点を生かしたプラン。多くの作業工程を一つの農家で行っている現状を踏まえ、同業者のコミュニティーを作り情報交換したり、コア業務以外を外部のプロに任せたりという提案を行いました。
「やはりこういったプログラムに参加される農家さんはすごく意識が高いんですよね。とはいえ他の農家さんには保守的な考えの方もいらっしゃいます。ですから、どう地域全体で取り組むかという点も課題だということを今回学びました。
また私の案はわりと現実的なものでしたが、もう少し未来の話と言いますか、夢のあることを語る方もいらっしゃいました。提案ではそういうワクワク感も必要だなという気づきがありました。」(菊池さん)
実はプログラム終了後、自治体の方と連絡を取っているという菊池さん。引き続き田川市の農業の課題解決に向けて、関係者と相談していくそうです。
【4】システム提案で重要な課題解決力を磨くため参加。今後は仕組み作りも学びたい。(大田さん)
ANAシステムズのフィールドITサービス部に所属する大田さんも、今後の業務に向けて課題解決力を磨きたいと考え参加されたそうです。「われわれはまずお客さまのニーズをよく把握して、協力会社さんなどと連携しながら最適なものを提案していきます。そのため、最初の段階である課題把握、課題解決というところはすごく重要です。今後地方の方々にも展開していきたいので、今回のプログラムはまさにぴったりだと思いました。
また別の研修で、みらいワークスさんが地方創生の課題に向き合い、解決に向けてアプローチされていることを知りました。みらいワークスさんの手掛けるプログラムという点も参加した理由です。」(大田さん)
事前に田川市や近隣地区について、リサーチした上で参加したという大田さん。農業だけではなく、医療などの面でも課題があることに気づいたそうです。そこでプレゼンでは、まず医療や福祉の面で近隣地区と連携してコミュニティーを作り、その後生産者同士のつながりを深めるという提案を行いました。
「プレゼン後に地元の方から良い反応をいただき、うれしかったですね。ただ他の方の発表を聞いて、自分たちの強みをどう生かすかという点をもっと盛り込めばよかったという気づきがありました。今回は課題解決案を作るプログラムでしたが、やはりシステムの人間ですので、具体的な仕組みづくりまで関われるものがあれば、参加したいと思っています。」(大田さん)
リスキリングで効果を得るには、インプットだけではなくアウトプットこそが重要
今回のプログラムでは、農業体験と生産者へのヒアリング、ディスカッションを通してリアルな課題に触れる機会があったこと、また自身の経験や知見を生かしたアイデアをプレゼンテーションする場があったことが大きなポイントだったようです。参加者の方からは「提案に対して地元の方から直接フィードバックをもらえて学びになった」「他の参加者のプレゼンを聞いて刺激を受けた」という声も多く聞かれ、課題解決能力のノウハウ習得・向上につながった様子でした。
忙しい社会人のリスキリングでは、どうしてもオンライン学習など一方通行の学びになりがちです。しかし、実際に業務に活用できるスキルを身に着けるには、新入社員がOJTを通じてスキルを身に着けていくのと同様に、実践の場・アウトプットの場を持つ機会が不可欠と言えるでしょう。
協力
有限会社グロウテック(花農家) http://www.growtec-tgaster.com/
CozyFarm(イチゴ農家) https://cozy-farm.com/