本シリーズは「徹底解説!『働き方の自由化』への人材戦略と労働法制」と題し、2027年以降の施行を見据えて議論が本格化している労働基準法をはじめとする、雇用関連の法令政策の見直しについて、その方向性と企業への影響を解説しています。
前回は裁量労働制の議論を取り上げました。政府のとりまとめ案が裁量労働制を「最も外側の各論」に位置づけていること、報道と本文の温度差、そして「制度から入るな、世界観の構築と戦略から始めましょう」という順序をお伝えし、最後に、今年対応が確定している法改正も裁量労働制も、すべてが「多様な働き方の広がり」という同じ方向を向いている、とお伝えしました。
今回は、そこで予告したとおり、2026年に施行が確定している法改正を総解説します。ただし、本稿で最もお伝えしたいのは、これらの法改正を前にした企業にとって、いま最も重要なのは「多様な活躍」に向けた世界観を自社のなかに構築することだ、ということであり、それぞれの法改正がそのこととどのようにつながるのか、ということです。
今年の法改正は上記のような観点があると、さまざまな活用方法が考えられる重要な改正が多い内容です。しかし、上記のような把握をした上で法改正対応を行わない場合、あまり意味がない運用やマニュアルの追加、といったものになりかねません。
すべてが「多様な活躍への環境整備」に向かっている
2026年に施行が確定している法改正の中で重要なものとして大きく4つを採り上げたいと思います。
女性活躍推進法の改正(4月施行済み)(*1)、障害者雇用促進法の改正(7月施行)(*2)、カスタマーハラスメント・就活セクハラの防止義務化(10月施行)(*3)、同一労働同一賃金ガイドラインの改正(10月施行)(*4)の4つです。対象法令も施行時期もばらばらですが、すべてに共通する方向があります。
それは、「多様な活躍への環境整備」です。どの改正も、多様な属性・多様な立場の人が、自律的に、公正な環境のもとで活躍できる状態をつくるために動いています。前回取り上げた裁量労働制の議論も、フリーランス新法も、同じ方向でした。
今年の法改正も含めて、いま起きているのは、個別ばらばらの制度変更では全くなく、「多様な活躍」に向けた同時多発的な環境整備です。

それぞれの改正が、この「多様な活躍への環境整備」のどの要素を強めるのかを整理します。
女性活躍推進法の改正は、自社における各属性の活躍の実態と課題を把握し、改善できる仕組みをつくる改正です。
単に数字を公表するだけの話ではありません。賃金差異や管理職比率のデータを通じて、自社の人材活用のどこに構造的な課題があるのかを明らかにし、その改善方針を行動計画に反映する。この一連のプロセスは、人的資本経営におけるDE&I戦略そのものです。なぜ管理職登用が進まないのか、非正規比率に偏りはないか、評価制度は公正に機能しているか。数字は、こうした問いへの入り口を開きます。
障害者雇用促進法の改正は、多様な人材が実際に活躍できる場を設計し、広げる改正です。
法定雇用率の引き上げと対象企業の拡大は、数字の話にとどまりません。業務の切り出し、働き方の柔軟化、マネジメントの工夫を通じて、多様な人材を「戦力」として迎え入れる組織をつくれるかどうかが問われています。そしてこの問いは、障害者雇用の枠を超えて、育児や介護、疾病治療との両立など、あらゆる属性の社員が活躍できる職場づくりにもつながる視点です。
同一労働同一賃金ガイドラインの改正は、全員が多様に活躍できる基盤を、処遇の面から整える改正です。
基本の処遇や働く内容に不合理な格差を設けていないか。正規・非正規という雇用形態の違いだけで待遇に差をつけていないか。この基盤が整っていなければ、多様な活躍はそもそも成り立ちません。
カスタマーハラスメント・就活セクハラの防止義務化は、社外も含めた、多様で自律的かつ公正な雇用基盤の構築と徹底を求める改正です。
顧客から従業員を守ること、自社の社員から求職者を守ること。多様な人が安心して働き、安心して応募できる環境がなければ、多様な活躍の土台が崩れます。この改正は、雇用基盤の質を社外にまで広げて問い直すものであり、「この会社は、社内でも社外でも、人を公正に扱う」という組織の姿勢を制度として示すことを求めています。
こうして並べると、4つの改正が一つの方向を向いていることがはっきり見えます。活躍の実態を把握し改善する。多様な人材の参加の場を広げる。処遇の格差をなくす。社外も含めた雇用基盤を公正にする。すべてが「多様な活躍への環境整備」の、それぞれ異なる断面なのです。
さらに視野を広げれば、前回触れた裁量労働制の議論は、労働時間制度の側から、自律的な働き方の質を問い直すものです。確定改正も、裁量労働制も、労働基準法の大改正議論も、すべてが「多様な人が自律的に活躍できる社会をどうつくるか」という同じ主題の、異なる切り口なのです。
「世界観=自社における多様な活躍とは何か」の観点がなければ、対応はバラバラになり意味が小さくなる
問題は、この四つを個別の義務として処理するか、一つの世界観のもとに統合するかで、対応の質が根本的に変わることです。
まず働き方の世界観を持ち、その上で経営戦略から始め、人材戦略を描き、制度を設計し、ルールに落とし込む。この順序は、裁量労働制だけでなく、今回の四つの確定改正にもそのまま当てはまります。
最も重要な前提は「自社は、多様な人材が自律的に価値を生み出せる組織をどうつくるのか」という世界観を先に持つことです。そうすれば、四つの改正は別々の負担ではなく、同じ世界観のもとに位置づけられた人材戦略の各論になります。

たとえば、女性活躍推進法の対応で自社の賃金差異を分析する過程は、DE&I戦略の起点になります。障害者雇用の業務設計を進めることは、社員全体の働き方の柔軟化にもつながります。カスハラ対策で「社員を守る」方針を明確にすることは、採用ブランディングの強化に直結します。同一労働同一賃金の説明義務に備えることは、正社員を含む人事制度全体の整合性を見直す契機になります。
個別のコンプライアンス課題として処理する企業と、自社の世界観を持って人材戦略に位置づける企業とでは、同じ対応をしていても、社内への浸透度も、外から見える姿もまったく違ってきます。世界観があるかないかが、対応の質を決めるのです。
前回、とりまとめ案の構造を「第一に産業と人材の大きな変化、第二に働き方の価値、第三に各論としての制度設計」と整理しました。企業の実務でも同じです。最初にあるべきは「自社における多様な活躍とは何か」という世界観であり、その下に人材戦略があり、制度はその実現手段です。今年の四つの確定改正は、この世界観を構築し検証するための具体的な素材を、同時に四つ、企業に差し出しているのです。
四つの改正の要点・世界観との接続・戦略ポイント
ここで、それぞれの改正について、実務上の要点を押さえたうえで、1節・2節で述べた「多様な活躍」への世界観、そして自社の人材戦略とどう接続するかを確認していきます。

3-1 女性活躍推進法の改正(4月施行済み)
今年4月に施行されました。従業員101人以上の企業に「男女間賃金差異」と「女性管理職比率」の公表が義務化され、301人以上の大企業にも女性管理職比率が必須項目として追加されました。算出は全労働者・正規・非正規の3区分で行い、事業年度末から3カ月以内に公表が必要です。法の有効期限は2036年まで10年延長されています。
〈世界観との接続〉この改正は、自社の人材活用の実態を「属性別に見える状態にする」仕組みです。数字を出すこと自体がゴールではなく、数字を通じて、なぜ賃金差異が生まれているのか、なぜ管理職登用が進まないのかという構造的な課題を把握し、改善の方針を行動計画に反映するところまでが、この制度の射程です。これは人的資本経営におけるDE&I戦略そのものであり、「多様な活躍への環境整備」の出発点に位置します。
〈戦略とつながるポイント〉公表データの分析は、自社の評価制度や登用パイプラインの偏りを可視化します。ここで見えた課題は、障害者雇用や同一労働同一賃金の対応にも通底する「多様な人材の活躍を阻んでいる構造」の発見につながります。つまり、女活法の対応を単独の義務として閉じるのではなく、自社の人材戦略全体の棚卸しの起点として活用することが、戦略的な対応です。
3-2 障害者雇用促進法の改正(7月施行)
法定雇用率が2.5%から2.7%に引き上げられ、雇用義務の対象が従業員37.5人以上に拡大されます。関連する直近の改正として、週10時間以上20時間未満の短時間労働のカウントも一定の要件で可能となっており、2025年4月には特定業種の除外率も10ポイント引き下げ済みです。
〈世界観との接続〉この改正は、多様な人材が実際に活躍できる場を設計し、広げることを求めています。「何人雇わなければいけないか」という数合わせではなく、障害のある社員を「戦力」として迎え入れる組織をつくれるかどうかが本質です。そしてこの問いは、障害者雇用の枠にとどまりません。育児や介護、疾病治療との両立など、あらゆる属性の社員が活躍できる職場をどう設計するか、という「多様な活躍」の世界観と直結しています。
〈戦略とつながるポイント〉業務の切り出しや柔軟な働き方の設計は、障害者雇用のためだけでなく、社員全体の働き方改革にもつながります。とりわけ37.5人から40人規模の中小企業は、今回初めて雇用義務の対象となるケースが多く、経営者自身が「なぜ取り組むのか」を言葉にできるかどうかが、現場の受け入れ体制を左右します。数字の充足が出発点ではありますが、到達点は、多様な人材が活躍できる組織の設計です。
3-3 カスタマーハラスメント・就活セクハラの防止義務化(10月施行)
労働施策総合推進法と男女雇用機会均等法の改正により、企業規模を問わずすべての企業が対象です。就業規則への方針明記、相談窓口の整備、被害を受けた従業員や求職者への配慮措置が求められます。
〈世界観との接続〉この改正が問うているのは、「多様な活躍」の基盤を社外にまで広げて構築できるかどうか、です。多様な人材が自律的に働く社会では、人と人の関係は社内に閉じません。顧客との関係、求職者との関係においても、公正さと安全が担保されなければ、多様な活躍の土台そのものが崩れます。「社内でも社外でも、人を公正に扱う組織である」という姿勢を、制度として示すことが求められています。
〈戦略とつながるポイント〉カスハラから従業員を守る体制は、サービス業・小売業で働く人にとって安心材料になり、就活セクハラ対策の明確さは、応募者からの信頼を高めます。この改正への対応は、採用ブランディングに直結します。義務だから整備するのではなく、自社の雇用基盤の質を高める投資として位置づけることが、戦略的な対応です。
3-4 同一労働同一賃金ガイドラインの改正(10月施行)
施行以来初の本格改正です。退職手当・家族手当など具体的な待遇項目が追加され、最高裁判例の判断基準が織り込まれました。雇い入れ時に「待遇差について説明を求める権利がある」旨を労働条件通知書で明示する義務も新設されています。
〈世界観との接続〉この改正の本質は、全員が多様に活躍できる基盤を、処遇の面から整えることです。基本の処遇や働く内容に不合理な格差を設けていないか。正規・非正規という雇用形態の違いだけで待遇に差をつけていないか。この基盤が整っていなければ、どれだけ「多様な活躍」を掲げても、現場の納得は得られません。
〈戦略とつながるポイント〉説明義務に備える過程で、非正規だけでなく正規を含む人事制度全体の整合性が問われます。基本給の設計根拠、各種手当の支給基準、評価と処遇の結びつき。この棚卸しは、自社の処遇制度を根本から点検する契機であり、女活法で見えた構造課題、障害者雇用で設計した柔軟な働き方と地続きの作業になります。
3-5 施行スケジュールと、いま着手すべきこと
以上が、具体的に改正のそれぞれで注意すべき世界観の形成ポイント・戦略とつながるポイントです。
施行スケジュールを列挙すると、4月に女性活躍推進法(施行済み)、7月に障害者雇用促進法、10月にカスハラ・就活セクハラと同一労働同一賃金、となります。
いま6月の時点で最も急がれるのは、3月末決算等で、6~7月が公表期限となる企業での女活法の公表と、7月施行の障害者雇用率のシミュレーション・不足時の採用計画などではないでしょうか。また、10月施行の二つは、そもそも組織の体制や留意点の基礎検討が必要であり、就業規則改定・相談窓口設計・労働条件通知書改訂に今から着手するのが現実的です。
そして10月までに、労働基準法の大改正についての方針が日本成長戦略会議で決まり、現状の予測として、年度末には、裁量労働制を含む労働基準法改正の方向性が審議会で見えてくる可能性が高いです。今年の確定改正を「多様な活躍」の世界観のもとに丁寧に整えることが、そのまま次の大きな改正への備えになります。
まとめ ― 世界観が、企業の立ち位置を決める
あらためて整理します。2026年の確定法改正のうち、組織人事的な影響度が高い4つについて、要件を確認し、世界観とつながる箇所や戦略のポイントを概観してきました。施行時期も法令も異なります。しかし、すべてが「多様な活躍への環境整備」という一つの方向に向かっています。活躍の実態を把握し改善する仕組み、多様な人材の参加の場、全員が活躍できる処遇の基盤、社外も含めた公正な雇用基盤。四つの改正は、この環境整備のそれぞれ異なる断面を、同時に強めていく動きです。

この動きに対して、個別の義務として処理する企業と、「多様な活躍」への世界観のもとに統合する企業とでは、来年以降の立ち位置が根本的に変わります。世界観を持つ企業は、今年の対応を通じて自社の人材戦略の実態と課題が見え、2027年以降の労基法改正にも自然と備えが整います。世界観を持たない企業は、法改正のたびに一からやり直すことになります。今年の対応の質が、来年以降の企業の力を決めます。
本連載が一貫してお伝えしているのは、法令や政策を「義務」ではなく「攻めの人材戦略の機会」として捉える世界観です。四つの確定改正は、その世界観を今年のうちに実践に移す、またとない入り口です次回以降も、さまざまな論点を読み解いて参ります。
*1 厚生労働省「女性活躍推進法特集ページ(企業の皆様へ)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000091025.html
*2厚生労働省「令和4年障害者雇用促進法の改正等について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/shougaiharuboruborujigyou.html
*3 厚生労働省「ハラスメント対策ポータルサイト『あかるい職場応援団』」
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/
*4 厚生労働省「同一労働同一賃金特集ページ」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html
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