ドラッカーに見る自律労働の進行と、AI協働の本質「ネクスト・ソサエティ」の次の時代を、制度はどう組み替えているか

ドラッカーを材料に、雇用制度に今起こっている変化の本質を捉える

前回は、骨太の方針2026と日本成長戦略で定まった雇用政策の方向を、社会・戦略・施策の三つの層に分けて読みました。今回はその手前にある前提のところを書きたいと思います。

日本で働き方の枠組みを論じるとき、二つの言葉が矛盾したままになっているように感じています。育成や人事制度の話としては、自律やキャリアや専門性が語られます。ところが法制度の話になると、労働者の保護として足りているか、規制の最低ラインをどこに引くか、という話ばかりになります。これは重要なことではありますが、現状の雇用政策や法令の検討の軸そのものではありません。重要な軸は、変化する状況の中でどういう枠組みを設けるのがいいか、ということです。

この前提を考えるための材料として、私がいま最も適していると考えているのが、ピーター・ドラッカーの「ネクスト・ソサエティ」(*1)です。日本語版が出たのが2002年ですので、四半世紀近く前になります。読み返してみると、いま制度になろうとしていることの多くが、社会の構造から生じる帰結として書かれていました。そして、現実はドラッカーが想定した論点を踏まえつつ、その先を行っています。

働き方の現在の本質をとらえた考察と、法制度への考慮が分離したままでは制度の本質は読めませんし、保護が十分かどうかという軸ではないところに視点が寄り過ぎてしまいます。いま出てきている制度は、保護の水準を上げ下げするものではなく、働き方の前提そのものを組み替える設計として出てきているからです。前提の組み替えとして読まなければ、自律的な働き方の規制枠組みと裁量の拡大が同時に出てくる理由が説明できません。理由が説明できないと、自社の枠組みを時代と対応させることもできず、制度を生かせないまま終わってしまいます。これは現に多くの場所で起きていることであるように私には思われ、本当に危惧もしています。

ドラッカーと同一の論点でさらに先鋭化する、自律と働き方の変化と制度


ドラッカーが知識労働について書いたことは、一つの筋にまとめることができます。

知識は、組織ではなく人に属している。人は移動するので、知識も一緒に動く。だから組織は、命令によって人を動かすことができず、目的を共有することで動いてもらうしかない。働く人の側から見れば、自分の職業人生は自分で方向づけることになる。

これが、ドラッカーの言う自律です。根拠は、知識を持っていることに置かれています。

「ネクスト・ソサエティ」の出発点に置かれているのは、先進国で子どもの数が減り続けるという事実でした。これが今後数十年の社会を決める最大の要因になると書かれており、日本についても具体的に触れられています。私たちがいま2040年の推計を見ながら話していることを、当時すでに出発点にしていたことになります。

そこから、知識が仕事の中心になり、組織と個人の関係が変わっていく、という筋道で雇用の話が展開されます。以下では、この筋から出てくる論点を三つ取り上げます。三つとも、ドラッカーが書いた方向に現実が進んだうえで、彼の想定した水準を越えたところでの枠組みが求められているのだと言えるのではないかと思います。雇用政策で論じられている制度は、その越えた先に合わせて設計されつつあるのだと言えます。

① 時間で測れない労働 ― 労働時間管理から自己管理へ、さらに外側の枠へ

ドラッカーが書いたのは、知識労働の成果は投入した時間では測れない、ということでした。測れない以上、外から監督することもできません。だから知識労働者は自分で自分を方向づけるしかなく、時間の使い方の管理も本人が引き受けるべき仕事になるということです。

結論は「自己管理に委ねる」というものでした。

いま出てきている労働基準法改正などと関連して論じられている制度はこの方向性のものもある一方で、一見すると逆方向に見えるものもあります。裁量労働制の対象拡大や管理監督者の範囲の明確化によって時間の縛りを緩める一方で、健康に関する確保の強化、連続勤務13日を超える勤務の禁止、勤務間インターバル等、外側から枠組みを入れようとしているところがあります。緩和と強化が同時に出てきます。

なぜそうなるのか。ドラッカーの自己管理は、仕事の範囲が組織から与えられていることを前提にしていました。任された仕事があり、その中で時間を配分する、という形です。この前提が、AIとの協働で、さらに進んだ形で崩れるということだと思います。

AI協働により、調べること、まとめること、書式に落とすことなどの作業が道具の側に移ると、時間に余地が生まれます。その余地は、多くの場合、学習や業務の研究に向かいます。結果として、自己育成と業務の境目が消えていきます。終わりのある仕事という枠が外れるので、自己管理だけでは支えきれなくなります。時間で縛る意味は薄れ、それでも健康は時間とは別立てで守る必要がある、という二つの要請が同時に立ちます。

規制の強化と裁量の拡大が同時に出てくるのは、このためだと考えています。ドラッカーは、労働時間管理の意味がなくなるため自己管理を行うべきだと書きました。制度は、自己管理を強化しつつ、さらにその外側に枠を置こうとしていると解釈できます。これが一つめの先鋭化です。

② 単位の問題 ― 法的な事業の枠組みの単位から、判断が起きる単位へ

ドラッカーは、マネジメントの対象を決めるのは法的な単位ではなく、仕事が実際に流れていくプロセスの全体である、という趣旨のことを繰り返し書いています。法人という枠は、二十世紀の初めに税と会計の都合で引かれたものであって、仕事の実体とは一致しない。「ネクスト・ソサエティ」では、組織の境界そのものが問われることになる、としています。

ここに対応する制度が、実際に出てきています。労働基準関係法制研究会の報告書に、「事業」概念の見直しが挙がっています。事業場単位を原則としつつ、労使の合意によって企業単位や複数の事業場をまとめた単位での手続きも選べるようにする、という案です。36協定も、就業規則も、過半数代表者の選出も、すべてこの単位に連動しており影響の範囲は広いです。

労働法が百年近く前提にしてきた「事業場」等の単位が、可変になろうとしています。ドラッカーが概念として指摘したことが現実の変化として出てきています。

そして現実は、その先に進んでいます。AIとの協働と働き方の自律・多様化が進むと、仕事の単位が場所ではなく、判断が起きる単位に寄っていくのだと思います。では何を単位にするのかということは、自社の働き方の世界観や戦略の中で決めていくことになります。人的資本経営で言う「人材ポートフォリオ」の決定、これは人材戦略の元になるものですが、そのこととつながった内容でもあります。

③ 雇用関係の分解 ― 予測は当たり、方向が逆に出た

ドラッカーは「ネクスト・ソサエティ」で、雇用に関わる業務の相当部分が組織の外に出ると書いています。ただし、想定されていたのは、企業の機能の高度な分解でした。働く人は雇用されたまま、企業は本業に集中し、アウトソーシング企業へ業務が分解していくという記載が厚いです。

日本でもこのように進んだ面もありますが、雇用で注目される現象としては、一見逆に見えるものもあると思います。働く人が外に出る形です。派遣、業務委託、そしてフリーランスです。

なぜ逆に見える形が特に目立つ形で増えたのか、これの1つの要因は、日本の労働法が労働者かそうでないか、という二つの区分しか持っていないことも大きいと私は思います。ドラッカーは連続的な移行を描きましたが法令の労働者の定義には中間がありません。

そして、制度がその区分そのものに手をつけ始めています。

フリーランス新法は、労働者ではない人に、労働法に似た保護を置いた法律です。2024年11月に施行され、発注する側に取引条件の明示や支払期日の設定などを義務づけました。労働者と、そうでない人の間に、もう一つの層を作ったことになります。

副業・兼業についても、割増賃金の通算の見直しが議論されています。日単位・週単位での通算は廃止し、健康を確保するための月単位の通算は維持する、という方向です。一人の人が複数の場所で働くことを前提に、通算という仕組みを分解して、必要な部分だけを残す形です。

さらに、労働者概念そのものの見直しが、中長期の検討課題として挙がっています。

現実は、ここでも先に進んでいます。労働者かどうかを判断してきた基準は、指揮命令を受けているかどうかと、時間を拘束されているかどうかでした。働き方の自律・多様化が進み、AIとの協働が進むと、どの作業をどう進めるかという指示は減っていきます。時間の長さと成果の関係も薄くなります。区分を支えてきた根拠のほうが、先に力を失っていくのだと思います。そして、この仕事のを担う方のラインの引き方も、各社が自分で引く意思決定が必要な部分も大きい論点です。

三つを束ねるもの


三つとも、同じ一つのことの現れです。

自律の根拠が、知識を持っていることから、判断を担っていることへ移りました。ドラッカーの自律は、知識が人に属し、人と一緒に動くことを根拠にしていました。こうした意味での自律は強まりつつあります。その中でさらにAIとの協働によって、知識のかなりの部分は道具の側に置かれるようになりつつあります。自律は消えず、むしろ強まり、自律を前提とした健康などのさらに大きく根本的な枠組みでの保護が重要になっています。

制度は、この移動に対応した形で出てきています。時間で測らないことと守ることを同時に行う、空間や事業の単位を可変にする、雇用の内と外の境目を組み替える。三つとも、保護を厚くするか薄くするかという話ではありません。前提の組み替えです。

骨太の方針2026(*2)と日本成長戦略が(*3)、人材の育成と働く場の変革を産業政策と一体で進めるとしていることも、同じ流れの中にあります。17の成長投資分野を担う人材をどう育てるか、働く場をどう変えるかが、産業政策の一部として置かれました。働き方の設計が、労務管理ではなく事業の話になったということです。

この移行の中で、企業と働く人は何をすればいいのか

ここまでの話から「ではどうすればいいのか」という実務について捉えていきます。実務的に、今までに見たような雇用の政策や枠組みの変化に対してどのように対応すればよいのでしょうか。ここでもドラッカーが手がかりになります。

第一に、自社にとっての働き方の全体像を決めることです。

ドラッカーが経営の出発点に置いたのは、「われわれの事業は何か」という問いでした。答えが自明に見えるときほど、実は問い直されていない、という趣旨のことも書いています。組織は目的ではなく道具である、というのが彼の一貫した立場でした。

働き方についても、同じ問いを立てられます。自社にとって働くことがどういう価値を持つのか。どういう働き方を目指すのか。そこへどの順番で進むのか。

働き方の捉え方も、どこに比重を置くかも、企業ごとに違います。判断が現場に厚く分布している会社もあれ他社の制度を移してきても合いません。制度を選ぶときの基準を、先に自分で持っておく必要があります。

第二に、労働者の保護か、経済的な促進かというトレードオフだけで見ることをやめることです。

ドラッカーは、二者択一に見える問題の多くは、前提の立て方が間違っているために二者択一に見えている、という指摘を繰り返しています。最も重大な誤りは、間違った答えを出すことではなく、間違った問いに答えてしまうことだ、とも書いています。

規制を強めれば働く人が守られ、緩めれば企業が動きやすくなる。この見方は分かりやすいのですが、制度の本質はこの軸とは違います。裁量を広げることと健康の枠を置くことは、どちらも判断を担う働き方という同じ前提から出てきています。トレードオフとして読んでいる限り、ここが矛盾に見え、部分的な、軸の部分に届かない批判しか持てない結論となってしまいます。

問いを「守るか、進めるか」から「変化する状況の中でどういう枠組みを設けるのがよいか」に置き直すと、緩和も強化も、自社の働き方を設計するための材料として使えるようになります。

第三に、政策と法令を、その全体像を進めるために「使う」視点に立つことです。

ドラッカーは、変化そのものはコントロールできず、できるのはその先頭に立つことだけだ、という言い方をしています。外で起きている変化を、脅威としてではなく機会として扱う。それが変化を先導する側の条件だとしています。

法改正への対応は、結果であって目的ではありません。自社の働き方をより良くしていくことが目的で、制度はそのための道具です。そう捉えると、確定を待たずに動ける部分がかなりあることに気づきます。事業場の単位を選べるようになる方向であれば、自社にとってどの単位が合うのかを先に考えておく。副業の通算が変わる方向であれば、自社で副業をどう位置づけるのかを先に決めておく。こうした準備は、いまからできます。

第四に、働く事実をより多面的に把握することです。

ドラッカーが成果をあげるための最初の一歩として挙げたのは、働く時間の中で「何をしているのか」の記録でした。何に時間を使っているかを、記憶ではなく記録で押さえる。人は自分の時間の使い方を正確には把握していないので、そこから始めるほかない、という趣旨です。

これは組織にも当てはまります。全体像を決めるにも、制度を使うにも、事実がなければ判断ができません。今回の三つの論点に沿って、次の三つを押さえておくことをお勧めしています。

一つめは、労働時間と休息の実態です。平均の残業時間だけでなく、分布、連続勤務の状況、勤務間の休息時間。健康確保の枠が外から入ってくる以上、ここは避けて通れません。

二つめは、働き方の多様性の実態と、働く方の希望の実態です。テレワーク、フレックス、副業の現状に加えて、社員が何を望んでいるかまで。どの単位で働くのかが動くとき、この情報がないと設計ができません。

三つめは、社内と社外の分担、そして判断がどこに帰属しているかです。どの業務を社外と組んでいるか。そして、それぞれの仕事で、何を決める役割を誰が担っているか。判断の所在は、多くの会社で明示されていません。ここを見ておくと、社内で持つべき部分と社外と組める部分の線が引けるようになります。

あわせて、労使のコミュニケーションの実態と、勤怠や給与計算などの管理基盤の状態も確認しておくと、改正が固まったときに影響の出る箇所がすぐに見えます。

私たちはどこにいるのか

働き方の現在の本質をとらえた考察と法制度への考慮が矛盾したままだと、なぜこの制度がこの形で出てきたのかを説明できません。説明できないまま最低ラインの確認だけを続けていくと、自社の枠組みは時代と対応しないままになり、制度も生かせずに終わります。繰り返しになりますが、これは現に多くの場所で起きていることのように私には思われ、本当に危惧しているところです。

私たちは、ドラッカーが描いた知識労働社会の、その次の時代を生きています。彼が書いた方向に現実は進み、そのうえで彼の想定を越えたところまで来ているのだと言えます。制度は、その越えた先に合わせて組み直されつつあります。

そのうえで、実務としては、AIとの協働をどう設計するかということが、さらに具体的な課題として存在しています。多くの企業が、いままさにそこで考えているところだと思います。

セミナーのご案内

9月29日(火)11時より、オンラインで「雇用政策が決定!『自律的で多様な働き方』とAI協働はどうなるか」を開催します。骨太の方針2026・日本成長戦略で示された方向を社会・戦略・施策の三つの層で整理したうえで、AI協働の現場で見えてきたこと、各社が何から着手しているのかを扱います。今回書いた前提の組み替えと、多様な働き方やAI協働の実務を先進事例と共に提示する場にしたいと考えています。本質論と先進事例、実務的な対応内容を全て一貫した形で捉えられるようにし、ご一緒に、速いスピードで進む現状の変化への対応を考えられる場にできればと思います。

 

*1 P.F.ドラッカーが2002年に発表した著書。少子高齢化やIT化が生み出す「知識社会」の到来と、組織・雇用の劇的な変化を予言したベストセラー。

*2  経済財政運営と改革の基本方針2026
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2026/decision0721.html

*3  日本成長戦略(令和8年7月21日)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/index.html

 

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