学びながら進める新規事業開発の全体像とは#1(1/2) -石森 宏茂

『プロフェッショナル Answers!』シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 〜

#1 学びながら進める新規事業開発の全体像とは -石森 宏茂 本記事
#2 学びながら進める新規事業開発の全体像とは -石森 宏茂

はじめに

みなさん、はじめまして。みらいワークス総合研究所研究員・新規事業開発プロフェッショナルの石森宏茂と申します。「プロフェッショナルAnswers!- 大企業の新規事業開発編 – 」の連載を担当いたします。

この連載では、12月以降、5名の新規事業開発プロフェッショナルが、新規事業開発の疑問にコラム形式でお答えします。読者のみなさんにとって、新規事業開発の「よろず屋」となれるような実践的な内容をお届けしてまいります。

本連載にあたって

お読みいただく前に、重要なことをひとつ。5名のプロフェッショナルは「絶対的な正解をお伝えする」わけではありません。むしろ「正解はない」というのが実態に近いかもしれません。

私たち5名は、実践者や支援者として新規事業開発の最前線で活動していますが、成功より失敗の方が多いかもしれません。プロフェッショナルと呼んでいただける立場であっても、常に手探りであり、挑戦者の立場にいます。

だからこそ、このコラムを”良い意味で真に受けすぎず”に、ぜひご自身の「別解」を見つけるつもりで読んでいただけますと幸いです。

新規事業開発の成功に必要な「打席」と「まなび」

新規事業開発に携わる方なら、以下のような数字を耳にしたことがあるのではないでしょうか:

・「センミツ」(1000個のアイデアから事業化されるのは3つ程度)
・「十中八九」(10個中8〜9個は失敗する)

つまり、新規事業開発の成功率は高くても2割程度。これは、相当数の「打席」(新規事業開発への挑戦)がなければ、成功にたどり着けないことを示唆しています。

しかし、ここ10年ほどの間に、多くの企業で新規事業開発部門が設置され、「打席に立つ」機会は確実に増えているはずです。それにもかかわらず、「うまくいかない」という声が後を絶ちません。

では、なぜこのような状況が続いているのでしょうか。その背景にある要因を探っていきましょう。

事業会社の新規事業開発は、なぜうまくいかないことが多いのか

先ほど触れた「成功率の低さ」。なぜ多くの企業が新規事業開発に苦戦しているのでしょうか。経営資源が豊富なはずの大企業でさえ、成功への道のりは決して平たんではありません。その背景には、実は「大企業だからこそ」の構造的な課題が存在するのです。投資余力、人材配置、そして既存事業との関係性—。これらの要素が複雑に絡み合い、新規事業開発の成否を左右しています。

新規事業開発の機会と経験の壁

新規事業開発は「純然たる投資行為」です。そのため、投資余力のない企業にとっては、挑戦自体が容易ではありません。さらに、挑戦できる企業であっても、新規事業開発の機会に恵まれる人材は極めて限定的です。役員も一般社員も、大企業の中でほんの片手で数えられるほどの人数しか、その始まりに立ち会うことができません。大企業の規模を考えると、「新規事業開発という活動に出会えさえしない」というのが大多数の現実なのです。

この状況が、以下のような構造的な課題を生み出しています:

・企業としての「機会不足」
・組織としての「経験者不足」

たとえ機会があっても、経験できる人数が限られる。機会も経験も少ないために、新規事業開発の経験値やノウハウが蓄積されにくい。これが、新規事業がうまくいかない根本的な要因といえます。

既存事業との相克

事業会社には「既存事業」が存在します。これは新規事業投資の原資となる一方で、新規事業開発の活動をさまざまな場面で制約することにもなります。

典型的な例が「人事評価」の問題です:

・新規事業開発は基本的に失敗の連続
・事業化までの道のりは平たんではなく、売上実現には相応の時間が必要
・しかし、非現実的な売上目標が設定されるケースも
・「失敗を恐れず挑戦を」と言いながら、失敗を評価しないという矛盾

これは既存事業と新規事業が”別のスポーツ”であることへの理解不足から生じる「新規事業あるある」です。既存事業の存在は新規事業開発の前提条件ですが、そのルールをそのまま新規事業に適用することはできません。

では、これらの課題に対して、企業はどのような解決策を講じることができるのでしょうか。

根本的な課題を断ち切るために

これまで述べてきた課題に対して、では具体的にどのような対策を講じることができるでしょうか。実は、多くの企業ですでに部分的に取り組まれている要素かもしれません。

しかし、新規事業開発の成功確率を本質的に高めるためには、個別の施策ではなく、組織としての「仕組み」が必要です。その仕組みは、「挑戦→学習→共有→蓄積」というサイクルを継続的に回すものでなければなりません。

ここでは、そのような仕組みを構築するための三つの重要なポイントをご説明します。一見すると当たり前に見えるかもしれませんが、これらを有機的に組み合わせ、継続的な仕組みとして構築できているかどうかが、成功への分岐点となります。

1. 挑戦の環境づくり

新規事業開発は”小さく始める”ことがカギです。「大きな事業を作るぞ!」と意気込むのではなく:
・まず、まなぶ(新規事業開発とは、何であって、何でないかを理解する)
・失敗は学びの機会として前提に置く (ただし、失敗自体を目指すわけではありません)
・失敗時のリスクを最小限に
・小さく始めるのに適切な予算と人員を確保しつつ、スタート
・実験的なアプローチを重視

2. 学びの蓄積と共有化

成功・失敗の経験を組織の資産とするため:

・活動プロセスを記録として残す
– ミーティングの議事録
– 調査内容のまとめ
– 経営会議資料

・プロジェクトごとに”箱”を作り情報を集約
・可能な範囲で振り返りと言語化を実施

3. 運用チームの設置

このような学習の仕組みを回すために:

・必ずしも新規事業開発部門である必要はない
・実務チームとは別の専門チームの設置が理想的

特に運用チームについては、CoE(センターオブエクセレンス)という形態が注目されています。これは組織内の知見・ノウハウ・人材・設備を一カ所に集約した部署です。新規事業開発に特化したCoEは、特に「戦略的CoE」と呼ばれ、組織の学習能力を高める重要な役割を担います。

まなびの蓄積と共有化については、定期的な振り返りやプロジェクトごとの総括は負担が大きかったり、特に失敗プロジェクトの総括は心理的負担も大きくなります。もちろん、それができるに越したことはないですが、最低限、「探せば情報はすべて残っている」という状態にしておくことが、その後の別プロジェクトの礎となります。

では、このような仕組みを構築するためには、まず何から始めるべきなのでしょうか。

打席に立てなくても、まず、まなぶことはできる

新規事業開発において、最も重要な第1歩は「無知の無知」を「無知の知」に変えることです。つまり、「自分が何を知らないのかも分かっていない状態」から、「自分が何を知らないのかが分かっている状態」への転換です。

新規事業開発は、誰もが最初は「無知の無知」の状態からスタートします。「やってみなければ分からない」と言われるゆえんです。しかし、やみくもに挑戦を繰り返すのではなく、まず「無知の知」の状態に到達することが、効果的な学びの第1歩となります。

無知の無知”から“無知の知”へ

この状態の転換のためには、まず自分の立ち位置を知ることから始めます。新規事業開発について、以下のような基本的な理解を得ることが重要です:

・新規事業開発とは何か
– 既存事業との違いは何か
– なぜ新規事業開発が必要なのか
– どのような役割を担うのか

・どのような課題が存在するのか
– 組織としての課題
– 人材としての課題
– リソース配分の課題
– 評価制度の課題

・どのようなアプローチが効果的か
– 小さく始めることの意味
– 失敗から学ぶ姿勢の重要性
– 実験的アプローチの具体例
– 成功事例・失敗事例からの示唆

この転換には「学習と気づき」が必要です。それは、書籍や論文から得られる知識かもしれませんし、経験者との対話から得られる気づきかもしれません。あるいは、研修やワークショップを通じた学びかもしれません。

そして、この「無知の知」の状態に到達してこそ、先に述べた「まなびの蓄積と共有化」の仕組みも、より効果的に機能するようになります。なぜなら、自分が何を知らないかが分かっている状態だからこそ、他者の経験や知見を自分の文脈に置き換えて理解することができるためです。

新規事業開発の現場に出る前に、まずはこの「無知の知」の段階に到達することが、その後の挑戦をより実りあるものにします。自分が知らないことを知る—これこそが、失敗を価値ある学びに変える第1歩なのです。

では、まなぶ必然性の前提がそろったところで、次回「学びながら進める新規事業開発の全体像とは(後編)」では、新規事業開発の大まかな全体像、流れを一緒に見てみましょう。

 

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