Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤
2025年5月のテーマは「説得力ある事業計画について考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。
#1 説得力ある事業計画について考える ー石森 宏茂プロ編
#2 説得力ある事業計画について考える ー岩本 晴彦プロ編 本記事
#3 説得力ある事業計画について考える ー原口 悠哉プロ編
#4 説得力ある事業計画について考える ー村松 龍仁プロ編
今月の”板挟みイノベーター”からの質問
PMFはまだ完全には達成できていませんが、MVP検証の進展が認められ、来年度の事業計画の提出を求められています。ここで悩ましいのが、経営陣の大きな期待と現場の実態、そして不確実な市場の可能性を踏まえて、どの程度の粒度で事業計画として提出するのかです。リスクを最小限に抑えつつ、会社の方針に沿った計画を立てる必要があります。
経営陣は、事業化しているわけでもないにも関わらず、高い成長率を期待していますが、現場では日々の課題に追われ、そこまでの自信が持てていません。かといって、控えめな計画では評価を下げかねず、難しいところです。市場の可能性は感じているものの、それを数字で裏付けるのが難しく、悩んでいます。過去の新規事業の事例を参考にしたいのですが、あまり前例がなく…。
また、できれば他部門の知見も活用したいところです。例えば、マーケティングや営業部門のインサイトがあれば、市場予測の説得力が増すかもしれません。ただ、彼らも既存事業で手一杯のようで、積極的に協力を求めるのは難しそうです。部門間の壁を崩すのはリスクも高そうで…。とはいえ、他部門の協力がなくても、何とか自分たちで計画を立てなければいけないのが現状です。
このような状況で、どうすれば経営陣を納得させつつ、現場のやる気を失わせず、かつ自分の立場も守れるような、現実的かつ無難な事業計画が作れるでしょうか?また、限られた権限の中で、可能であれば他部門の知見を借りつつ、組織の秩序を乱さないコツはありますか?慎重に進めたいのですが、あまり消極的に見られるのも避けたいところです。
第2回目は、岩本 晴彦プロの回答です。
はじめに
新規事業の計画づくりでは、「高い成長期待を示す必要」と「実務上の制約やリソース不足」とのはざまで、どう折り合いをつけるかが大きな課題になります。特にPMF(プロダクト・マーケット・フィット)に至っていない段階では、数字の根拠や市場予測をどこまで緻密に示すべきか、頭を悩ませることでしょう。経営陣は大胆な成長シナリオを求める一方、現場は既存業務の負荷やリスクに直面しています。こうした両極の要望を満たすには、説得力ある筋道と客観的な根拠が不可欠です。目標を高く掲げるだけでは現場のモチベーションを損ない、保守的すぎれば投資の好機を逃す恐れもあります。
そこで本稿では、新規事業の計画をどのように練り上げれば「経営陣を納得させ、現場を動かす」ことができるのかを考察します。市場の見極め方やPoCの進め方、部門間の連携方法、リスク評価と柔軟性のバランスなど、PMFに至っていない段階でも計画に説得力を持たせる方法をまとめました。少しずつ仮説を検証しながら、最終的には大きな成長を狙う。そのために必要なプロセスや要点を、ぜひ本稿を通して押さえていただければ幸いです。
なぜ「説得力のある事業計画」が重要なのか
説得力のある事業計画とは、「経営陣の大きな期待」と「現場の実態」、そして「不確実な市場の可能性」という三つの要素を同時に満たすものを指します。経営陣から見れば、投資対象として大きく伸びるポテンシャルがなければ予算をつぎ込む意味がありません。一方で、現場としては日々の課題対応で手一杯になりがちで、社内や社外のリソースをどこまで当てられるのかも不透明です。特に、まだPMFに至っていない段階であれば、数字の根拠を固めきれない部分も多く、計画の「粒度」をどこまで緻密にすればよいのかが大きな悩みになるでしょう。こうしたジレンマを解消するには、たとえ高めの成長率を盛り込むとしても、実行にあたっての前提条件や実行可能性を示すためのステップ、検証結果を具体的に提示する必要があります。もし目標が極端に楽観的なだけで根拠が薄い場合、批判にさらされるのはもちろん、現場のやる気もそがれてしまいます。逆に保守的すぎる計画では、せっかくの投資機会を逃したり、評価を下げたりするリスクがあります。したがって、「経営陣の求める拡大余地を見せつつ、現場の負担や実情を考慮した筋道を示す」ことが、説得力のある事業計画の最大のポイントになります。
高い成長期待を満たしつつ、現場の実態をどうすり合わせるか
1)不確実な市場を可視化するための仮説づくり
まず、市場規模について「この新規事業は将来的にどこまで広がり得るか」という仮説を明確にすることが欠かせません。経営陣は大きな投資をする以上、ある程度の市場ポテンシャルを必ず求めます。逆に言えば、その市場ポテンシャルを裏付けるデータやロジックがなければ計画が説得力を持ちません。そこで「自分たちのソリューションがどの領域まで受け入れられるか」を丁寧に整理し、可能であれば他部門や外部の知見も取り入れるのが理想的です。たとえば、マーケティング部門が既存顧客のインサイトを持っている場合には、新規事業が狙っている顧客層との比較データが得られるだけでも、大きな示唆につながる可能性もあります。また、現場が抱く「そんな数字は達成できないのでは?」という不安を、計画段階から丁寧に拾うことも大切です。あまりにも高い目標だけが先行すると、メンバーは計画づくりの時点で消極的になり、手応えを感じられなくなります。そのため、計画の数値目標のうち最初のフェーズについては、現場担当者と話し合いながら合意形成し、たとえ管理職や経営陣からの「もっと高く」という要望があっても、一部のステップ目標を小さく区切ることで、段階的に成長率を積み上げていくという対応も必要です。
筆者の経験としても、「最終的に高い目標を目指す」ためにも「最初の達成可能な目標を設定し、成果が出せる形」を取り入れるほうが、長期的にモチベーションを維持しやすいと感じています。
2)段階的なPoC(実証実験)で数字を積み上げる
計画の数字を裏付けるには、小さなPoCを複数回行い、そこで得られた顧客の反応や利用状況を“地に足のついた形”で示すことが効果的です。未知の領域であればあるほど、机上の推論だけで根拠を補強するのは難しくなりますから、PoCを通じて実際のユーザー数や導入後の改善効果を数値化するのが望ましいでしょう。「本当に使われるのか?」「ニーズはあるのか?」という疑問に答えられる具体的データは、経営陣の不安を和らげ、同時に現場のメンバーのモチベーション維持にも役立ちます。
筆者の経験としても、どんなに革新的なアイデアでも、市場規模や採算性の指標が曖昧では経営陣を納得させにくくなります。そこで、外部のプロ人材への調査やヒアリングなどを活用し、市場動向のデータや最新の事例などを取り入れました。また、自社でもテストできる小さなPoCを積極的に進め、顧客の反応や利用頻度などを可視化する工夫も行いました。例えば、自社工場や関係性の強い取引先の現場で試験導入し、実データを示すことを推奨していました。こうした数字の裏付けがあると「本当に使われるのか?」という疑念を払拭する効果が高いのです。
3)他部門とのコミュニケーション設計と小規模な成功体験
新規事業では既存事業と顧客・業界が異なるため、営業部門やマーケティング部門がそのまま知見を生かせるとは限りません。ただし、組織として「数ある既存リソースのうち、どれを新規事業に回せるか」という観点でみると、他部門の知見・経験は非常に貴重なリソースです。しかし、他部門に協力を仰ぎたいものの、既存事業での優先度が高く、人手も限られる。こうした状況の中でどこまで踏み込んだ情報提供を望んでよいか、部門の壁を越えて連携できるかは悩ましいところです。組織の秩序を保ちながらも新規事業に活用できる知見や経験をうまく借りるためには、個人レベルの人脈や小規模な成功体験を積み重ねることが鍵になります。トップ同士の了承を得るだけでは実際の協力体制は築けず、現場同士の信頼関係を丹念につくることが必要です。
筆者の経験としても、既存事業などの他部門をいかに巻き込み、協力体制を築いていくかは大きな課題でした。そこで、「小さな成功例を水平展開する」アプローチを取りました。具体的には、各事業部に推進リーダーを置いてもらい、月次での合同会議の場を設け、情報共有を継続的に行いました。これにより、「今、こういう検証をしている」「顧客インタビューの結果はどうか」「こういう仮説を顧客に当てはめたい」といった相談がリアルタイムで共有されやすくなります。最初は小規模な共創の成功例をいくつか作り、それらを積み上げ、水平展開していくのが他部門とスムーズに進めるキーだと考え、他部門とのコミュニケーションの場の活性化を推進していました。「この成果なら自社内の他の領域や顧客にも通用できるかもしれない」という動きにつなげるのです。こうした積み上げが説得力を高め、全社的な理解を得やすくなりました。
4)リスク評価と柔軟性
未知の領域へ挑戦する際、リスクを「ゼロ」にすることはできません。むしろ新規事業であるほど不確定要素が多く、変化の激しい市場動向や競合の動き、技術的な課題など、想定されるリスクは多岐にわたります。そのため、「どのようなリスクが、どのくらいの頻度・インパクトで起こり得るのか」を洗い出し、それに対して「どのように備え、どの段階で軌道修正をかけるのか」を検討しておく必要があります。市場トレンドが変化した場合のシナリオ、仮説が外れた場合の撤退や方向転換の基準など、あらかじめ複数のパターンを用意しておくと、経営陣から見ても計画の実効性が高いと判断しやすいでしょう。
一方で、リスクを全て事前にコントロールしようとしすぎると、思い切ったチャレンジができなくなる弊害もあります。そこで重要になるのが「軸となるストーリーをブレさせない一貫性」と「必要に応じてピボット(方針転換)できる柔軟性」の両立です。大枠の狙いや価値創造の方向性は変えず、取り組みの順序や手法を段階的に見直していく姿勢が望ましいといえます。
筆者の経験としても、撤退基準の策定やピボットの推奨、複数シナリオの準備を推奨していました。たとえば、PoCで狙った用途に手応えが薄いとわかったら、すぐに検証軸を入れ替え、別の顧客セグメントにシフトするオプションを用意しておくイメージです。こうすることで、「軸はぶれずに、手段は柔軟に」動くことが可能になり、経営陣にも「リスクを織り込み済みで進んでいる」と伝えやすくなりました。
また、リスク管理では「失敗を許容する文化づくり」も欠かせません。小さなPoCや初期段階での失敗は、大きな投資や事業全体の方向性を誤るよりもはるかに被害が少ないはずです。現場の担当者に「早く検証し、早く間違いを見つける」ことを推奨しておけば、最終的なリスクを抑えられます。筆者が携わったプロジェクトでも、PoCを通して当初想定の顧客ニーズが思ったほど強くないと判明しましたが、その段階で方向転換したことによって、リソースを無駄に消費せずに済んだケースがあります。こうした早期検証と軌道修正を繰り返すプロセスは、現場だけでなく経営陣からも信頼を得ることにつながるのです。
このように、リスクを前提として複数のシナリオを描きながら柔軟に進める計画こそが、新規事業特有の変化に対応できる強みになります。大きく成長を狙いつつも、必要に応じてピボットできる「柔軟性ある筋道」を示すことが、結果的に経営陣を納得させ、メンバーの挑戦意欲を下げないうえでも大きなポイントになるのです。
柔軟かつ根拠ある計画が組織を動かす
最終的に、説得力のある事業計画を仕上げるには、「高い成長期待」と「現場の実態」の両方を丁寧に取り入れ、数字を可能な限り客観的根拠で補強していくプロセスが大切です。その際、小さなPoCによる顧客反応や、社外・社内関係部門の知見を組み合わせることで、だれもが納得しやすい根拠を積み上げられます。また、部門間の連携を大がかりに一気通貫で変えるよりは、まずは成功事例を小さく作り、そこから水平展開していくやり方が、社内全体の納得感を得るうえで有効です。さらに、段階的な数値目標の設定によって、計画を大きくしすぎず、それでいて、可能性を狭めることもなく、柔軟な軌道修正をしながら成長を狙うことができます。「経営陣の理解・納得を得る」だけでなく、「現場のモチベーションを下げずに実行力を高める」ためには、両者の視点を結びつけるバランス感覚が不可欠です。そして、最終ゴールを大きく描きながらも、現実的なプロセスを一歩一歩積み重ねていくアプローチこそが、長期的な成長を実現していく近道になります。
おわりに
PMFに至っていない段階でも、PoC(実証実験)や他部門との連携を積み重ねることで、事業計画は着実にブラッシュアップしていけます。高い成長率を示すにしても、実際のデータやステップを明示しておけば、経営陣にとってリスクが見えやすく、現場の納得感も生まれやすいでしょう。逆に、計画を細かくコントロールしすぎると大胆さが損なわれるため、「軸はぶれず、手段は柔軟に」進めることが重要です。また、どれほど優れた事業計画でも、組織を動かすうえではコミュニケーションの設計が欠かせません。部門をまたいだ小さな成功体験の共有や、失敗を素早く学びに変える姿勢が、社内全体の理解と協力を得るカギとなります。結局のところ、説得力とは「客観的根拠をそろえたうえで、現場に寄り添ったプランを提示し、変化に合わせて修正し続ける」積み重ねによって生まれるものです。根拠のある数字と柔軟性のあるリスク管理、そして段階的な達成感の積み上げによって、最終的には大きな成長に向けた道が切り開かれるでしょう。
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