Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 〜
2025年1月のテーマは「新規事業開発実現のための組織人事制度を考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、3名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。
#1 新規事業開発実現のための組織人事制度を考える ー石森 宏茂プロ編
#2 新規事業開発実現のための組織人事制度を考える ー岩本 晴彦プロ編 本記事
#3 新規事業開発実現のための組織人事制度を考える ー原口 悠哉プロ編(1月21日に配信予定)
今月の”板挟みイノベーター”からの質問
「新規事業開発の戦略検討が進む中、組織人事面で板挟みを感じています。上層部からは「既存の枠組みを活用しろ」と言われる一方、現場からは「今の仕組みでは動きづらい」という声が。
私自身、大きな変革を起こす権限はありませんが、何かしら工夫の余地はあるはずです。
そこで悩むのが、新規事業の組織形態です。
既存の制度から完全に切り離すわけにもいかず、かといって現状の制度に縛られては新しい取り組みが進まない。人事部門との調整も難航しそうで…。
さらに、新規事業を成功させるには他部門の知見やリソースも必要なのですが、どう協力を得ればよいのか悩んでいます。
それでも、せめて新規事業部門内だけでも、イノベーションを促す文化や評価の仕組みを作れないものでしょうか。
既存組織とのいざこざを最小限に抑えつつ、新規事業の特性に合った体制を整えるには、具体的にどんなアプローチが効果的でしょうか?
限られた裁量の中でも、部下たちのモチベーションを高め、他部門の協力も得ながら、新規事業を成功に導くための組織づくりのヒントが欲しいのです。」
はじめに
新規事業開発に携わる中間管理職の方々にとって、組織人事面での課題は避けて通れない問題です。既存の枠組みと革新的なアイデアのはざまで、既存組織との摩擦を最小限に抑えつつイノベーションを促進するためには、どのように組織を設計し、人材を育成していくべきか。本コラムでは、筆者の大手電機メーカーにおける新規事業開発の経験を踏まえ、この問題に対する解決策の一例を紹介します。
背景
大企業などの中間管理職が新規事業を進める際、よく直面する課題には以下のようなものがあります。
既存組織の制約と新規性の板挟み
上層部からは既存の仕組みを活用するよう求められる一方、現場からは既存の制度では動きづらいという声が上がる。
権限の制約
中間管理職自身が大きな変革を起こす権限を持たないため、実行可能な工夫が求められる。
他部門との連携の難しさ
新規事業には他部門の知見やリソースが必要でありながら、協力を得るのが難しい。
これらの課題を解決するためには、各フェーズでの組織形態やリソース活用の方法を柔軟に選択し、それぞれの選択肢のメリット・デメリットを理解することが鍵となります。
新規事業開発におけるフェーズごとの組織形態の検討
新規事業開発において、組織形態は成功の鍵を握る重要な要素です。しかし、一つの正解があるわけではありません。アイデア創出フェーズ、種を育てるフェーズ、スケールフェーズなど、新規事業の各事業フェーズによって、目的は変化するため、事業フェーズごとに適切な組織形態も柔軟に変化させる必要があります。
アイデア創出フェーズ
全社的なアイデア募集の活用
アイデア創出段階では、新規事業部門内に閉じず、全社的にアイデアを募ることで多様性のある視点を取り入れることが有効です。新規事業部門内など特定の組織で閉じてアイデアだしをすると、どうしても特定の経験や視点に引っ張られてしまうため、社内でのオープンイノベーションを促進し、社内の多様な人材からアイデアを引き出すことが望ましいと考えます。例えば、大手電機メーカーでは、社内ハッカソンやビジネスアイデアコンテストなどを実施し、部門横断的な発想を促進しました。これにより、新規事業の可能性を広げることができます。
種を育てるフェーズ
アイデアを醸成し、具体的な事業へと育成するフェーズでは、新規事業部門内で進めるパターンと、事業部門内で進めるパターンの二つが考えられます。どちらのパターンを選ぶかは、事業アイデアの特性や、既存事業とのシナジー効果などを考慮して決定する必要があります。
新規事業部門内で進める場合
特に、初期段階では、既存の事業部門から独立した新規事業部門内でプロジェクトを進めることで、既存組織の制約を回避しやすくなります。このアプローチのメリットはスピードと自由度の高さです。デメリットとしては、既存事業のリソースを活用しにくかったり、後述する事業部門が受け取ってくれず、移管できないという課題が生じたりします。
事業部門内で進める場合
一方で、隣接領域を狙う事業では、既存事業部門の営業網やアセットを活用することで、リソースの効率的な利用が可能です。デメリットとしては、既存事業の枠組み・プロセスなどに引きずられがちで、スピードが遅くなったり、自由度が低くなったりすることです。
大手電機メーカーでは、基本方針として、初期段階から事業部門内で推進することを原則とし、特定の事業部門から離れた方が複数の事業部門とのシナジーが大きい場合には、事業部からは独立した形を取っていました。また社外とのシナジーが大きい場合には、社外で組織化を行うことも実施しました。
スケールフェーズ
事業が軌道に乗りスケールしていく段階では、スピード感を持った意思決定と迅速な実行が求められます。このフェーズでは、独立採算制を取り、スタートアップ企業のような機動力を発揮する組織形態が効果的です。
他部門との連携強化
特に大企業の場合、新規事業を成功させるためには、既存の事業部門との連携が不可欠です。なぜなら、スタートアップとは異なり、蓄積されたビジネスノウハウや営業網、技術シーズや生産工場など多くのアセットがあり、競争優位性を築ける要素を多々保有しているためです。
しかし、新規事業を推進する際、事業部門がPL(損益計算書)上の悪化を懸念したり、既存事業との間で新規事業に対する価値観や働き方が異なるため、連携がうまくいかないケースも少なくありません。この課題に対し、以下のような工夫が有効です。
初期段階から事業部門を巻き込む
早い段階から事業部門を巻き込み、新規事業の運営を新規事業部門と事業部門の共同体制とすることで、責任と権限を共有します。プロジェクトを事業部門に移管する場合には、プロジェクト責任者を事業部門内に配置し、新規事業部門内で推進する場合には、プロジェクト責任者を新規事業部門に配置するなどです。これにより、両部門間の協力関係が強化されます。
組織マネジメント層の協力者を増やす
前回のコラムで触れた協力者・仲間を増やしておくことがここで効いてきます。特に、組織マネジメントを行っている中間管理職などの仲間・協力者を増やしておくことで、事業部門内での新規事業受け入れがスムーズになります。
イノベーションを促進する文化と評価制度の導入
既存事業を含めて全社にイノベーションを促進する文化を導入し、育んでいくことが新規事業を創出していく成功の鍵になります。失敗を恐れずに挑戦できる雰囲気を作り、多様なバックグラウンドを持つ人材が集まることで、創造性を高めることができます。また、目標達成だけでなく、プロセスや成長も評価するような仕組みを導入することで、社員のモチベーションを高めることができます。
チャレンジを評価する制度の構築
成果だけでなく、挑戦したプロセスを評価する仕組みを整えます。例えば、人事部門と連携して人事考課に取り入れることで、上司も部下も新規事業への取り組みを推進しやすくする効果があります。
小さな成功体験を積み重ねる
新規事業に携わるメンバーが成功体験を共有する場を設け、部門内の士気を高めます。また、失敗体験も共有する場を設け、学びを組織全体に還元することで、組織力を向上させます。
おわりに
新規事業開発を成功させるためには、フェーズごとの最適な組織形態を柔軟に選択し、既存組織の強みを最大限活用することが重要です。また、他部門との連携を進めるための仕組みづくりや、新規事業部門内での文化醸成にも注力する必要があります。これらのアプローチにより、限られた裁量の中でも新規事業を着実に前進させることができるでしょう。
本コラムが、新規事業開発に携わる皆さまの参考になれば幸いです。
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