学びながら進める新規事業開発の全体像とは#2(2/2) -石森 宏茂

『プロフェッショナル Answers!』シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 〜

#1 学びながら進める新規事業開発の全体像とは ー石森 宏茂
#2 学びながら進める新規事業開発の全体像とは ー石森 宏茂 本記事

はじめに

前回のコラムでは、新規事業開発がなぜ難しいのか、その構造的な課題と、課題を解決するための仕組みについてお伝えしました。新規事業開発は、機会も経験値も限られる中で、いかに組織として学びながら取り組んでいけるか、が成功のカギとなります。

では、具体的に新規事業開発はどのように進めていけばよいのでしょうか。

今回は、新規事業開発の全体像を三つのPhaseで整理し、それぞれのPhaseで押さえるべきポイントをご説明します。各Phaseには明確な目的があり、それぞれのPhaseで確認すべき重要な「問い」があります。

「戦略と制度を創る」「良いアイデアを創る」「戦略実現に資する事業を創る」—この三つのPhaseを順に進んでいくことで、新規事業開発は「やってみなければわからない」から「学びながら前に進める」プロセスへと進化します。

それでは、三つのPhaseの詳細を見ていきましょう。

既存事業をもつ事業会社における新規事業開発の全体像

新規事業開発の全体像を、特に事業会社の視点からご説明します。既存事業を持つ企業ならではの考え方は、時としてスタートアップ企業とは異なる様相を見せます。

【前提として】
まず、これは「絶対的な正解」ではありません。しかし:
・私自身の経験
・多くの先人たちの失敗と成功
・それらを科学的に分析し言語化してきた知見

これらの集積をお伝えできればと考えています。

私は「理論1割、実践9割」をポリシーとしていますが、その1割の理論は重要な「型」だと考えています。いわゆる守破離の「守」です。「型破り」は「型」があってこそ。まずはこの「型」を参考に、チャレンジを始めていただければと思います。

 

【三つのPhaseとは】
新規事業開発は、大きく三つのフェーズで進行します:

Phase.01:戦略と制度を創る
・経営戦略の策定
・新規事業開発戦略の策定
・実現のための制度設計
→これらがどだいとなります

Phase.02:良いアイデアを創る
・顧客の発見
・顧客課題の特定
・解決策の検討と検証
→事業の核となるアイデアを生み出します

Phase.03:戦略実現に資する事業を創る
・事業部門の構築
・組織機能の確立
・経営戦略に沿った成長
→アイデアを実際の事業へと育てます

では、それぞれのフェーズについて、さらに詳しくみていきましょう。

 

❶“戦略”と“制度”を創る

新規事業開発の成功は、実は最初の一手で大きく方向付けられます。それは「戦略」と「制度」というどだいづくりです。

「とにかくアイデアを出して、走りだせばいい」
「失敗を恐れずに、まずはやってみよう」

このような声をよく耳にしますが、実は、その前にやるべきことがあります。

【Phase.01で目指すべきゴール】
このフェーズでは、三つの重要な要素を整備します:

  1. 経営戦略の策定
  2. 新規事業開発戦略の策定
  3. 新規事業開発制度の策定

では、それぞれの要素について、具体的に見ていきましょう。

【Action.01-❶ 経営戦略策定】
最も根本的な問い:「なぜ今、新規事業が必要なのか」
・既存事業だけでは実現できない未来があるのか
・市場環境の変化にどう対応すべきか
・自社の強みをどう生かせるのか

これらの問いに、企業としての明確な答えを持つ必要があります。

【Action.01-❷ 新規事業開発戦略策定】
具体的なゴールの設定:「いつまでに何をどう目指すのか」
・定量的な目標(売上・利益など)
・定性的な目標(新市場創造など)
・時間軸の設定
・リソース配分の方針

【Action.01-❸ 新規事業開発制度策定】
実現のための環境整備:「どのような制度や環境が必要か」
・評価制度の設計
・予算配分の仕組み
・人材配置の方針
・意思決定プロセスの確立

これら三つの要素が有機的に結びついてこそ、Phase.01は完了したと言えます。このどだいがあってこそ、次のPhase.02での「良いアイデア創出」も、より戦略的な取り組みとなるのです。

「戦略なき失敗は、単なる失敗に終わる」
しかし、「戦略に基づく失敗は、次への学びとなる」

この違いこそが、Phase.01の重要性を物語っています。

❷“良いアイデア”を創る

「アイデアが欲しい」「良いアイデアが見つからない」

新規事業開発に携わる方々から、よくこのような声を耳にします。しかし、実は「良いアイデア」は、明確なステップを踏むことで見つけられます。

その秘訣(ひけつ)は「顧客起点」にあります。

【Phase.02の三つのFit】
良いアイデアを生み出すために、私たちは三つの”Fit”を順番に確認していきます:

【Action.02-❶ Founder Customer Fit】
「課題を解決したい、ニーズを満たしたい対象となる顧客はいるのか」
・具体的なペルソナの特定
・その顧客の生活や業務の深い理解
・なぜその顧客に注目するのか
→まず、本当に価値を届けたい相手を見つける

【Action.02-❷ Customer Problem Fit】
「その(未来の)顧客に課題・ニーズはあるか」
・表面的な困りごとではなく、本質的な課題の発見
・現在の課題か、将来発生する課題か
・その課題に対する切実度の確認
→発見した課題が、本当に解決に値する課題かを見極める

【Action.02-❸ Problem Solution Fit】
「その顧客の課題・ニーズの適切な解決策はあるか」
・技術的な実現可能性
・ビジネスとしての実現可能性
・競合との差別化可能性
→課題解決の方法が、事業として成立するかを検証

つまり、「思いつき」や「直感」だけに頼るのではなく、体系的なアプローチで「良いアイデア」は生み出せるのです。

「アイデアは、顧客との対話の中にある」
この言葉を胸に、三つのFitを意識しながら、アイデア創出に取り組んでみてください。

❸“戦略実現に資する事業”を創る

「良いアイデア」は生まれました。しかし、ここからが本当の勝負です。
いよいよ「事業化」というフェーズに入ります。このフェーズでつまずく企業が実は最も多いのです。

なぜか。それは、アイデアと実際の事業には「三つの大きな隔たり」があるからです。

【Phase.03の三つのポイント】
事業化の成功に向けて、以下の三つのFitを順番にクリアしていく必要があります:

【Action.03-❶ Solution Problem Fit】
「その解決策を体現したサービス/プロダクトは実現可能なのか」
・技術的な実現可能性の検証
・開発コストの見積もり
・必要な人材・リソースの確認
→アイデアを「形」にできるかの検証

【Action.03-❷ Product Market Fit】
「そのサービス/プロダクトが十分な大きさのマーケットに受け入れられているか」
・市場での実際の反応確認
・顧客からのフィードバック収集
・競合との差別化ポイントの明確化
→市場での手応えの確認

【Action.03-❸ Transition To Scale】
「そのサービス/プロダクトをマーケットにスケールさせられる状態か」
・収益モデルの確立
・オペレーションの標準化
・組織体制の整備
→事業としての持続可能性の確保

【成功への鍵】
この三つのFitを実現する上で重要なのは:
・段階的な投資判断
・迅速なPDCAサイクル
・柔軟な軌道修正

「アイデアは事業の入り口に過ぎない」

この言葉を胸に、一つ一つのFitを丁寧に確認しながら、事業化へのジャーニーを進めていきましょう。

Phase.01での戦略、Phase.02での顧客理解、そしてPhase.03での実行力。
これら三つのPhaseがそろって、はじめて「戦略実現に資する事業」が生まれるのです。

無知の無知から、無知の知へ、そして実践の日々

ここまで、新規事業開発の構造的な課題から、具体的な進め方(今回はあくまで表面的な概要)まで、体系的にご説明してきました。お気づきの方もいらっしゃると思いますが、この三つのPhaseは、決して一方通行のプロセスではありません。時に立ち止まり、時に前のPhaseに戻り、そして再び前に進む—そんな反復的な取り組みとなるはずです。

重要なのは、その過程で得られる「経験」を、組織の「経験値」へと転換していくことです。「無知の無知」から「無知の知」へ。「知らない」ことに気づき、「学ぶ」必要に気づいたことを学び、そして組織として成長していく。新規事業開発という挑戦は、まさにそんな組織の進化の物語でもあるのです。

また、繰り返しになりますが、このコラムで述べた内容は、あくまでも「型」です。しかし、型があるからこそ、その先の「型破り」も可能になります。ぜひ、この型を参考に、自社ならではの新規事業開発の形を見つけ出していってください。そして、その経験を、また次の誰かの「型」として共有していただければ—そう願いながら、11月のコラムを締めくくらせていただきます。12月以降もぜひお楽しみに。

 

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