Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 〜
2025年2月のテーマは「“アイデア創出”と“手段としての市場調査”について考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。
#1 “アイデア創出”と“手段としての市場調査”について考える ー石森 宏茂プロ編
#2 “アイデア創出”と“手段としての市場調査”について考える ー岩本 晴彦プロ編 本記事
#3 “アイデア創出”と“手段としての市場調査”について考える ー原口 悠哉プロ編
#4 “アイデア創出”と“手段としての市場調査”について考える ー村松 龍仁プロ編
今月の”板挟みイノベーター”からの質問
「新規事業開発プロジェクトでアイデア創出の段階に入りましたが、板挟み状態で困っています。本部長は革新的なアイデアを求め、部長は堅実で実現可能な案を望んでいます。一方、社長は自社の強みを生かすべきだと言いますが、個人的には市場のニーズとのギャップも感じています。このような状況で、組織の調和を乱さずに進めるべき方向性を見いだすのに苦心しています。
メンバーは調査業務に不慣れで、私自身も新規事業の経験が浅いです。それでも、上司たちは短期間での成果を期待しています。限られたリソースと経験の中で、どうすれば効果的な市場調査を行い、説得力のあるアイデアを創出できるでしょうか?できれば、当社や業界の過去の成功事例を参考にしながら、慎重に進めていきたいのですが…。
また、自社の強みを生かすべきか、それとも全く新しい分野に挑戦すべきか、判断に迷っています。既存事業部門からは「本業に集中すべき」という声も聞こえてきて…。急激な方向転換はリスクが高そうですが、かといって現状維持では競争力を失いかねません。
限られた権限の中で、上司たちの期待に応えつつ、組織の安定性を損なわないよう配慮しながら、どのようにプロジェクトを進めるべきでしょうか?」
第2回目は、岩本 晴彦プロの回答です。
はじめに
新規事業開発は、企業の成長と変革を実現する重要な鍵です。しかし、その過程は決して平坦ではありません。組織内外の期待の調整、方向性の選定、新しいアイデアの創出など、さまざまな課題が立ちはだかります。ご質問にある通り、アイデア創出段階でも組織内の異なる期待や価値観が複雑に絡み合い、進行が停滞することも少なくありません。
本コラムでは、そうした課題を克服するための基本的なアプローチを提示します。「なぜ新規事業に取り組むのか」という根本的な問いからスタートし、「どの領域に注力していくか」、「どのようにアイデアを創出していくか」という具体的なステップへと話を進めます。また、筆者の実際の経験事例を交えながら、実践的なヒントを提供します。新規事業に挑戦する際の道しるべとしてご活用ください。
背景
新規事業開発プロジェクトでは、多くの管理職が今回の質問者と同様の課題に直面します。例えば、プロジェクトのアイデア創出段階では、ご質問にもあるような組織内での異なる期待感が現れます。
- 本部長:革新的なアイデアを求める
- 部長:堅実で実現可能な案を望む
- 社長:自社の強みを生かすことを重視する など
また、新規事業の方向性を定める際には、「自社の強みを生かすべきか」、「新たな分野に挑戦すべきか」という選択肢に直面します。それぞれの立場や考え方が異なるため、このような状況になりがちです。そのため、まずは「なぜ新規事業に取り組む必要があるのか」という共通認識を形成することが重要です。
新規事業に取り組む目的は何か
アイデア創出に進む前に、まず明確にすべきは、会社が新規事業に取り組む目的です。新規事業はあくまで手段であり、その背後には成長やリスク分散といった具体的な目的があります。
- 成長の追求
- 既存市場の飽和や成長の鈍化を補完するための手段としての新規事業
- リスク分散
- 既存事業に過度に依存せず、安定的な収益源を確保するための多角化戦略
新規事業に取り組む目的を、経営陣を含めた議論を通じて明確にし、その上でどのような領域で、どのようなアイデアを創出していくかを定めることが重要です。
新規事業の領域選定 ー 隣接か、飛び地か
新規事業に取り組む目的が明確になったら、次に検討するのは既存事業との距離感です。既存事業を生かしやすい「隣接領域」に注力するのか、リスクを取って全く新しい分野で強みを築く「飛び地領域」を目指すのかを定めます。自社の強み以外に社内文化についても同様です。文化を「生かす」ことを重視するのか、文化を「変える」ことを重視するのかによっても選択肢が変わります。それぞれのメリット・デメリットの例を以下に示します。
- 隣接領域の新規事業
- メリット
- 既存事業のリソースや技術アセットを活用でき、リスクを抑えられる
- 既存の顧客基盤を生かした展開が可能
- デメリット
- 新規性が低く、競争力に欠ける場合がある
- 場合によって、既存事業と競合(カニバリゼーション)するリスクがある
- メリット
- 飛び地領域の新規事業
- メリット
- 新たな市場で競争優位性を築く可能性がある
- 成長市場を取り込むことで、企業全体のポートフォリオを強化できる
- デメリット
- 市場や技術の不確実性が高く、失敗リスクが大きい
- 新規投資や体制構築が必要になり、リソース消費が激しい
- メリット
領域の選定は、自社の経営目的や文化に密接に関連しています。変化を受け入れる文化がある場合は飛び地領域が適している可能性が高い一方、安定志向の文化では隣接領域が無理なく進められるでしょう。
アイデア創出の起点
アイデア創出の起点としては、次の三つの起点を活用するアプローチが考えられます。
- 顧客課題起点
既存の顧客やターゲット市場の課題やニーズを起点にして、新規事業アイデアを考えます。- メリット
- 具体的な課題やニーズに基づくため、需要予測がしやすい
- 課題解決の提案が顧客に直接的な価値をもたらす
- デメリット
- 表面的なニーズにとどまると、差別化が難しくなる
- 潜在的なニーズを見逃す可能性がある
- 自社の強みと乖離する場合、事業化が困難
- 手法
- 顧客インタビューなどを活用し、課題の深掘りを行います。
その上で、提案するソリューションが自社戦略と合致しているかを評価することが重要です。
- 顧客インタビューなどを活用し、課題の深掘りを行います。
- メリット
- 技術シーズ起点
自社が保有する技術や知見を基に、新たな用途や市場を見つけ出します。- メリット
- 自社の技術的強みを生かしやすい
- 差別化された製品・サービスを提供しやすい
- デメリット
- 市場ニーズと乖離する可能性がある
- 適切な用途を見つけるまでに時間と労力を要する
- 手法
- 用途探索を進めるためには、用途仮説をもとに実際に顧客インタビューやフィールドテストを行い、
仮説の検証を繰り返していくことが求められます。
- 用途探索を進めるためには、用途仮説をもとに実際に顧客インタビューやフィールドテストを行い、
- メリット
- 社会課題起点
環境問題や少子高齢化といった社会全体の課題を出発点にします。- メリット
- 長期的な事業展開が可能
- 持続可能性や社会的責任に寄与し、ブランド価値向上につながる
- デメリット
- 抽象的な課題を具体化するまでに時間がかかる
- 市場投入や収益化までに時間が掛かる
- 手法
- 世の中全体や業界内外のトレンドやベンチマーク企業の事例を分析しつつ、
課題を具体的で手触り感のあるテーマにまで落とし込み、
自社のリソースで解決可能な範囲にブレークダウンする必要があります。
- 世の中全体や業界内外のトレンドやベンチマーク企業の事例を分析しつつ、
- メリット
いずれの起点においても、外部のプロ人材にサポートしていただくことで、社内だけでは気づきにくい市場の変化や新しい可能性を発見できることもあります。例えば、顧客インタビューのノウハウを持つ外部人材を活用した場合、ターゲット市場の実態把握がより迅速に進むこともあります。また、自社内での技術やノウハウに限界がある場合、専門領域に強みを持つプロ人材やスタートアップとの協業も有効です。特に、未知の分野に挑戦する「飛び地領域」の新規事業では、外部の協力によってブレークスルーすることもあります。
市場調査の手法
市場調査は、新規事業開発の基盤を支える重要な要素です。隣接領域でも飛び地領域でも、参入する市場の規模、成長性、競争状況を慎重に調査する必要があります。以下は、限られたリソースでも実施可能な具体的な手法例です。
- インタビューとエスノグラフィー
ターゲット顧客や関連業界の専門家に直接話を聞いたり、フィールド調査を通じて、顧客の行動や潜在的ニーズを観察する方法です。- メリット
- 質の高い洞察が得られる
- デメリット
- 時間がかかる
- メリット
- MVP(Minimum Viable Product)検証
少ない投資で簡易的なプロトタイプを用意し、ターゲット市場に試験的に提供することで、顧客の反応や市場ニーズを迅速に把握する方法です。- メリット
- 短期間で顧客候補から実用的なフィードバックを得られる
- デメリット
- 初期段階では広範なデータが得られない可能性がある
- メリット
- レポートデータ活用
既存の業界レポートや市場データを利用して、市場環境や競合状況を分析する方法です。- メリット
- 調査コストを抑えられる
- デメリット
- 業界レポートなどは、新規事業にそのまま合致しないケースも多いため、
統計データから適切に推計していく必要がある - 古いデータでは、現状にそぐわない場合がある
- 業界レポートなどは、新規事業にそのまま合致しないケースも多いため、
- メリット
大手電機メーカーでの経験事例
筆者の大手電機メーカーでの経験事例では、自社の既存事業や強みを最大限活用できる隣接領域を中心に据えました。これにより、既存の顧客基盤や技術アセットを生かしつつ、リスクを最小限に抑えることが可能となりました。一方で、戦略合理性が認められる場合に限り、飛び地領域への挑戦も許容して取り組むというバランスを取りました。
アイデア創出では、初期アイデアの内容によって、顧客課題起点と技術シーズ起点のいずれかを起点としました。
- 顧客課題起点でのアイデア創出
グループ会社を含めた全社から幅広くビジネスアイデアをビジネスアイデアコンテストという形で募集しました。この際、社員が気軽に提案できる仕組みを構築し、多様な視点を取り入れるようにしました。全社に顧客課題起点への理解が浸透していなかったため、外部のプロ人材を活用し、セミナーやメンタリング伴走、インタビューチケットなどのサポートプログラムを提供していました。- 具体的な取り組み
- 社内でのアイデア募集イベントを定期的に開催
- リーンスタートアップの手法にのっとって、顧客インタビューなどでの顧客課題の深堀を重視
- 優れたアイデアには検証資金を提供
- 具体的な取り組み
- 技術シーズ起点でのアイデア創出
自社の技術力を生かせる、技術アセットの新たな用途探索に重点を置きました。その際、外部のスタートアップ企業からビジネス共創アイデアを公募・共創する公募型の事業開発にも取り組みました。- 具体的な取り組み
- 自社の技術を活用できるスタートアップを公募し、協業可能性を評価
- 選定したスタートアップと協力しながら、用途探索やプロトタイプ開発を実施
- 共同開発した製品を実際の市場でテスト
- 具体的な取り組み
社員の提案力や事業開発スキルを高めるための研修やアイデア創出ワークショップを、外部のプロ人材に依頼したり、スタートアップの考え方を取り入れることで、自社にはなかったアプローチの取り込みや、視野の広がりの醸成を図れることがあります。筆者の経験事例でも外部のプロ人材を活用し、短期間で効果的なアイデア創出や検証を可能にし、社内のリソース不足を補完する重要な役割を果たしました。
おわりに
新規事業開発は、企業にとって未来を切り開く挑戦であり、同時に多くの試練を伴う道でもあります。しかし、明確な目的と戦略を持ち、不確実性に果敢に立ち向かう姿勢があれば、真に価値ある事業を創出することが可能です。本コラムでは、新規事業の目的の明確化から領域選定、アイデア創出の手法までを解説し、実践的なヒントを共有しました。これらの知見が、企業の管理職やリーダーの皆さまにとって、新規事業開発を推進するための指針となれば幸いです。組織全体で合意を形成し、一歩一歩着実に進むことで、未来の成長につながる成果がきっと見えてくるはずです。本コラムが、その挑戦を後押しする一助となることを願っています。
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