説得力ある事業計画について考える#3(3/4)-原口 悠哉 ~”それっぽいだけ”の事業計画から脱却するための具体的手法とは?

Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 

2025年5月のテーマは「説得力ある事業計画について考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。

#1 説得力ある事業計画について考える ー石森 宏茂プロ編 
#2 説得力ある事業計画について考える ー岩本 晴彦プロ編
#3 説得力ある事業計画について考える ー原口 悠哉プロ編  本記事
#4 説得力ある事業計画について考える ー村松 龍仁プロ編

今月の”板挟みイノベーター”からの質問

PMFはまだ完全には達成できていませんが、MVP検証の進展が認められ、来年度の事業計画の提出を求められています。ここで悩ましいのが、経営陣の大きな期待と現場の実態、そして不確実な市場の可能性を踏まえて、どの程度の粒度で事業計画として提出するのかです。リスクを最小限に抑えつつ、会社の方針に沿った計画を立てる必要があります。

 経営陣は、事業化しているわけでもないにも関わらず、高い成長率を期待していますが、現場では日々の課題に追われ、そこまでの自信が持てていません。かといって、控えめな計画では評価を下げかねず、難しいところです。市場の可能性は感じているものの、それを数字で裏付けるのが難しく、悩んでいます。過去の新規事業の事例を参考にしたいのですが、あまり前例がなく…。

 また、できれば他部門の知見も活用したいところです。例えば、マーケティングや営業部門のインサイトがあれば、市場予測の説得力が増すかもしれません。ただ、彼らも既存事業で手一杯のようで、積極的に協力を求めるのは難しそうです。部門間の壁を崩すのはリスクも高そうで…。とはいえ、他部門の協力がなくても、何とか自分たちで計画を立てなければいけないのが現状です。

 このような状況で、どうすれば経営陣を納得させつつ、現場のやる気を失わせず、かつ自分の立場も守れるような、現実的かつ無難な事業計画が作れるでしょうか?また、限られた権限の中で、可能であれば他部門の知見を借りつつ、組織の秩序を乱さないコツはありますか?慎重に進めたいのですが、あまり消極的に見られるのも避けたいところです。

第3回目は、原口 悠哉プロの回答です。

まずはMVPの検証がある程度行え、ここから成長が期待できる事業を立ち上げることができた、という状況が素晴らしいです。その上で、これからの成長をどのように事業計画に落とし込むべきか、というご相談について回答いたします。

事業計画を作るための前提

まず前提として、同じ事業を運営していたとしても、そこから作り出される事業計画はさまざまです。嘘を盛り込んで資料を作ろうという話ではもちろんなく、成長戦略とはどのようにも描き出せるものであり、ただ一つの完璧な事業計画なんてものは存在しないのです。

より具体的に述べると、同じ事業であっても、3年後に利益1億円を目指す場合と利益5億円を目指す場合では、採用や広告など必要なリソースは大きく異なります。

つまり、事業計画を作成するためにまず必要なのは、目的地となる目標設定です。どこを目指すかを決めずにそこに至るまでの地図を作ることはできません。

目標を定めることによってはじめて、そこに至るための戦略は作成でき、また、それがどの程度現実的なものなのか明らかになるのです。

精度の高い事業計画を作るには?

それではどのような手順を踏めば質の高い事業計画を作ることができるのでしょうか。その答えは事業に関する変数を網羅し、その解像度を上げていくこと、そしてそれらをP/Lに落とし込むことです。

事業について例えば売り上げと原価しか数字を把握できていないとしたら、精度の高い事業計画を作ることは難しいです。なぜなら、それらの数字だけ把握していたとしても、なぜその数字になっているのかは把握できていないため、今後の売上計画は予測ではなく願望にすぎません。

具体的な例として、あなたがECサイトを運営しているとします。主要な変数のみであっても以下のように非常に多くの項目が存在します。

  • ユーザー属性
    ・年齢層・性別・地域別構成
    ・会員or非会員
  • トラフィック指標
    ・流入経路(SEO、広告、メルマガ、アフィリエイトなど)
    ・セッション数(訪問回数)
    ・ユニークユーザー数(UU)
    ・直帰率
    ・再訪率
  • 広告費用関連
    ・プラットフォームごとの広告費用
    ・CPA(顧客獲得単価)
    ・CTR(クリック率)
    ・CVR(コンバージョン率)
    ・ROAS(広告費対効果)
  • 購買関連
    ・流入経路別CVR率
    ・ステップごとの離脱率
    ・レビュー・評価数・平均スコア
    ・決済手段比率
    ・リピート率(1カ月、半年、1年など)
    ・平均購入回数
    ・キャンセル率
    ・LTV(顧客生涯価値)
    ・問い合わせ件数
  • 商品・価格関連
    ・商品別販売数
    ・商品別単価
    ・商品別売上
    ・商品別利益額・率
    ・欠品数・率
    ・配送コスト
  • 人件費
    ・それぞれの給与額
    ・各種タスクの1日あたりの対応数/人

こういった各変数を把握することによって、例えば広告費用を◯円増やすことによって購入が1件発生し、それによる利益や必要なコストが理解できます。また、それであれば広告出稿増額による事業拡大の予測精度が向上します。

他にも、例えばカート落ち率が一般的なものよりも非常に高かったとしたら、その部分のUXやシステムに問題があることが想定されるため、そこを改善することで◯円の売上向上が見込める、という行動にも落とし込むことが可能です。これも、現状の数字が分かるからこそ、願望や予想ではなく具体的な予測として行うことができるのです。

上記のように各種変数を網羅し、解像度を上げ、それをP/Lに落とし込むことでそれぞれがどのように影響し合っているのを理解できます。それにより、事業計画の精度が向上するだけでなく、具体的な戦術・行動に落とし込むことも可能です。

 

補足として、事業計画作成の際に気を付けておくべきことを2点書いておきます。

1点目は事業計画をあまり作ったことがない方が陥りやすい罠なのですが、人員の採用が必要だとしたら仲介企業への費用や採用から入社までのスケジュールなども考慮すべきです。これに気づかず、思ったより費用がかかってしまうケースや、人員補充が間に合わないケースがままあります。

2点目は平均値の罠の存在です。例えば10件の販売を行い、9件目までは10万円/件の売り上げだったにも関わらず10件目が1,000万円/件だったとします。その場合、売上平均額/件は約110万となりますが、9割の販売機会で売上平均額/件は10万円です。そういった外れ値をあてにした計画はズレが生じやすいので、例えば上下5%の外れ値を排除するなど、現実に即した数字となるよう心がけましょう。

事業計画を単なる数字遊びにしないために、それぞれの項目の解像度を実行レベルにまで上げる必要があります。

さらに自社の事業計画の精度を上げるために

精度を上げるための一つの手法として、おそらく、事業を始める際にも事業計画を立てているはずです。事業を開始する前と現状のズレを照らし合わせ、また、なぜそれが発生したのかを分析しましょう。

それにより、なぜその乖離が生まれてしまったのかやそれに対してどのように対応していくべきかも考えることによって計画の精度はさらに上がります。

他部門との連係における注意点

自社事業に関わる変数を網羅し、その解像度を上げることで将来の事業計画の精度が上がるということはご理解いただけたと思います。それでは、その事業に関する変数を最も理解しているのは誰でしょうか。そして、データだけでなく、実際にユーザーの声に接し、その温度感を把握しているのは誰でしょうか。それは過去の事例でも別事業に取り組んでいるマーケティングチームでもなく、実際にその事業を動かしているあなたです。他部門の知見を借りてはいけないということはもちろんありませんが、そこをあてにしすぎるのは危険です。

例えば広告のCPAが高い場合にマーケティングチームに助言を求めたり、営業のアポ獲得率が低い場合にロールプレイを依頼するなど、具体的な課題に対して専門的な知見を求めるのは有効な場面も多いです。しかし、まず事業の現状や課題の把握が行われていない状態で助言を求めても、船頭多くして船山に登るような状況に陥るリスクもあります。

経営陣に刺さる提案方法

冒頭でお伝えしたように、事業計画はリスクをどう捉えるかやどの程度アクセルを踏むか。によって大きく異なるものとなります。また、経営陣とのすり合わせに難しさを感じているということですので、例えば事業数値予測を「上振れ・現実的・下振れ」の3パターン提出されてみてはどうでしょうか。まだ不確実な点も含め、どの変数が影響してそれらの違いが生まれるのかの説明も併せて行うことで、事業計画の納得度が上がるはずです。

さらに、「提案する相手が最も知りたい内容はなにか」を明確にし、それが伝わりやすい提案を心がけましょう。また、想定問答も準備しておくことで、疑問が投げかけられたとしてもスムーズに対応することが可能です。

まとめ

今までの内容を整理すると、事業計画を作成する前段階として、まず行うべきは目標を明確にすることです。そして、それを達成するために、事業に関する変数をできるだけ精緻に網羅し、それぞれの解像度を上げ、P/Lに落とし込むことで各変数の関連性を把握することが必要です。

それを通じて、将来の数字予測や直近で行うべき施策が見えてくるはずであり、ただの絵空事ではない、現実味のある事業計画の作成が可能となります。

しかし、世界や市場は不確実なものであり、完全に正確な予測をすることは困難です。ただ、上記のようなプロセスを踏むことによって、そういった変化への対応も容易になります。

数字はあくまで数字ですが、それによって各人の目線を合わせ、また、将来への道筋を示すことも可能です。単なる願望ではない、皆さまにとって意味のある事業計画を作成するために、この記事がお役に立ちましたら幸いです。

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