Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 〜
2024年12月のテーマは「新規事業開発戦略を考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。
#1 新規事業開発戦略を考える ー石森 宏茂プロ編 本記事
#2 新規事業開発戦略を考える ー岩本 晴彦プロ編
#3 新規事業開発戦略を考える ー小林 舞 プロ編
#4 新規事業開発戦略を考える ー原口 悠哉プロ編
今月の”板挟みイノベーター”からの質問
経営企画部門の課長として、新規事業開発戦略の立案を任されました。しかし、経験不足の中で、どう進めるべきか悩んでいます。役員陣は大きな期待を寄せていますが、その期待が具体的に何なのか、はっきりしません。一方で、部下たちは戸惑いを隠せず、正直なところ私自身もその一人です。
板挟み状態で苦しんでいます。上からは「大胆な構想を」と言われ、下からは「現実的に可能なのか」という声。私には大きな変革を起こす権限はありませんが、何とかして前に進めたい。ただ、新規事業に取り組むこと以外、具体的な方向性が何も決まっていない状況で、どう戦略を立案すればよいのでしょうか。
経営企画部長からは「君に任せる」と言われていますが、それが重荷にもなっています。本部長や役員の期待に応えつつ、部下たちの不安も和らげ、実行可能な戦略を作り上げるには、どうすればいいのでしょうか。
限られた裁量の中で、どのように関係者の理解を得て、新規事業開発を軌道に乗せられるでしょうか。皆を納得させる戦略づくりのアプローチや、経験不足を補うための効果的な方法があれば、ぜひアドバイスいただきたいです。
第1回目は、石森 宏茂プロの回答です。
新規事業開発戦略は、経営戦略を起点とする
会社の中には「戦略」と「計画」がたくさん存在しています。トップレベルには「経営戦略とコーポレート事業計画」があり、それにひも付く形で「各既存事業の戦略と事業計画」が続きます。戦略は「いつまでに何を目指して、誰が何をどのように進めていくのか」を示すもの。計画は「その結果、どのような数値目標を予定するのか」を表すものです。
では、新規事業開発戦略はどこに位置するのでしょうか?これは各既存事業戦略と横並びの戦略のひとつなのですが、大きな特徴があります。それは「事業主体がまだ存在しない」ということ。だからこそ、誰かが言い出す必要があるんです。その「誰か」こそが「経営戦略それ自体」というわけです。
新規事業は「事業」という名がついていますが、当然ながらまだ事業の実態がありません。ですから、新規事業開発戦略は「その事業をどう生み出していくのか」という道筋を言葉にしたものになります。
ここで注意したいのが「計画」の扱いです。普通の事業なら、エクセルで管理されているような数値計画があります。しかし、新規事業の場合、検討を始めた時点では事業の実態がないわけです。そのため、予定すべき数値目標も、活動の初めの時点では存在しませんし、作ることもできません。
ところが実際には、この段階で事業計画の提出を求める企業が存在します。しかし、何を作って、誰にいくらで買ってもらうかもわからない時点で、事業計画は作れないはず。このことは、しっかりと理解してもらう必要があります。
そこで、新規事業開発戦略を考えるときは、まず自社の経営戦略をしっかり確認することから始めましょう。これが第一歩となります。
【確認すべき経営戦略資料】
・第1候補:中期経営計画の最新版
・代替案:3〜10年程度の中長期経営戦略資料
(注:もし上記のような経営戦略が存在しない場合は、新規事業開発以前に、まず経営戦略の策定から着手する必要があります)
【確認のポイント】
新規事業開発の位置づけを確認します:
・経営戦略の中でどのように言及されているか
・もしくは、言及されていないか
この位置づけの有無や内容によって、新規事業開発戦略の策定アプローチは大きく変わります。まずは焦らず、この確認作業をしっかりと行うことが重要です。
パターン❶|経営戦略に新規事業開発が位置づけられている場合
経営戦略に新規事業開発が位置づけられている場合、その内容をブレークダウンして戦略を策定します。新規「事業」開発と聞くと難しく考えがちですが、例えば既存事業部での新商品・サービス開発に置き換えて考えるとイメージしやすいでしょう。「今期の新商品で売り上げ20億円を目指す」という事業部の目標設定と、本質的には変わりありません。
経営戦略には通常、以下の要素が含まれているはずです:
・新規事業開発の目的と目標
・実現までの時間軸
・取り組むべき領域の仮説
これらを前提に、以下の観点で新規事業開発戦略を具体化します。
【基本方針の明確化】
・なぜ今、新規事業開発が重要なのか
・新規事業開発の目的(定性的な意義)
・具体的な達成目標(定量指標)
・目標達成の期限設定
・ヒト・モノ・カネの配分
【実現手段の検討】
ゼロイチでの事業立ち上げだけでなく、M&Aによる事業拡大も選択肢として検討します。日本企業は必ずしもM&Aを得意としていませんが、この時点で検討しておくことで、新規事業開発の成功確率を高めることができます。
パターン❷|経営戦略に新規事業開発が位置づけられていない場合
この場合、経営戦略の中に新規事業開発を位置づける必要があります。経営陣と対話の機会を作り、経営上の役割、目的、目標を設定します。特に「君に任せる」という部長は早期から巻き込むことが重要です。
PBR1倍割れ問題が叫ばれる中、投資家・株主は新規事業開発に注目しています。この観点からも、新規事業開発を経営戦略にしっかり位置づける必要があります。
目的・目標が不明確な代表例として、事業ポートフォリオ戦略がないケースがあります。これを検討することで、目指す未来に対して既存事業だけで十分か、新規事業が必要か、その規模はどの程度かが明確になります。
ただし、新規事業開発は万能ではありません。目標設定の現実性を担保するため、祖業や過去の新規事業の立ち上がり事例を参考にすることをお勧めします。経験不足の経営陣から極端な目標設定を課されることもありますが、非現実的な目標は社内の失敗事例を重ねるだけです。
このような状況下では、経営層と現場の板挟みになりがちです。しかし、経営層には現実的な目標設定や必要リソースを、現場には優先順位や段階的な目標を示すことで調整が可能です。特に、祖業の振り返りは、経営層への説得材料として、また現場との成長イメージ共有として効果的に活用できます。
[補足]11月のコラム「学びながら進める新規事業開発の全体像とは#1」のなかで、「新規事業開発の機会と経験の壁」の項目で触れていますが、既存コア事業を持つ大企業や上場企業における新規事業開発の最大の課題は、そもそも経営者や役員も含めて、既存事業がある状態での新規事業開発経験者が少なく、組織能力が不足していることがひとつとして挙げられます。そのため、新規事業開発自体を経営戦略にどのように位置づけるべきか、ということ自体も不慣れなケースが多く、実際に経営戦略にうまく位置づけられていないケースが存在します。そのような際には、新規事業開発を担当する可能性のあるチーム、担当する可能性のある担当者から進言することでしか、経営戦略との結びつきを構築することがかないません。
まさにこの点こそが、このコラムを読んでいただいている読者の皆さまだからこそ、気づける点です。
新規事業開発は、既存事業で生み出した原資を元手に行われる
なぜ新規事業開発戦略は経営戦略から考える必要があるのか。これは当たり前すぎる問いかもしれません。しかし、既存コア事業をもつ上場企業や大企業にとって、明確に言語化すべき重要な点です。その理由は、新規事業が既存事業の生み出した原資によって行われるからです。
特にスタートアップ企業との大きな違いはここにあります:
・既存事業をもつ企業の新規事業開発には、活動の元手となるヒトモノカネが存在する
・それらはすべて既存事業があってこその資源である
・新規事業開発は、既存事業が稼ぎ続けてくれている前提で進められる
さらに重要な点は、既存事業は絶対につぶせないということです。
そのため:
・既存事業を前提とした経営戦略が必要
・その中で新規事業開発へのリソース配分を決定する
・新規事業開発を行うべきか否かも、戦略的に判断する
つまり、やる理由もやらない理由も含めて、すべては経営戦略に基づいて判断する必要があるのです。
確からしい判断のよりどころとしても、新規事業開発戦略が必要
既存コア事業を持つ企業の新規事業開発には、スタートアップとは異なる特徴があります。それは、既存事業の状況次第で突如活動を停止させられる可能性があるということです。
そのような局面での判断において、以下の問いに答える必要があります
・そもそもなぜこの新規事業開発を行っているのか
・既存事業の状況が悪化している中で、なぜ継続すべきなのか
・活動を停止して、本当に未来は大丈夫なのか
これらの判断をするためにも、新規事業開発活動のWHY(目的)が経営戦略としっかりとひも付いていなければなりません。
やってみなければわからない新規事業開発に、定量的な目標を定める必要はあるか?
新規事業開発の目標設定については、現場でも意見が分かれます。「目標は達成できるかわからない」「とにかく成功するまでやる」「不確実性を受容してもらうしかない」など、さまざまな意見があります。
私は目標を立てるべきだと考えますが、その表現に重要な意味があります。
例えば:
「20XX年までに売上100億円・営業利益10億円の事業を創る」(非推奨)
「20XX年までに売上100億円・営業利益10億円を創る」(推奨)
この違いは、創るのは「事業」ではなく「売上・利益」だということです。
この違いは、市場規模の検討時に大きな意味を持ちます。例えば10億円市場を見つけた場合:
・「100億円の事業を創る」という目標なら→この市場への進出を諦める
・「100億円を創る」という目標なら→残り90億円分の事業を追加で考える
つまり、目標設定の言葉ひとつで、単一事業にこだわるか、複数事業の組み合わせも視野に入れるか、が変わってきます。モノやサービスが多様化している現代では、ひとつの市場で大きな事業を作ることが難しくなっていると個人的には考えています。ひとつの大きな事業の構築を目指しつつも、小さな事業を積み上げて目標を実現するという選択肢も視野に入れることで、経営戦略の実現の難易度が下がると考えます。
さらに、定量的な目標があってこそ、その事業が経営戦略実現に貢献するかを判断できます。このような理由で、私は定量的な目標設定が必要だと考えています。
新規事業開発は、あくまで経営戦略を実現させるための手段
ここまで、新規事業開発戦略と経営戦略の関係について述べてきました。繰り返しになりますが、新規事業開発は、それ自体が目的ではありません。あくまでも経営戦略を実現させるための手段のひとつなのです。
新規事業開発に携わるわれわれは、時として目の前の活動に没頭してしまい、「なぜやっているのか」を見失いがちです。しかし、その活動の意義は、常に経営戦略にその根拠を求めることができます。新規事業開発戦略を経営戦略から切り離して考えることは、羅針盤なしで航海に出るようなものです。
だからこそ、新規事業開発に取り組む前に、まずは自社の経営戦略をしっかりと理解し、そこから逆算して新規事業開発戦略を策定する。この基本的なステップを、改めて意識していただければと思います。
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2024年11月 学びながら進める新規事業開発の全体像とは#1 -石森 宏茂
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