Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤
2025年7月のテーマは「PMF達成から事業化のプロセスについて考える」です。新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。
#1 PMF達成から事業化のプロセスについて考える ー石森 宏茂プロ編 本記事
#2 PMF達成から事業化のプロセスについて考える ー岩本 晴彦プロ編(7月8日に配信予定)
#3 PMF達成から事業化のプロセスについて考える ー原口 悠哉プロ編(7月15日に配信予定)
#4 PMF達成から事業化のプロセスについて考える ー村松 龍仁プロ編(7月22日に配信予定)
今月の”板挟みイノベーター”からの質問
社内で名実ともにPMFを達成したと実感し、毎日業務が追いつかない状況です。嬉しい悲鳴とも言えますが、この成長スピードに組織の成長が追いついていないことに不安を感じています。上層部は更なる成長を求めていますが、現場は既に限界に近い状態です。かといって、慎重すぎる対応では機会を逃すかもしれません。
人材調達や人材育成など体制強化が急務だと感じていますが、大規模な組織変更を提案する立場でもなく、どこまで踏み込んでいいものか悩んでいます。既存の人事制度や予算の制約の中で、どうすれば効果的に対応できるでしょうか。
また、社内外の調整も増えていますが、他部門も既存業務で手一杯のようで、協力を求めるのをためらってしまいます。でも、このままでは品質管理や顧客対応に支障が出かねません。
何とかこの状況を打開したいのですが、急激な変化は避けたいという気持ちもあります。これまでの会社の伝統や価値観を尊重しつつ、どのようにして人材育成、体制強化、社内外の調整を同時に、そして段階的に進めていけばよいでしょうか?過去に似たような急成長を経験した部署があれば、そのやり方を参考にできないかとも考えていますが…。
第1回目は、石森 宏茂プロの回答です。
はじめに――PMFの次に始まる「新しい板挟み」
うれしさの中に潜む“現場の危機感”
PMF(プロダクト・マーケット・フィット)を真に達成した直後の現場には、「こんなにお客さんが来てくれるのは初めてだ」という喜びと、「もう体力が持たない…」という緊張感が同時に押し寄せます。急激な引き合いやリピート注文の連鎖が現場を忙殺し、経営層は「一気に市場を獲ろう」と意気込みますが、その期待が時にプレッシャーとして現場に重くのしかかることも少なくありません。
このフェーズこそ、成長と持続のせめぎ合いが本格化する「次の板挟み」です。現場リーダーは、経営の期待・現場の疲弊・そして市場のスピードという三重の“力”の板挟みを、いかにエネルギーへ変えていくかが問われます。ここで踏み外せば組織は混乱し、慎重になりすぎれば競争に負けるリスクも高まります。自分たちのチームらしい成長曲線を描くには、何から始めるべきでしょうか。
体制強化の“兆し”を見抜く
早期発見で全てが変わる
組織が急成長し始めると、日々の業務は「とにかく目の前のことを回す」モードに入りがちです。しかし、本当に大切なのは“どこで現場が限界を迎えつつあるのか”を早い段階で見抜くことです。
たとえば、
- 一部のメンバーだけが夜遅くまで残業している
- 問い合わせが特定の担当者だけに集中している
- 品質のバラつきやミスが目立ち始めている
こうした“ほころび”は、「危険信号」のサインです。
危機感の共有がはじまり
リーダーは、こうした兆しを全体に隠さず共有することが大切です。ミーティングやチャットで「実は、こんなところにひずみが出始めている」と正直にオープンに話せる空気を作ること。そこから、分業化や小さな役割分担の導入、手順やルールの見直しといった“体制の見直し”がスタートします。みんなが危機感を共有できれば、対策は思った以上に早く動き出します。
段階的な体制改革で組織を守る
小さな制度改革を素早く
大きな組織改革や人材増強は、予算や人事の壁が高い大企業では現実的ではありません。だからこそ、「今この現場で、何から変えられるか?」を考え、小さな打ち手から始めましょう。
たとえば、
- 現場のベテランに“リーダー代理”や“教育担当”の肩書を与え、業務の教え方を全員で見直す
- 週次のミーティングで「今困っていること」や「うまくいった事例」を全員で回し、共有文化を醸成する
- 社内表彰や既存研修制度の枠を新規事業部門向けに交渉して適用してもらい、小さなインセンティブを作る
このような“ミニ制度改革”は、すぐに全員が体感できる変化として現れます。現場で「うちのチームでもできた!」という小さな成功を積み重ねることが、最終的に組織の成長速度を底上げします。
自分たちのやり方を作る
制度やルールを現場の現実に合わせてアジャストすることで、チーム全体が「自分たち流のやり方」を作っていく力がついてきます。最初は理想の形に届かなくても、成功や失敗、改善案を全員で話し合い、フィードバックを仕組み化することで、段階的に現場力を高めることができます。
急成長の“想定外”にどう備えるか
ルールより「気づき」を育てる
急拡大の現場では、ルールやマニュアルの整備が追いつかず、“想定外”が毎日起きます。そこで最も大事なのは、「異常をすばやく察知し、すぐ共有できる習慣」を持つことです。
たとえば、週に一度は「困ったこと・改善したいこと」を全員で出し合い、SlackやTeamsなどでエラーやクレームが発生したら即座に全体へ報告する。この時、誰も責めずに「事実だけ」を共有する文化を根付かせてください。
情報の見える化で混乱を防ぐ
さらに、業務フローやFAQ、顧客クレーム集約の入り口など、“みんながどこを見ればいいか”が一目でわかる「見える化」を徹底しましょう。これにより現場の混乱や属人化を最小限に抑え、経営陣への報告や現場内の引き継ぎも円滑になります。推進役やナレッジ担当を決め、情報の“入り口”を明確にするのも効果的です。
人材育成・社内外調整は「巻き込み型」が鉄則
制度の枠内で最大限の工夫を
新規事業の現場は、採用や大幅な組織改編を一気に進めるのが難しいものです。しかし、既存の制度やインフラを逆手に取ることで、工夫の余地は大いにあります。たとえばOJT手当や表彰制度を使い、「新人教育」「臨時プロジェクト」への貢献を現場で称賛する枠組みを自作したり、人事と交渉してローテーションや研修の枠を一部だけ新規事業チームに使わせてもらうといった小さな“ねじ込み”も有効です。
小さな共創で壁を壊す
他部門との連携は、まず負担の小さい協力から始めることがポイントです。たとえば、「一度限り、90分だけ手伝ってもらう」など、具体的で限定的な依頼にすることで応じてもらいやすくなります。協力の成果は、必ずその日のうちに全員で共有し、協力者の名前をきちんと出して称賛する。この「協力→成果→感謝→称賛」のサイクルを繰り返すことで、組織の壁は少しずつ低くなり、共創の文化が根付いていきます。
自律的人材育成と学び合いの文化
現場が急拡大し、新人や異動者が増えた時こそ、自発的なメンタリングや「学び合い文化」を意識的に作っていきましょう。毎週の朝会で「今週の困りごと」「新人時代の学び」を5分スピーチでシェアしたり、オンボーディング資料を皆でアップデートするなど、小さな積み重ねが“人のひずみ”を最小限に抑え、組織全体の底力になります。
企業文化の維持と進化――「何を守り、何を変えるか」
守るべき文化の“言語化”と進化の選択
成長期には創業時のスピード感や挑戦する空気、現場へのリスペクトが薄れやすいものです。「失敗を恐れず挑戦する空気は残す」「困ったら皆で知恵を出す文化は大切にする」といった“守るべき価値観”は意図的に言葉にして共有してください。そのうえで、「報連相の頻度は増やす」「属人化は解消する」など、今こそ進化させるべきポイントも全員で再確認します。
他部署の経験に学ぶ
また、同じ会社やグループ内で過去に急成長フェーズを経験した部署があれば、その“失敗談”や“学び”を積極的に吸収しましょう。勉強会やナレッジ共有会で経験値を言葉にしてもらい、自分たちだけで解決しようとしない。「自分たちだけが苦しんでいるのではない」と思えるだけで、現場に安心感が生まれ、他部署と“助け合いの橋”をかけやすくなります。
まとめ――板挟みの成長痛は組織進化のチャンス
PMF後の“板挟み”は、現場リーダーや管理職が「守る」だけでなく「進化を仕掛ける」べき最適なタイミングです。兆しの早期発見から、小さな制度改革、習慣化された学び合い、巻き込み型の調整や共創、そして文化の言語化まで――。これら一歩一歩の積み重ねが、成長痛をエネルギーに変え、組織の進化をけん引します。
今年の夏も、明日から使える“現場発の工夫”を板挟みイノベーターとして実践し、あなたのチームの成長物語を一段上へ押し上げてください。
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