Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 〜
2025年3月のテーマは「“MVP検証”という手法について考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。
#1 “MVP検証”という手法について考える ー石森 宏茂プロ編 本記事
#2 “MVP検証”という手法について考える ー岩本 晴彦プロ編
#3 “MVP検証”という手法について考える ー原口 悠哉プロ編
#4 “MVP検証”という手法について考える ー村松 龍仁プロ編
今月の”板挟みイノベーター”からの質問
新規事業開発部が立ち上がり、課長兼プロジェクトリーダーとして、大きな壁にぶつかっています。当社の完璧主義の社風と、MVPを活用したスピーディーな開発・検証サイクルの導入との間で板挟みになっているんです。上層部は「失敗は許されない」と強調し、部下たちは新しいアプローチに不安を感じています。私自身、この長年培われてきた文化を急激に変えるのはリスクが高いと感じつつも、何とか穏当な突破口を見出したいんです。
開発チームにMVPの概念を説明しても、「中途半端な製品を出して評判を落とすのでは?」という懸念の声が。これは当社の品質重視の姿勢を考えると、もっともな反応かもしれません。一方で、このままでは競合に後れを取るのも明らかです。さらに、MVPの効果的な実施には他部門、特にマーケティングや営業との連携が重要ですが、既存の部門間の壁を崩すのも一筋縄ではいきません。
それでも、この停滞を少しずつ打開したいと考えています。限られた権限の中で、どうすれば会社の伝統や価値観を尊重しつつ、MVPの価値を組織に徐々に浸透させられるでしょうか?また、他部門を過度に刺激せず巻き込みながら、小さな成功事例を作り出すための具体的な戦略やアプローチがあれば、ぜひアドバイスをいただきたいです。
できれば、他社での成功事例や、当社の過去のプロジェクトで参考になりそうな例があれば、それらを基に慎重に進めていきたいと考えています。急激な変化は避けつつ、組織の理解を得ながら着実に前進する方法を模索しています。
第1回目は、石森 宏茂プロの回答です。
大企業で新規事業開発を進める際に、完璧主義の文化とMVP(Minimum Viable Product)を活用したスピーディーな検証サイクルが衝突し、推進者が板挟み状態になってしまうことがあります。上層部の「失敗は許されない」という厳しい視線や、現場メンバーからの「中途半端な製品でブランドを傷つけたくない」という懸念は、とてもリアルですよね。
そこで今回は、「大企業の現場で本当にMVPを導入できるのか?」という視点を大切にしながら、実際に取れそうなアプローチを具体的に考えてみました。ご紹介する対策は、リスクを最小化しつつも、一歩ずつ前進するための参考になればと思います。
完璧主義カルチャーを“強み”として生かす工夫
「小さな成功」を重視して不安を和らげる
大企業が長い歴史の中で培ってきた完璧主義文化は、品質向上やミスの最小化といった面では大きな強みです。ただ、MVPの場合は「まず動くものを市場に出して、フィードバックを得る」という流れが必要になるため、「未完成品を外に出すなんて大丈夫なのか?」と不安になることも多いですよね。
- 対策:最初から大規模に展開しないで、社内の限定グループや信頼できる得意先など、本当にごく一部に絞ったテスト運用から始めてみるのがおすすめです。これなら、品質リスクや評判リスクを大きく抑えながら、MVPの成果を体験できます。
品質基準とリリース基準を明確化して「中途半端」への誤解を解く
完璧主義の社風が強い組織では、「MVP=品質が甘い」というイメージを持たれがちです。
- 対策:はじめに品質基準とリリース基準(例:セキュリティー要件やユーザー体験に関する最低限のクオリティーなど)を明確にして、「MVPでもここまでは必ず守る」というラインを示すと安心感が高まります。
- 結果:必要最低限ながら、コア部分の品質はしっかり確保しているとわかれば、「中途半端なものを出すわけではない」という理解が得やすくなります。
アジャイル開発を“大企業流”にアレンジする
既存ウォーターフォールプロセスとの“折衷”を試みる
大企業では、長年の実績があるウォーターフォール型の開発プロセスや稟議フローをいきなりすべて変えることは難しいですよね。
- 対策:たとえば、設計フェーズまではウォーターフォール的にしっかり詰めて、実装からテストまでは短いスプリントを回すアジャイル的手法を取り入れるなど、両方の利点を生かすやり方がおすすめです。
- メリット:上層部にもなじみがある部分を残しつつ、新しい部分は小さく導入していくので、急な抵抗を招くリスクが下がります。
「お試しプロジェクト」や「パイロットチーム」を編成する
大企業では、全社導入の前にパイロット版で成功事例をつくる手法がよく使われます。
- 対策:まずはアジャイルやMVPの経験があるメンバー、もしくは外部パートナーを招いて小規模チームを作り、リスクの低い製品機能やサービス部分から始めるとよいでしょう。
- 結果:パイロットチームで得られた実績や学びを社内に共有していけば、他の部門や上層部も「なるほど、こうすれば大きな失敗なく進められるのか」と納得しやすくなります。
社内リソースと予算をどう確保するか
慎重な上層部を動かす:仮説検証コストの低さをアピール
経営層ほど「絶対に大失敗は避けたい」という意識が強いものです。そこを理解してもらうには、「MVPはリスク削減手段でもある」という説明が大切です。
- 対策:フルスケールでリリースしてから失敗するよりも、MVPなら小さな段階で早期に課題を見つけられます。事前投資は少なく、後戻りコストも小さく抑えられることを数字で示すと効果的です。
- 結果:小規模な検証で大きな事故を防げるという点は、失敗を恐れる上層部にとって魅力的に映ります。
既存事業部との対立を防ぎ、“共創”を打ち出す
新規事業への予算配分が増えると、既存事業から「自分たちのほうが成果に直結するのに…」と反発を受けることがありますよね。
- 対策:新規事業で生まれる技術やアイデアが、既存事業をさらに成長させる可能性を一緒に描いて提案すると、Win-Winの関係をアピールできます。
- 例:新サービスが既存顧客への追加提案や新たな販売チャネルとして利用できる未来像を示すと、既存事業部の協力も得やすくなります。
外部パートナーとの協業:大企業が抱えるハードルを乗り越える
契約プロセスの煩雑さを考慮したスケジュール設計
大企業の場合、セキュリティーチェックやコンプライアンスの審査が入ることで、契約までのプロセスが長期化しがちです。
- 対策:NDA(秘密保持契約)や社内審査の期間を事前にしっかり見込んで、プロジェクト計画を立てましょう。
- 効果:MVPでスピードを出そうとしても、肝心の契約遅れでプロジェクトが止まってしまう…といった事態を避けやすくなります。
スモールスタートでWin-Winを目指す
外部企業に開発を丸ごと任せると、コストやノウハウ流出への不安があります。
- 対策:初期段階では、本当にコアとなる部分は社内で握りつつ、周辺機能やUIなどスピード重視の領域を外部に委託するといった形で、リスク分散を図ります。
- 結果:外部パートナーも段階的に実績を出しやすくなり、お互いにメリットを感じながら協力関係を築きやすいです。
MVPへの社内批判をどうやって乗り越えるか
「中途半端な製品」ではなく「必須機能に絞った試作品」として位置づける
完璧主義の企業では、「あの部門、手を抜いてるんじゃないの?」といった誤解が起きることもあります。
- 対策:MVPの“Minimum”は、必要最小限のコア機能をしっかり作り込むことだと、社内説明を丁寧に行うと効果的です。
- 補足:医療や金融など安全性が厳しく問われる領域では、クローズドな環境でテストを重ねるなど、段階的に品質を高めるステップを取り入れてください。
「失敗を許容する文化」を急に変えない
「失敗は許されない」という空気が根深い日本企業では、一気にカルチャーを変えるのは難しいですよね。
- 対策:小さな失敗をコントロールできるプロセスを先に整えておき、「このタイミングで課題を見つけられたことが成果だ」と認識を共有するしかけが大切です。
- 効果:現場や上層部からの批判を受けにくくしつつ、「早期発見→早期修正」によるメリットを体感できるようになります。
他部門を巻き込み、小さな実績を積み上げる具体的方法
“相談ベース”での巻き込みから始める
大企業では、他部門との連携をいきなり強行すると警戒されてしまうことがあります。
- 対策:まずはマーケティングや営業の担当者に「このMVP開発で協力してほしい部分はどこか?」と、相談やヒアリングの形で声をかけてみるのがおすすめです。
- 結果:部門をまたいで「一緒に作っている感」が生まれやすくなり、協力を得やすくなります。
社内共有の場を定期的に設ける
情報共有を後回しにすると、後から「そんなこと聞いていない!」と不満が募りがちです。
- 対策:月次や隔週などの定期ミーティングやミニデモ会を設けて、MVPの進捗やテスト結果を早め早めに公開するといいですよ。
- 効果:問題が大きくなる前に議論ができるため、結果的に全体のコストを下げ、開発スピードも維持しやすくなります。
大企業の現場でこそ有効な成功事例の探し方
自社の過去に目を向ける
「MVP」や「アジャイル」という言葉を使っていなかったとしても、似たような取り組みが過去に行われていた可能性はあります。
- 対策:自社の歴史や他部署のプロジェクトを振り返り、「小規模テストから徐々にスケールした」例を探してみましょう。
- 結果:「実はわが社にもMVP的なDNAがあった」と気づけると、新しい概念への抵抗感がやわらぎやすくなります。
他社の“部分的な成功”事例を参考にする
「フルアジャイル導入」や「徹底したMVP」だけが成功のカギではありません。
- 対策:似た規模感・業種の他社が、一部だけアジャイル化したり、限定的にMVPを使って成果を出している事例を調べて、自社に合う部分を取り入れるとよいでしょう。
- 効果:自社と条件が近い企業の事例は説得材料としても有効で、上層部の納得を得る際にも具体的にイメージしてもらいやすいです。
少しずつでも前進する“現実的な一歩”を重ねる
完璧主義文化が根強い大企業で、MVPやアジャイルのスピード感を取り入れるのは大きな挑戦です。でも、一気に文化を変えようとすると必ず抵抗が生まれるので、小さなパイロットプロジェクトや限定的な試みで小さな成功を積み重ねながら進めるほうが、現実的でスムーズだと思います。
既存のウォーターフォール型プロセスや意思決定フローをまったく捨てる必要はありません。大企業流のアジャイルやハイブリッド開発としてアレンジすれば、リスクをコントロールしながら徐々にスピード感を体感できます。しかも、完璧主義文化は本来、高品質を生み出すための強力な武器にもなるので、それを上手にMVPのプロセスと組み合わせることで、より大きな成果が期待できるはずです。
「失敗は怖いけれど、コントロールできる失敗なら長期的にはむしろ成功を導く」と考えられるようになったら、組織も少しずつ変わっていきます。大企業ならではのブランド力や資金力を生かしつつ、細心の注意を払いつつも一歩踏み出すのが、MVPを導入してイノベーションを起こすための確かな道だと思います。
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