継続的イノベーションの仕組みについて考える#4(4/4)-村松 龍仁 ~一度の成功で終わらない、「継続的イノベーション」を生み出す組織の作り方

Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 

本稿でシリーズ最後となる、2025年10月のテーマは「継続的イノベーションの仕組みについて考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。

#1 新規事業開発戦略を考える ー石森 宏茂プロ編
#2 新規事業開発戦略を考える ー岩本 晴彦プロ編
#3 新規事業開発戦略を考える ー原口 悠哉プロ編
#4 新規事業開発戦略を考える ー村松 龍仁プロ編  本記事

今月の”板挟みイノベーター”からの質問

立ち上げ5年目の事業責任者をしています。私自身、ほぼ経験の無いところから、手探りで新規事業の立ち上げプロジェクトをなんとか進めて、事業化に漕ぎ着け、5年が経ちました。大成功とはまだ言えないかもしれませんが、事業をひとつ立ち上げて、日々推進するという意味では、会社の中の前例として、成功事例を作れたような気持ちでいます。

一方で、企業活動は永続的に続くわけですので、この一度の成功で満足するわけにはいきません。でも、正直なところ、次のステップをどう進めればいいのか、悩んでいます。上層部からは「さらなるイノベーションを」と言われますが、具体的にどうすればいいのか…。現在の事業の安定的な運営も重要ですし、新たな挑戦も必要だと分かっていても、なかなか踏み出せずにいます。

組織に継続的イノベーションの文化を根付かせたいのですが、大きな変革を起こす権限もなく、どこから手をつければいいのか見当がつきません。次世代の新規事業開発人材を育成したいという思いはありますが、今の業務をこなすので精一杯で、なかなか時間が取れないのが現状です。

できれば他部門とも連携して、全社的なイノベーション推進ができればいいのですが…。ただ、各部門も既存業務で手一杯のようで、積極的に声をかけづらい雰囲気です。かといって、私たちだけで何かを始めるのも難しそうで。

何か新しい取り組みも必要かなとは思っていますが、具体的に何をすればいいのか、アイデアが浮かびません。この状況で、どのようにして組織に継続的イノベーションの文化を根付かせ、次世代の新規事業開発人材を育成できるでしょうか?

第4回目は、村松 龍仁プロの回答です。

新規事業を一度軌道に乗せたものの、「次の一手」が見えず悩んでいる事業責任者の方へ。「さらなるイノベーションを」という経営からの期待と、日々の事業運営の現実との間で、板挟みになっていませんか?本記事では、PwCコンサルティングでの業務改善、海外での10件以上のM&Aや事業立ち上げ、そして事業解散といった私の成功と失敗の全経験に基づき、単発の成功を組織の「再現性ある能力」へと昇華させる方法を解説します。イノベーションが生まれ続けるための具体的な組織の仕組みづくり、人材育成、そして組織文化の醸成法まで、明日から実践できるアクションプランを提示します。

なぜ、あなたの組織は「単発の成功」で終わってしまうのか?

「なんとか事業化にこぎ着け、5年がたった。会社の中に前例として、成功事例を作れたような気持ちでいる。しかし、次のステップが分からない…」

このお悩みは、新規事業を成功させた多くのリーダーが直面する「成長の壁」です。ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱した「イノベーションのジレンマ」という概念があります。これは、優良企業が顧客のニーズに応え、既存事業を改善することに注力するあまり、市場を根底から覆すような破壊的イノベーションに対応できず、結果的に市場での地位を失うというものです。

“優れた経営を行うこと、つまり顧客の声に耳を傾け、高品質の製品を積極的に投入し、市場シェアを獲得し、利益を追求することが、結果として新技術への対応を難しくさせるのである。”

ークレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ』(*1)

まさにこれこそが、一度成功した組織が陥る罠なのです。成功体験への固執が、未知の領域への挑戦をためらわせ、ノウハウが特定の個人に属人化することで、組織としての学習が止まってしまう。私がタイでBPO事業を黒字化させた後、次なる成長を描くためには、安定して収益が出る既存モデルさえも疑う必要がありました。鉄板のモデルから事業ドメインを変える、人員・体制を変えてサービス展開をしたことで新たな収益源を見つけることができました。イノベーションのジレンマほど大げさなことはなかなか発生しないと思いますが、成功体験にとらわれずに、時には否定することから次の成長への扉を開く唯一の鍵となるのです。

ステップ1:失敗を「学習資産」に変える。心理的安全性が鍵となるナレッジマネジメント

継続的イノベーションへの転換は、「経験」を「学習資産」に変える仕組みから始まります。ここで鍵となるのが、近年Google社の調査でも注目された「心理的安全性」です。(*2)これは、チーム内では対人関係のリスク、例えば「無知だと思われる」「無能だと思われる」といった不安を感じることなく、誰もが安心して発言・行動できる状態を指します。

“心理的安全性とは、人々が懸念や間違いを指摘したり、質問をしたり、アイデアを共有したりしても、罰せられたり恥をかかされたりしないと信じられる職場環境のことです。”

ーエイミー・C・エドモンドソン(ハーバード・ビジネス・スクール教授)(*3)

心理的安全性が確保された環境でなければ、イノベーションの源泉である「失敗からの学び」は生まれません。私は、単なる失敗談の共有ではなく、「失敗の構造化」を推奨します。一つの失敗に対し、「仮説」「誤算」「代替案」「教訓」の4つの視点で振り返り、その教訓を組織のルールや判断基準に反映させるのです。これは、まさしく振り返りだからできることであり、教訓化はここからしかできません。

インドネシアでの新規事業がなかなか黒字化できず長期にわたり赤字化した手痛い経験を基に、一回始めた海外事業における事業の継続基準・考え方そのものを見直しています。未達成の状況でいつまで続けるのか、代替案はあるのか、ある場合にどのタイミングで実施・スイッチするのか、この場合に目標は・・・など、いまだから考えられるようになったことを次からは計画段階から検討に追加し、盛り込んでいくことを行うようになりました。このような個人の失敗を組織の「プロセス」に展開・昇華させることで初めて、ナレッジは形骸化せず、継続的なイノベーションを生み出す土台となると考えています。

ステップ2:才能を開花させる。「イントラプレナーシップ」を育む制度と行動

学習する土壌が整ったら、次は挑戦の芽を育てる「イントラプレナーシップ(社内起業家精神)」の醸成です。経営学者のピーター・ドラッカーは、イノベーションを単なる技術革新ではなく、企業の目的そのものであると位置づけました。

“イノベーションとは、企業の既存の事業に新しい富を生み出す能力をもたらすことである。それはマネジメントの機能であり、起業家精神の現れである。”

ーピーター・F・ドラッカー『創造する経営者』

この起業家精神を組織内で育むには、挑戦者を守る具体的な「制度」が不可欠です。「新規事業に挑戦した結果、失敗に終わっても、その挑戦プロセス自体を人事評価でプラスにする」「元の部署にスムーズに戻れるキャリアパスを保証する」といったセーフティーネットが、挑戦へのハードルを下げます。

私がキャリア初期に外資系保険会社でゼロから事業を立ち上げる機会を得た時、会社は私に大きな裁量権を与えてくれました。その根底には、「失敗しても会社が責任を取る」という暗黙の了解、つまり心理的安全性がありました。リーダーであるあなたが、自らの失敗談を語り、メンバーの挑戦を「ナイスチャレンジ!」と公の場で称賛する。その「行動」こそが、制度以上に雄弁に、挑戦する文化を組織に根付かせていくのです。

ステップ3:未来のイノベーターを育てる。「実践型」育成プログラムの設計

挑戦する文化を根付かせるには、挑戦できる人材を体系的に育成する仕組みが必要です。座学研修だけでは不十分で、リアルな事業開発プロセスを疑似体験できる「実践」と、経験者からの質の高い「フィードバック」のサイクルが欠かせません。

私がもし今、育成プログラムを設計するなら、参加者に事業アイデアを考えさせるだけでなく、実際に少額の予算(例えば50万円)を与え、3カ月以内に顧客を見つけて最初の売り上げを上げる、というミッションを与えます。事業計画の美しさではなく、「実際に行動し、市場から学んだか」を評価するのです。

そして、そのプロセスにおいて、私のような経験者がメンターとして週に一度の壁打ちを行います。私が美容事業の立ち上げからブランド譲渡に至るまで経験した、資金調達のリアルな交渉、KPI未達時のピボット判断、そして最も難しい「撤退の決断」といった生々しい経験を共有します。教科書には載っていない「修羅場」の乗り越え方を伝えることこそ、次世代のリーダーが本当に学ぶべきことです。健全な新陳代謝を促す「上手な事業の終わり方」を学ぶことも、継続的にイノベーションを起こす組織には必須のスキルなのです。

 

 

まとめ:イノベーションの設計者として、組織の「OS」を書き換えよ

継続的イノベーションとは、一人の天才が生み出す魔法ではありません。組織に根付いた「文化」であり、意図的に設計された「仕組み」の産物です。

事業責任者であるあなたの役割は、自らがスーパーヒーローとして次のヒット事業を生み出すことだけではありません。むしろ、「誰もが挑戦し、失敗から学び、その学びを組織の資産として次につなげることができる『場』と『仕組み』を設計するアーキテクト」としての役割が、今、求められています。

私がコンサルタントとして、あるいはM&A後の事業責任者として常に意識していたのは、異なる専門性を持つ人材をいかに混ぜ合わせ、化学反応を起こすかということでした。意図的に組成されたクロスファンクショナルチームでの小さな成功体験が、やがて組織全体の壁を溶かしていきます。

2023年に独立し、一人で事業を営む中で、会社という組織が持つポテンシャルの大きさを改めて感じています。一人ではできない大きな変革も、仕組みと文化の力を使えば可能になります。まずは、あなたの部門を、会社の中で最も学習スピードが速く、最も挑戦を楽しんでいるチームに変えることから始めてください。その小さな変化が、やがて組織全体のOSを書き換え、イノベーションが生まれ続ける土壌を育むはずです。

参考資料
*1 クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ』参考記事
*2 Google re:Work:「効果的なチームとは何か」を知る(参考記事
*3 エイミー・C・エドモンドソン:心理的安全性参考記事

 

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