“MVP検証”という手法について考える #2(2/4)-岩本晴彦 ~新規事業開発を成功へ導くMVP仮説検証の活用術

Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 〜

2025年3月のテーマは「“MVP検証”という手法について考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。

#1 “MVP検証”という手法について考える ー石森 宏茂プロ編
#2 “MVP検証”という手法について考える ー岩本 晴彦プロ編  本記事
#3 “MVP検証”という手法について考える ー原口 悠哉プロ編
#4 “MVP検証”という手法について考える ー村松 龍仁プロ編

今月の”板挟みイノベーター”からの質問

新規事業開発部が立ち上がり、課長兼プロジェクトリーダーとして、大きな壁にぶつかっています。当社の完璧主義の社風と、MVPを活用したスピーディーな開発・検証サイクルの導入との間で板挟みになっているんです。上層部は「失敗は許されない」と強調し、部下たちは新しいアプローチに不安を感じています。私自身、この長年培われてきた文化を急激に変えるのはリスクが高いと感じつつも、何とか穏当な突破口を見出したいんです。

開発チームにMVPの概念を説明しても、「中途半端な製品を出して評判を落とすのでは?」という懸念の声が。これは当社の品質重視の姿勢を考えると、もっともな反応かもしれません。一方で、このままでは競合に後れを取るのも明らかです。さらに、MVPの効果的な実施には他部門、特にマーケティングや営業との連携が重要ですが、既存の部門間の壁を崩すのも一筋縄ではいきません。

それでも、この停滞を少しずつ打開したいと考えています。限られた権限の中で、どうすれば会社の伝統や価値観を尊重しつつ、MVPの価値を組織に徐々に浸透させられるでしょうか?また、他部門を過度に刺激せず巻き込みながら、小さな成功事例を作り出すための具体的な戦略やアプローチがあれば、ぜひアドバイスをいただきたいです。

できれば、他社での成功事例や、当社の過去のプロジェクトで参考になりそうな例があれば、それらを基に慎重に進めていきたいと考えています。急激な変化は避けつつ、組織の理解を得ながら着実に前進する方法を模索しています。

第2回目は、岩本 晴彦プロの回答です。

はじめに

MVP(Minimum Viable Product)は、新規事業開発において「最小限の機能仮説を持つプロダクトをスピーディーに作り、実際の顧客からのフィードバックを素早く得る」ための有効な手法です。完璧なプロダクトを最初から目指すのではなく、あえて「必要最小限」にとどめることで、早期の顧客検証と改善サイクルを回せる点が最大の特徴といえます。しかし、特に歴史のある大企業を中心に「完璧なプロダクトを提供しなければならない」という文化が根付いており、MVPによる仮説検証の概念の導入には多くの障壁が存在します。本記事では、完璧主義の企業文化を持つ組織において、MVPによる仮説検証の考え方をどのように導入し、組織全体に定着させていくかについて解説します。

完璧主義文化と新規事業開発のジレンマ

大企業、とりわけ品質重視の歴史が長い企業では「失敗は許されない」、「不備のあるプロダクトは出せない」という強い文化・プレッシャーが存在しがちです。一方で、新規事業の立ち上げでは、斬新なアイデアや未知の市場に挑戦する機会も多くなります。この相反する状況から、現場レベルのエンジニアや企画担当者ほど「もし中途半端なプロダクトを出して評判を落としたらどうするのか」という不安を抱えやすいものです。

しかし、新規事業ほど顧客ニーズや市場動向は流動的です。すべてを想定して万全のプロダクトを作ろうとすると時間もコストも工数も膨大になり、いざリリースした頃には顧客ニーズや市場環境が変化している可能性もあります。そうしたリスクを回避するうえでも、まずは最小限の機能を備えたMVPを素早く投入し、顧客の反応を確かめることが理にかなった方法と言えるのです。

MVPは「完成品」ではなく「検証のための実験装置」

MVPという言葉を聞くと、「中途半端なプロダクトを出すこと」に抵抗を感じる方もいるかもしれません。とりわけ「プロダクトの品質=企業ブランド」と直結しやすい業界ではなおさらです。しかし、MVPに求められるのは、実際に販売するレベルの完成度ではなく、顧客が使ってみて「最低限の価値を感じられる姿」まで落とし込み、仮説を検証できる段階を整えることです。具体的には紙芝居や動画、モックアップといった方法も立派なMVPの一種と言えます。たとえば、短い紹介動画を見せただけでも、顧客は「ここが使いづらそう」、「ここは不要ではないか」といった有益な反応を返してくれます。MVPの検証を繰り返して得た気づきを起点に、実装範囲を広げたり、機能を追加・削除していくほうが、はるかにムダや手戻りが少なくなるのです。

自社の文化やプロジェクトのリソースに合わせた「自分たちなりのMVP」

企業風土やプロジェクトの性格、費用・時間・工数のリソース状況はそれぞれ異なります。大切なのは「自分たちが開発・運用可能なスケール」でMVPを定義することです。紙芝居レベルから始めるのか、ある程度の試作品を作り込むのか、それは各社やプロジェクト次第で柔軟に決めて構いません。どの段階でも「今、検証すべき、本当に顧客が求めているポイントは何か」を軸に考えると、スムーズに進めやすくなります。

必ずしも最初から他部署を巻き込む必要はない

MVPによる仮説検証の最大の利点は、その名の通り「最小限の機能」をもとに、限られた範囲で検証を始められる点にあります。大企業であっても、初期段階ではマーケティングや営業、法務・経理などの他部門との連携を必ずしも行わなくてもよいのです。むしろ、全社の承認や調整を一気に進めようとすると、調整コストや社内摩擦が増えてしまいます。そこで、まずは手元の投入可能なリソース(予算、時間、工数)の範囲でMVPを試作し、最小限の顧客検証だけを行うことから始めるほうが、社内の合意形成やリスクも抑えつつ、スピーディーに仮説検証サイクルを回せるのです。

もし、以下のような兆しが見えはじめたら、段階的に他部門との連携を検討しましょう。

  • 市場や顧客の反応から、より幅広いユーザー層へのリーチが必要になった
  • 法規制や契約上の確認事項が具体的に発生しはじめた
  • 開発予算や工数を拡大しなければ先に進めなくなった など

こうした状態に至ったときに、初めて本格的に他部門を巻き込むことで、過度な調整負荷を避けながら仮説検証を進められます。

部門間連携が必要になってきた時には

MVPによる仮説検証が進み、検証対象や検証範囲が拡大してくると、マーケティングや営業、バックオフィスなど幅広い部署との協力が必要になるケースが出てきます。ところが部門間の壁が厚い大企業では、調整コストが膨れ上がりやすく、他部門を無用に刺激してしまって協力が得られなくなるなどの障壁も生じがちです。そこで重要になるのが「その時点までの検証データ」や「小さな成功事例」を活用するアプローチです。

まずは自部門で進めたMVPの成果を、簡易的なレポートやプレゼンテーションといった形で提示し、「ここまでの成果をもっと大きく生かすには、そちらの専門知見やリソースが必要です」と具体的に相談することで、相手部門にもメリットを感じてもらいやすくなります。また、いきなり相談するのではなく、段階ごとに成果を共有しておくことで、他部門としても早期に状況を把握しやすく、合意形成もスムーズに進めやすくなるでしょう。

さらに、MVPによる仮説検証の過去に類似の試みが社内外で成功した事例があれば、それらを根拠として示すことで安心感を与えられます。新規事業に限らず、大企業ほど「何か事例はないのか?」と具体的な成功実績を求めるものです。過度に外資系企業や他業種、新興のSaaS企業などの事例を引き合いに出しても、文化やリソースが違えば「そんなやり方はウチでは無理だ」、「あの会社だからできること」などと拒否されることが多々あります。自社の他プロジェクトの事例や、自社とビジネス面・文化面で近しい他社の事例を示すほうが腹落ちしやすく、協力体制を築きやすいでしょう。

大手電機メーカーでの経験事例

筆者が以前勤務していた大手電機メーカーでの経験事例をご紹介します。ある時「新たなビジネスを考えていて相談したい」という話を聞き、詳しく話を伺うと、実はすでに完成品が存在していました。しかも、その完成品に適合する顧客が見つからず、当初の想定顧客ニーズとはかけ離れた状態で、費やされた予算や時間も相当な規模になっており、後戻りが難しい段階に達していたのです。結果として完成品同然のものを作ってしまい、顧客ニーズとのズレに気づいても軌道修正がしにくく、コストもさらに膨れ上がってしまいました。

こうした状況を踏まえ、新規事業開発のプロセスの中にMVPによる仮説検証の重要性を啓発する仕組み・研修コンテンツを組み入れました。たとえば「最小限の試作品でも、仮説検証サイクルを回せば大きなリスクを回避できる」「最初からリソースをフル投入して完成版のプロダクトを作るのではなく、まずは営業チラシや架空のプレスリリースといった「簡易的なMVP」を活用し、市場や顧客の反応を小さく検証していく方が遠回りのようでいて近道」という考え方です。

また、社内で先行していたプロジェクトを「ファーストペンギン(他のペンギンが躊躇する中、先陣を切って海に飛び込むペンギンのように、新しい取り組みにいち早く挑戦する役割)」と位置づけ、徹底的に支援することで、早期に社内での成功事例をつくるよう注力しました。成功事例があるだけで、経営陣や他部門の理解を得やすくなるからです。こうした取り組みの結果、「新規事業ではまず仮説検証プロセスを丁寧に踏むことが最終的な成功確率を高める」という考え方を社内に浸透させていました。

筆者は既に離職済みですが、先日、古巣の関係者から「検討中のビジネスアイデアをチラシとパネルにまとめて既存製品と一緒に展示会に出してみたところ、顧客候補から「こんなこともできるか?」などの質問や具体的な引き合いが得られた」といううれしい報告を聞きました。MVPの考え方が浸透していることを確認でき、筆者としても非常に手応えを感じた瞬間でした。

おわりに

新規事業を成功へ導くうえで、MVPによる仮説検証は「未知の市場や顧客ニーズに向けて最小限のリスクで探索を始めるための有効な実験装置」と言えます。最初から多くの機能を盛り込まず、今の時点で検証すべき事項に合わせて小さく始めることが重要です。大企業のような品質重視の文化がある組織でも、こうした小さな仮説検証を積み上げて成果を示すことで社内の理解を得やすくなります。特に、ファーストペンギンを担う先行プロジェクトを早期に支援し、成功事例として社内に広めるアプローチは、経営層や関連部署の合意形成を加速させるうえでも効果的です。

最初から完璧を求めるのではなく、まずは「最小限」の段階で顧客の反応を確かめるMVPによる仮説検証の手法は、新規事業開発に不可欠なスピード感と柔軟な方向転換(ピボット)を可能にします。本コラムが、新規事業の可能性を最大化し、その成功確率を高めるうえで少しでも参考になれば幸いです。

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