“MVP検証”からPMFまでのプロセスについて考える#3(3/4)-原口 悠哉 ~その”PMF”は本物?PMFを構成する要素と達成への道筋

Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 

2025年4月のテーマは「“MVP検証”からPMFまでのプロセスについて考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。

#1 “MVP検証”からPMFまでのプロセスについて考える ー石森 宏茂プロ編
#2 “MVP検証”からPMFまでのプロセスについて考える ー岩本 晴彦プロ編
#3 “MVP検証”からPMFまでのプロセスについて考える ー原口 悠哉プロ編  本記事
#4 “MVP検証”からPMFまでのプロセスについて考える ー村松 龍仁プロ編

 

今月の”板挟みイノベーター”からの質問

MVP検証を進めていますが、正直なところ思うように進んでいません。上層部からは「早く成果を出せ」とプレッシャーがかかり、部下たちは予想外の結果に戸惑っています。私自身、大きな決定権はないものの、何とかこの状況を打開したいんです。ただ、急激な方向転換は避けたいところです。

データ分析をしても、次の一手が見えづらく悩んでいます。聞けば聞くほど、そもそもProduct-Market Fit(PMF)って具体的にどんな状態を指すのか、いまいちピンときていないんです。「顧客が製品を求めている状態」と言われても、それをどう測ればいいのか…。過去の成功事例があれば参考にしたいのですが、なかなか類似のケースが見当たらず、不安です。

新規事業部門には専門のマーケティングチームがなく、顧客インサイトの深掘りに苦戦しています。既存事業のマーケティング部門は、長年の経験から業界や顧客ニーズについて豊富な知見を持っています。彼らからのインサイトがあれば、新規市場の理解や顧客ニーズの把握に大いに役立つはずです。ただ、皆さん既存事業で手一杯のようで、積極的に協力を求めづらい状況です。部門間の壁を崩すのもリスクが高そうで…。とはいえ、このプロジェクトを私たちだけの限られた知見で成功させるのも難しそうです。

限られた権限の中で、どうすれば冷静な分析と建設的な次の一手を導き出せるでしょうか?また、PMFの具体的な指標や、それに向けた効果的なMVP検証の進め方について、できれば社内の慣例や文化に沿った形で、アドバイスいただけないでしょうか?

第2回目は、原口 悠哉プロの回答です。

PMFとはなんなのか、そしてそれを達成するためには何が必要なのか、という観点で説明します。

“PMF”とはどんな状態?

まずはPMFの定義を行っていきます。

この概念は、有名なベンチャーキャピタリストであるマーク・アンドリーセン(Marc Andreessen)に「市場がその製品を求めてやまない状態」と提唱されました。もう少し具体的に書くと、「製品やサービスが市場のニーズと完全に合致し、ユーザーが自然と利用し続ける状態」のことであり、具体的には広告を打たずとも、口コミなどでユーザーがオーガニックで増え、さらにはリピート率が高くユーザーが継続的にサービスを利用しているような状態を指します。

つまり、「PMFを達成している状態」とは「サービスは自律的に成長している状態」とも言い換えることができます。

PMFの具体的事例

PMFの具体的な事例が分からないとのことですが、身の回りに存在するサービス・製品はPMFを乗り越えてきたものです。「YouTubeで動画を見ましょう!」「LINEで連絡を取り合いましょう!」という広告を最近見たことがありますか?そんなふうに背中を押されなくとも、世界では約25億人のユーザーがYouTubeで動画を見て、約2億人のユーザーがLINEを利用しています。つまり、PMFはある特定の状況だけで起こり得るものではなく、事例はいくらでも転がっています。

ビジネスに関するより具体的な説明として、ChatGPTをリリースしたOpenAI社の例を示します。ChatGPTは2022年11月のリリース以降、驚異的な成長を遂げています。具体的には、リリースからわずか5日で100万ユーザーを突破したばかりか、2カ月で1億ユーザーを達成し史上最速で成長したコンシューマーサービスとなりました。皆さんも、SNSやテレビなどでChatGPTについて言及されている場面を見たことがあるのではないでしょうか。これは大規模な広告出稿によってなされたわけではなく、その圧倒的な能力・話題性によって実現されたことです。

また、話題だけが先行したというわけではもちろんなく、月間アクセス数は2023年5月には18億、2025年1月時点では43億と言われており、多くのユーザーが継続して利用していることが分かります。toB向けサービスの例としては、MicrosoftのTeamsは2017年にリリースされた後、3億以上のMAUを抱えるサービスとなりました。市場にはすでにSlackなどの競合が存在していましたが、大企業向けのセキュリティー・管理機能が不足している、多くの企業がWordやPowerPointなどのMicrosoft製品を使用していることからそれらを統合するプラットフォームが必要だ、という仮説のもと、リリースされました。コロナ禍によるリモートワーク体制の整備が急務となる中、Teamsは急速な拡大を続け今やビジネスチャットツールで最大手となっています。

PMFの達成度をどのように測るか

ではどのようにすれば、自社サービス・製品がPMFを達成したと判断することができるのでしょうか。それは単一の指標で判断されるものではなく、以下のような指標を用いて総合的に判断されるものです。

  • リピート率
    → 顧客が一定期間後も製品を使い続けているか?
    例:初回利用から30日後も80%以上のユーザーが継続利用
  • 顧客満足度
    → ユーザーがどれくらいサービス・製品を他人に勧めたいと思っているか?
    例:10点満点で8点以上をつける割合が90%以上」
  • 解約率
    → ユーザーがどれくらい離脱しているか?
    例:月間の解約率が2%以下
  • 口コミなどによる自然流入の割合
    → 広告なしでどれくらい新規ユーザーが増えているか?
    例:「新規ユーザーの50%以上が口コミ経由」
  • 製品の成長スピード
    → 製品が市場のニーズに合致し、急速に普及しているか?
    例:リリース2カ月で50万ユーザーを獲得
  • 売上成長率
    → 売上が継続して成長しているか?
    例:ここ半年の月次成長率が50%以上を継続

例えば自然流入でユーザーが大きく増えていたとしても、リピート率が10%程度であればそれは一時的なバズにすぎないと考えられ、PMFは達成できていません。また、仮にリピート率が100%であったとしても、ユーザー数が100人だけの状態が数ヶ月続いているような状態でもPMFは達成できていません。後者についてはなんらかのきっかけで火が付きPMFを達成する可能性もありますが、自律的な成長が行われているわけではないからです。

これらの数字は同時にすべてが達成されるわけではなく、例えば最初はヘビーユーザーの誕生や顧客満足度が高まりなど、各要素でPMF達成の兆候が見られることから始まります。また、定性的な観点として、ユーザーインタビューで彼らがいかに熱狂しているかからもその兆候は感じ取れます。

それぞれの数字やユーザーの声を分析し、自社サービスには何が足りないのか、どうすれば自律的な成長を実現できるのか見定めましょう。

PMFをどのように達成するか

PMFを達成するための条件として不可欠なのは、「ユーザーの強い課題に対して、それを(予想以上に)解決できる手段」を提示することです。

ではどのようにそれを行えるのかといえば、MVP検証を通じて課題に関する仮説を立て、それを解決する手段を世の中に問い、その結果をもとに地道な改善を繰り返していくしかありません。MVP検証を行う具体的な方法については、前回詳しく説明していますのでそちらの記事をご参照ください。

MVP検証を進めることで「このサービスは世の中に必要とされている」と感じることができたのであれば、例えば最初は広告を少し出してみる、というのも有効な手段です。どんなに優れたサービスであっても、誰にも知られていなければ存在しないのと同じです。導火線に火を付けるように、雪玉を転がすように、成功の種に水をあげましょう。

質問者さまはマーケティングチームに聞けば業界や顧客ニーズに豊富な知見を持っている、と書かれていますが答えはデータやユーザーの声の中にしかありません。やる前から諦めているチームが成功できるわけがなく、うまくいかない理由を探すことに時間を費やすのはやめましょう。チームや組織を動かすためには、しっかりとした目的・目標を示し、それを達成するための道筋を明確にすることが肝要です。今まではPMFという概念自体の理解がそもそも曖昧であったとのことですが、今回の記事を通じてより具体的な方針を示すことができるのではないかと考えます。

PMFを達成すると何が起こるのか

PMF達成後のサービスは自律的に成長を続けるため、自身の想像を越えて大きくなっていき、次の拡大フェーズに移行します。私も何度か「PMF達成したな」と感じたことがありますが、例えばWebメディアであれば朝起きてAnalyticsの数字を見ることが楽しみで仕方なくなります。また、すでに案件を多く抱えている状態でも問い合わせが殺到し、うれしい悲鳴を上げることになります。

そして、その成長を持続するためのオペレーションの最適化や営業・カスタマーサービスの充実など、新たな施策が必要になってくるわけです。ビジネスを行う上での喜びの一つは、PMFを迎えてサービスが大きく成長していく姿を目の当たりにすることではないでしょうか。MVP検証は地味なものであり、なかなか自身が思うような結果が出ないこともあります。

しかしそれは産みの苦しみだと捉え、いつかのPMFのために積み重ねていきましょう。

まとめ

この記事ではPMFの定義や具体的にどういった状況なのか、についてまず説明しました。そしてその後、PMFの達成度を計測するための尺度や、どのようにそれを達成するのかについて説明しました。

PMFを達成した際の喜びは何事にも代えがたいものです。この記事が、それを目指す皆さまのお役に立ちましたらうれしいです。

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