Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤
2025年9月のテーマは「新規事業と既存事業のシナジーについて考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。
#1 新規事業と既存事業のシナジーについて考える ー石森 宏茂プロ編
#2 新規事業と既存事業のシナジーについて考える ー岩本 晴彦プロ編 本記事
#3 新規事業と既存事業のシナジーについて考える ー原口 悠哉プロ編
#4 新規事業と既存事業のシナジーについて考える ー村松 龍仁プロ編(9月24日に配信予定)
今月の”板挟みイノベーター”からの質問
新規事業の立ち上げがうまくいき、順調に3年目を迎えています。一方で、既存事業の先細りという新たな課題が浮上してきました。振り返ると、新規事業開発プロジェクト立ち上げ時には両利きの経営を掲げていたのですが、結果的に新規事業だけが成長し、既存事業の次世代化はあまり進展しませんでした。
当時、経営企画の担当課長として両利きの経営推進に携わっていた身としては、既存事業への貢献が不十分だったという後ろめたさが若干あります。そんな中、新規事業と既存事業の統合や協業によるシナジー創出の案が出てきました。
正直なところ、この提案にどう対応すべきか迷っています。新規事業責任者として、自部門の成長に専念したい気持ちもありますが、会社全体のことを考えると、シナジー効果の可能性も無視できません。ただ、具体的にどう進めればいいのか、なかなかアイデアが浮かびません。
新規事業部門の先進的な文化と既存部門の安定した体制、場合によっては時代遅れと感じる面もある…。この相反する要素をどう融合させればいいのか。急激な変化は避けたいですし、かといって現状維持では会社全体の成長が止まってしまいそうで…。
会社全体の価値を最大化するには何が必要なのか。でも、今のチームの雰囲気も大切にしたい。この難しいバランスをどうとればいいのでしょうか。過去に似たような経験をされた方がいらっしゃれば、アドバイスをいただけると助かります。
第2回目は、岩本 晴彦プロの回答です。
はじめに:ご質問者さまの悩みに触れて
「新規事業の立ち上げは順調に進んでいるものの、既存事業の先細りが気になりはじめた」
「新規と既存を統合して、全社的なシナジー創出を検討してはどうか、という提案を受けた」
こうした問いかけに対して、まずお伝えしておきたいのは、私自身の経験では、こうしたケースに出会ったことがないということです。
むしろ、現場でよく耳にするのは次のような声です。
「新規事業が拡大フェーズに入り、次の打ち手を模索している」
「その中で、既存事業との連携によってさらなる成長を図りたい」
つまり、多くのケースでは、新規事業を成長させる文脈で、既存事業との連携が模索される傾向にあります。
そのため、今回のご質問者さまの悩みとは完全には重ならないかもしれませんが、「新規事業と既存事業のシナジー」というテーマについては、私自身も現場で多く向き合ってきました。本稿では、そうした経験をもとに、「内側」との連携をいかに成長戦略として捉えるか、という視点からお話しさせていただきます。
既存事業との連携は、新規事業の“成長戦略”である
新規事業の立ち上げに成功した今こそ、視野を社内にも広げてみるタイミングです。過去のコラムでは、既存事業のマーケティング部門との連携に悩む方に対して、次のような趣旨のアドバイスをお伝えしてきました。
「新規事業は、既存事業とは異なる顧客層やビジネスモデルを対象とするケースが多い。したがって、既存のマーケティング手法やデータがそのまま活用できるとは限らない。だからこそ、新規事業チームが自らターゲットのニーズや業界構造を深く理解し、仮説検証を重ねることが重要である」と。
つまり、新規事業の初期フェーズでは、“自立性”が鍵になります。一方で、PMF(プロダクト・マーケット・フィット)を経て事業が軌道に乗り、スケール段階に入ると、状況は大きく変わります。外部パートナーとの連携や新市場への進出と同じくらい、社内の既存事業とどうつながるかは、見逃せない成長ドライバーになります。文化やオペレーションの違いという壁を越えて連携できたとき、そこには単なる“足し算”ではなく、“掛け算”のような成長効果が生まれるのです。
なぜ今、“内側との連携”を考えるべきなのか?
■ 新規事業は、初速のあとに“壁”が来る
PMFを達成し、トライアル導入や初期受注が進んでも、その先には必ずスケールの壁が立ちはだかります。
たとえば以下のような課題です。
・人員が足りない
・カスタマーサポートや法務など、組織的なバックアップ体制が追いつかない
・顧客からの信頼を得るのに時間がかかる
こうした課題に一つずつ対応していくには時間もコストもかかりますし、機会損失が生まれるリスクも高まります。そこで頼りになるのが、既存事業がこれまで培ってきた資産です。営業チャネル、人材、顧客ネットワーク、ブランドの信頼性。これらは、スタートアップなどの競合他社がうらやむ、喉から手が出るほど欲しい資産です。それらをうまく活用できれば、新規事業の成長は一段と加速する可能性があります。
■ 外との連携より“関係性と信頼”がある
もちろん、外との共創にも多くのメリットがありますが、ゼロから関係構築をする必要があるため、スピード感や実行力に差が出ることもあり、不確実性が高くなります。
一方、既存事業とは、企業内だからこそ、価値観や制度、経営方針など、土台を共有しているという強みがあります。内部だからこそ生まれる「心理的安全性」や「調整のしやすさ」は、実行フェーズに入ってから非常に大きな効果を発揮します。こうした点において、“社内だからこそできる連携”の可能性は、実は想像以上に大きいと私は実感しています。
実例で見る“シナジーのかたち”
私がこれまで関わった新規事業支援・立ち上げ支援の現場では、さまざまなかたちで既存事業との連携が行われてきました。以下は、その一例です。
■ 営業チャネルの活用
新規事業ではゼロから開拓していたチャネルを、既存事業で既につながりがある小売店や卸売業のルートを活用することで、一気に拡大。
■ オペレーション体制の“流用”
物流・カスタマーサポート・請求処理など、既存事業の仕組みを一部賄うことで、固定費を抑えながらスピーディー感を持って展開。
■ ブランドの信頼性を活用
特にBtoB領域では、意思決定における“安心材料”としてのブランド力が強く働きます。新規事業単体では難しかった取引開始の壁を、既存ブランドが下支えすることで、短期間で契約締結に至ったケースもありました。
■ 人材のシェアと相互学習
既存事業の中堅社員が新規事業に兼務で参加したことで、現場感を伴う提案が増加。同時にその社員が元の部署に戻ることで、顧客志向や仮説志向のマインドが既存事業側に還元される。
シナジー創出を進める5つのステップ
では、具体的に「既存事業と連携しよう」と考えたときに、どう進めていくべきでしょうか。私が実践・支援してきた現場で有効だったステップを紹介します。
① 互いに敬意を払う
「既存事業は遅れている」「こっちは新規事業で正しい」といった、一方が他方を見下すような姿勢・目線では、継続的な連携は生まれません。互いの強みを認め、敬意を持って接することが、長期的な協業の土台です。
② “つなぐ対象”を決める
営業なのか、オペレーションなのか、人材なのか。すべてを一気に連携する必要はありません。連携による効果が大きい領域を見極め、狙いを定めて着手します。
③ 小さく試す“パイロット”を設計
一気に全社横断ではなく、特定の顧客層や地域、ユースケースに絞ってテストし、小さな成功体験を積む方が、スムーズに信頼関係を築けます。
④ “つなぎ役”を立てる
文化やスピード感の違いがあるからこそ、現場同士が直接連携するのは難しい場合も。そこで、双方の理解を促進する調整役として動ける橋渡し人材を間に置くと、連携の摩擦を減らすことができます。
⑤ 成果を“見える化”して共有
「連携によってこれだけ成果が出た」と社内で都度シェアすることで、他部署や経営層からの支持が得られ、協力体制がさらに強化されます。
“孤高の新規事業”を卒業するタイミング
新規事業は、社内でもどこか“特別扱い”を受けがちです。それは悪いことではありませんが、永続的に社内で根付かせるためには、“特別枠”からの脱却が必要です。スケールフェーズに入った今だからこそ、社内リソースを積極的に活用し、既存事業との連携を試みることは、新規事業の自立性を高め、より強固なポジションを築く一歩となります。
おわりに
冒頭で申し上げたように、私は「新規事業が既存事業を助ける」よりも、「新規事業がスケールするために、既存事業とどうつながるか」という文脈での相談を受けてきました。そのため、ご質問者さまの悩みとは少し角度が異なるかもしれませんが、既存事業とのシナジー創出が、新規事業の“次の成長”を支える現実的な手段であることを、現場の手触り感とともにお伝えできればと思い、本稿をまとめました。
既存事業とつながることは、“守り”ではありません。それは、これからの成長の“仕掛け”を、社内から見いだすという、攻めの選択です。次の成長段階へ進む準備が整ったとき、内にある資産は、もっとも心強い味方になります。社内資産を味方につけ、新規事業を次のステージへと導いていきましょう。
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