撤退判断と再起について考える#2(2/4)-岩本 晴彦 ~「終わらせる力」が未来を切り開く:企業内新規事業における撤退判断と再起の心得

Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤 

2025年8月のテーマは「撤退判断と再起について考える」です。
新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。

#1 撤退判断と再起について考える ー石森 宏茂プロ編
#2 撤退判断と再起について考える ー岩本 晴彦プロ編  本記事
#3 撤退判断と再起について考える ー原口 悠哉プロ編
#4 撤退判断と再起について考える ー村松 龍仁プロ編

今月の”板挟みイノベーター”からの質問

新規事業プロジェクト立ち上げから3年近くが経ち、現在は事業責任者として一定の決裁権を持っていますが、正直なところ悩んでいます。コロナ禍の影響もあり、思うような成長が見込めず、社内では撤退の声も聞こえ始めています。立ち上げ時の担当課長から事業責任者になった身として、何とか軌道に乗せたいという思いは強いのですが、具体的な打開策を見出せずにいます。

上層部は比較的チャレンジに寛容であり、成長への期待がある一方で、現場のメンバーからは、後ろ向きな声も増えています。この板挟み状態で、事業の継続か撤退かという重大な決断を迫られそうで、プレッシャーを感じています。撤退という選択肢も頭をよぎりますが、これまでの投資や関わってきた人々のことを考えると、簡単には決断できません。

他部門との協力でシナジーを生み出したいところですが、各部門も厳しい状況の中、どこまで踏み込んで協力を求めるべきか迷っています。かといって、このまま現状維持を続けるのも risk が高そうで…。

万が一、撤退という決断を下す場合、どのような判断基準で決めればよいのでしょうか。また、関係者への説明責任をどう果たし、チームのモチベーションを維持しつつ、次の挑戦に向けた前向きな雰囲気をどう作ればいいでしょうか。

大きな方針転換も選択肢の一つではありますが、今までのやり方を急に変えると周りが混乱しそうで躊躇してしまいます。かといって、何も変えないわけにもいかず…。。

この難しい局面を乗り越え、何とか事業を軌道に乗せたい。でも、最悪の場合の exit strategy も考えながら進めたい。この相反する思いの中で、どのようにバランスを取ればよいでしょうか。

第2回目は、岩本 晴彦プロの回答です。

はじめに

新規事業において「撤退」という言葉には、どうしてもネガティブな響きが伴いがちです。しかし、事業を推進する中で、当初の仮説が現実と乖離していたことが明らかになったとき、重要なのは“止める勇気”を持てるかどうかです。特に企業内での新規事業は、母体の支援があるがゆえに撤退の判断が先送りされ、結果として「ゾンビ事業」となってしまうリスクも内包しています。

私はこれまで、大手電機メーカーをはじめとする現場で数多くの新規事業に伴走し、立ち上げから成長、そして時には撤退の意思決定にも関わってきました。そうした経験を通じて強く実感しているのは、「止める力」こそが次の挑戦を切り開くということです。

本稿では、撤退判断の難しさや組織的な罠、撤退後の設計、さらには撤退を前向きに捉えられる文化づくりの重要性までを、実践的な視点から整理してお伝えします。新規事業を推進するすべてのリーダーにとって、より良い意思決定と再起の糧となれば幸いです。

資金ショートしないがゆえの“罠”

スタートアップ企業であれば、資金が尽きれば即撤退を迫られます。私自身が会社設立に携わった新規事業でも、資金が月末時点で一定金額以下になれば自動的に撤退するという撤退基準を設けていました。これは感情を挟まない「自動判定」の仕組みとも言えます。

一方、企業内新規事業は母体企業の支援によって、ある程度の期間は継続可能です。この“恵まれた環境”が、撤退の遅延や判断の先送りを引き起こします。結果として、収益化の見込みがないまま継続される「ゾンビ事業」が生まれてしまうのです。

この状態が続くと、事業メンバーのモチベーションは徐々に低下し、リーダー自身も板挟みの中で疲弊していきます。特に立ち上げから3年など、ある程度の時間と人が関わってきたプロジェクトは、投資コストや思い入れが“判断の重荷”になりやすいのが現実です。これまでの努力を無にしたくないという気持ちが、撤退判断をさらに難しくします。まさにこの心理的ハードルの高さこそが、企業内新規事業特有の難しさなのです。

“止められない”文化と撤退基準の不在

私自身、大手電機メーカーなどで新規事業開発を数多く支援・推進してきました。その中で感じるのは、「始めること以上に、止めることは難しい」という現実です。特に日本の大企業の文化では、一度始めたプロジェクトを止めることは「失敗」と捉えられがちで、無理に継続しゾンビ事業化し、メンバーのモチベーションも下がり続けるケースが多々あります。

だからこそ、事業の初期段階で撤退基準を明確に設定し、共有しておくことが重要です。仮にそれが漏れていた場合も、気づいた段階ですぐに設定する必要があります。感情や雰囲気ではなく、客観的な基準を設定し、その基準にのっとって判断することが、事業責任者としての責務だと考えます。撤退基準とは「冷静さを保つ仕組み」であり、定量的な指標として設定することで、議論のベースラインを整える役割も果たします。

たとえば、ユーザー数や継続率、原価率、顧客満足度、検証期間中の改善達成率などを基準とし、「この水準を3カ月連続で下回ったら撤退を検討する」といった具体性が重要です。これにより、メンバーも「撤退=失敗」ではなく「成長の選択肢」として受け止めやすくなります。撤退基準があることで、チーム全体が“どこまで行けば継続か、どこで見切るか”という共通認識を持ち、成果への集中力が高まります。

私が実践してきた「小さな失敗を許容する文化の醸成」や「ピボット・撤退を前提とした仮説検証サイクルの高速化」は、事業化に成功したプロジェクトにとどまらず、撤退を選択した案件でも学びと資産を残してきました。撤退は、単なる失敗ではなく、勇気ある決断であり、次の挑戦への準備でもあるのです。

「撤退後」を“設計する”という視点

撤退判断において重要なのは、「どのように終わらせるか」だけではありません。「終わった後に何を残し、どうつなげるか」という視点を持つことで、撤退が単なる終了ではなく、組織全体の成長に寄与する機会となります。

まず、撤退に至った要因を冷静に振り返り、何が仮説と違っていたのかを洗い出すことが欠かせません。その内容を、関係者間で共有可能な形で整理し、ドキュメント化することで、同様の失敗を他のプロジェクトで繰り返さないようにします。この「失敗の可視化」が組織学習の第一歩になります。

また、撤退に関わったメンバーの次のキャリア支援も極めて重要です。プロジェクトが終わってしまったことでキャリアが停滞するという不安を抱えたままにせず、次の挑戦にスムーズに接続できるような制度設計が求められます。たとえば、経験をダイレクトに生かせる社内の他の新規事業プロジェクトや、事業経験を歓迎する研究開発部門への異動、あるいは新しい視点を求める既存事業部門などを積極的に提示することが考えられます。

さらに、ステークホルダー(経営層、関連部門、外部パートナーなど)への説明責任を丁寧に果たすことも、撤退後の信頼構築に直結します。撤退を通じて得た知見・成果・学びを整理し、「なぜこの判断が組織にとって前向きなのか」を論理的かつ率直に伝えることが重要です。

おわりに

新規事業における撤退判断は、単なる終止符ではありません。むしろ、それは経営資源をより有効に活用し、次の挑戦に向けて再配分する「戦略的選択」だと私は考えます。撤退に必要なのは、感情を排した客観的な基準と、勇気ある決断、そしてその先を見据えた設計です。撤退を成功体験に変えるためには、学びを組織に残す仕組みづくり、関係者への丁寧な説明、メンバーのキャリア支援、そして“撤退できること”を肯定的に評価できる組織文化の醸成が不可欠です。「終わらせる力」は、決して弱さではありません。それは組織を健全に保ち、次なる挑戦への道を切り開くリーダーシップの表れです。難しい判断を乗り越えた先にこそ、本質的な成長と持続的な価値創出がある、そう確信しています。本稿が、日々新たな挑戦に向き合う皆さまの意思決定を支える一助となれば幸いです。

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