Professional Answers!シリーズ第1弾 – 大企業における新規事業開発編 –
“板挟みイノベーター” 〜 新規事業を成功に導く管理職のための羅針盤
2025年7月のテーマは「PMF達成から事業化のプロセスについて考える」です。新規事業を成功に導く管理職“板挟みイノベーター”からの質問に対して、4名の新規事業のプロフェッショナルに解決策を教えていただきました。
#1 PMF達成から事業化のプロセスについて考える ー石森 宏茂プロ編
#2 PMF達成から事業化のプロセスについて考える ー岩本 晴彦プロ編 本記事
#3 PMF達成から事業化のプロセスについて考える ー原口 悠哉プロ編
#4 PMF達成から事業化のプロセスについて考える ー村松 龍仁プロ編
今月の”板挟みイノベーター”からの質問
社内で名実ともにPMFを達成したと実感し、毎日業務が追いつかない状況です。嬉しい悲鳴とも言えますが、この成長スピードに組織の成長が追いついていないことに不安を感じています。上層部は更なる成長を求めていますが、現場は既に限界に近い状態です。かといって、慎重すぎる対応では機会を逃すかもしれません。
人材調達や人材育成など体制強化が急務だと感じていますが、大規模な組織変更を提案する立場でもなく、どこまで踏み込んでいいものか悩んでいます。既存の人事制度や予算の制約の中で、どうすれば効果的に対応できるでしょうか。
また、社内外の調整も増えていますが、他部門も既存業務で手一杯のようで、協力を求めるのをためらってしまいます。でも、このままでは品質管理や顧客対応に支障が出かねません。
何とかこの状況を打開したいのですが、急激な変化は避けたいという気持ちもあります。これまでの会社の伝統や価値観を尊重しつつ、どのようにして人材育成、体制強化、社内外の調整を同時に、そして段階的に進めていけばよいでしょうか?過去に似たような急成長を経験した部署があれば、そのやり方を参考にできないかとも考えていますが…。
第2回目は、岩本 晴彦プロの回答です。
はじめに
新規事業においてPMF(プロダクト・マーケット・フィット)の達成は、大きな節目であり喜ばしい瞬間です。しかし、新規事業はこれで終わりではありません。むしろ、本格的な事業化という本番フェーズへのスタート地点に立ったに過ぎないのです。
PMFを迎えた直後、多くの現場ではリソース不足、組織体制の未整備、社内外の調整負荷といった“成長痛”が明確に現れます。これは、単なる一時的な業務過多ではなく、ビジネスモデルやオペレーションモデルが現実の需要と接続された結果として現れる、“必然的な副作用”なのです。今回は、こうした課題を乗り越えて事業化へ進むために、どのようなステップと心構えが必要かを、筆者の実践経験に基づいてお伝えします。
PMF達成後の混乱は「次のステージへ進むべきサイン」
PMF達成後に、組織が混乱し、日々の業務に追われる状況に陥るのは、成長軌道に乗った証拠でもあります。現場が限界に感じるほどの忙しさは、“今のままではすぐに限界が来る”という警鐘であり、次のフェーズへ進むべきサインです。
こうした状態に陥ったとき、焦りや不安を感じるのは当然ですが、その不安こそが次の行動の出発点になります。今こそ、「どの領域に手を打つべきか」を冷静に見極め、段階的に強化していく好機と捉えるべきです。
組織としても、このフェーズでの対応力が今後の事業拡大の鍵を握ります。たとえば、「PMFは達成したが、現場は疲弊し続け、成長が止まってしまった」といった事例は少なくありません。つまり、PMF達成後のアクションこそが、事業の真価を問われる分岐点となるのです。
成長スピードと組織整備のタイムラグが引き起こす「成長痛」
今までのフェーズでは、少数精鋭で仮説検証を繰り返してきたチームが、PMF達成を境に一気にスケールを求められます。しかし、人材、仕組み、他部門との連携体制はそのスピードに追いつかず、現場の疲弊や品質リスク、顧客対応の混乱が起こりやすくなります。
特に”顧客対応や品質管理などが属人化していることによって、人材調達と育成が間に合わない”ことが典型的なボトルネックとなります。これを放置すれば、いずれ「PMF後の失速」を招きかねません。機会損失だけでなく、顧客からの信頼そのものを損なうリスクも含んでいるため、早急に対応が必要です。
さらに、このタイミングでは「組織文化の摩擦」も無視できません。新たなフェーズでは、より仕組みに基づく動きが求められますが、従来のスピード重視・属人的なやり方とぶつかりがちです。これを乗り越えるためにも、体制整備と文化醸成の両面から取り組むことが重要です。
小さく始めて大きく育てる、段階的な体制強化のススメ
こうした状況に対応するための第一歩は、「すべてを完璧に整えようとしない」ことです。むしろ、やるべきことに優先順位をつけ、段階的に強化していく視点が重要です。以下に、そのための具体的なアプローチを紹介します。
(1) まずは“守り”を固める:顧客対応と品質を最優先に
事業の信頼を維持するうえで最も重要なのは、顧客対応と品質です。この領域はコアチームの手でしっかり握り、無理に手を広げず、守るべき価値を明確にすることが求められます。プロダクトの完成度を上げることよりも、まずは顧客満足を損なわない体制を優先しましょう。
たとえば、顧客からの問い合わせやフィードバックに対応するカスタマーサポート体制の整備は、初期段階でも極めて重要です。小さな不満の積み重ねが、口コミや契約継続率に大きな影響を及ぼすからです。1次対応体制として、チャットボットなどのテクノロジーを導入して、効率化を進めるとともに、コアチームによる2次対応体制を整備しましょう。
(2) 外部のプロ人材や業務委託を柔軟に活用する
人材不足への即効性ある対策としては、業務委託や副業/兼業のプロ人材の活用が有効です。特に「自走できるプロ人材」を選ぶことで、育成コストを抑えつつ高い成果を出すことが可能です。短期的には高コストに感じるかもしれませんが、業務が回らずに機会損失が発生するリスクの方が結果的にコスト高になるという視点を持つべきです。筆者の経験でも、プロフェッショナルな外部人材の短期活用により、停滞していたプロジェクトが短期間で前進した例が多数ありました。外部人材との役割分担や情報共有も重要です。内部と連携する仕組みづくりを併せて整備しましょう。
(3) 社内協力を得るための“関係性”を日頃から築いておく
社内の他部門に支援を求める際には、「普段の関係性」がものを言います。日頃から自部門の取り組みを共有し、信頼関係を築いておくことで、いざというときに助けてもらえる確率が高まります。特に、既存業務で手一杯の部門に対しては、具体的なメリットや影響度を丁寧に伝えることが協力の鍵になります。
たとえば、「協力してもらうことで、将来的に自部門にも波及する効果がある」「中長期的に業務効率が上がる」といった視点を持ち込むことで、相手の理解と納得を得やすくなります。小さな成功体験を他部署と共有することが、次の協力への橋渡しになることもあります。
(4) すべてを自前で抱え込まない:社外パートナーとの共創を活用する
社内リソースが限られているときこそ、社外パートナーとの連携が有効です。顧客ネットワークや業界知見を持つパートナーと連携することで、仮説検証やサービス実証のスピードが大きく高まります。共創の関係は、単なる外注とは異なり、事業そのものを共に育てていくという視点を双方で持つことが重要です。
BtoB領域では「販売チャネルを持つパートナー」や「顧客基盤をすでに有する企業」との連携、BtoCの領域でも「多くの顧客が訪れるECサイトやリアル店舗を持つ企業」との協業によって、短期間でマーケット展開を図ることも現実的な選択肢となります。
すべてを一気に変える必要はない。やれることから確実に打ち返す
PMF達成後の組織の混乱は、避けがたい「成長の痛み」です。しかし、これは次のステージへ進むための通過点でもあります。だからこそ、「今すぐすべてを完璧に整える」ことに固執せず、「できるところから、確実に打ち返していく」スタンスが重要です。
優先順位の明確化、外部人材の活用、社内協力の呼びかけなど、打てる手は数多くあります。特にリソース不足を理由に動きを止めてしまうことは、大きな機会損失につながります。焦らず、でも躊躇せずに、一歩ずつ着実に事業化へと歩みを進めましょう。
加えて、現場メンバーとの対話やチームの心理的安全性の確保も重要です。「頑張ればなんとかなる」という精神論ではなく、「この負荷は一時的である」「次の打ち手を準備している」というメッセージを発信し続けることで、組織の士気を保つことができます。
おわりに
PMFを達成したとき、多くの人が「ここまで来た」と感じるかもしれません。しかし、実際には「ここからが本番」です。現場が抱える課題の多くは、決してあなただけが感じているものではありません。むしろ、それらは多くの成長企業が通ってきた道であり、乗り越えた先に持続可能な事業があります。
成長痛の中にこそ、リーダーとしての本当の価値が試されます。完璧を目指さず、確実に前進する。その積み重ねこそが、あなたの事業を次のステージへと導いてくれるはずです。本コラムが、事業をグロースしていくうえで、少しでも参考になれば幸いです。
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